至るべきところへ、遅れるのを恐れて

 学校に行く夢を見た。


 電車に揺られて、道を行く。なんだか、全く見覚えのないところだった。電車で通学をするというのなら、始めて行くわけでもない限り段々と見慣れてくるのが普通だが、何度も行っている自覚がありながら、景色も何も知らなかった。


 目的地に着いて、慌てて電車から降りる際、舌打ちをされたような気がしなくもない。落ち着きもなく、情もなく、迷惑をかけたという自覚を持ちながら、駅から直接繋がっている……なんだろう。なんか、店。ドン・キホーテだか、スーパー玉出だか、そんな感じの雑然とした、安い店。もしくはドラッグストアだったのかもしれないそんな店を、ただ経由して外に向かったのである。どんな構造の駅なんだよ。


 出ていく際に、見知った顔が挨拶を仕掛けてきた。

 小学校の頃の知り合いだ。名前もちゃんと憶えている。……いや、微妙かも。下の名前が、なんだっけな。小学校の頃に、同じ苗字の奴が三人ほど居た。頭文字イニシャルでいうとMだ。一人は仲が良く、一人は有り体に言えば虐められていて、もう一人は特に付き合いらしい付き合いはなかった。

 その一番付き合いのなかった奴が、遅刻しかけていた私を揶揄しながら、先へ走っていった。やっぱり、下の名前は憶えていない。そういう奴が居たという記憶が、意識されない間は明確にそこにあるようで、思い返せば特に何も具体的なことは記憶していない。あるいは、意識をしたことでような心持ちが、そこにはあった。きっと気の所為せいだろうが。


 駅を出てすぐは、都会らしい都会だった。

 具体的には、三宮くらいの都会。街は街の景色で、ビルが立ち並んでいた。それでも、どういうわけか少し離れればすぐそこに街が途切れ、緑や土、川の流れを見ることが出来るような、そういう都会の景色だった。

 実際には尼崎あたりの景色に近かったかもしれない。それでも、私の記憶にある限り、私が現に見た景色それそのものでは有り得なかった。そんなものは見たことがないのだという確信も、曖昧な記憶しか持たない人間が言う分には全く信憑性がない。故に、実際には存在した場所の記憶であったのかも知れなかったが。


 ところで、学校に向かう最中だというのに、鞄を持っていない。

 普通に考えれば、学校に向かうのに鞄を持っていないはずがない。状況的に、電車の中に忘れてきている気がする。それでも、もしかしたら最初から持ってきていなかったような、そうであってほしいと願う気持ちがあった。幸いにして、ICOCA(※)も財布も手元にあったので、最低限活動は出来る状態だった。故に、遺失物の捜索よりも、通学を優先した。それについては、非常に私らしい選択だったと言える。


 道を急ぐということで、普段通らない道を通っていた。

 ……ただ、近道を通るというのが、必ずしも実際に近い道だとは限らない。具体的に言うと、迷う。だいたいこのあたりでは、と当たりを付けたところに行ってみて、果たしてここは何処なのかと迷うことが、現実ですらよくある。

 随分と前になるが、普段は電車でおよそ30分ほどかけて向かうようなところから、自宅まで歩いて帰った事があった。「意外と近いんじゃないか?」というのを、なんなら地図すら見ないで歩き始めて、思ったより全然近くなかったため、夜の暗い道を、それでもひたすら歩いたわけだ。アレはアレで悪くない経験ではあるものの、好き好んでやりたいとは思わない。

 なんにせよ、からこそ出来る種類タイプの蛮行があって、夢の中でも概ねそういうことをやったわけだ。つまり、かえって到着が遅れるような道の急ぎ方をした。

 まぁ……結果としては、だ。

 上手くいく場合もあるに違いない。きっと、可能性に賭ける価値は殆どないほどの、儚い可能性くらいは。


 駅を出たところとは全く似つかわしくない、かなりの田舎の道を通り、いつか別の機会に見た気がする、何処とも知らない学校に着いた。もしかしたら休みなんじゃないかと思うほど、本当にがっつり真っ暗だった。電灯がついてない、とかそういう次元ではなく、だいぶ闇だった。

 あまりにも暗すぎたというのもあって、息を潜めて忍び込んだ。実際、誰も居ないということはないらしく、上階からは人の動く音が聞こえてきていた。そこにいたのも、やはり小学校の頃の知り合い……というかは同級生、ないし同学年くらいの奴だった。そっちは女性で、なんとなしに敵対的な(というほどでもないにしろ、仲良くはない)間柄だったように思う。気付かれたのかどうなのか、わからないままに階段を登った。


 辺りは暗い闇に包まれたまま、授業中の教室に着いた。

 外から見るに、どうやらそこだけは自然に――故にこそ不自然ではあるわけだが――明るい日差しの差し込んだ、暖かな木目の教室で、中には沢山のクラスメイトが、何か知らんがリコーダーの授業を受けているらしかった。

 要するにしっかり遅刻しているので、私は教室の扉をこっそりと開け、転がり込むように忍び込もうとした。だが、よく分からんが逆に目立つ形で扉は全開となったし、その勢いで私は教室に文字通り転がり込むことになってしまった。

 笑われたような、あるいは冷たい沈黙だけがそこにあったような、細かいことは憶えていない。ただ、そこに高校の頃の元野球部だった知人がいたことだけを憶えている。


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 そんな感じの夢だった。


 一番気になっていたのは、私が鞄を電車の中に忘れてきていたのではないかという不安で、何なら夢から醒めてしばらくして、やっとあれが本当にあったことではないというのを認識出来たことに、ひどく安堵したのを憶えている。


 あったこともなかったことも忘れながら、失敗の記憶だけが只管ひたすらに堆積していく。

 そこにあった偽りの失敗も、かつては現に存在した私自身の失敗だったのかもしれない。



 ああ、思い出した。

 私を揶揄した奴の下の名前は、リョウヤだ。すっきりした。



※ICOCA:西日本のICカード乗車券(東で言うSuica)

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