105 闇を駆使して、そして犠牲者

 魔王は、凄絶な咆哮を響かせながら、20メートルほど上空を悠々と飛び回っている。

 空から攻撃するタイミングを見計らっているのだろう。

 闇に隠れている俺が攻撃される可能性は低い。


「リフレイア! アレックス! カニベール! 突進してきても、迎撃はしなくていい! 突進の後、飛び立つまでの隙を狙うぞ! ファイアブレスはジャジャルダンに任せろ!」


 もし突進してきたタイミングでカウンターを合わせられれば、大ダメージを与えられるだろうが、その分リスクも高い。

 それより、攻撃と防御はメリハリを付けたほうが安全だ。


「グァオオオーーン!」


 ひときわ大きく吠えながら、空中で静止した魔王が巨大な牙をギラつかせ、リフレイアに向かって突っ込んでくる。


「させるかよ! シャドウバインド!」


 闇から出現した暗黒の触手が、急降下してきた魔王を迎え撃つように巻き付く。

 ブチブチとすぐに切断されてしまうが、それでも大幅な減速に成功した。

 少し前までなら、高速で動く相手にバインドを合わせるのは無理だっただろうが、熟練度の上がった今なら可能だ。任意の場所に、瞬間的にバインドを発生させることができる。

 ブレーキが掛かり減速しつつも突っ込んでいく魔王の体当たりを、余裕をもって躱すリフレイア。


 魔王は、地面を滑るように着地し、すぐに体勢を立て直そうとしたが、その隙を逃さずアレックスとカニベールが鋭い斬撃を見舞う。


「グゥルルル」


 二人の連携攻撃を嫌がりながら、ステップを踏む魔王。

 しかし、それほど大きいダメージを与えられていないようだ。硬い毛皮に護られた胴体は、生半可な攻撃は通らないのだろう。

 弱点である首の付け根を攻撃するか、脚や翼を狙って少しでも機動力を削ぐ方向性で行ったほうが良さそうだ。


「二人共、下がれ! ファントム・ウォリアー! ダークネス・フォグ!」


 あまり長い時間、魔王と相対しながら戦うのは危険だ。さっきのリフレイアの二の舞はゴメンである。もう大ケガを回復させる手段はないのだ。

 闇に捕らわれた魔王は、大きく一鳴きすると、すぐに空への脱出を選択した。

 リフレイアのライトからのコンボを何度か食らったことで学習したのだろう。


 バッサバッサと翼をはためかせ、空へ飛び上がる魔王。

 その気になれば、どこかに逃げることも可能だろうが、さすがは魔王と言うべきか、逃げるという選択肢はないようだ。

 爛々と輝く瞳には、俺達を喰い殺そうという強い意志が漲っている。


「ヒカル、指示出し助かるぜ! 硬てぇし、デケェしで、どう戦ったらいいのかわかんなくてヤバかったんだ」


 一端仕切り直しとなったところで、アレックスが駆け寄ってきて言った。


「だろうな。俺たちレベルじゃ真っ正面から戦うのは無理だよ。さっきも、リフレイアが大ケガして死にかけた」

「マジかよ。大丈夫だったのか? いや、元気そうだし、大丈夫なのか」

「ポイントがあったから、なんとかな……。だけど、次はないから時間稼ぎながら、安全にチクチクいこう。基本的に、さっきと同じことずっと続けてればなんとかなるはず」

「ヒカルは精霊力、平気か?」

「なんとかな」


 実際、無理をしなければ負けないように戦うことはできる。

 こちらの体力には限りがあるから、ジリ貧になる戦い方ではあるが、救援が来さえすればいいのだ。

 この魔王討伐に参加している探索者は、全員が|銀等級(シルヴェストル)以上なのだ。そうでなくても、魔王の発生自体はそこまで珍しい現象ではないらしい。

 魔王との戦闘経験があるフレッシュな探索者が来れば、俺たちの仕事は終わりだ。


「そういえば、アレックスは精霊術使わないのか?」

