106 救援までの時間、そして闇ノ棺

「くそっ! 空へ攻撃する手段はないのか……!」


 ゆっくりとホバリングを交えながら飛ぶ魔王は、攻撃手段さえあれば良い的だ。

 もともと空を飛ぶ生物ではないキメラであるマルコシアスは、飛ぶ事自体が達者というわけでもないのだから。


 救援に来た探索者たちは、なんとか態勢を立て直し、怪我人は階段まで退避、戦えるメンバーはアレックスたちと合流した。


 盾持ちが前面に出て、突進が来たら上手く受け流す。

 ファイアブレスは、ウォーターシールドで防ぐ。

 一度地面に降りてきたら、逃がさない。

 今考えられる戦い方はそれくらいだ。


 だが、正直かなり苦しいと思う。

 ジリ貧と言ってもいい。相手はどんどん経験を積んでいる。

 いずれ、こちらが総崩れするという予感があった。

 リフレイアも同じ気持ちなのだろう、今まで見たことがないほど深刻な表情で、空を飛ぶ魔王を見上げている。


 まだ、ほとんど|恐怖(フィアー)の魔術を使ってこないが、あれを連発されたら確実に詰むし、まだ見ぬ別の魔術を使ってくる可能性もあった。

 さらに、首尾良く追い詰めることができたとしても、倒しきれずに逃げられてしまう可能性もある。逃げの一手に出られたら、こちらはどうしようもない。

 まあ、それすらも希望的観測でしかないわけだが。


「アレックス。救援はどれくらい前に上にあがったんだ? 時間を稼ぐにせよ、だいたいの時間を把握しておきたい」

「救援……? さっき来てくれただろ?」

「いや、そうじゃなくて、誰かが前半の討伐隊を呼びに行かなきゃ――」


 俺の質問に、キョトンとした顔を見せるアレックス。

 俺は背中が冷たくなるのを感じていた。

 魔王の出現から、ここまでの状況を思い返す。俺は、アレックスたちに助けを呼びに行ってくれとは言ったはずだが、地上に出て前半のパーティーを呼んできて欲しいとは頼んでいない。

 というか、後半組はもともと魔王が出たら前半組を呼んでくる算段で動いているという話だったから、俺も早とちりをしていた。

 しかも、ようやく他のパーティーと合流した三層入り口ですぐに魔王との戦闘が始まってしまったのなら、外まで救援を呼びに行けるような戦力など、どこにもないじゃないか。

 もう、考えるまでもなかった。


「誰も……救援を呼びに外に向かってないんだな……?」

「す、すまん。俺たちも必死だったし、誰も向かってないと思う」

「いや、責めてるわけじゃないんだ。悪い」


 だとすると、これから救援を呼ぶために、誰かが二層と一層を抜ける必要があるということだ。

 自分自身の力を過信するわけじゃないが、俺が抜けたら戦線は崩壊するだろう。俺が行けば一番速いだろうが、俺は抜けられない。


「アレックス、あの人達に伝令を頼んでもらっていいか?」


 さきほど合流したパーティーだ。

 銀等級ならば二人か三人いれば、かなり速く二層を抜けられるはず。


「共闘しないのか? 俺達だけじゃヤバいぞ?」

「いや、このままのほうがマズい。空中に攻撃する手段もないしな。前半組の……『|真紅の小瓶(クリムゾン・バイアル)』を呼んできてもらえれば、それで確実に片を付けられる」


