赤の他人の娘たち
俺は仕事に集中していた。いや、集中していたというのは嘘だ。自分を誤魔化すための嘘。
悪夢の提案から、一週間がたっていた。マナミのいった娘の来る日。気が気じゃなかった。
あのあと必死に酒に酔ってみた白昼夢だと思い込もうとした俺の努力は、二日酔いと着信履歴に残る電話番号で無残にも砕け散った。
娘が来る。最後に顔を見たのは病院のベッドで眠っているところだった。可愛い寝顔だった。
俺はそんな我が子を……あの子を置いて去っていった。マナミがどんな説明をしたのかわからない。けれど、悪夢から覚めた時に父親が消えていたら、あの子にはさぞかしショックだったはずだ。
あの子はマナミより、俺に懐いてくれていた。
高校生になってあの子はどんな風に成長しているんだろう。新しい家族と上手くやっているんだろうか。なにより、俺との再会をどう感じているんだろう。憎まれたって仕方がないことをしたのだ。
「馬鹿馬鹿しい」
マナミのことも子供のことも、何もかもが馬鹿馬鹿しい妄想に過ぎない。
別れた夫に子供の世話を押し付ける?
電話があったことは事実だが、あんなバカげた提案を本気にするやつがいるか。マナミの突拍子のない言動に何度振り回されてきたか思い返してみろ。うどんが食べたいと香川まで連れていかれたり、服が欲しいと東京中を引っ張り回されたこともある
どうせ、ふと思いついて俺をからかったのだろう。マナミにとって俺は視界の端に転がる玩具に過ぎない。
「タケさん、大丈夫ですか?なんか止まってますけど?」
ヤスオに声をかけられるほど長い間、俺は棒立ちしていた。
「ん?あぁ、なんでもない。ちょっと寝不足が続いててな。すぐに終わらせる」
「いや、タケさんそうじゃなくて……」
さっさと仕事を終わらせようと工具を握りなおしたのだが、ヤスオは何故だか俺の目の前で手を振って意識を引いた。
なんだ?仕事をするなってことか?
「なってますよ」
「なってる?」
「さっきから携帯が。ずっと鳴ってるんですよ。何か急ぎの用じゃないんですか?」
ヤスオに言われて俺の耳はようやく正常に動き出した。俺の胸ポケットにしまってある仕事用の携帯電話から最大音量の着信通知が鳴り響いている。耳障りな電子音。その音を聞いていると、忘れようとした不安が現実味を帯びてきた気がした。
◇
『いますぐ、事務所に帰ってこい』
社長のゴンさんは有無を言わせずに俺に命じた。声はでかいが温厚なゴンさんがそんな言い方をするのは予想外の事態、ただならぬことが起きているに他ならなかった。
だから俺は急いだ。急がなくちゃいけない。少なくとも急ごうとした。ヤスオ他、数名の部下に安全と仕事に専念にするようにいいつけて社用車に乗り込んでいた。事務所が近くなると車を進ませるのが次第に億劫になっていった。
アクセルを踏むのもハンドルを回すのも、前に進んでいるというのに間違った道に入り込んでしまったかのような不安に襲われていた。
事務所について車を降りて、雑居ビルの階段を一段飛ばして駆けあがった。軽く弾んだ息を整えて、俺は事務所へと足を踏み込んだ。途方に暮れているゴンさんが俺を待っていた
「ゴンさん、一体何が……」
「アイちゃんが来てる」
ゴンさんはたったの一言で、現状を説明し終えた。普段の長話から考えられない明瞭さだ。
アイが来た。マナミの娘。俺の元娘。電話で告げられた通りの不安が形を成したのだ。
「急に来たんだ。俺がクロスワードやってる時に女子高生が立っててな。タケオさんはいますか?って聞かれて、どなたですかって聞いたらアイですって。初めはアイちゃんだってわからなかったんだ。大人になってるからな。だけど、話を聞いたらアイちゃんだってわかったから、お前を呼んだんだ」
「あぁ、そうですか……」
切羽詰まったゴンさんの説明を俺はどこか遠くで聞いていた。あぁ、そうですかか。我ながら立派な答えだ。
ゴンさんはアイに会ったことがある。まだまだ赤ん坊のころの話。回数も年に一回か二回ほどに過ぎない。アイの誕生を自分の孫のことのように喜んでくれた。
