ようこそわが家へ

「ここらへんてコンビニあるの?」

「結構ある。流石に駅前ほどじゃないけどな」

「へぇ~。買い物とかはそっち?」

「そうだな。でかいショッピングモールがあるから、いろいろ集まってる」

「遊べる?」

「さぁな。遊べるんじゃないか?高校生が夜にうろついてるからな」

「うわっ、おじさん、女子高生のことチェックしてるの?」

「人聞きの悪いこと言うんじゃない」


 車内でユウキは喋りっぱなしだった。後ろの席で窓の外を眺めながら、面白そうなものを目ざとく見つけて子供のように騒いでいる。実際に、子供なわけだが。

 ユウキは打ち解けたフリが上手かった。言葉の端々には親しみが滲み、バックミラー越しに俺に笑顔を向けてくれた。コーヒーが飲みたいと遠慮なく車をコンビニに留めさせることもあった。遠慮がないお蔭で、俺もいつしか他人の娘であることを忘れかけていた。

 一方で、俺とアイは付き合い方が下手だった。アイはユウキの隣に座り、反対側の景色を眺めていた。両手を膝の上で重ね、本当にじっとしている。バックミラー越しに何度か様子を伺ったのだが、目が合うこともなく、たまに口を開くときは、はしゃぐユウキを窘めるぐらいに留めた。

 女一人、ユウキ一人で十分に姦しかった。


「おじさん、何か音楽ないの?」

「CDならダッシュボードに入ってる」

「CDって、いまどき?」


 今時のことなんておっさんにはわからない。いちいちスマートフォンを弄るのも面倒だし、ネットはさらに面倒だった。と、いっても意欲的に音楽を聞くほうじゃない。最後に音楽に金を払ったのはずっと前だった。


「よっと」


 運転席と助手席の間からユウキが身を乗り出した。すぐ真横から女子高生の頭が飛び出し、首筋やら鎖骨やらを見せつけられて俺は居心地が悪かった。ネクタイを締めてくれ


「ユウキ、危ないよ」


 俺の心境を代弁するようにアイが叱ってくれた。


「へーきへーき。ん~~、聞いたことのないのばっか」

「ユウキ、危ないって。ちゃんと座って」

「ちょっとだけだって、すぐに終わるから、黙っててよ」


 売り言葉に買い言葉というほどじゃないが、途端にアイとユウキは年頃の姉妹らしく言い合いを始めた。

 おかげで車内BGMは必要がなくなった。俺の車がこんなにも賑やかになるなんて、本当に悪夢としか言いようがなかった。











 職場から一時間ちょっとで、俺の家についた。重ねて言うが俺の家だ。


「いい家だね。マナミママの家」

「そうね。お母さんらしい家ね」


 だから、アイとユウキがしきりにマナミの家だと褒めるのが気に食わなかった。

 結局、車内で二人は本格的な言い争いを始めた。やれユウキが口うるさいと言い返せば、アイはムキになって行儀が悪いと言い張った。二人が臍を曲げて頬を膨らませていた。それが今は仲良く肩を並べて俺の家への思い思いの感想を述べている。


「お隣さんはいないんだ」

「俺もマナミも近所づきあいなんてしたくなかったからな」


 俺の家は住宅街から少し離れたところに建っている。二階建てで小さいながらも庭がある。家と繋がったシャッター付きのガレージは俺があとから唯一こだわれた部分だ。二台分の車が入って、雨にぬれずに家にはいれる点はマナミも大いに気に入ってくれた。

 ローンはない。周りに深夜営業の店はなく夜は静かで最高の立地。訪ねてくる人間はたいていが宗教勧誘、たまに宅配業者ぐらいだ。


「鍵を開けてくれますか?」


 ガレージからわざわざ玄関に回って外観をひとしきり楽しんだアイが俺を急かした。


「ガレージから入ればいいだろ」

「玄関から入りたいんです」


 俺の家に入るのに、よそ様の娘たちはひと手間かけたいらしい。

 溜息を吐いて、久しぶりに玄関の鍵を使った。言いくるめるより従ったほうが楽だった。


「うっわ……」

「……なんですかこれ?」


 靴を揃えてから家に入ったアイとユウキは現状を思い知った。

 玄関から進めば、メインフロアのLDKだ。カウンターキッチンと脚付きの椅子がテーブルを囲んでいる。リビングには大型テレビと低いテーブル。四人家族が総出で座ってもあまりそうな馬鹿でかいソファーが置いてある。マナミ曰く、機能的で優美なデザイン。家の中は彼女のこだわりが随所にちりばめられ、別れたばかりのころは完成を子供のように喜ぶマナミの笑顔を幾度も思い返す羽目になった。

