083 心の在処、そしてゴージットプレート

「リフレイア、もう逃げないから。そろそろ手を放してくれ」

「嫌です。今日は一日放しません」

「トイレの時とか困るだろ」

「一緒に入ります」

「マジでか……」


 迷宮から早く遠ざかりたいというかのように、ズンズンと歩いていくリフレイア。

 街中を美人と手を繋いで歩くのは、めちゃくちゃ目立ってしまう。

 だが、彼女に放すつもりがないのだから、仕方が無い。

 俺は諦めた。


「それで、どこに連れていかれてるんだ?」

「ヒカル、防具を買いましょう」

「防具……? なんで急に」

「ずっと思ってはいたんです。ヒカル、危なっかしいから。……このままじゃ、私の知らないところで死んでしまうんじゃないかって。実際、私の予感は正しかったわけですし」

「別に死にたいわけじゃないよ」

「魔王が出現している迷宮に一人で入るなんて自殺行為ですよ……。まして、あなたは『愛され者』なんですから。魔王に見つかったら闇に紛れた程度では逃げられませんよ?」


 愛され者は魔王にも愛されてしまう……か。

 そういえば、そう聞いてたっけ。


「それにしても……俺が迷宮に一人で入ろうとしてるってよくわかったな」

「わかるに決まってるじゃないですか。ずっと見てたんですから。本当は、休みの日だって疑ってたんですよ。でも……あんまり追及して嫌われちゃったらイヤだなって……。でも、今日ばっかりは止めなきゃって」

「そっか……」


 一人で迷宮に潜った時、俺はトレントにやられてケガをした。

 釣りに行ってコケたとごまかしたが、ごまかしきれてはいなかったのだろう。


「それに……そんな酷い顔してる人、放っておけるわけないじゃないですか」

「顔?」


 この世界には鏡がどこにでもあるというわけではない。自分の顔を見る機会は、前の世界と比べればほとんどないと言っていいだろう。

 だから、自分がどんな顔なのかよくわからない。クリスタルで手鏡でも交換しておくべきだっただろうか。


「今日も昨日も……最近はずっと血の気の失せた真っ白い顔してますよ、ヒカル。なにか心がここにないみたいで……だから、パーティーを解散するなんて言うから、本当に心配で。そのまま、どこかに消えてしまうんじゃないかって」


 俺はその言葉に反論することはできなかった。

 魔王に出会い視聴者数1位を確固たるものにできるなら、もう死んでもよかった。


 心は向こうの世界にずっと捕らわれたまま。

 ナナミが生き返るのなら、こっちの世界に来てしまった俺の仕事は終わりと、漠然とそんな風に考えていたから。

 隣を歩くリフレイアのことだって、ちゃんと見ていなかった。

 彼女が、そんな俺を見て、どう感じていたのかなんて、少し考えればわかりそうなことだったのに。


 彼女の手のひらから伝わる熱は、確かにここにある真実で、俺はその気持ちに向き合うことすらしていないことに、気付かされる。

 彼女は、こんなにも俺を見ていてくれたのに。


 ◇◆◆◆◇


「さ、着きましたよ」

「防具屋……? 高級店だろ、ここ」


 連れてこられたのは、防具屋とは思えない立派な構えの店だった。

 木材を贅沢に使った二階建てで、白塗りの壁が薄汚れた建物が多い街にあって、高級店としての違いを演出している。


「銀等級以上の探索者が使う防具屋です」

「防具なら、鍛冶屋のオジさんのとこでいいんじゃないか? そんなに金もないし」

「足りなければ出しますよ。私が連れてきたんですし」

「んなこと言ったって、お前だってそんなに金ないだろ……?」

「稼がせてもらいましたから。ヒカルの防具買うくらいは問題ありません」


 リフレイアに引っ張られて店内に入る。

 棚に飾られるようにして置かれている防具は、すべて首から肩にかけてを守るもの……つまり、この世界の生物の弱点である『命脈の中心』を防護する為のものだった。

 店員はビシッとシャツを着て、パンツをサスペンダーで吊った紳士で、汚い格好の俺はまたしても場違い感が半端じゃない。


「おお、これはリフレイア様! 今日は防具の点検ですかな?」

「いえ、この方にゴージットプレートを見立ててもらおうかと」

「おお、ご紹介ですか。ありがとうございます」


 ちらっとこちらを見た店主の、なんとも言えない視線。

 まぁ、そりゃいかにもお嬢様で上客なリフレイアが連れてきたのが、こんな第一層で棍棒振り回してそうな汚い小僧では、ガッカリするでしょうよ。


「失礼ですが、お名前を伺っても?」

「……ヒカルです。よろしくお願いします」

「ゴージットプレートは今までどんなものを?」


 話の流れからして、精霊力の命脈を守る防具のことを、ゴージットプレートというのだろう。首と肩と背中の上部を薄い鉄板で覆った板金鎧の一部といった感じのもので、リフレイアは当然として、リンクス達ですら装備している、探索者にとって基本的な防具だ。

