第二曲 第三楽章 銀河 黒野家地下一階リビングにて

 「だいまっ」

 風雅ふうがから何とか電子マネーを取り返し、俺等は自宅に辿たどり着いた。

 「随分ずいぶん早かったですね。その様子ですと収穫無しですか。あとギン達の疲労っぷりは、また風雅君からの被害にった…という所ですか?」

 「まさに名答だ宇宙そら。たまたま兄貴と居合わせたら、たまたま奴と出くわして上にケツ叩かれるわ、ポスモスられるわ、追いかけるだけで疲労感MAX、マジで腹立つ野郎だぜ!」

 彼方かなたはまだ苛立ちが募っていて人に当たり気味になって言った。対して、俺等の状況を見て察した宇宙はそんな彼に動じず、冷蔵庫から取り出した野菜ジュースをコップに注ぎ、空になったペットボトルのラベルをがし始めた。同時にセイちゃんが洗面台から戻り、ずり落ちた眼鏡を掛け直した。

 「最終的にはカナちゃんと銀河ぎんがさんが取り返してくれました」

 「いや、お前のお陰だ。四人ではさちにしなければ俺の体力もかなりヤバかったからな。しっかし、知らないうちにポスモ抜かれるとは参ったぜ。今度からスマホケースに入れようかな」

 「だっさ~、その程度で取られるとかマジダサすぎ」

 セイちゃんの頭を叩きながらめると、終始話を聞きながら春休みの宿題を片付けているひかりが微笑しながら俺等を馬鹿にした。

 「お前も大体人のこと言えんだろ!あいつにスカートめくりされて、挙句の果てには『いちごちゃん』なんて言われる始末d」

 彼方が言い終える前に輝が彼をワンパンで仕留め、彼はその場で倒れ込んだ。

 「スカート捲られてないしっ!あと『いちごちゃん』は別!てかもうその名で呼ぶなあ!!」

 輝は彼方の発言が気に入らず激怒した。

 ちなみに輝が言う『いちごちゃん』とは、去年のレクリエーションでドッジボール大会に挑んだ際、偶然体操着を忘れてしまった為やむを得ず制服で参加したのだが、ボールをかわした時にたまたま穿いていた下着がいちご柄だったと目撃した男子が発言した俗称である。それ以来、一部の男子生徒からは今でもこのあだ名で輝を揶揄からかってたりすることもしばしばあるらしく、言われると怒る。家内では主に彼方が輝をディスたり、兄妹喧嘩が勃発ぼっぱつした時に発言したりする。補足をしておくと、実際風雅から何回もスカート捲りの被害を受けているが、彼から『いちごちゃん』と呼んだことは一度も無い。

 「今のはカナちゃんが悪いで。そんなん言われたらひかりんやて普通に嫌がるて」

 そんな中、自分の部屋から戻って来た月夜つきやが二人の騒ぎ声を聞き付け、彼女を擁護した。

 「違うんだ姐さん!輝が先に俺等を見下したんだ!」

 「別に見下してないし!カナ兄ちゃんがボーっとしてるから何回もあの子に物盗られるんでしょ!?それがダサいって言ってんの!!」

 「それ以上言ってみろ…そしたらお前を…!!」

 「いい加減にしろ!!いちいちくだらねえことで揉めんじゃねえ!!輝も輝で、言葉には十分注意しろってあれ程言ったのにすぐ言い出しやがって…」

 彼方が輝に手を上げようとしていたので、終始弟妹の喧嘩を見守っていた俺は我慢の限界に達し、二人の間を割って入った。

 「おお~、ギンが『ちゃんと』お兄ちゃんしとるぅ~」

 「この光景は久々ですね。最後に目撃したのは確か…半年くらい前でしたっけ?」

 「よう覚えとるな」

 その状況をの当たりにした月夜が冷やかしながら言い、同じくセイちゃんも昔を思い出しながら感服した。

 「『ちゃんと』は余計だ。俺は黒野家ここの長男だからこれくらいのことは当然のことだ。ほれ、謝れ」

 まだ余憤が残っていたせいで、月夜に対しても少々怒りっぽい口調で言った。俺の言葉に促された弟妹は渋々と謝罪したが、叱責を受けたせいで輝の気分は半ば沈み、彼方は目を背けた。

 「ところで宇宙、今朝から昨日の事件の事で調べとるけど他に変わった事あるんか?」

 月夜がスマホでSNSチャットアプリの投稿欄を見ながら宇宙に尋ねた。

 「ええ、こちらをご覧下さい」

 と、宇宙は巧みな手捌てさばきで検索サイトを開きニュースの記事を引っ張り出した。俺は月夜と共に宇宙のそばでパソコンの画面を覗き込むと、画面に映し出された記事には奇妙な事が書かれていた。

 「『全世界の音楽家が突然謎の脱力か 有名ピアニスト・ウォルター氏もお気に入りの曲が弾けず』?何だこれ?」

 奇妙過ぎる事件に思わず難色を示してしまった。

 「事件と同じ日に各国の有名な音楽家や作詞・作曲家その他駆け出しのアマチュアや音楽に関する研究者達も、この世からクラシックが消滅した影響で演奏や曲作りのみならず歴史ある音楽の研究に精が出ずやる気を失ったり、挙句の果てには倒れて入院する人も続出している等と数々の報告がある様です」

 「ほえ~そりゃ奇妙だな」

 事件の詳細を耳にした彼方が他人事ひとごとの様に返答した。

 「けどそれって昨夜のニュースと関係あるの?」

 輝が戸棚から引っ張り出したクッキーを頬張りながら尋ねた。

 「何だ?『昨夜のニュース』って」

 「ギン見てないんか…昨日の事件の影響のせいか全国でクラシック音楽が抹消されて人々の記憶からも綺麗きれいさっぱりに失くしとるってやつ!それ今朝もやっとったんやで!」

