111 目を覚まして、そして魔王討伐功労慰安会

「う……ん……。どこだここ……」


 目を覚ましたら、俺は知らない部屋にいた。

 確か、魔王をなんとか倒して――それから先の記憶がない。

 知らない部屋といっても、もちろんパソコンだけが置いてある白い部屋などではなく、どこかの宿の一室だ。

 気絶した俺を、誰かが運んでくれたのだろう。 


「すー……すー……」

「ん……?」


 寝息が聞こえて、横を向くとプラチナブロンドが視界に入った。

 気絶した俺を看病してくれていたのか、ベッドに頭を預けた姿勢で、リフレイアが寝ていた。そういえば、この部屋はリフレイアが借りている部屋だ。

 壁に彼女の装備品が立てかけてある。


「リフレイア。リフレイア」


 呼びかけてみると、軽く身じろぎしたあと彼女は目を覚ました。


「……ん……」

「おはよう。そんなとこで寝ると風邪ひくぞ?」

「あ、ああっ! ヒカルッ! 良かった!」


 身を起こしたリフレイアに抱きしめられ、甘い香りがフワッと鼻腔を蕩かした。

 プラチナブロンドの長い髪が首筋にかかり、くすぐったい。

 突然の事態に驚いてしまう。


「うう~、よかった。よかったよ~。このままもう目を覚まさないのかと思いました」

「大袈裟だよ。ちょっと気を失ってただけだろ」

「ちょっとじゃありません! ヒカル、二日間も寝たままだったんですよ?」

「二日も……?」


 意外とダメージを負っていたのだろうか。いくらなんでも寝過ぎだ。

 というか、昏睡状態みたいなものじゃないか……?