いま、ゴンさんは幽霊にでもあったように落ち着きをなくしている。俺に比べればまだマシな部類だ
「いったいなんで今さらアイちゃんがお前に会いに来るんだ!?十五年ぶりか!?」
「それは、その、マナミの奴が……」
「マナミちゃんに何かあったのか!?」
「違います」
想像を加速させるゴンさんに、俺は首を横に振った。
それはない、マナミは元気だ。飛行機が落ちたらその場で海水浴を楽しみそうなぐらいのバイタリティがあるやつだ。お天道様が決めたこと以外で死ぬはずがない。
「あいつが一年ぐらい旅行にいくらしいんです。それで、娘の世話を俺に押し付けて……」
「は?なんだそりゃ!?」
ごもっとも。ゴンさんはあんぐりと口を開けて、今の状況を自分なりに理解してしようとしていた。マナミのことも知っているゴンさんでも、今回の奇行は驚愕に値した。
ゴンさんが事態を理解しようとしている間に、俺は深呼吸を繰り返した。俺の家に来るのなら問答無用で追い返してやったのだが、流石マナミだ。抜け目がない。職場に乗りこまれたら、顔を合わせずに追い帰すことができない。
「アイはどこですか?」
「応接間で待ってもらってる。何考えてんだマナミちゃんは!」
俺が聞きてぇよとゴンさんに言い返してやりたかったが、八つ当たりするべきときじゃない。
「中ですね。わかりました」
俺は落ち着いていた。アイが来たのなら、直接顔を合わせて追い帰せばいいだけだ。
「おい、待て!中には……」
ゴンさんが俺を呼び止めて、聞く耳をもたなかった。こんなことはうんざりだ。別れてもマナミの思い付きに振り回されて堪るものか。俺には俺の生活というものがある。
怒りを原動力に一直線に応接間のドアノブに手をかけ、力任せに中へと飛び込んでいった。
革張りのソファに女子高生が座っていた。俺はドアノブを離すことも忘れて立ちすくんだ。
なんといっても女子高生だ。おっさんばかりの職場で。その存在は異質そのもの。生態系を乱す外来種である。
俺と同じようの女子高生も固まっていたが、すぐにぺこりと頭を下げた。
「どうもっす」
どうもっす?
わが耳を疑った。十五年ぶりに再会した元父娘の始めかたとしてはふさわしくない。
そもそもその格好はなんなんだ?青いブラウスに薄いグレーのカーディガン。紺色のスカート。学校まではわからなくても街中で見かけたことぐらいはあった。
だけど、俺の元娘アイは大胆に着こなしていた。緩めたネクタイを首にぶら下げ、ブラウスの上ボタンを二つもあけている。スカートの丈は膝上から随分と上のほうだ。健康的に焼けた小麦色の肌を晒すセクシーな女子高生。
ここまではどうにか今時だと納得してもいい。だが、ショートカットの色は寛容できなかった。日差しを浴びながら揺れるアイの髪は、日本人離れした金色に染まっている。
マナミの馬鹿に子育てなんてできるわけがなかったんだ!
別れても後悔したことはなかった俺は、初めて自分の過ちを思い知らされた。
アイは、ぐれたのだ。ギャルになったとでもいおうか。なんでもいい。とにかく、俺の思い描いた将来像とはかけ離れたところにいってしまったのだ。
憤慨すべきか、泣き崩れるべきか、こんな時、どうすればいいんだ。
「えっと、ユウキです。初めまして」
俺は馬鹿になっていた。外見だけでなく名前まで変わってしまったのか。俺のことをすっかり忘れてしまったのかと本気で打ちのめされていた。
「ユウキ、座って」
声がした。金髪のアイは隣を、俺から見てソファの奥を振り返ってから腰を下ろした。
おかげで俺にも彼女が見えた。金髪のアイと対照的に、真っ黒の長髪。同じ制服なのに丈の長い上着をきっちりと着込み、胸元はネクタイでしっかりと守られている。スカート丈は膝よりも低く、タイツを履いて、極力、肌を露出しないように努めているようだった。同じ制服とは思えない。どっちが正しいのかは知らないが、優等生なのはこっちのほうだ。
アイだと確信した。よかったと安堵する間もなく、俺の心臓が暴れ出していた。いくらなんでもマナミと似すぎている。雰囲気と、俺を見据える鋭い目つき。唯一の違いは俺と似ている眉毛だろうか?