 結局、一人で使い切るには広すぎるので、俺の活用範囲はもっぱらリビングだ。平日は仕事から帰ってくればソファーに寝転んでテレビをみる。あとは気ままに酒を飲んで一日を終える。休日もソファーでだらだらと過ごし、用が無ければ外には出ず酒を飲んで寝る。ソファーで寝ることのほうが多いくらいだ。

 だからソファーの周りに溜まりに溜まった晩酌の残骸と、コンビニ袋が散乱しているのは何もおかしなことではないのだ。

 アイの厳しい目が俺の考えを真っ向から否定していた。


「いったい、どんな生活してるんですか?キッチンは綺麗なのに、リビングがごみ溜めじゃないですか」


 酷い表現だ。


「一人じゃゴミなんて少しずつしか出ないんだよ。掃除なんてたまにでいいんだ」

「お母さんから片づけておくように言われましたよね?」

「さっきも言ったが本気にしてなかったんだ。そろそろ片づけ時だとは思ってたんだがな」


 アイは信じられない物を見る目で俺を睨んでいる。そんな顔をされれば、俺もリビングが燦々たる有様であるかのように思えてきた。

 そういえば今朝は落としていたピーナッツを踏んだばかりだ。たぶん、カーペットのどこかで粉々になっている。最後に掃除機を掛けたのはいつだ?カーペットを洗ったのは?ソファーは先週掃除した。ビールを零したからだ。


「男の人ってこうなのかな?ワイルドっていえる?」

「そうともいえる」

「いえるわけないでしょ!」


 引き気味のユウキの感想に、アイは声を荒げた。今日初めて、人間らしく感情をむき出しにしてた。


「まずは掃除をします。リビングがこんな状態じゃ、他の部屋も怪しいわ」

「いや、他は綺麗だ」

「信用できません」


 バッサリだった。ユウキもうんうんと頷いている。二人の意見が同じなら、俺が割って入る隙間はない。 せっかく早引けした日に、なんで自分の家を見て回らなきゃいかんのだ

 一階はLDKがほとんどを占めているので、見て回るところは多くなかった。バスルームとトイレに「汚い」「まぁまぁ」と評価を漏らし、俺の寝室……もと夫婦の寝室は0点だった。脱ぎ捨てっぱなしの服と万年床と変わらないベッドのせいだ。「おじさん臭い」とユウキは鼻をつまんだが、俺にはさっぱりわからなかった。最後に小さな和室は満点をもらった。マナミのお昼寝用の部屋で、俺はもう何年も使っていない。起きている時も寝ている時も、俺はソファーから動かない。

 2階はほとんど使っていなかった。客間が1つ、物置部屋が1つ。間取りの変わらない部屋が2つ。ベランダのついた大きな部屋が一つ。


「なぁ~んもないね」


 2つ並んだ同一の間取りの部屋で、ユウキは見た通りの感想を述べた。

 2階の部屋にはほとんど物がない。収納スペースは備え付けだから棚や箪笥は置いていないし、そもそも俺にもマナミにも必要のない部屋だった。


「……子供部屋だったからな」


 俺は極力、そっけなく伝えた。

 俺はアイを見ていた。彼女が順当に俺の子供のままで、一人の時間を欲しがるぐらいに育てば、この部屋はアイの部屋になるはずだった。

 『子供は太陽を浴びて育つのよ!』とマナミは子供部屋の真ん中に立って力説していた。いままさに、アイが日差しを浴びて子供部屋に立っていた。

 腹の中で妙なやつが渦巻いた。そいつはどうにかして俺の涙腺を刺激して滂沱の涙を流せるようにと躍起になってぐるぐるしていた。あいにく、俺には通用しなかった。

 とっくに昔に割り切っている。アイはもう俺の娘じゃない。


「じゃあ、この部屋を私たちの部屋にしよっか」


 何も言わずユウキと一緒に部屋を歩き回っていたアイが唐突に提案した。

 