 真紅の小瓶は、真紅の髪を持つガーネットさんが率いるミスリル級の探索者パーティーだ。弓使いもいるし、そもそも単純な戦闘力が違う。


「ギルドに戻って、人を集めてここまで……最短で2時間か3時間くらいだろ」

「粘れるか……? それだけ」

「運が良ければ、アレックスのほうに1ポイントくらい付くんじゃないか? そしたら、結界石と交換してくれれば、最悪どうにかなるだろ」

「お、俺がポイント使うのかよ。ヒカルだってポイント付くかもだろ」

「いや、3ポイントも前借りしてるから、俺は無理だ」

「マジかよ。しゃーねーな」


 結界石は便利だが、使ったら魔王は目標を見失う。

 そうしたら、上の階層へと移動してしまうかもしれない。カニベールが言うように、上にあがられるのは、さらに大きなリスクを生むのだ。

 できればここで粘りたい。


「じゃあ、伝えてくる」

「ああ、なるべく急ぐように頼んでくれ」

「わかってる!」


 アレックスが離れてから、俺はダークネスフォグを展開して身を隠し、ステータスボードを開いた。

 視聴者が10億の大台に乗ったことでクリスタルが増えているが、その数字は半透明になって使用不可である。

 俺は3ポイント前借りをしているから、ポイントはおろか、クリスタルも使うことができないのだ。

 時間は、深夜の3時半。前半のパーティーメンバーはぐっすり眠っている時間だろう。

 今から呼びに行っても、すぐ駆け付けてくれるかどうか――


「……あ!」


 それに気付いたのは偶然だったが、頭の片隅にはあったことだった。

 ――そろそろ、新しい術を覚えるはずだと。


 第二位階だったシャドウバインドが、第三位階に上がっていたのだ。


・闇ノ棺 【ダークコフィン】 熟練度0


 ダークコフィンはシャドウバインドの上級術で、空中への行使はできないと感覚的にわかるが、ただでさえ手詰まりだったところに、これは嬉しい誤算だ。


 アレックスが探索者たちと話をし、8名中4名で1層まで戻ることになったようだ。

 残り4名は残ってくれるようだ。

 残る戦士は、盾持ちが2人と、後衛の術師が2人。


 空からアレックス達に向けて、ファイアブレスを吐く魔王。

 ジャジャルダンのウォーターシールドで、なんとか無力化するが、その後の突進が厳しい。

 牙だの爪だのより、大質量がぶつかってくるということ自体が、強烈な攻撃になるのだ。

 いくら、こちらが人間にしては強くなっているといっても、あのサイズの生き物の突進で無傷というわけにはいかない。


 実際、盾を構えた戦士達も、たまらず吹き飛ばされている。

 幸い、大きな怪我はないようだが、これでは時間稼ぎにもならない。

 地面に降りた状態へ攻撃を加えようにも、すぐに空へ飛び立ってしまう。全長5メートルを超す巨体の生物の、行動を制限できる探索者が今ここにはいないのだ。

 かろうじて俺の精霊術だけは有効だが、位置取りとタイミングが難しい。


「クソッ! これじゃジリ貧だぜ! ヒカル、なんかアイデアないのか?」


 アレックスの顔にも焦りが浮かんでいる。決定打がなければ、魔物よりも俺たち人間のほうが消耗が早いのだ。


「俺の近くに降りてさえくれば、もしかしたらなんとかできるかもしれないけど、空飛んでる間は無理だ。せめて、弓持ちでもいればな……」


 空を飛ぶという選択肢を潰せれば、ダークネスフォグとライトのコンボで倒せる可能性が出てくるのだ。

 もちろん、相手には混沌の精霊術があるからわからないが、それでも大分こちらが有利になるはず。


 しかし、弓持ちがいないのは、仕方がないことなのだ。

 一層は魔物がスケルトンで弓矢は相性が悪い。

 二層は監獄で、狭い部屋が多くて弓矢は相性が悪い。

 三層は霧が立ちこめていて、魔物と出会ったらわりとすぐ接近戦になるから、弓矢は相性が悪い。

 四層はここまでで一番相性がいいけど、暗いし、狭い場所も多いし、やはり無理に使う場面なさそう。

 となると、弓持ち探索者は五層より下をメインで戦っている人ということになる。

 五層は、大空洞の外周を螺旋状に降っていく階層で、弓がかなり活躍するらしい。

 実際、真紅の小瓶にも弓持ちがいた。


「とにかく、応援が来るのを待とう」

「ああ。あっちも警戒してんのか、あんまり攻撃してこないから、それだけが救いだな」

「魔王様の気が変わらないのを願うばかりだよ」


 空を飛び、こちらへの攻撃機会をうかがう魔王に注視しながら、アレックスとそんな会話を交わす。


「あっ、あの……ヒカル」


 いつの間にかリフレイアが側に来ていた。

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