 月夜は呆れて大きくめ息を付いた。

 「あれだろ?Kwitter《クゥイッター》の情報だと音楽の教科書の一部のページが白紙になってたり、書店の音楽関連商品や楽器店の書籍コーナーの一部の商品がただの白紙の冊子が陳列ちんれつされていて何が掲載けいさいされていたか思い出せず、挙句の果てには一部の店舗ではそれを焼却しょうきゃく処分されちまう所だって出てるんだぜ!?」

 彼方の証言を聞いて俺も思い出した。

 「…じゃあ俺がCDショップで白紙のジャケットを見つけたってのも…」

 「恐らくクラシック音楽でしょう」

 「マジかぁ…」

 セイちゃんが断言すると、俺は少しのモヤモヤ感が解消された安堵とクラシック音楽が人々の記憶から消えているという怒りが入り混じって落胆らくたんした。

 「けど何でやろな。ウチ等一般人はクラシック音楽の情報綺麗さっぱりに無い訳やろ?けどギン達はわずかやけど其々それぞれの音楽家と出逢ってクラシック音楽が存在する記憶が残っとる。その音楽家達は戦う為に何か残したんとちゃうんか?」

 「そう言われてみればそうだな。俺はバッハと出逢ってからその人の生い立ちと残した有名な曲が二作品…けど何の曲か思い出せねえ…」

 「俺はモーツァルトが残した二曲と生前の記憶が」

 「あたしはショパン」

 「宇宙兄さんはベートーヴェンで僕はシューベルト、共通しているのは契約した音楽家の生前と有名な曲が二作品で曲の詳細は未だに不明…。それはそうと、何処にでもいるごく普通の学生である僕達は何故なぜソウルジャーに選ばれたのでしょうか?」

 「確かに、誰でも音楽魂ソウル・ムジークが高ければ音楽を救う戦士になれる可能性が高いはずなのに、何故選ばれたのか気になります。例えプロの音楽家や演奏者のみならず、アマチュアでも音楽に対する愛が強い人は世界中何処どこにでも沢山いるはずです」

そこへ地下二階から上がって来たほたるがやって来て口を開いた。






 「それは貴方達が守護神に認められた適合者だからです」






 蛍に憑依している女神様が唐突に結論を割って出した。

 「適合者?どういう事?」

 輝は理解が追いつかず首を傾げた。

 「貴方達は事件が起きる直前に一度夢を見た事を覚えていますか?」

 「夢って、俺等がバッハやモーツァルトとか有名な音楽家に会った夢の事か?」

 「ええ、その音楽家と出逢う前に貴方達は各々の生物を目撃したと思いますが、覚えていますか?」

 女神様の質問を聞いて俺等は思い出した。

 「…!確かあの時俺は炎をまとった鳥を見た気がするな」

 「俺は稲妻のライオンみたいのを見たぜ」

 「あたしは妖精だった!なんか小さくて綺麗な花を見に纏ってた!」

 「僕は水の狼でした」

 「僕は草木の龍でした。うろこが葉になっている」

 俺等が見た生物を挙げると女神様は軽くうなずいた。

 「貴方達が目撃したと言うその生物こそがハルモニアン星の守護霊なのです」

 「ハルモニアン星の守護霊…?」

 また新たなワードが増え更に理解し難い状況になってしまった。

 「ハルモニアン星が存在していた頃、守護霊は本来の姿を隠して護衛隊に扮し私の元で仕えていました。ですが母星が滅亡したあの日、私を力づくで護ろうとしたのですが、宇宙侵略組織によって時空のブラックホールに飲まれ長らくの間消息を経っていました。守護霊は私と同じく不思議な力を宿しているのですが、その力は音楽魂ソウル・ムジークが極めて高い状態にならなければ発揮出来ないのです」






 ………?あれ……?この話、何故か知ってる様な…?






 「!!聞こえる…。人々の嗟嘆さたんが」

 女神様が唐突に町の異変を察知した様だ。

 「女神様!またアルマイナが出たの!?」

 輝がすぐさまに女神様のそばに寄って尋ねた。同時にSNSを閲覧していた宇宙の顔色が強張り出した。

 「…何ですかこれ…」

 「どうした宇宙!?」

 「これをご覧下さい!」

 パソコンに集まった俺等が見た物は、SNSのトレンドワード一位に『巨大ゴキブリ』、次いで『大量発生』と記されていた。

 「巨大ゴキブリ?しかも大量発生って…気味が悪いな」

 「そもそも、何で急にゴキブリ?あたし戦いたくないんだけど…」

 月夜と輝が身震いをしながら言った。

 「原因は定かではございませんが、この動画を見て下さい」

 宇宙が動画の項目をクリックすると、見覚えのある景色が幾多の巨大な茶色の物体で覆われていた。そう、それこそが巨大ゴキブリの大量発生事件だ。

 「何これ!?キモっ!!キモっ!!」

 「落ち着いて下さい月夜さん!…?ここって確か…北歌音きたかのん駅周辺ですよね…?もし僕達の帰宅が遅かったら…」

 誰かが撮影した動画に映る景色を見て察したセイちゃんが、不安気な顔をして考えている。

 「ああ、一歩遅かったら俺等はこのG集団の餌食えじきになってたな…」

 同時に彼方も強張った表情で動画を眺めていた。

 「よし、場所が分かればすぐに出動だ!月夜、しっかり戸締りしろよ!」

 「アイアイサー…」

 俺等は直ちに家を出て北歌音駅へ向かった。

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