「家具もないし、綺麗だし、日当たりもいいから。いいでしょ?ユウキ」

「りょーかい。あっちとこっちどっちがいい?」

「どっちでも」

「んじゃあ、わたしあっちね。階段に近いほうね」

「わかった。ベランダのある部屋は洗濯物を畳んでおく部屋にするわ」

「はいはい。小部屋は何置くの?」

「まだ思いつかない。何かしたくなったら相談しよ」

「オッケー」


 日差しの中に起つ他人の娘に見惚れている間に、二人はさっさと話しを進めてしまっている。

 待て。家には連れて帰ったのは落ち着いて話をするためだ。

 ここに住むこと前提で話を進められても困る。主に俺が


「それじゃあ、あとは……」


 話し合いだ。


「掃除だね」


 どうもそうらしい。












 掃除の段取りはアイが決めた。掃除の必要の少ない2階は後で全員でかかること。

 まずは俺とユウキがリビングを。アイは俺の寝室を担当すること。

 男の部屋を任せるわけにはいかんと主張したのだが、アイは俺一人に掃除は任せられないと言い切った。 まぁ、俺の部屋に女子高生に見られて困るのはパンツぐらいだ。男が一人でお世話になる書籍や映像媒体の類には、もう何年も前に処分して頼っていない。

 というわけで一番ゴミの多いところに二人掛かり。つまるところユウキは俺の監視役だった。

  俺とユウキはリビングのゴミをせっせとコンビニ袋に押し込んでいった。幸い、夏場じゃないので悪臭もない。手を動かした分だけ片づけが進んだように見えた。


「アイはいつもあんな感じなのか?」


 コンビニ袋の口を結んで、ゴミ袋を作りながら俺はユウキに聞いた。


「あんな感じって?」

「仕切り屋」


 率直な物言いをすると、ユウキは小さく笑った。


「まぁね。アイは努力家だから人任せにしたがらないの。自分の理想通りの結果が得られないのが嫌なんだってさ」

「優等生だな」

「そうだよ。学校のテストも毎回5位以内に入ってるし、生徒会長に立候補しないかって先生に勧められてるもん。たぶん、やらないだろうけど」

「なんでだ?似合ってるのに」


 アイが優等生だと聞いて俺は嬉しかった。生徒会長なんて俺には縁がなかったが、アイなら立派に成し遂げられそうだと思った。


「家のことがあるからね。料理も掃除もアイがやってるのから」

「家事なんてマナミはやるわけないか」


 俺は忌まわしき記憶を思い返していた。包丁恐怖症を騙るマナミのことだ。包丁を握れば食材を残材へと変えてしまう腕前の持ち主。火を使えば焼きすぎ、煮過ぎのオンパレード。食えたもんじゃないと文句を垂れれば、包丁を俺のほうを向ける女だ


「言っとくけど、最初はマナミママも頑張ってたんだよ?」

「マナミが?嘘だろ」

「料理は最初だけだけどね。ほら、マナミママの料理って指がなくなるか料理ができるかに2択じゃない。危なっかしいんでアイが手伝うようになって、アイのほう料理上手になってからはしなくなったけど、掃除は今でもしてるよ」


 とうてい信じられなかった。天性の家事嫌いにどんな心境の変化が訪れたというのか。


「で、ユウキは手伝ったりするのか?」


 待ってましたと言わんばかりに、ユウキはにんまり笑った。


「んーん。あたしはだらける専門。アイのほうが美味しいからね」


 ちょうど手に持っていたコンビニ袋を放って、ユウキはソファーにどかりと尻を乗っけた。短いスカートが一瞬まくれて暗がりの中にの布地が見えた。


「パンツ見たでしょ?」

「見てない」


 俺は嘘を吐いて片づけに戻った。ユウキは俺を試しているんだろうか?うっかりパンツにつられて下心でも覗かせた瞬間、おまわりさんの出番になる。

 もしそうなら、恐ろしい。おっさんに勝ち目はない。


「それでアイは一人で大丈夫なのか?女の子1人で部屋の掃除は大変じゃないのか?」

「大丈夫でしょ。ああ見えてアイは空手やってるから体力あるんだよ」

「空手?本当か?」

「才能なかったけどね。いまは護身術も習ってるから、すっごく強いよ」


 一見して文学系に見えたが、見かけによらないものだ。


「鍛えてるのか?護身術って心配事でもあるのか?」

「そこまでは知らないよ。アイに直接聞いたらいいじゃん」


 もっともなユウキの言葉だったが、俺は口をへの字に結んだ。アイに直接聞くなんて今の俺には逆立ちで一輪車に乗る以上に難しい。元娘の人生を根掘り葉掘り聞いてもいいものなのだろうか?