それなら、こっちの金髪女子高背は誰だ?ユウキ?全く覚えがない。
「タケ、とりあえず座れ」
ゴンさんの馬鹿でかい手が俺を応接間へと押し込んだ。そうして俺は元娘と知らない女子高生と向かい合って座ることになった。
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「お久しぶりです。タケオさん」
会話はアイの無難な出だして始まった。俺はアイと金髪少女のユウキを交互に見比べていた。
「久しぶり……大きくなったな」
俺が同じぐらい無難な返答をすると、隣に座るゴンさんから緊張が伝わってきた。
ただの観客のゴンさんであるが、その椅子は薄氷の上に置かれているようなものだった。金髪少女もゴンさんと同じく、せわしなく視線を巡らせている。
「元気そうでよかった」
「タケオさんもお変わりないようで、なによりです」
アイの名前を呼ぶのは何故だが気が引けたが、アイは容赦なく俺を名前で呼んだ。お互いの距離を確りと測っているらしい。
無難なやり取りで、俺は喋ることがなくなった。すぐに帰ってくれと突っぱねればよかったのに、成長したアイを見ていると決心が揺らいでしまった。
話しがしたかったのだ。父と娘の十五年の空白をほんのちょっとでも埋めたかった。アイと顔をつきあわせてから仕事で埋めたはずの空虚な部分から隙間風が漏れてしまっていた。
「お母さんから聞いている通り、今日からご厄介になります。できるかぎりご迷惑にならないようにします。よろしくお願いします」
俺の心情などお構いなしに、アイは要件を切り出して深々と頭を下げた。長い黒髪が垂れ落ちる。
十五年ぶりに再会した娘に頭を下げられ、俺の中ですき間風が啼いた。
「よろしくです」
少し遅れて短い金髪が同じように傾げられた。いいとも。そっちの話がしたいなら俺も話がしやすい。
「ちょっと待ってくれ。とりあえず一つ一つ片付けよう」
俺はようやく事態の収拾を始めた。まずは一番目に付くところから
「きみは誰だ」
「ユウキっす」
金髪少女はさっきと同じように名乗った。ユウキ。全く知らん。
「誰だ?」
「妹です」
続けざまの問いにはアイが答えた。俺は頭をハンマーで殴られたみたいな衝撃を味わった
妹?アイのか?じゃあ、マナミの二人目?俺の子供か?
いや、違う。俺はアイが自分の子供だと思っていた。二人目を作るのはアイが物心つくころと決めていたから、マナミとのセックスは極力避妊をしていた。だから、ユウキは俺の子供じゃない。
なら……考えつくのは
俺がユウキを見つめると、ユウキは目をパチパチと瞬いた。見つめられるのは落ち着かないらしい
「えっと、血は繋がってないけど、一応マナミママの娘です。アイとは同じ年だけど、アイのほうが誕生日が早いんで姉ってことになってます」
ユウキは頬を掻きながらおっかなびっくり、ざっくりと説明した。
アイと同い年。なら当然、生まれた年も同じってことだ。だけど、アイは双子じゃない。生まれた時には俺も立ち会ったのだ。
マナミとも血がつながっていないなら、それは……
「んーっと、まぁその、要するにマナミママの二人目の旦那の子供です。うちのパパも離婚してて、マナミママと再婚したんです。連れ子っていうのかな?それともコブ?」
「つまり、俺との関係は……」
「赤の他人です」
だよなと想像通りの答えに納得した。納得はしたのだが、新しい疑問が頭の中で渦巻いた。
「なんでここにいるんだ?」
疑問がそのまま口から飛び出ると、アイとユウキはお互いの顔を確認し合った。
長年の付き合い、姉妹らしく、どちらが話しを進めるか無言のやり取りで決めていた。先導係はアイになった。
「ユウキもタケオさんの家で一緒に暮らすからです。母から聞いてないんですか?」
聞いてない。断言しようとしたが俺の脳裏にマナミの声が反芻されていた。彼女の声は耳に残りやすいのだ。『娘たち』と終始マナミは言い続けていた。
なぜ俺はそのことに気が付かなかったのだろう?
