081 緊急事態、そして一つの覚悟

 探索を終えた俺達は、いつも通り精霊石を換金する為にギルドに寄った。


「ヒカル、たまには一緒に来ますか? いつも私だけが換金に行くから、ギルドの職員もヒカルのこと少し疑ってるみたいですし。私に気を遣って口には出しませんけど……」

「いや、いいよ。今日なんてガーデンパンサーの石もあるんだろ、逆に疑わしくなるだろ」

「また、そんなこと……。昇格試験が厳しくなりますよ?」

「多少、厳しくなっても問題ない。黒檀級への昇格試験って一層か二層だろ? それならどうにでもなるだろうし」

「そりゃそうでしょうけどぉ」


 そんな話をしながら、ギルドの前にいると、迷宮のほうから血を流したままの探索者の一団が顔面蒼白で駆け込んで来た。


「どいてくれ! どいてくれ!」


 先頭の戦士が身に付けている清廉な水色の全身鎧はかなり高級そうだ。

 おそらく金等級か、あるいはその上の等級の探索者たちだろう。


「道をあけてくれ!」


 入り口を塞いでいたわけではないが、よほど焦っていたのか俺たちを押しのけてギルドに入っていく探索者パーティー。

 よく見ると、全員ボロボロだ。

 人数は4人。もしかすると、2人くらい死んだのかもしれない。


「……なんでしょう? ちょっと入って見てみましょうよ」

「確かに気になるな」

「ドキドキにゃん」


 この街のギルドを利用して長いわけではないが、こんなことは初めてだ。

 俺たちは野次馬根性を発揮して、ギルドに入りカウンターで何かを訴えているさっきの探索者たちの話に耳をそばだてた。


「魔王だよ! 魔王! 五層に出やがった!」

「報告ありがとうございます。間違いなく魔王でした? どういった形状の?」


 魔王ってのは、確か迷宮に湧く魔物の親玉みたいなやつのことだったはず。

 焦って早口でまくし立てる探索者に対して、ギルド員は冷静だ。

 魔王ってのは案外よく出るものなのかもしれない。


「バカデカい狼だ! 火まで噴きやがる。さっさと討伐しねぇとヤベぇぞ! 聖堂騎士を借りたほうがいいかもしれねぇ」

「狼? それならそれほど混ざっていないのでは?」

「わからねぇ、俺たちもハッキリ見たわけじゃねえ。あっという間に仲間がやられて、煙玉と肉投げて逃げてきたからな。だが、見たことねぇ魔物だし、王石も濁ってきてる。魔王なのは間違いねぇよ!」


 デカい声で話しているから、丸聞こえだ。

 

「魔王って、混沌の精霊力だけでできてる奴……だっけか」


 横で呆然としているリフレイアに話しかける。


「そうです。しかしマズいですね。魔王が出現したら、討伐されるまで討伐隊以外は迷宮には入れませんよ」

「リンクスも入場できないから、その間はお休みになるにゃん」

「そうなのか? でも出たの五層なんだろ? 上層部で探索する分には関係なさそうだけど」

「魔王は階層を移動するんです。五層に出たのなら、すぐ四層に上がってきますよ。三層まで来るのにそう何日もかからないでしょう」

「階層を跨ぐ……」

「ええ。しかも階層を跨ぐごとに、魔王は少しずつ混沌の色を深めて……一口に言うと強くなるんです。せめて四層で叩きたいところですね」


 その話を聞いて、俺は一人でこっそり潜ることを瞬時に決めた。

 魔王の出現。

 それが、視聴率一位を取る起爆剤になると、直感的に悟ったからだ。


 戦えば死ぬだろう。

 だが、上手くすれば死にかける程度で済むかもしれない。

 魔王に出会わないように混沌の精霊石を集められるだけ集めて、アンデッドをぶつけながら戦うという手もある。

 最悪、戦わなくても、いつ魔王と遭遇するかわからない緊張感だけで視聴率自体もアップするかも。


「さっさと布令を出せ! 四層潜ってる奴らもヤベえぞ!」

「わかりました! 現時刻をもって、迷宮への探索者の新規入場を禁止します!」


 慌ただしく職員が駆け回り、立て札とロープを持った職員が、迷宮のほうへ走っていく。

 どうやら、一度立ち入り禁止にして魔王の討伐を優先するらしい。


「とにかく、明日は休みだな、これは。魔王って通常どれくらいで討伐されるものなんだ?」

「おそらく明後日には討伐隊を組み迷宮に入ることになると思います。当日に討伐できればいいんですが、その日に倒されることはほぼありません。おそらくは、3日後か4日後になるかと」