 努力家なんだって?偉いじゃないか。生徒会長だって?凄いじゃないか。空手をやってるんだな。俺もやってた。

 そんな当たり前の話のきっかけに頼るには、俺は少々臆病に年を重ねてしまっていた。

 そんなわけで俺は黙々と片づけに没頭した。ゴミ袋を量産してカーペットを外ではたき、フローリングの床を掃きはじめた。

 その間、ユウキはソファーの上でテレビを見ていた。


「休むな」

「喉乾いてきたし~。何か飲み物ないの?」

「コンビニでコーヒー買っただろ」

「車の中かも。とってきていい?」

「帰ってこないから駄目」

「するどい!」


 本当にユウキは馴染んだフリが上手い。情けないことに俺はこの図々しい猫のような女子高生にほだされかけてしまっている。家に置いておけば、つまらない時間をほんの少しぐらいは楽しく彩ってくれるかもしれない。孤独なおっさんには魅力的な可能性だった。


「タケオさん!!いますぐ!こっちにきてください!!」


 寝室のほうからアイの声が矢のように飛んできて俺は飛び上がった。

 ユウキはソファの上で目を丸くしつつも俺と目が合うのと二本の人差し指を頭の上に立てた。

 『怒ってる』と口パクで伝えられて、俺は大きく頷くことしかできなかった。














 寝室でアイは腰に手を当てて仁王立ちしていた。わざとやっているのかと思うぐらい、怒っている姿はマナミと似ていた。

 初めにどれだけ怒っているのかを体で表してるの。とマナミは恐ろしい形相で俺を睨み付けていたものだ。


「謝ったほうがいいよ」


 俺の背中に隠れながら、ユウキがこっそりと耳打ちしてきた。完全に及び腰である。つまり、今のアイの怒髪天は決して見せかけだけではないらしい。

 だが、俺には怒られる理由がない。寝室を見渡せたば、一時間ほど前とは比べ物にならないぐらい片付いていた。

 脱ぎ捨てていた肌着は残らず片づけられて、万年床のシーツは取っ払われて庭で干されている。床は掃除機のあとで粘着ローラーで徹底的に磨き上げられ髪の毛一本すら落ちてなさそうだ。

 俺は感心した。どうすればここまで掃除という行為に情熱をかけられるのか。どうせ一週間でゴミは落ちるというのに。

 だが、いくら観察してもアイの怒りの原因は見当たらなかった。せいぜい、アイの目の前に不審な段ボールがあるぐらいだ。


「これはいったいなんなんですか!?」


 まさにそのダンボールを指さして、アイは吼えた。怒りの原因は段ボールの中身らしい。アイが用意したわけじゃないなら、もともと俺の寝室にあったものなのだろう。

 なんだっけっと俺は首をかしげた。見当がつかない。わざわざ段ボールに入れてしまっておくようなもの。読書家じゃないので本じゃない。服なんて買ってないから古着でもない。なんだ?


「なんなのこれ?」


 ユウキは早々に段ボールを覗き込んだ。確かに答え探しよりも手っ取り早い。俺もユウキの頭越しに中身を垣間見た。

 いや、まて、これは……


「うげぇ……まぢで?」


 嫌悪感に満ちた声をユウキが絞り出していた。

 一方、俺は声を絞り出すこともできなかった。頭の中では段ボールのブツの出所と、アイとユウキへの説明方法を必死に探っていたからだ。


「ユウキ、こっちに来て」


 アイはあからさまに俺を牽制していた。警戒心と敵愾心を燃やして俺を睨み付けている。ユウキは大人しくアイの側に立った。段ボールから抜き取った『淫乱女子高生~白濁の海~』というAVを持ったまま

 ヤスオだ!俺は唐突に閃いた。

 段ボール一杯に詰まった女子高生物のAVを俺に押し付けたのは、やつだ!


「こういうの好きなんですか?」

「いや、俺のじゃなくてだな……」


 とりあえず落ち着かせようと俺が手のひらを向けると、アイとユウキは揃って二歩下がった。

 グサッとくる反応だ。おっさんには堪える。彼女たちの俺への評価は地べたを這っている。


「俺のじゃない。ヤスオ……同僚のだ」

「うそっぽ~~い」  


 嘘じゃねぇよ。


「なんで同僚の人の……その、エッチなものを預かってるんですか」

「彼女ができたから見つかるとまずいって俺に押し付けてきたんだよ。俺は一人だったし、秘蔵のコレクションだって根負けしたんだ」


 二つ返事で引き受けた俺が馬鹿だった!『使ってもいいですから~』と、俺に段ボールを押し付けたヤスオのにやけ面を思いだし、殴りたくなった。数回お世話になった自分も同様に。


