082 一人、そして迷宮の入り口で
次の日の早朝。
俺はギルドを訪れていた。
自然とリフレイアを探してしまう自分の女々しさに嫌気が差すが、どうやら彼女は来ていないようだ。いたとしても話しかけるつもりはなかったが。
リフレイアにはパーティーの解散を告げたから、今日は一人だ。
解散したことは、自分勝手で一方的だったが、元々、視聴率レースなど一人でやるべきことなのだ。彼女にはほとんどメリットはなく、何億人もの人間に無自覚に見られ続けるという巨大すぎるデメリットしかないのだから。
――たとえ、事情を話したとしても、彼女は協力してくれただろう。
だが、それは『何億もの人間に見られている』ということに実感が湧かないからだ。テレビすら存在しないこの世界で、そのことを理解できる人間などいるはずがない。
それを、問題ないと答えたからと、納得することなどしていいはずがないのだ。
ナナミを生き返らせる為なら、なんでもすると決めた。その気持ちは今も衰えてはいない。
だが、俺は人を傷付けてでも自分の目的を達せられるほど、強い人間でもなかったらしい。
自分が傷つくのならいい。ナナミが生き返った後ならば、死んでもかまわない。
――だが事情すら知らないリフレイアをこれ以上利用することはできない。
彼女が優しければ優しいほど。美しければ美しいほど。
俺に笑いかける、その無邪気な笑顔に惹かれている自分を見つける、その度に。
重い重い枷となり、俺の心を締め付けていくのだ。
一人でいることで、世界はまた灰色に戻ったけれど、これが本当の俺がいるべき世界なのだ。
……だから、これでいい。これで良かったんだ。
(いつもより人が多いな)
迷宮が封鎖されていることで、暇になった探索者がたむろしているのか、妙にガヤガヤと騒がしい。
迷宮には入れないはずだが――
「はーい、それでは魔王討伐の受付を開始します!」
どうやら受付をしているようだ。
使い古しの掲示板には、魔王討伐隊についての詳細が書かれていた。
・銀等級以上の探索者のみ
・参加者には一日につき銀貨5枚を支給
・討伐成功で参加者全員に銀貨30枚を支給
・魔王を発見した隊には銀貨10枚を支給
・功績に応じての報酬は別途支給
なるほど、魔王といっても一体の魔物にすぎない。何十人も参加するなら大きな危険もなく稼げる美味しいイベントなのかもしれない。
ちなみに、魔王の精霊石に関してはギルドが持っていくらしい。
俺にはアンデッド召喚術があるから、魔王の精霊石はかなり興味があったが、こればかりは仕方がない。
(それにしても、意外と銀等級以上の探索者って多いんだな)
リフレイアほどではないが背負っている武器も大きく、魔物との戦闘に慣れた猛者たちといった様子。おそらく、みんな精霊術も使えるのだろう。
無数の傷やヘコみが見られる歴戦の金属鎧、魔物の突進を受け止める巨大な盾、距離をとって安全に戦う為の長槍。どれも金がかかってそうな逸品だ。
対して俺は、相変わらずの安っぽい黒い服。まともな装備といえば、手甲と短刀ぐらいのものだ。
完全に場違い。
今、このギルドは銀等級以上の探索者のためのもので、じろじろと無遠慮な視線を送られて居たたまれない気分になってしまう。
俺は、すぐにギルドを出て迷宮のほうへ向かった。
クリスタルの螺旋円柱は変わらずそこにあったが、微妙に違和感がある。
(……少し、濁ってる?)
