第259話
リリアの歌が始まって直ぐ、黒い意思はその動きを鈍らせ、全員の協力によりあっけない最期を迎えていた。恨み言を残し、溶けていった黒い意思は地面に飲み込まれまるで星へと還っていったように見えた。
静かになった事で、星の間から響くリリアの歌声が響いてきた……儚くも哀しい歌声が、皆の胸を打っている。
エレナは人目も憚らずヒョウに泣きつき、カノンはワンワンと鳴き声を上げ、クロエやリンファもボロボロと涙をこぼしている。
他の面々も、涙を堪えるように上を向き、あのサイラスでさえ目頭を抑えてただ黙って歌を聞いているのだ。
そんな仲間達の様子を、少し離れた位置でトーマとタマモが見守っていた。
「ユーリくんー、愛されてるんやなー」
「そうだな」
微笑んだ二人は、寄り添うように広場になってしまった空間を後にした。ゆっくりと手を取り合ってたどり着いたのは、トーマとユーリが戦ったあの広間だ。
外は既に昼を過ぎたのだろう。
向きの変わった太陽の光の中に、二人がゆっくりと横になり静かに抱き合った。
「タマ……」
「なんやー?」
「すまなかった」
目を伏せるトーマの頭を、タマモが優しく撫でた。
「エエよー。ウチはー、トーマくんとー同じ気持ちやったさかいー」
微笑んだタマモに、トーマが「ありがとう」と眦に涙を浮かべて微笑み返した。
二人共、身体から力が抜けていくのを感じている。星の核が覚醒し、世界が悪夢から覚めようとしているのだろう。つまり、二人の存在は今まさに消えようとしているのだ。
志半ばで朽ちる事となった二人だが、その表情は二人共晴れやかだ。なんせ最後の最後に、自分たちの……いや【八咫烏】の本懐を遂げられたのだから。
この世界からモンスターを消滅させる。
そのために仲間達と、ひたすら戦っていた日々を最後の最後で思い出せたのだ。そう思えば、ここまで回り道したことも悪くは無かったと思えている。
ゆっくりと瞳を閉じたトーマが、ふと思い出したように目を開けた。
「そういえば、あの保険は結局何だったんだ?」
戦いが始まる前、タマモが設置したコンソールによる『保険』。それをトーマは思い出したのだ。
「あー、あれなー」
同じように思い出したのか、タマモが「フフッ」と微笑んだ。
「あれはーリンゴの木やー。というかー種かなー」
笑顔で太陽を見上げたタマモの脳裏には、ユーリが放った言葉が響いている。
――たとえ世界が明日滅びるとしても、私は今日、リンゴの木を植える
響くユーリの言葉に、「まさかー覚えてるとは思わんかったけどー」とタマモが含み笑いで呟いた。
「リンゴの木? 種? 何のことだ?」
首を傾げるトーマに、笑顔のタマモが小声で耳打ちをした。その内容にトーマが一瞬驚いた表情を浮かべ、それを呆れたような笑みに変えた。
「確かに、リンゴの木だな……実がなればいいが」
肩をすくめたトーマに、「せやなー」とタマモが頷いて、腕を強く絡ませ身を寄せた。二人の身体が淡く光り輝く――同じようにダンジョン全体も光輝きはじめた。
二人とダンジョンを包む光が、小さな粒となって上空へと昇っていく――
「さて、行こうか。皆が待ってる」
「せやなー。また騒がしなるなー」
――小さな声を響かせて、二人の身体から光の粒が立ち上っていく。
同じ頃、星の間の近くでは、ヒョウとトアが同じように光の粒に包まれていた。
「ぬあっ、めっちゃ光っとる!」
「すごくない! アタシ達輝いてるし!」
光る粒に包まれた二人が、「ちょー写真とってや!」「アタシもアタシも!」と呑気に、エレナとリンファに声をかけていた。
あまりにもいつも通りの、あまりにも変わらない二人の様子に、エレナとリンファが思わず吹き出した。瞳に涙を浮かべながらも笑うエレナに、ヒョウが優しく微笑んだ。
「可愛らしい顔してんねんから、そうやって笑っときや」
そんな事を言うものだから、エレナがまた涙を流し、「馬鹿……馬鹿者」と肩を震わせる。
