異を視る力は有用足り得る

 とあるオープンワールドゲームにおいて、私は幽霊が嫌いだった。幽霊というものは、シルバーやエルヴン、デイドリックの武器をもってしか、物理攻撃が効かない。しかも、然程効かない。魔法の方が有効打になることが多いが、私のプレイスタイルは、概ね毒を武器に塗る方法を採用していて、破壊系の魔法は毎度不得手だった。幽霊には毒も効かないのである。肉体がないから、仕方ないか。


 そして、幽霊というものは見えないものである。

 ……ただ、よく考えるとについては別のゲームにおける特性だった気もしてきた。なんだっけな。ちょっと頑張って思い出そうとはするか。

 ……あぁ、そうだ。そちらは、ダークソウルの方だ。

 ……あれ、見えないんだっけ? 見えないんじゃなくて、普段は存在する次元が違うから、一時的に呪われないと攻撃が通らない、とかだったかもしれない。呪いの有無は、あくまでも攻撃が通るか通らないかだけで、可視性はまた別の概念だったかもしれない。


 何にせよ、幽霊という実存は、以外はそもそも通らないのである。ポケモンにおいても、霊体ゴーストタイプには、通常ノーマルタイプと格闘かくとうタイプの攻撃が効かない。

 この想念イメージは、割と多くのゲームにおいて、半ば共通の認識として語られている。とにかく、霊体には物理的実存がないので、こちらからぶん殴って差し上げることは出来ないが、一方で連中は、こちらを理に反して殴ってくることがしばしばある。

 もしかしたら、物理で殴っている訳ではないのかもしれない。むしろ、恐らくはそうなのであろう。だが、一方的に害される、という点は変わらない。連中に対しては、を講じない限り、対抗手段が存在しない。それが何よりも面倒なのである。


 まぁ、ポケモンに関しては実質然程問題にはならんのだが。シルフスコープさえあれば一発よ。しかもアレ、初代だけの仕様だしな。



 あまり、詳細な流れは憶えていない。私と、もうひとりの相棒は、車に乗ってどこぞの丘に来ていた。といいつつ、丘という地形の定義については実際のところ詳しくないので、より詳細に言うならば、場所としてはなんか他よりも高く盛り上がっていたところで、地面には足首まではいかんほどの草が生い茂り、周辺には木が結構な密度で生えていた。俗に言う、立入禁止エリアというものだ。


 なんだか知らんが、その丘には幽霊がそこそこの数存在していて、私と相棒……具体的にどんな奴だったがの記憶が殆ど残っていないが、うろ覚えの記憶によると、良い感じのナイスガイだった気がする。でもちゃんと覚えていないから、ナイスガイの性格を持つ超絶美少女だった、ということにしておこう。実際にそうだと、私は恐らくまともに相対することすら出来んが。

 ……じゃなくて。先に述べた通り、幽霊というものは、この世で最も対応が面倒くさい存在の一つである。台所で黒光りしている虫と似たような脅威度を持っている。……いや、それは過言だが。御器齧ゴキカブリは別に、見た目が気持ち悪いだけで、直接的な脅威度は高くないので。現代社会において、アレが不倶戴天の敵のように言われるのは、それだけ日常が平和だということの証左だと言えよう。雀蜂すずめばちとかのほうが、余程危ないからな。


 ちゃうねん。何にせよ、私たちは、奴らへの対抗手段をまともに持つわけではなかった。だが、私には特別な力があった。私には、かの憎き生命の出来損ないを、目に捉える力があったのである。

 まぁ、実際には目に見えたところでどうなのか、という感じではあるが、連中がということを思い出した私は、連中を掴んで引き裂こうとしたのである。殴りに行くとかそういう次元ですらない。


 だが、掴めなかった。それはそうだ。見えているだけで、実体が無いものを掴めるというわけではない。忌々しい仕様に舌打ちしながら、「結局使わんとあかんのかい」と思いつつ、私は幽霊を見えるようになる水薬アイテムを使って、改めて連中を引き千切りはじめた。

 水薬アイテムは幽霊どもからもドロップするので、そこまで温存が要るものではないのだが、可能であれば恒久的強化アイテム以外は極力使いたくない私にとって、それは本質的には無駄な消費のように思えた。よく考えたら、全然そんなことはない。あと、ここのアイテムの価値観だけは、間違いなくダークソウルからの引用だな。


