084 魔導具屋、そして二人で

「ヒカル、どうします?」

「この試着したやつ買うよ。付け心地も良かったし」

「よかった。おそろいですね」


 見るとリフレイアの防具も、俺が買おうとしてるのと同じものだった。

 まあ、一番実用的で安いやつということなのだろう。


 シャドウストレージから、銀貨を出して支払う。

 俺が躊躇なく買うとは思っていなかったのか、驚きを隠しきれていない店主だったが、まあ、俺みたいな客は初めてなのだろう。そう思うことにした。

 ちなみに、金貨のレートは銀貨46枚だった。


 さっそく装備させてもらった状態で、店を出る。

 本来ならサイズの調整が必要な場合も多いらしいのだが、体格的に恵まれていないことが幸いした。女性向けのサイズだったらしいから、男として少し微妙な気分にならないと言ったら嘘になるが……。


「えへへ~、おそろいですね」


 だらしなく笑いながら、リフレイアは店を出てすぐにがっちりホールドするように腕を組んできた。おそろいといっても防具だ。嬉しいのだろうか。


「良い店を紹介してもらった。ありがとな」

「はーい。どういたしまして」


 弱点を守る防具はいずれ買おうとは思っていたものだった。

 いつ死ぬとも知れぬ危険な迷宮探索を行っている俺だが、かといって積極的に死にたいというわけではない。回避できる死なら避けたいに決まっている。迷宮内で、物言わぬ冷たい石へと成り果てた探索者を見ていれば尚更だ。 

 思いがけない買い物ではあったが、良い店を紹介してもらった。自分だけだったら、おそらく革の防具を選んでいただろう。


「それで、これからどうするんだ?」

「道具屋に付き合ってもらいます。魔王討伐の為にいろいろ買っておきたいですからね」


 道具屋も俺はほぼ利用したことがない。

 というより、街の施設自体、ほとんど利用したことがないかもしれない。

 神殿に近付きすぎると、大精霊が神殿から抜け出して俺を食いに来るという問題もあるからなのだが、それを抜きにしても、行動力が低すぎるかも。


 リフレイアは俺と腕を組んだまま、これまたちょっと高級そうな道具屋に入った。

 雑多に商品が並べられた数売りの店ではなく、もう一つランクが上の店のようだ。

 ガラスのショーケースの中に、よくわからない形状の道具がいくつか並べられている。


「ヒカルは、これがなんなのか知ってます?」

「いや、初めて見る」

「やっぱり……。ヒカルって本当に何にも知らないですよね……。これは魔導具ですよ」

「魔導具……!」


 精霊石はそういった道具のエネルギー源になるとかって話は、前にどこかで聞いた記憶があったけど、これがそうなのか。

 いちおう値札が付いているけれど、凄まじく高価だ。

 とても手が出ない。


「買うの?」

「いえ、見に来ただけです。少し興味があって」

「ふぅん。それで、これってなにができるんだ?」


 見た目は、金属の板が取り付けられた箱としか言い様がない物体。

 箱部分は硬そうな木材に丁寧な細工彫りが施されていて、パッと見では置物に見える。


「これは、魔物の接近を音で知らせてくれる魔道具ですね」

「そんなのあるのか。便利そうだな。……値段は凄いけど」


 なんと金貨5枚だ。

 価格は凄まじいが、しかしこれは、下層に行くほど有用になってくるだろう。

 これがあれば、安全に迷宮内で一息つくことができるし、不意打ちを食らう心配がなくなる。実際に迷宮に潜っていれば、その恩恵は計り知れない。


「オンディーヌ級の探索者パーティーは、これ必ず持ってるんですよねぇ」

「ほう。じゃあ、こっちのは?」

「それは回復ポット。水の回復術と同じ効果を発生させる魔道具ですね」

「そんなのまであるの?」


 こんなアイテムが存在するなら、精霊術の回数制限のことなんて考える必要がない。

 みんな魔道具で解決だ。


「魔道具は便利ですけど、エルフしか作れませんし、それを作れるエルフの数も少ないとかで、高価なんですよ。精霊具なら手頃なんですけどね。それに、使うのにも精霊石が必要ですし」

