学び舎にてつくられたもの
専門学校の卒業制作を、そろそろ重い腰を上げて作らなければならないなと、アルバイトに行く前の
ああ、でもアルバイトに行くのも随分と久しぶりだ。制服はどうだったっけ。そもそも連絡もなしに、ふらりと立ち寄って働けるものだろうか。
……そんなことを考えながら、住んでいるアパートの階段をゆっくりと降りていると、出口あたりに友人の一人がなんかいた。
……そこそこ失礼ながら、名前をちゃんと憶えていない。専門学校の一年次において付き合いがあったうちの一人、親交と呼べる程度の仲において序列が最も低い――などと表現するのはどう考えてもおかしいのだが、現実には厳然と存在する概念の、そんな感じの仲の彼だった。たぶん、T君。
非常にどうでもいいことだが、折角なので記録という側面から、当時の事を少し深く思い出してみよう。
まずは、当時確か小説を書いていたはずのU君。何だかんだで私がこうして「創作」に至った要因のひとり。学校卒業後は地元で和菓子の会社に就職したとか、そういう話を聞いた気がする。
それと、当時なんかリーダー的なポジションに収まる事が多かった……ええと。
もちろん四文字言葉の頭文字という意味ではなく、単に名前がF始まりの男だったというだけだ。要するにフェルディナンドとか、あるいはフォスターとか、つまりそういうこと。
色々とあって、今は関係が悪化している彼だが、実際のところ彼は卒業後にゲーム開発会社に就職した人物の一人なので、優秀者と言って差し支えないだろう。地味に相当前に金を借りっぱなしで、その返済が今でも心に残っている。自分から連絡かますのは癪だが。
よくよく考えると、私が私から「好ましくない」と――苦手ではなく、明確に嫌いだと断言する相手というのは、そのFと、専門学校とは一切関係のないSしかいない。そういう意味では、彼らというのは私の人生において今のところ「最も
それは、
……という話はどうでもよくて。
そして、もう一人がT君だ。寺生まれではない。その場合はTさんになるからだ……って、当然のようにネットミームを使うのはあまり好ましいことでもないが。
とにかく全ての記憶の印象が薄いといって差し支えない彼が、具体的にどういう人だったのかを語ることは出来ない。それでも、私はどういうわけか、今でも彼は「好ましい人物の一人だった」とだけは認識し続けている。
その認識の正体は、私が認識した個人に対して最大限の認知バイアスをかけることであって、だからこそ「良く知りもしない誰か」というものは、その評価が非常に高い状態になりがちだ。私にとっての他者というものは、その実態を認識して、如何に等身大のその人に幻滅していくかが本質だと言えるかもしれない。言い方は好ましくないが、それ自体は非常に健全だとも言える。
何にせよ、アパートの駐輪場のその中か、出て直後かは微妙に定かではないが(たぶん出た直後だと思う)、そこにT君はいたわけだ。
アルバイトに行く前の、少しでもやるべきことから目を背けたい私は、「向き合うべきだが、今ではない現実に向き合う」という種類の現実逃避として、卒業制作に関する話をふっかけたのである。
(要は、試験前日に部屋の掃除を始めるみたいな話ですね)
内容的には、ゲーム制作時に扱うライブラリは何を使うと良いんだろうとか、そういう話だった。
もちろん、実のところその辺りは別に制約があるわけでもないので、使えるものをただ使えばいいのではある。卒業制作に関しては、時期的にもプログラミング能力の高低を見せつけることが必ずしも目的ではないし。就職には原則関係ないしな。
そこでまぁレンダリングがどうのとか、シェーダーがどうのとか、そういう感じの中身があるようでないような気もする話をして、目が覚めたというわけだ。
実際のところ。アルバイトをしていたのも、専門学校の卒業制作がどうとか言っていたのも、もう既に十年以上前の話なわけで、
(場所はまさに今住んでるところだと認識していたし、お前はそこから何処のK寿司に出勤するつもりだったんだよ)
ただ、それでもたとえ今更であれ、卒業制作の本来やるべきだったことを実際には必要十分にやれたとは思っていないような、出来たはずのことをしなかったという後悔は、今もなお堆積する形で増えていっているのかもしれない。
責務もそうだが、
望もうと望むまいと、自分の時間というものはいずれ終わってしまう。やりたいと思うことがあるなら、可能なうちに早めに始めておくのが良い。
歳を取ってからでも出来ることもあるのだろうが、そうでないものもあるはずだ。出来ることを念頭に、後回しにしていいとは限らない。どうであれ悔いは残るにせよ、ならば尚の事、悔いのない選択を心掛けたいものだ。
……しかしなんでT君だったんだろう。何かの予兆とかか?
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