 丘の上の幽霊の対処は私がするので、お前は目的地へ行け、と相棒に伝えて、私はしばし素手で幽霊どもを引き千切り続けた。そこらでぼんやりしている幽霊を、私が理に反して掴んだ時に見せる、その驚愕の表情が愉快だった。

 連中は、簡単に引き千切れた。たとえるならば……なんだろう。水飴とか? 水飴でそんなことやった事ないけど、少し粘りのある固体をぐいと引っ張り、少し延びて引き千切れる、そんな感じの手応えの無さだ。何にせよ、造作もない事だ。



 そして、丘の上に幽霊どもが居なくなった頃、私もまた目的地……丘の上に立つ小さな小屋の中、床に隠された秘密の梯子はしごから、なんか地下施設に入っていったのである。丘そのものの大きさよりも、遥かに大きかった気はする。まぁ、地下は割と自由だから、そういうこともあるか。

 地下施設には、残された敵性存在の気配はどこにもなく、相棒がひとしきり暴れた後であるのだろうな、という雰囲気が見てとれた。特に張り合いもないまま、そのまま道を進んでいくと、あからさまに機械的――ないしは未来的、科学的とでも言うか――な雰囲気のところから、木の温かみを感じる、異質な部屋に辿り着いた。


 そこは、子供部屋であるという風に感じられた。どういう経路でそう認識したのかは知らんが、そこには年端も行かないような「もの」が閉じ込められていて、先に辿り着いていた相棒が、その子と遊んでやっていたらしい。そうして満足したその子は、相棒を閉じ込めるのをやめて、解放して次の部屋に向かわせたのだと。

 何となく、日記の記述が何かを見たイメージがあったが、時間の経過に凄まじいねじれがあるとかでない限り、私が辿り着くまで、そこまで長い時間が経っている訳でもないのに、ちゃんとその辺が伝わってくるような情報密度の筆記が出来るとは思えないので、ゲームにしばしば出てくる、神の視点のようなものが、そこにはあったのだろう。もしかしたら、その両方かも知れんが。


 それを見たときに、私は相棒の善良さというものを改めて感じた後、私が今しがた丘の上で引き千切っていた幽霊どもが、本当にそうされて当然の、悪意ある存在だったのかどうかを顧みていないことに気が付いた。

 行いそのものに後悔があった、というわけではない。それでも、私は相棒のように、そこで対峙した「もの」に向き合う姿勢をしっかりとは持っていなかった。問答無用で引き千切って差し上げる前に、せめて意思疎通の一つでも図ればよかったのではないか、そう感じた。



 記憶は、そこで途切れている。恐らく吐き気に耐えかねて覚醒に至ったのであろう。吐き気、といっても罪の意識がどうとかでは全く無く、純粋に前日の過食とかが原因のいつもの不調なのだか。


 メタ的な視点で言えば、相棒があの場で「もの」と向き合っていたのは、あの場がどう考えても他の場所とは違う、明確に意図をもって配置された空間であったことによる心構えだったのではないか、という感じがする。私なら、そうする。

 だが、相棒は私と同じように、その場で生き、行動を選択することにメタな視点を持っていたかと言うと、別にそうではないだろうし、やはり彼……もとい彼女は、善良さの化身の如きものであったのだろう。実際にはそうじゃないのかも知れんが、そういうことにしておこう。

 真偽不明なら美談にしておく、あると思います。



 しかしまぁ、夢に出てくる要素というのは、直前に見ていたものにも強く影響されるものなのだなと感じた。良き相棒の要素は、夕方くらいに見ていたクロノ・トリガーの動画に出ていたサイラスに由来するのだろうし、幽霊を引き千切ったことに対する罪悪感未満のなにかは、『小説家になろう』の方で書いている『魔王グレンゼルムの憂鬱』の書きかけの節に出ていた内容に由来するだろう。

 どうせならその辺も都合よく操作して、夢の中でくらい良い思いをしてみたいような感じもする。明晰夢を見る練習でもするか?



 というか、そもそも幽霊を素手で引き千切るってなんだよ。

 後、幽霊を見るアイテムが必要なんだったら、見えてさえいりゃ別に使わなくても引き千切れて良くない? だめ? ケチ。

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