わかりきっている。あんな状況でまともに頭が働くもんかよ
「言っていた気がするけど、覚えてない。だから、いま、話しあおう。何で俺が赤の他人まで家にあずからなきゃいけないんだ?」
おまけに赤の他人は元女房の新しい旦那の連れ子。どこから見たって俺との接点はないし、つながりを持っていい相手でも持ちたい相手でもない。
「ほら、やっぱりおかしいんだって。いいよっていうわけないじゃん」
どうやらユウキもこの状況の異常性に気づいてくれているらしく、アイへと唇を尖らせた。
そしてとんでもないことをした。何気なく片足を体の前に、抱く様に、ソファの上に上げたのだ。俺とゴンさんは素早く視線を45度上方に修正した。
短いユウキのスカートからパンツか見えそうになっていた。俺たち賢いおっさんは正しい対処法を身に着けてる。こういう場合、見れば損をするのはおっさんである。世の中理不尽にできている
「黙ってユウキ。それと行儀が悪い」
まずは一言。ユウキを黙らせて、アイはソファの上の足を引っぱたいた。「イタイ!」とユウキが不満を漏らして座りなしたので、ほっとしたのもつかの間、アイが俺を見ていた。
マナミに似た強い眼光が向けられて、酷く居心地が悪い。
「なぜ、ユウキが一緒にお世話になるかに関しては、私の妹だからです。お母さんと私とユウキは家族ですから一緒にいるのは当然です」
アイの声はよく透き通っていた。マナミのようにこちらの意識を引き付けるような力はないが、淀みなく、ハキハキとした口調は聞いていて心地いい。できた娘なのだろう。
「タケオさんと赤の他人かどうかなんて関係ありません。私だって赤の他人です」
ずきりと胸の隙間風が障った。
「それに一週間前に、タケオさんとお母さんとの間で話はついてますよね?私たちを預かることに同意したんですから」
「してない。俺は一言もOKなんて出してない」
「だったら、なんでお母さんに折り返し電話をしなかったんですか?たっぷりと一週間、断る時間はありました。土壇場になって嫌だなんて通りません。私たちは一週間、このために準備してきました。お母さんはも……いまごろ飛行機です」
俺はゴンさんと一緒に息をのんだ。アイは堂々と、真っ直ぐに非難する相手に言葉をぶっ刺さしたのだ。
大人びた雰囲気と物怖じしない態度、強固な意志によって確立された自己の存在。
少なくとも俺がアイと同じ年のころはもっと阿呆だった。高校を一時の感情に任せて投げ出すぐらいには阿呆だった。
「こんなバカげた話を誰が本気にするってんだ。考えてもみろ。別れた女房が別れた夫に子供の面倒を押し付ける?冗談だって思うだろ」
正直な話、電話をしなかったのはマナミの声を聴きたくなかったからだ。
別れた女房の声は、俺の心身を蝕む甘い毒でしかない。電話番号を見ていると声を聞きたくて掛けなおしてしまいそうで、速攻で消してしまったのだ
「お母さんは冗談で行動したりしません。わかってますよね?夫婦だったんですから」
痛いほどわかっていた
「だからって、いきなり年頃の女の子を二人も世話する余裕なんてない!俺にだって生活があるんだ!」
「世話をしてくれなんて言ってません。お母さんが昔建てた家に間借りするだけです」
「俺の家だ。家主は俺だ。誰を家にあげるかは俺が決める。そもそも、今の家に住み続ければいいだろ」
「私たちは自立できるぐらいには成長してますけど法律的にはまだ子供です。か弱い女です。近頃は物騒ですし、家に女子高生二人だけだとわかれば妙なことを考える人がいるかもしれません。何かあったとき、もしものときは大人がいてくれたほうがお母さんも安心できるんです」
「だったら世界旅行なんて行くんじゃねぇよ……」