巨大な円柱状のクリスタルが、透明ではなく、キラキラと星をちりばめたように輝きを発している。
まるで、混沌の精霊石のように。
(魔王が発生したからか……? だとしたら、魔王発生が外からもわかるようになってるってことなのか)
迷宮の入り口には、相変わらず4人の兵士が立っていた。
あの兵士たちはもしかすると、聖堂騎士というやつなのかもしれない。雇われで、なおかつある程度強くなければ務まらないのだろうし。
さらに、立て看板が立てられ、入り口もロープが張られている。
おそらく、今は迷宮の中には誰一人入っていないのだろう。
魔王討伐隊が入るのは明日だ。
(……さて、行くかな)
俺はダークネスフォグを使い、隙を見て迷宮に潜り込むことにした。
ナナミを生き返らせる為の視聴者レースは残り5日しかないのだ。迷宮に入らず過ごすことなど、できるはずがない。
シャドウバインドやサモンナイトバグの位階ももうすぐ3に上がる。そうしたら、一つ上の術に上がるはずだし、できれば魔王に出会いたい。
一人で無茶するのは、一位になる起爆剤になると俺は確信していた。
「ダークネスフォグ」
木の陰で術を使い闇を纏う。
今日は外は気持ちよく晴れており、正直闇を纏った俺の姿は浮いているだろう。
見つかる可能性があった。見つかってしまったら、投獄なんて可能性もある。そうなれば、かなりの時間が潰れるだろう。
俺はダークネスフォグの範囲を広げ、入り口全体を覆い、どさくさに紛れて中に入ることにした。兵士達もまさか暗視を持っていたりはしないはずだ。
もちろん、兵士達は警戒を強めるだろうけれど、この際その程度は関係ない。
闇を広げながら走る。
上手くいく――そのはずだった。
「ライト!」
後ろから発せられた声と共に、目の前に眩い光が突然現れ、闇が祓われ姿が露わになってしまう。
兵士も当然、その光には気付いた。
(なんで――。でも、今の声は……)
「やっぱり。……ヒカル、きっと来るって思ってました」
「リフレイア……」
振り向くと、そこにいたのはリフレイアだった。
「俺が来ると思って張ってたのか?」
「いえ、ギルドで見かけたので尾行してました。そんなことよりヒカル、ギルドの記録見ましたよ。あなた、休みと言ってた日に一人で迷宮に潜っていたでしょう?」
「バレたか」
「三層に降りた時、初めてとは思えないほど落ち着いてましたから、少し調べさせてもらいました」
個人情報なんて下手したら言葉すら存在しないだろう。
まして、パーティーメンバーなのだ、訊けばすぐにギルド員も答えるということか。
「一人で……深層に潜っていたんですか?」
「深層ってほどではないよ。三層と……四層をちょっと見てきた程度」
「……どうして、そんな無茶を? 相方として私が信用できないからですか? そりゃあ、私は精霊術も半端だし、戦士としてだって中堅程度ではあるけど――」
詰め寄り悲しい顔を見せる彼女に、俺は真実を告げられないこと。そして、告げたとしても理解はされないであろうことに、歯痒さを感じていた。
リフレイアは最高のパーティーメンバーで、視聴者数が1位になれたのも、その半分以上が彼女の力だろう。だけど、だからこそ、彼女に頼り切ることはできないのだ。
それは、リフレイアが地球で注目されてしまっている証でもあるのだから。
「リフレイア、そういうんじゃないんだ。昨日、言っただろ。事情があるって……。俺は、自分の力を試さなきゃならないんだ。だから、一人で潜る必要があった」
「……でも、一人なんて……。なにかあったら助けてくれる人もいないってことなんですよ……?」
「わかってるさ。でも、だからこそやらなきゃならなかったんだ」
無茶なのは俺が一番わかっている。
でも、そうわかっているからこそやるのだ。
無茶をするのが、俺にできる一番の視聴率獲得方法だったから。
「それで、今日も潜るつもりだったんですか? 魔王がいるのに……もし出会ったらどうするつもりだったんです……? まさか、一人で戦おうと?」
「まさか。ちょっと二層で遊ぼうと思ってただけだよ」
「……ヒカルも嘘が下手ですね」
嘘が顔に出てしまっただろうか。
四層にまで潜って、上手くすれば魔王に出会えると考えていたのだから。
「こんなところで立ち話もなんですし、行きましょう」
俺の手首をグッと掴み、引っ張るリフレイア。
兵士達がこちらに歩いてくる。
「リフレイアさん、どうしたんですか? その彼が、捜していた人……?」
少し前に彼女は迷宮の入り口で俺を捜していたことがあった。
その時のことだろう。
「ええ、ご迷惑をおかけしました」
適当に返事をし、兵士達を振り切るようにズンズンと歩き出したリフレイアに、引き摺られるようにして……いや、実際ほぼ引き摺られていく。
ものすごい力で、到底抗えるものではない。
この状態になってしまったら、俺は無力だ。
どっちにしろ、見つかってしまった時点でもう迷宮には入れない。
とはいえ、状況的には視聴者的に面白いだろうか。
抗うこともできずに、ただ引き摺られながら、そんなことを考えていた。
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