「精霊具と魔道具は違うのか?」

「魔道具は混沌の精霊石で動くんです。いろんな精霊を動かして効果を生み出してるとかで、精霊術に精通したエルフにしか作ることができません。混沌の精霊石自体が高価ですから、お金が有り余っているパーティーでないと気楽には使えませんね」


 混沌の精霊石は、普通の色つきの何倍もの値段で取引されている。

 しかも、回復ポットは1回使うだけで、それなりに大きい混沌の精霊石を丸々一つ消費するほど燃費が悪いらしい。まあ、それでもたった1回の回復が生死を分ける場面だってあるのが探索者というもの。保険と考えればそれでも十分過ぎるというものなのかもしれない。


「精霊具は透明の精霊石や、色つきを入れて使うもので、それほど高価ではないですし、エルフ以外も作ることができます。単純な効果のものばかりですけどね」


 ショーケースではなく棚に並べられている商品が、その精霊具なのだとか。

 それでも値段自体はかなり高いが、水が湧き出る水筒や、ライターのようなものなんかもあり、生活をかなり楽にするものだろう。魔導具と比べれば地味ではあるが、十分すぎるほど便利だ。

 水筒もライターも普通に欲しいぞ。


「なるほど、面白いな。けっこう技術力あるというか……精霊をエネルギーとして使う方向で、工業化してるってわけか」

「ずいぶん難しい言葉を知ってるんですね、ヒカル。確かに錬金術師たちが一つの場所に集まって制作するのを、工業とかなんとかって言ってました」

「そういうの、工場制手工業とかいうんだっけ?」


 授業で習った形態が、この世界では最新の工業の形ということなのだろう。

 こんなことなら、もっと勉強を頑張っておくべきだった。現代知識がちゃんとあれば、もっと賢く生きることだってできたのだろう。

 他の転移者の中には、そういう知識で上手く立ち回っている者もいるに違いない。


「じゃ、別の店行きましょうか。今日はハシゴしますよぉ」

「付き合わせてもらいますよ、お姫様」

「あはっ。苦しゅうない苦しゅうない」


 腕を組んで笑顔を絶やすことのないリフレイアと共に、いろんな店を巡った。


 探索者向けの道具屋に入って、煙玉と干し肉を調達。

 この煙玉と干し肉は迷宮探索の二大必須アイテムという扱いである。

 基本的にヤバくなったら煙玉で逃げる。

 干し肉が効く相手なら、肉を放って逃げる。

 探索者なんていっても、命あってのもの。

 生還するのが何よりも重要視されるのは当然ということだろう。

 ちなみに俺も干し肉と煙玉はシャドウストレージの中に入れてある。いざという時の備えは大事だ。

 

 その次は服屋に入って、俺は黒い服を新調した。

 といっても、古着だから、たいした金額ではない。

 さらに、首元が隠れるように外套のようなものも購入。

 いよいよ、全身黒ずくめの変人である。

 まあ、俺の術の性質上、これが一番良いわけではあるのだが。


 リフレイアもいくつか買っていたが、こういう異世界でも、ファッションの概念があるのか、意外とオシャレだ。

 それとも素材が良いから、何を着ても似合ってしまうというだけか。


「どうですか? 似合います?」

「うん。可愛いよ。濃紺を着ると色白が映えて、すごく似合うね」

「そ、そうですか? うぇへへ」


 俺が素直に感想を言ったら、リフレイアはちょっと気持ち悪く笑って顔を真っ赤にしてしまった。

 妹たちに「見た目が変化したら言及しろ。そしてとにかく褒めろ」と叩き込まれたのがつい出てしまったか。


 お昼ご飯を食べてから、リフレイアは何も知らない俺に、散歩をしながらこの街のことを教えてくれた。

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