「聖堂騎士を呼ぶとか言ってたけど」

「ええ、この街を守る騎士達は、元探索者も多いですから。魔王討伐は大人数で掛かるのが常なんですよ」


 うーむ。そういう倒し方だと、俺の出る幕はないかもしれない。


「それって俺も参加できるのかな」

「あー……いえ。魔王の討伐は、いつも何人か死者が出るくらい危険なので、銀等級以上でなければ参加できないんですよ」

「そっか」


 まあ、当然何食わぬ顔で紛れ込んでしまえば問題ないだろう。

 ギルドから出禁措置を食らうかもしれないが、今は視聴率のほうが大事だ。


「私は銀等級だから討伐に参加することになると思います。ヒカルは……残念ですけれど、魔王が討伐されるまでは、迷宮探索はお休みですね」

「そっか。残念だけど、仕方がないな」

「私としてはヒカルに参加して貰ったら安心なんですけどね……。魔王討伐は、報酬も大きいですが、危険もあるので……」

「ま、決まりなら仕方ない」


 俺はそう答えつつも、これからどうするかを考えていた。

 転移者で魔王と戦ったことがある人間はいるのだろうか――と。


 ◇◆◆◆◇


 精霊石の買い取りを済ませてから、食事に行くことにした。

 店は、またエビのテルミドールの店だ。

 あの味が3人とも妙にハマり、最近のお気に入りというやつである。


 俺には二人に言わなければならないことがあった。

 席について注文してから口を開く。


「リフレイア。元々期間限定で手伝ってくれって言ってあったのは覚えてるだろ?」

「はい。えっと、2週間でしたよね? だから……あと6日……いえ、5日ですか」

「でも魔王が出現したから、いっしょに迷宮には入れない」

「そうですね。……あっ」


 リフレイアがやっと気付いたかのように、口に手を当てる。


「そう。明後日から討伐が始まるとなると、もう一緒に潜る機会はないかもしれない」


 明後日に討伐が完了したとしても、残りは2日。

 もっと長引くのであれば、本当に潜る機会そのものがないのだ。


「で、でも……その……ヒカルの目的って達成できたんですか? 探索自体は順調でしたけど、ヒカルが何かにずっと追われているように焦ってたの、気付いてたんですよ?」

「達成はできてない。……でも、こればっかりは仕方がないから」

「じゃあ、どうするんですか……?」

「とりあえず、パーティーは解散かなと。残念だけど」

「えっ……」


 その言葉に、リフレイアは絶句して下を向いてしまった。


 俺も残念だとは思う。だが、これから先は俺一人の冒険だ。

 残り5日。

 魔王を倒すことができれば、視聴率1位になれるはずだ。

 いや、倒せなくてもいい。挑むことが重要なのだ。


「でも、ヒカルしゃんは魔王が討伐されたらまた潜るにゃん? その時は、また雇って欲しいにゃあ。今まで、こんなに良いパーティーに組ませて貰ったことにゃいから、寂しいにゃ」

「ああ、一応はそのつもり。他に生き方も知らないしな」

「じゃあ、いいにゃん。魔王討伐が終わるまでは、斥候も呼ばれることにゃいし。また、雇ってくれるの、約束にゃん」


 あっけらかんと笑って、運ばれてきたエビをほおばるグレープフルー。

 まあ、彼女は仲間ではあるけれど、一方で雇われでもある。

 パーティー解散など、何度も経験してきただろう。


「……ひどいです。ヒカルは。私の気持ち知ってるくせに、解散だなんて」


 リフレイアは下を向いたままブツブツと恨み言を云った。

 元々、二週間と期限を切って手伝ってもらっていたのだ。こうなってしまったら、仕方がないと思うのだが、お気に召さないらしい。


「俺が無理に帰郷を遅らせてたんだから、期間が来たら終わりにするしかないだろ」

「終わりだなんて――!」

「悪い、言葉が悪かったな。でもさ、リフレイア。お前は聖堂騎士になるために国に戻るんだろう? それを遅らせてもらってるんだから、これ以上、付き合ってもらえないよ」

「……でも、まだフォトンレイ使えるようになってないですもん」

「でも、迷宮での練習はしないって言ってただろ」


 迷宮で練習しないのなら、結局は迷宮に潜る理由はない。

 地元に帰ってからでも訓練は可能だろう。戦闘力そのものは図抜けたものがあるのだ、もしかしたら試験に合格することもあるのではないだろうか。


「……一緒にいちゃ、ダメ……なんですか?」


 上目遣いで、そんなことを訊いてくる。

 俺は覚悟を決めた。


「正直に言えば、一緒にいたいよ。リフレイアにそう言われるのも嬉しいし、探索だってこれからもやれたらって思う。……でも、ダメなんだ。俺のほうの事情で」

「その事情って、私には話せないことなの……?」

「全部……終わったら話すよ。約束する」

「終わったら……。そうですね、わかりました。……約束ですよ?」


 事情を話すということは、今こうしている間も「地球人類に見られている」ということを彼女に知らせるということだ。

 そして、俺はナナミ殺害の容疑者……いや、犯人として憎まれている。いっしょにいる彼女にだって、どういう視線が送られているものか。

 ――何も知らず犯人に利用されている可哀想な人か。

 ――それとも、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、仲間の一人として憎まれているのか。


 本当はこうしていて、別れに曇る彼女の美しい顔を見られることすら「嫌だな」と俺は思っている。

 それが、幼稚な独占欲なのか、それとも倫理的な矜持なのか、自分でも判然とはしないけれど、とにかく彼女とは一緒にはいられない。

 グレープフルーとも、二人で組むことはないだろう。


 視聴率レースの結果がどうなるにせよ。


 生きるにせよ――

 死ぬにせよ――


 その先は――俺一人で行くのだ。

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