第261話 後日譚 カノンクエストV
皆さん! お久しぶりでございます!
ええ、ええ。知っていましたとも。皆さんが私を待っていた事など。え? 待ってないって? またまたー。
「カノン、準備はすんだのか?」
「ちょっとまって下さい!」
扉の向こうから聞こえたお爺ちゃんの声に、慌てて身支度を整えます。
前髪オッケー。
お化粧オッケー。
ドレスもオッケー
トレードマーク――頭頂部の髪の毛を引っ張ります。ピョンと跳ねた髪の毛に、「オッケー」と思わず声が出てしまいました。
「お爺ちゃん、バッチリでしょう!」
声を上げながら扉を開け……おっと、ポーチを忘れてしまいました。部屋から出かけた身体を引き戻し、化粧台の上に置かれたポーチを握りしめます。
もう一度姿見に映る自分の格好をチェック……バッチリです。ハレの日にピッタリな装いでしょう。
「本当にこれを持っていくのかい?」
お爺ちゃんが、私特性のマンガ肉の入った容器を不思議そうに見ています。
「もちろんです。私と言えばマンガ肉。マンガ肉と言えば私ですから!」
アガる気分を抑えられないので、スキップでもして会場へ向かうとしましょうか。
スキップしながらたどり着いたのは、お馴染みのお店……ダイニングバー・ディーヴァです。今日はここで、特別なパーティがあるのですよ。
意気揚々と扉を開けた先には、既に皆さんが勢揃いしていました。ドレス姿の女性陣、スーツで決め込んだ男性陣。皆さんいつもとは雰囲気が違い、中々に輝いてますね。
机の上にはあの日と同じように、沢山の料理が既に並んでいます。そんな料理の間に、お爺ちゃんがどこか気恥ずかしそうにマンガ肉をそっと置いて、直ぐにカウンターへと逃げるように走って行きました。
そこにいるのは、同じようにスーツを来た支部長と、相変わらず作業着姿のゲンゾウさんです。豪快な笑いが聞こえてくるカウンターには近づかないでおきましょう。
あの人は私の天敵ですから。
さてさて、少々話がそれてしまいましたが……今日は決まった席もない立食パーティースタイルです。とは言え私は、料理にうつつを抜かしている暇はありません。
なんせ、今日の私は何と――
「あ、あー。マイクテス、マイクテス」
――司会に大抜擢されたのですから。
いつもはリリアさんが立つ舞台に立ち、マイクを握りしめる私に、皆さんの視線が集まります。
……ちょっと緊張してきましたね。
気持ちを落ち着けるために、大きく深呼吸をしておきましょう。
「えー、お集まりの紳士淑女の皆様。長らくお待たせしました」
「お前待ちだったけどな」
飛んできたヤジはとりあえず無視しておきましょう。
「それでは只今より、我らがユーリさんと、リリアさんの結婚式を開始したいと思います!」
私の宣言に、方々から歓声や指笛が鳴り響きます。なんでしょう。ちょっと気持ちいいですね。
とりあえずドヤ顔で手を振っておきましょう。
「それではまず、新郎の入場です!」
私の宣言で、店の扉が大きく開きました。
「ご存知、イスタンブール一、いや世界一の問題児」
白いスラックスに包まれた足が店に踏み込まれました。
「この男に泣かされた人は数しれず、起こした問題の数だけで地球を何周したか分からない」
店に入ってきたのは、白いタキシードの胸元を引っ張るユーリさんです。いつもの無造作ヘアとは違い、きっちりとセットされた髪の毛は、元の素材の良さを引き立て、思わず全員が見惚れる程の男前さんです。
「こんな男が結婚? こんな男の遺伝子を後世に残して良いのか? 皆さまの疑問は十分承知しております」
ただ、何故か凄い形相で私を睨んでるんですが……意味が分かりません。と、とりあえず、司会としての役目を全うせねば。
「ま、馬子にも衣装! しししし新郎ユーリ・ナルカミです!」
私の前にたどり着いたユーリさんの額には、見たことがないくらいの青筋が浮かんでいます。
「過分な紹介ありがとうよッ」
引っ張られる私のトレードマーク。
「ぎぃぃぇええええ! ドメスティック」