「起き上がれますか……?」

「あ、ああ」


 今までの人生でも2日もまるまる寝ていたという経験はない。

 前に森の中で精霊力切れになったときも、魔物に襲われて起きたとはいえ、数十分程度で目覚めているのだ。

 どこか、身体に支障が出ていたとしても不思議ではなかった。


「別にどこも異常ないな……」


 ベッドから立ち上がる時に少し立ちくらみがあったが、特段どこが痛いというのはなかった。


「良かったです……。ヒカル、最後無茶して……私、すごく心配したんですよ……?」

「いや、あの時はもうみんなかなり無茶していたよ。冷静に考えたら、無理せずみんなで逃げてたほうが良かったかも」


 戦いでアドレナリンが出ていたのか、それとも魔王を外に出してはならない使命感か、逃げるという選択肢が頭から消えていたかもしれない。

 視聴率レースも棄権扱いになっていたのだから、無理をする必要はなかったのかもしれない。 

 ……まあ、今更そんなことを言っても仕方がないけれど。


「なんにせよ勝てて良かった。リフレイア、助かったよ。絶対殺されると覚悟したから」

「準備してたんです。いつでもいけるようにって。精霊たちが力を貸してくれて精霊力も少し戻ってましたから」

「魔王討伐者となれば、聖堂騎士の試験も突破確実だな」

「あ……」


 俺がそう言った瞬間、リフレイアは小さく吐息を漏らし表情を曇らせた。

 彼女は、聖堂騎士試験での障害となっていたフォトンレイを覚えることに成功している。

 それは、いよいよ本当にこの街で探索者を続ける理由を失ったことを意味していた。

 つまり、もう俺達が一緒にいる理由はないのだ。


 俺は生活のすべてを配信されており、リフレイアとはいられない。

 リフレイアも聖堂騎士になることができるから、地元に戻る。


「そういえば、けっこう擦り傷とかあったはずだけど、消えてるな」 


 俺はわざとらしく服をはだけて、話題を変えた。

 聖堂騎士の話題は、どうしても俺達の別れの話にならざるを得ない。

 リフレイアは、今はそのことに触れて欲しくなさそうだった。


「あの戦いの後、『真紅の小瓶クリムゾンバイアル』のみなさんが到着して、精霊術で癒やしてくれたんですよ。ヒカルも、酷いケガだったんですよ?」

「そっか。あんまり自覚なかったけど……。お礼、言わなきゃな。会う機会あればいいけど」

「それなら……今日、パーティーがありますから、そこで会えると思いますよ。ヒカルの体調が問題なければですけど」

「パーティー?」

「魔王討伐の功を労って、領主様が開くパーティーです。そこで論功行賞もありますから、出席しないと褒美を貰いそびれますよ?」


 なるほど、魔王を倒すってのはなかなか特別なことだったらしい。

 しかし、パーティーか。目立ちたくないから参加したくないけど……。


「あんまり行く気はしないけど、褒美ってどれくらい貰えるんだ?」

「ヒカルは魔王討伐第一功になるはずですから、かなり貰えるはずです」

「お金か。第一功ってことはないだろうけど、少しでも貰えるなら行くべきなのかな」


 魔王から出た混沌の精霊石が手に入るなら、絶対行くといったところだが、さすがにそれは難しいだろう。

 だが、お金があれば別の魔物の「混沌の精霊石」や「闇の精霊石」を手に入れることは可能だ。

 クリエイトアンデッドは、これからソロで潜ることになる俺にとっては、生命線に近い術になってくる。とすると、パーティーぐらい参加しておいたほうがいいだろう。

 それに……お金はいくらあってもいいものだしな。


 ◇◆◆◆◇


 パーティーに参加することになったが、俺は服なんてろくに持っていない。

 しかし、そこは探索者が参加するパーティーということで、平服で問題ないらしい。


 リフレイアはちゃんと支度するというので、俺は待っている時間で、近くの服屋に入り中古のシャツとパンツを購入した。

 パーティー会場は、領主の邸宅だという。平服でも良いとはいえ、そこに汚い服で参加するのも気が引けた。

 まあ、普段の服より多少マシという程度の生成りのシャツと黒染めのパンツだが、他の参加者もおそらく似たようなものだろう。

 探索者などという荒くれ者が、綺麗な一張羅を持っているとも思えない。


「……それにしても、こんなに変わるとは」


 リフレイアを宿の外で待ちながら、街に漂う精霊力の質の変化に俺は驚いていた。

 大精霊のいる影響で街中でも精霊力が多いのは変わらないが、迷宮から放たれるそれは、大気の色を変えるほどに減少していた。

 リフレイアの宿からは遠目に迷宮の入口が見えるのだが、迷宮のクリスタルの色がほぼ透明になっている。おそらく、魔王討伐の影響なのだろう。

 詳しいことは、後でリフレイアに訊いてみよう。


「おまたせしました!」


 声がして、振り向くとそこには純白の女神が立っていた。

 パールホワイトのロングドレス。

 綺麗に梳かされ、一部に編み込みを入れたプラチナブロンドの長い髪。

 唇に薄く紅を引き、少しだけ紅潮した顔で俺を見つめていた。


「リフレイア……?」

「えっ、えっ、どうしたんです? そんな、精霊に化かされたみたいな顔して」

「……ああ、あんまり綺麗だったから」


 俺は素直にそう言った。

 彼女は元々輝くような美人だったが、パーティー用におめかししたリフレイアは、どれほどの賞賛も惜しくないほど完璧だった。


「……ヒカルもカッコイイですよ」


 俺の言葉に照れたのか、髪で顔を隠しながらそんなことを言う。

 リフレイアからしたら、俺の格好なんて馬子にも衣装。いや、その衣装もかなり微妙で恥ずかしくなってしまうほどだ。  


「私の服……変じゃないですか? これ」

「すごく似合ってるよ。そんなドレス持ってきてたんだな」

「これ……光の神殿の巫女の正装なんです。一応、パーティーの時なんかにも着れるからって持ってきてあって」


 そういえば、前に火の大精霊が俺を食べるために神殿を抜け出した時に、何人も巫女だか神官だかを見たけど、みんなドレスみたいな服を着ていたような気がする。


「じゃ、じゃあ行きましょうか!」

「あ、ああ」


 リフレイアが俺の右腕に左腕を絡ませる。

 どうやら、お姫様はエスコートせよと仰せらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る