第5話 『2』つめ
放課後__ちょうど日が傾き始めた頃だ。どこか遠くで、季節を思う。
ドアが開いた。
「やァ。…あれ、1人なノ?」
いつも通りの少女は、にっこりと笑っていた。昨日との表情の違いに拍子抜けした桜楽は、思わずつぶやく。
「なんでいるの」
「なんでって……あれ、もしかして…こわーいボクみたいな奴に会っちゃっタ?」
「…会っちゃった、…」
「…いーヤ。大丈夫だヨ。怪我なければ…それで、キミはそんな怖いボクにも会いに来ようと思ったんダ?」
「みんなに怖い思いさせたから…そのお詫びにと思って…話し合って、またここに来れるようにしようって!」
「なんだ、それならほかの3人も連れておいデ!2つめの景色を見せてあげル!」
「ほんと!?」
「マジだヨ!…てゆーか、呼んだほうが早いかナ!おいでーッ!」
少女は高らかに声をあげた。キンキンとしない優しい高音だった。桜楽は少しだけウットリしてしまった。
「…ん?」
「え、なんでみんないんの」
「あれ!?空き教室__怖いのいない!あれ!?」
福寿と紅葉と青葉の困惑した表情を見て、桜楽はクスッと笑った。
「お久しぶりだネ!2つめ、授けるヨ!」
少女は彼らのことなど気にも留めずに、楽しそうに指を鳴らした。
「…!」
暑い空気がまとわりつく。耳に入ったのは綺麗な蝉時雨。風鈴の音が続く。青々とした葉が、強い日差しを遮る__木漏れ日だ。教室の窓には、山の向こうに立派な入道雲が高く伸びていた。青葉はゆっくりとそこに向かって手を伸ばす。届きそうなその時、空が急に暗くなった。
「2つめの季節はね、やることがたくさんなんダ」
少女が空を見上げた。そこには大きな花火があがっていた。大きな音が響く。変わらず湿気を伴った空気。ぬるい風が吹き抜ける。
「特別に、お1つどーゾ」
少女は細い紙切れのようなものを4人に手渡した。辺りから静かに波の音が聞こえる。
「…何するの?この紙切れみたいなやつとか…」
青葉が首を傾げた。
「こう持っててネ!えーと…ロウソク…ライター…よーシ!やるヨー!」
少女はロウソクに火を灯した。みんなに、紙切れの先に火をつけるよう言う。
「せーノ!」
少女の声で全員が一斉に紙切れに火を灯した。
「…?何これ、何もないじゃん」
紅葉が口をとがらせる。
「あ!お!?えぇ!?何これ!?」
その時、青葉の手の先で小さな光が弾けた。ぱちぱちと音を鳴らす。その儚い様子を青葉はじっと見つめていた。そのうち、全員の持っていた紙切れが青葉と同じようになり、やがて小さな光は音を立てずに落ちていった。
「…すっごい…なんか…満足感!」
桜楽がそう言って満面の笑みを向けた。ほかの3人もつられてニンマリ。
「それはよかったヨ!」
『春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山』
少女はまた黒板に字を書いて、ふっと笑いかけた。
「…早いうちに3つめも4つめも見せてあげるヨ」
「ほんとっ!?」
「うン!そーゆー気分なんダ!」
桜楽の言葉ににっこりと笑った。
「__あ、そうそウ。__福寿クンは居残りネ!ほかは帰りなさーイ!まったネー!」
少女は3人を追い出した。鍵がかけられる音が聞こえた。
「なんで福寿だけ…」
紅葉は心配そうに言ってみるものの、もちろんあの少女が彼に危害を与えるとは思わない。だから多分大丈夫__あの怖い奴が出ない限り。
「あいつ頭キレるからなぁ…何かお願いごとじゃねえの?」
青葉はそう言って帰る準備を始めた。
「でも…あの子は誰か1人をわざわざ呼び出してさ、お願いごとしたりするような子じゃない!と思うなぁ…」
桜楽は頭をひねって考えるが、何もわからない。
「…で、なんですか。俺にしか話せないようなことなんだろ?」
「違うヨ。話したいのは君でショ。ボクはそれくらいわかっちゃうのサ!」
「…話す、って何を」
「あれぇ、わかりきってるでしょウ?キミが今1番望んでいる『コト』だヨ」
「…お見通しなのかよ」
「もちろんサ!ボクはこう見えてただの人間じゃないからネ!」
「…お前、人間なのか?」
「あっごめんネ!冗談でス!幽霊でス!窓に1回も自分の体反射してないんでス!」
「だよな…ビックリした…」
「ごめんネー!…それでね、ボク今…キミのその望みを叶えてあげられるかもしれないんだけどぉ…ノってみなイ?」
「!そんなの、いくらなんでも無理だ…!いつか、みんないなくなるんだ!」
「…何もないより、いいでショ?ネ?」
「…俺を使ってそうしたいだけじゃなくて?」
「もちろんボクもそうしたいけど…今までできなかったから、キミの力を貸してほしいのサ」
「ほかの3人は、いらないのか?」
「どうだろうネ…キミがそれを望むのならば、と言った感じじゃないかナ」
「…望むよ。でも…あいつらに迷惑はかけられねーし、そもそもどうやんだよ?」
「そんなの簡単だヨ__元に戻るんダ」
「…?」
「まあ近いうちに決行しようと思ってるかラ!また今度ネ!バイバーイ!」
福寿はひょいとつまみ出された。
「…脆弱な自分を許せ、お前ら」
そう呟いて、静かに帰っていった。
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