 そして、俺はそんなこと知らなかったので、装備していない。


「いやぁ、駆け出しなんで初めて買うんですよ」

「は、初めてですか……」


 チラとリフレイアのほうを見る店主。

 表情が物語っている。うちの商品は高いけど、こいつに払えるの? そういう顔だ。

 まあ、実際買えるのかどうかはわからないわけだけど、ガーデンパンサーの石がやけに高く売れたのもあって、余裕があるのは確かだ。


「ヒカル、ゴージットプレートはミスリル製がいいですよ。私なんか普段も外さないですし、そうなると軽くて丈夫なほうがいいですから。鋼鉄製は丈夫ですけど、手入れも大変ですし、重くって。それなら革製のほうがマシですが、あれはあれで不安ですし」

「ミスリルかぁ」


 ミスリルってのがそもそもどんな金属なんだかわからないわけだが、とにかく軽くて丈夫な凄い金属ということらしい。チタンみたいなものだろうか。


 リフレイアの言葉を聞いていた店主が、ミスリル製と思しきピカピカの防具を棚から持ってきてくれた。


「お客様ならば、このサイズで問題ないかと。ご試着なさってみてください」


 頭からスポッと被り、開いている前面を紐でしばって調節する方式。

 防具の内側には分厚い布が入っていて、装着感は悪くない。

 ミスリルという金属自体に粘りがあるようで、肩の動きを阻害する感じもない。

 首は少し窮屈だろうか。


「似合いますよ、ヒカル!」

「防具なんて着けたことないから、変な気分だな。それにしても、この金属軽いですね」


 それこそ革とかとそれほど変わらないのではないだろうか。

 厚みも首の付け根は分厚いが、全体的には薄い作りだ。


「ミスリルは特殊な金属でございます。値は張りますが、軽さ、丈夫さは鋼鉄の比ではございません」

「ミスリルは魔導銀とも呼ばれてて、エルフが精霊の力を借りて作っているんですよ」

「エルフ?」

「ええ? 見たことありません? たまに迷宮探索してるエルフもいますけど」

「俺は、あんまりギルドに顔出さないからなあ」


 そもそも迷宮の中では、そこまで頻繁に他の探索者と出くわすことがない。

 迷宮自体も広いし、俺もなるべく人と会わないように気配がしたら道を変えたりしていたからってのもあるだろうが。


「それで、これはいくらですか?」

「そうですね、リフレイア様のご紹介ですから……金貨1枚でいかがでしょう?」


 今のレートは知らないが、そう大きく変わってなければ、銀貨40~50枚だ。

 安くはないが、買える額。

 宿の一泊が小銀貨2枚だから、それを5000円だと仮定すると、銀貨一枚が2万円。

 金貨一枚はおよそ80万円~100万円くらいだろう。

 日本円に換算するのはあんまり意味がある行為ではないが、迷宮探索がめちゃくちゃ儲かる仕事だということだけは、確かだ。

 リフレイアが、術の練習と、あとは金の為に潜ってると言った意味がわかる。


「こちらの商品は装飾などもなく、もっともシンプルなものとなっておりますので、他に気に入ったものがございましたら、お申し付け下さい」


 こういった異世界の店というのは、視聴者にとっても興味がある分野だろう。

 俺は、正直どれでも良かったのだが、いちおうすべての棚を確認した。


 どうやらこの店は首当て……ゴージットプレートの専門店のようで、それしか売っていない。ただし、素材も鋼鉄製からミスリル製、それ以外の謎金属製の(値段もものすごい)ものまで各種取りそろえられている。

 ミスリル製のは、俺が試着したものが一番安く、彫金が施されているものなどは、もっと高い。ただ、彫金で性能が変わるわけでもなし、どうせ黒い布で隠してしまうわけだから、俺にはシンプルなもので十分そうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る