最後の言葉は反論じゃなくてボヤキだった。
駄目だ。アイはまったくぶれそうにない。マナミと同じく鋼の意志で作った槍みたいな女に育っている。 苦手なタイプだ。
アプローチを変える必要があった。
「ユウキちゃん」
「ユウキでいいっすよ。おじさん」
女子高生に面と向かっておじさんと言われると、ちょっとショックだった。それでもアイの冷ややかな態度に比べれば温かみがある。
「きみはそれでいいのか?見ず知らずの俺みたいな男の元で暮らすんだぞ?」
「あー別にいいっすよ。マナミママもアイも、信用してるみたいだし。あたしも冒険好きだし」
ユウキはまた足を抱えるように上げそうになって、アイに止められていた。随分と自由に育ったらしい。 アイとは正反対だが、マナミの影響を受けていると思ったほうがいい。
「じゃあ、君のお父さんはどうなんだ?見知らぬ男の家に行くなんて反対してるんじゃないのか?」
ユウキの父親がマナミと同じ性格なら話は別だが、それはまずない。我の強い性格が二つ並んで上手くいくはずがない。磁石の同極みたいに弾きあうのがオチだ。
「うちのパパっすか?」
ユウキは何故だが嘲りを浮かべて鼻で笑った。俺を笑っているわけじゃなさそうだ。
「うちのパパは気にしないですよ。子供のことなんて興味ない人なんで」
「そんな馬鹿な」
子供のことを気にしない親がいるものか。俺なら少なくともアイやユウキが見知らぬ男の家に転がり込むことを許したりはしない。仮に、俺の娘だったらの話しだ。
俺は食い下がろうとしたが、ユウキはすでに結論は出たとばかり欠伸を一つして興味をなくしてしまっていた。アイもユウキも話に飽きていた。どうせこのまま続けても、結論は変わらず平行線になるのが俺にもわかっていた。
だけど、それでも、俺はこの二人を預かるわけにはいかないのだ。そんなことは間違っている。
「タケ……ちょっとこっちにこい」
不意に、隣のゴンさんが俺の肩を叩いた。何か知恵を授けてくれることを期待して、俺は席を立ってゴンさんについて、部屋の角に移動した。
「今日は帰れ。あの子たちと一緒に」
「馬鹿言わないでください」
俺はゴンさんの正気を疑った。俺と同じ孤独なおっさんのゴンさんが、我儘女子高生の肩を持とうとしているのだ。下心でもあるんじゃないか!?
「いいか、タケ。どんな理由でも子供がお前を頼ってきてるんだ。たった二年でもお前の子供だった子だ。子供に頼られるってことがどれだけ幸せなことか、お前はわかっちゃいないんだ」
俺は反論しようとした。できなかった。ゴンさんは俺と同じ孤独なおっさんだからだ。離婚経験があるのだ。三人の娘を授かっていたけど、親権は女房がもっていった。
目に入れても痛くない娘を失ったゴンさんは一時酒におぼれ、自暴自棄になり、胸にぽっかり空いた穴を仕事で埋めた。骨身を捧げて仕事に打ち込んだおかげで、贅沢できるだけの財を成したゴンさんだったが、本当の幸せはもう二度と帰ってくることはない。
ゴンさんから見れば、俺の境遇は苦難ではなく奇跡的に訪れた再起のチャンスのように映っているのだ。
俺の姿に自分を重ねていると思った。俺がアイと上手く関係を修復できれば、自分にもチャンスが来ると、奇跡を信じられるだけの希望が持てると、憐れなゴンさんは俺に縋り付いてる。
俺にそれを振り払うだけの冷酷さはない。
俺は天井を仰ぎ、それからアイとユウキを見た。馬鹿でかいゴンさんの声をしっかりと聞き取って、勝利を確信しているようだった。
3対1。もう逃げ道はない
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