「密着JK24時~制服に隠された肉欲の決定的証拠~。12人の女子高生~精液まみれの学園生活~うわっ、これ凄い。見てよ。新しいお義父さんに毎朝特濃ミルクを飲まされちゃうだって」

「やめろ!」「やめて!」

「ハモった」


 落ち着いたのか慣れたのか、ユウキが堂々とAVを漁りだしていたので俺とアイは声を張り上げた。

 二人が俺を見ている。

 アイはまさに不審者と出くわしたのだと言わんばかりに張り巡らせて緊張の糸でしきりを作り、笑ってはいるがユウキですら特濃お義父さんをちらつかせて冷ややかな視線を向けてきている。


「私、空手やってます」

「あたし、陸上部だから足速いよ」


 俺は成す術がなかった。うっかり近づけばそれだけで二人は悲鳴を上げて逃げていくかもしれない。

 確かに二人を追い出したいと思っていたが、いくらなんでも不名誉すぎるレッテルを張られるのだけは勘弁願いたい。

 だけど、どうすればいい?何を言えば信用を取り戻せる?いっそのことを開き直ってみるか?


「本当に、こういう趣味はないんですね?」

「……ない」


 アイの問いに俺は重々しく頷いた。正直言えば興味はある。女子高生に興味がないなんていえば、それこそ嘘である。けれど、こういう状況では嘘も方便であると信じたい。

 俺は真っ向からアイの目を見つめ返した。これしかできなかった。

 アイとユウキはまたしても顔を見合わせ、姉妹会議を始めた。信じるか信じないか。あるいは裁く裁かない。

 俺は棒立ちで判決を待った。いつのまにか首に縄がかかって足場に穴が空かないことを祈りながら


「わかりました。とりあえず、信用します」


 半信半疑であるけれど、二人の下した評決に俺は心底胸をなでおろした。こんなにたっぷりと冷や汗をかいたのはいつぐらいだ。


「じゃあ、これは全部処分しますね」

「え?」


 ひょいっとアイが段ボールを持ち上げたので俺は驚いた。


「え?ってなんですか?いりませんよね?」


 確かに俺はいらない。


「いや、同僚からの借りものなんだよ。だから、いつか返さないと」


 俺はアイの前に立ちはだかり段ボールを掴んだ。


「何年借りてるんですか?その人もとっくに忘れてるんじゃないですか?」

「いや、それはない。大切なコレクションでプレミアもついてる」


 特濃お義父さんに。


「あなたのじゃないんですよね!?」

「俺のじゃないから捨てられないんだよ!!」


 俺とアイの主張は拮抗した。俺が引けばアイも引き、ぎりぎりと段ボールがよじれた。もちろん、本気を出せば女子高生の腕力など振りほどけるが、いくらなんでも大人げなさすぎる。


「本当は自分ので捨てたくないだけじゃないですか!?」

「違う!断じて違う!おしくなんかない!!」

「だったら……」


 アイがわずかに腰を落とした。突如、恐ろしい力で引っ張られた。


「放して、ください!!」


 やはり俺はアイの見かけに騙されていた。大人しく見えるアイの腕力は一瞬ではあるが俺を上回った。

 結果、瞬発的な力によって段ボールは破断。引っ張られた俺の身体は成す術もなく前のめりに。よく研かれた床で足が滑った。


「わっ」

「きゃぁ!」


 舞い散る女子高生AVの中に俺はダイブした。倒れ込む直前に聞こえたのは、アイの身近な悲鳴と傍観者のアイの間の抜けた声だった。

 転倒、衝撃、痛み。ずっこける痛みというのは久しぶりだった。


「いって……」

「いたっ……え?」


 そして、俺の手に伝わる感触も久しく感じたことのないものだった。柔らかく、服の上からでも手のひらに吸いつく、女性の身体でもっとも柔らかいんじゃないかと思える部分。

 乳房。おっぱい。女子高生の青い果肉。

 俺はアイの上に倒れていた。偶然にも片手は俺の手はアイの胸を鷲掴んでしまっていた。俺とアイは無言のままに見つめあったが、一呼吸出会いの顔は羞恥と怒りに真っ赤に染まった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 肘鉄一戦。アイの空手の実力を身をもって知ることになった。せめて平手であってほしかった。


「わっ、古典的」


 ユウキの呑気な感想が聞こえて、俺は倒れた。


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