思わずの叫びでマイクが強烈なハウリングをかましてしまいました。
「こらユーリ、司会をいじめるな」
「そうだぞ。自重しろ」
「だから馬鹿やって言われんねん」
方々から飛んでくる苦情に、ユーリさんが、「とっとと済ますぞ」と居心地が悪そうにまた胸元のネクタイを引っ張りました。
「で、では……気を取り直して」
大きく深呼吸をして、マイクを握り直します。
「続いて、新婦の登場です!」
今度は店の奥に人影が見えました。
真っ白なウエディングドレスに身をまとったリリアさんが、その手をお父さんに引かれながらゆっくりと小さな店内を練り歩きます。
誰も彼もがその美しさに見惚れてしまい、ポカンと呆けて……いる間に、リリアさんが困ったような笑顔で私の前に現れました。
「私の紹介はないのかしら?」
いたずらっぽく笑うリリアさんに、「す、すみません」と頭を下げてしまいます。
「あまりの美しさに……見惚れてしまいました」
頭を掻く私に、「ありがと」とリリアさんが微笑みかけてくれます。
「惚れてまうやろー!」
思わず出た心の叫びが、再びマイクをハウリングさせてしまいました。いやぁ失敬失敬。
「えーでは、気を取り直してお二人の誓いのキッスを!」
「はあ?」
「嘘?」
私の宣言に、二人が顔を赤くして周りからは黄色い歓声が大きく湧き上がりました。
「カノンてめっ、そんなの台本になかっただろ」
声を落とすユーリさんに「え? そうですか?」とすっとぼけておきます。結婚式といえば、誓いのキスですからね。
周囲から上がる、歓声にユーリさんとリリアさんが頬を赤らめて見つめ合います。
「とりあえず、ちゃちゃっと済ますぞ」
照れ隠ししてるのだろうユーリさんに、リリアさんも真っ赤な顔で頷きました。
リリアさんの肩を掴むユーリさん……ああ、なんて破廉恥な。何故か手で顔を覆っている筈なのに、お二人の姿が丸見えです。
――チョン
と唇と唇を触れさせただけの二人に、周囲から盛大なブーイングが溢れました。
「うるせぇ! ちゃんと口づけしたんだから良いだろ! 大体何だよ! キッスって。キスだろ普通!」
顔を真っ赤に怒るユーリさんですが、顔が赤い理由は怒りではないですね。それでも鳴り止まないブーイングですが、二人共顔を赤らめて……
「なんやユーリくん、キッスもまともに出来へん腰抜けやったんか」
……ニヤニヤと煽るヒョウさんに、ユーリさんが「あ゙?」とその額に青筋を浮かべました。
「ショックやなー。世界最強の男が、たかがキッスくらいで」
ニヤニヤするヒョウさんに、「上等だよ」とユーリさんが再びリリアさんに向き直りました。
「リリア――」
再び肩を掴んだユーリさんに、「ちょっと、嘘でしょ?」とリリアさんがその顔を真っ赤に――それでも構わず、ユーリさんは真剣な表情でリリアさんを見つめるています。
「リリア、このバカどもに見せつけてやるぞ」
何でしょう。何と言うか、ロマンの欠片もない口説き文句ですが……
「分かった」
……分かっちゃいますかー。流石ユーリさんと結婚しようというアイアンハートの持ち主です。
見つめ合っていた二人が、ゆっくりとその唇を重ね……恥ずかしがっていたのはどこへやら、リリアさんも今はただその感触に浸るように、ユーリさんの首に手を回して――あれ? 世界が真っ暗に。
「ストーップ。これ以上はノンノには刺激が強すぎるから駄目ー」
「え゙え゙? 私成人してますけど!」
目隠しをされたままアタフタする私の耳に、周囲から上がる「いいぞー」だの「おめでとう」だの歓声が聞こえています。
世界に光が戻った時には、ドヤ顔のユーリさんと照れたようなリリアさんに皆さんが祝福の拍手を送っています。
「何だか釈然としませんが……」
口を尖らせる私に、「いーじゃん。楽しもうよ」とトアさんが笑いかけました。
「まあ良いでしょう。では、れっつパーティタイムです!」
私の掛け声を皮切りに、皆が持ち寄った料理を片手に談笑を始めます。
男性陣にもみくちゃにされるユーリさん。