震えるエレナをヒョウが優しく抱きしめる。ヒョウに抱きしめられたエレナは、その感触が殆ど無いことに、また大粒の涙を流した。
泣きながら抱き合う二人を横目に、カノンは黙ったまま星の間の入口を見つめていた。
「ノンノは、ユーリ・ナルカミの所に行かなくていいの?」
小首を傾げるトアに、カノンが大きく首を振った。
「最期くらい、お二人だけで過ごさせないと駄目でしょう」
涙を拭うカノンに、「さっすがアタシのおねーちゃん」とトアが頭を撫で……ようとした手が、カノンの頭をすり抜けた。
「ありゃりゃ……時間切れかな?」
光る粒に包まれたトアとヒョウの身体が更に大きく光りだした。
「じゃーね。皆!」
手を振るトアと、エレナを撫で続けるヒョウ。二人の姿が同じように薄れていく――
トアやヒョウが薄れていた頃、星の間では全てが光に包まれていた。
星の核も、それを包む部屋全体も、そして……リリアを抱きとめていたユーリの身体も。
何もかもが光り輝き、そしてユーリの身体に至っては透け始めていた。
力強くユーリを抱きしめていたリリアは、勢い余ってユーリをすり抜けその背後にへたり込んだ。
「……ったく、神様ってのはせっかちな野郎だな」
何も見えない天井を見上げるユーリが、諦めたようにリリアを振り返った。
「いや……行かないで……」
顔を覆うリリアに触れようとするが、もうユーリにはそれすら叶わない。
「リリア、そろそろ帰らねぇと」
「いや! 私もここに残る! ユーリと一緒に――」
「駄目だ。親っさん達に約束したんだ」
首を振ったユーリに、リリアが泣き顔を上げた。
「死なないって! 死ぬつもりは無いって!」
そう言ったのに……リリアの顔に浮かぶ悲しみと非難に、ユーリはバツが悪そうに頬をかいた。
「今もそのつもりはねぇんだが……」
苦笑いのユーリが、「これじゃ、どうしようも無いだろ」と透ける身体で両手を上げてみせた。
「嘘つき! 馬鹿! 知らない!」
再び顔を覆うリリアだが、どうやら完全に時間切れだったようで、今度はリリアを光の束が包みこんだ。
「え? なに――」
作戦開始前に伝えられていた、リリア達突入部隊の強制送還が始まったのだろう。ダンジョンが消える、モンスターが消える。つまり、強制送還に使う魔石やその技術といったモンスター由来のものが使えなくなる。
そうなる前に、クレアが外部からリリアを強制的に引き戻しにかかっているのだ。恐らくクレアもギリギリまで待っていてくれたのだろう。
あまりにも短い時間だったが、それでもかなり限界に近い時間だ。それにリリアが気がついた時には、ユーリが笑顔で光の中のリリアへ手を振っていた。
「嘘、違うの! 待って、今のは違うの!」
叫ぶリリアがユーリに手を伸ばそうとするが、光の壁がリリアの指を弾いてそれ以上前に進ませてくれない。
光に阻まれたリリアが、ユーリに向けて涙を流して叫んだ。
「ユーリ! 愛してる! 私は――」
「俺も!」
その叫びにユーリも叫び返した。初めて見せるユーリの表情に、リリアは思わず息を呑んだ。頬を伝う涙に、それでも笑顔を浮かべようと懸命に口角を上げるユーリ。
震える口角が上手く上がらず、ぎこちない笑みで涙を堪えるユーリの顔には、別れの辛さがありありと浮かんでいるのだ。それでも口角を上げようとするユーリが、震える声で「俺も……」と呟いた。
「愛してる――」
ユーリの言葉とほぼ同時に、リリアは光りに包まれた。
その日、世界からモンスターという存在が消え去った。
※例によってリリアの歌は、FF8のテーマソングである『eyes on me』です。作品の状況とも似ているので、是非お聞きいただき二人の様子を想像していただければ幸いです。
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