「あ、あ~、実はとっさに使うのはまだ苦手で……。それに、あいつって火を噴くわけだし、火の精霊術はあんまり効果ないんじゃないか」

「どうかな。まあ、でも苦手だってんなら今は無理して使わないほうがいいな。普通に攻撃したほうが効率も良さそうだ」

「悪い。次の機会に期待しててくれ。練習しておくから」


 俺は術を使うのに苦労した記憶がないが、火の精霊術は難しいのだろうか。あるいは、これも愛され者の効果ということなのか。

 実際、リフレイアも術の練習はけっこうしたとか言っていた気がする。


 俺はアレックスから離れ、闇の中から様子を窺っている。

 魔王は先ほどの攻撃が失敗に終わり警戒心を強めたのか、なかなか降りて来ない。

 だが、時間を稼ぎたい俺たちからすれば好都合だ。

 そして、その時はすぐに訪れた。


「おーい! 大丈夫か!」

「あれが今回の魔王か!」


 霧の向こう側から救援の声が近付いてきた。

 声を挙げながら、武装した戦士たちが駆け寄ってくる。三層に散っていた探索者パーティーが合流したのだ。

 俺は、これでなんとかなるとホッと息を吐いた。

 その時だった。


「グゥワオオオオォォォン!」


 空を駆る魔王は、大きく一鳴きすると、救援に来た探索者パーティーに向け、炎を噴き散らかした。俺達とは距離が離れていて、注意を促す時間すらなかった。


 新手のほうが与しやすい存在とみたのか、それとも単に本能による行動か。

 炎に巻かれた探索者たちは、盾を持つものは盾で防ごうとし、後衛は術で防ごうとした。その動き自体は熟練者のそれであり、問題なかった。

 しかし、魔王は炎を噴きながらも、その炎を隠れ蓑にするように翼を折りたたみ、急降下を開始したのだ。


 戦士たちは盾で炎を防いでいたが、それにより自らの視界を塞ぐ結果となってしまった。

 ズガンと激しい衝突音と共に、ひと塊になっていた探索者パーティーに巨体を躍らせて突っ込む魔王。

 彼等もまた銀等級以上の探索者たちなのだろうが、あまりに警戒心が足らな過ぎた。

 突然の質量攻撃により、完全にパニックに陥る探索者たち。そうなってしまえば、人数が揃っていようが烏合の衆だ。


「くそっ! シャドウバインド!」


 走りながら行使した術は、しかし距離が離れすぎていて効果を発揮することはなかった。

 そうしている間にも、後衛の術者たちが魔王の爪と牙で、倒れていく。


「グゥワオオーーーン!」


 それは勝利の遠吠えか、一方的に12名からなる探索者パーティーを蹂躙したマルコシアスは、軽くステップを踏み、また空へと飛びあがった。


「くそっ……! 戦いの中で学んでってるのか……!?」


 地上での戦いでは、分が悪いと学び、空中からの一撃離脱を是としたということかもしれない。

 魔物は死ぬと精霊石になるから、勘違いしがちだが、あれは歴とした「生物」なのだ。どう戦えばいいのか考えるくらいの頭は当然ある。

 そうでなくても、精霊術を扱うのだから当然だ。


「大丈夫ですかッ!? 奴がまた降りてくる前に立て直すか、無理なら階段まで下がってください!」

「す……すまねぇ! いきなり脚を引っ張っちまった……!」

「いえ、それより空にいる相手に攻撃する手段持ってる人いませんか。精霊術でも、弓でも」

「弓使いはいねぇんだ! 精霊術も……悪い。さっきの攻撃で……死んじまったようだ」

「死んだって……」


 見たところ、12人いたはずの探索者たちが、8名まで減っていた。

 たった、一度の魔王の突撃で4人も殺されたということだ。

 戦闘において、陣形、さらにいえば心構えを持つということは、ここまで生死を分ける結果になるのだ。

 魔王マルコシアスは悠々と空を飛び、次の突進の機会を窺っている。

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