女性陣に囲まれ顔を赤くするリリアさん。
何とも幸せそうな風景に、皆が笑顔で流すあの日とは違う涙に、私も司会冥利につきるというものです。
こういう時は、一人静かにカウンターで大人なカクテルでも傾けるとしましょう。
騒がしい会場を尻目に、少しだけドヤ顔を浮かべた私がカウンターに座り――
「マスターいつも――」
「おう、チミっ子。良い司会っぷりじゃったな!」
隣に現れた天敵に、思わず固まってしまいました。
「ガハハハハハ!」
「縮むぅ! 頭が削れるぅ!」
賑やかな叫び声に混じって、私の叫びが店内に響きます――かと思えば、ドシンと何かが倒れるような音……
「ユーリ!」
「ナルカミ、お前またかよ……」
真後ろに倒れるユーリさんの手には、どこか見覚えのあるホットサンドが一つ。隣でお腹を抱えているヒョウさんが、またクロエさんの
いつもと違う皆さんの格好。それでも変わらぬいつもの光景に、誰ともなく笑い声が上がりました。
……結婚式、いいものですね。
☆☆☆
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「ママ? 何見てるの?」
「ん? これ?」
微笑んだリリアが、彼女によく似た黒髪の少女の頭を撫でた。三歳くらいだろうか。リリアに撫でられた少女が、くすぐったそうに瞳を細めた。
「これはね、ママとパパの結婚式の写真よ」
そう言ってリリアが少女に見せたのは、店の外でブーケを投げるリリアの姿だ。
写真をめくれば、
ブーケが空を舞い
太陽に煌めき
それを追ってカノンやリンファがもつれて転がり
最後は一人最後列にいたエレナの手に収まっていた。
「これ、ヨシュアくんのママ?」
エレナを指差す少女に、「そうよ」とリリアが笑った。
「てことは、今日来る『皆』って?」
「そう。ここに映ってる人達」
笑顔のリリアが懐かしそうに写真をしまって立ち上がった。
「さて、パパたちが遅いし、迎えに行きましょうか……」
微笑みかけるリリアに、「うん」と少女が頷いてリリアの手を握りしめた。
昼下がりのイスタンブール……ユーリとリリアが再会した通りは、今日も大勢の人で賑わっていた。
「なー親父? こんなに買い込む必要があったのかよ?」
首を傾げるのは、ユーリによく似た銀髪の少年だ。
「親父じゃねぇ。パパ上と呼べ」
鼻を鳴らすユーリに、「やだよ。クソダセーじゃん」と少年が口を尖らせた。
「ったく、この口の悪さは誰ににたんだか」
溜息をついたユーリの横で、少年が「アンタだよ」と言いたげな瞳でユーリを見ている。
「で? 結局こんなに買う必要があったのかよ?」
「ある。とんでもなく食べる野郎が少なくとも三人いるからな」
ユーリが「オッサンに、ヒョウに、あと
「ヒョウって、セシリーちゃんのパパ?」
小首を傾げた少年にユーリは少し顔をしかめて「ああ」と頷いた。自分の事は「パパ」と呼ばないくせに、
「今日はあいつらも来るはずだからな」
笑うユーリと、どこか嬉しそうな少年の脇を、数人の子どもたちが駆け抜けた――。
「ちょーまってーなー」
「おせーぞ! ターニャ
「大丈夫か? タチアナ?」
「トーマスくんは優しいわー」
「二人共早くしろよ! リンデに先を越されちまうって!」
――元気よく駆け抜けていくどこか見覚えのある少年少女たちに、ユーリが思わず頬を緩めた。なぜか懐かしい気持ちで、駆け抜けていく彼らを眺めている……その後ろに朧気に見えるのは、幼い日の自分の影だ。
「親父? どうしたんだよ」
「ん? なんでもねぇよ」
訝しむ少年の頭をユーリが撫でた頃、走り抜けた彼らと入れ替わるように、通りの角からリリアが少女の手を引き現れた。
大きく手を振る二人に、ユーリと少年も同じように手を振った。
合流した四人の姿が雑踏の中に消えていく……あれから数年、世界は今日も平和だ。
――後日譚 完――
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