107 彼女の秘密、そしてダークコフィン

 いつの間にかリフレイアが側に来ていた。


 彼女は近距離戦闘のスペシャリストだが、今のような状態だと活躍するのは難しい。

 やはり上手いタイミングで、シャドウバインドの上位術であるダークコフィンを当てるしかない。どの程度、行動を阻害できるかは不明だが、シャドウバインドよりは効果があるはずだ。上手くすれば、機動力を大幅に削ぐことができるかもしれない。


「リフレイア、ちょうど良かった。奴が降りてきたら、俺が新しい精霊術で拘束する。そしたら全力で叩いてくれ」

「あ、あの」

「ああ、もちろん無理しない程度にな。シャドウバインドより拘束力が強いはずだから、遠慮なくやっちゃっていいから――」

「ヒカルッ! 聞いて」


 リフレイアが俺の服の裾を強く引っ張る。

 振り返ると彼女は、悲壮感を纏いつつも、しかし決意を秘めた――そんな表情で俺を真っ直ぐに見つめていた。


「ど……どうしたんだ……? やっぱりどっか痛めてたとか……」

「ううん、そういうんじゃないんです。私……その……ヒカルに言ってなかったこと……ううん、言わなきゃいけないことがあって」

「え、ええ? なにを? っていうか、それ今じゃなきゃダメ?」


 リフレイアにとって大切な話らしいことはわかるのだが、今はまさに魔王との戦闘の最中なのだ。こうしている間にも、次にいつ魔王が突っ込んでくるかわからない。


「……あの、実は空に。空中に……攻撃する手段……あるっていうか」

「そうなの? 剣を投げたりとか? 確かに投擲でも届かなくもない距離だけど――」

「ううん、違うの。その……」


 空を飛ぶ魔王を警戒しながら、一瞬だけ言い淀み――

 

「ヒカル。あなたが、どこか違う世界から来て、知らない人たちに見られてるって事を言えなかったように、私も言えなかったことがあるんです。ホントは……言わなきゃダメなのに……それを言ってしまったら、もうあなたとはいられなくなっちゃうからって……。勝手ですよね。私。大変な時なのに、今だって……ずっと隠して……」

「どうしたんだ、リフレイア。なにを言って――」

「……ヒカルには、精霊術の訓練、もうやらないって言いましたよね。本当はあの前の日に大精霊様のところに行ってたんです。ダメ元で……。そしたら――」


 そこまで言って、言葉を詰まらせるリフレイア。

 キッと前を向き、右手を空へ向ける。

 精霊力が、リフレイアの手のひらに集中していくのを感じる。

 それは輝く光球となり、まるでエネルギーを集めるかのように手のひらの前に収束していく。


「まさか――」

「魔王だって、これだけ探索者がいれば、どうにかなるって思ってたんです。だから、言わないでおこうって。秘密にしておこうって……。だから、こんな状況なのに言い出せなくて、でも――二度も命を助けてもらっておいて……これ以上わがまま言えませんから」


 輝く光球が彼女から解き放たれんと、明滅を繰り返している。

 彼女はまっすぐに、手のひらを空を旋回する魔王へと向けた。


「穿て! フォトン・レイ!」


 リフレイアの手のひらから放たれる、眩く輝く一条の光が、空を飛ぶ魔王の翼を浅く切り裂き、血しぶきが空に舞った。

 無いと考えていた地上からの攻撃に、怒りの唸り声をあげる魔王。

 飛べなくなるほどではなかったようだが、これで空中が安全圏ではないと学習するだろう。地上での戦闘がメインになればいいのだから、この一撃の効果は絶大だ。


 なぜ、彼女がこれを秘密にしていたのか、その理由がわからないほど俺も鈍感じゃない。

 こうして告白することに、どれほどの葛藤があったのかもわかる。

 こんな状況で――と思わないわけでもないが、俺に彼女を責める資格はない。


「……外しちゃいました。はぁはぁ……、ちょっと精霊力ヤバいかも」

「ぶっつけ本番で、いきなり当てるのは難しいだろ。でも、すごいぞリフレイア」


 文字通りの光速の術だったなら命中したかもしれないが、実際にはそこまで速くはない。

 この世界の物理のことはわからないが、ギリギリ目で追える速度だ。精霊力由来の力だから、物理現象としての光とは違うものなのかもしれない。


「グゥアオオオオオオオオーン!」


 翼から血を流しながら、叫びにも似た咆吼をあげた魔王が、空中で軌道を変え、急降下の構えをとる。

 対空攻撃手段が見つかったからといって、いきなり形勢逆転とはならない。

 戦闘は続く。

 まだ気を抜いていいような時間ではないのだ。


「アレーックス! そっちに突っ込むぞ!」

「了解だ! 援護してくれ!」

「なんとかやってみる!」


 咆吼と共に、地表に向かって滑空しながら突っ込んでくる魔王。

 狙いはアレックスだったが、盾持ちの戦士が前に出て受け止めようとする。

 だが、あの突進を真っ正面から止めるのは不可能だ。案の定、車に撥ねられたように、ぶっ飛んでいく盾持ちの戦士。

 しかし、それでもこのタイミングを逃す手はない。


「ダークコフィン!」


 スッと、体から精霊力が抜ける感覚。

 その後、一呼吸してから魔王を基点として暗黒の巨大な棺が対象を飲み込まんと出現した。

 異変を察知し、ステップして棺の外に逃れる魔王。

 一瞬遅れて、闇の棺は完成したが――


「アレックス、すまん! 外した!」

「しゃーねーよ! オラァ!」


 アレックスが繰り出した槍の一撃は、しかし、軽くいなされてしまった。

 軽やかなステップで魔王は距離を取り、また悠々と空へと飛び上がる。

 救援の探索者たちを一撃で何人も行動不能にしたことで、空からのダイブが効果的だと学んだのだろう。実際、あれを繰り返されるとマズいのだ。

 かといって、階段に逃げ込むのも下策。

 階段は足場が悪く4足歩行の魔物のほうが有利だし、なによりファイアブレスを連発されたら詰む。

 そう考えると、相手がダイブに執着してくれるのは、そう悪くない状況と言えるのかもしれない。


 魔王は中途半端に頭が良いのだろう。

 だからこそ、そこに付け入る隙がある。


 悠々と空を飛ぶ魔王マルコシアス。

 俺達が攻撃した分のダメージがどの程度なのか窺い知ることはできないが、まだ到底死にそうにはない。

 空を駆ける様子には余裕すら見える。

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