第258話 サヨナラは言わないで

 激闘が終わり、しばし二人だけの会話を楽しんだ後……ユーリとトーマの周りに皆が集まってきた。


「ユーリ……」


 ユーリへ抱きつくリリアと、


「トーマくんー、阿呆のユーリくんにー何吹き込まれたんー?」


 トーマの肩を掴んでグラグラ揺らすタマモ。


「こらタマモン。好き勝手言いやがって」


 眉間にシワを寄せるユーリに、「エエやんかー」とタマモが舌を出して笑ってみせた。よく知るタマモの態度に、「ったく」と溜息をついたユーリが、リリアに抱きつかれながらも、ヒョウを器用に振り返った。


「にしても、ヒョウ。テメェ、もうちっと早く来いよな」


「しゃーないやん。デバイスが潰れてもーたんやから……お金やら、お金やら、お金が無かったんや」


 切実なヒョウの訴えに、「ああ」とユーリが微妙な表情を浮かべて頬を掻いた。都市間定期便に乗るにしても、街で何かを食べるにしても、先立つものが無いというのは苦労するだろう。


 それを考えれば、よくここまで徒歩で辿り着けたというものだ。


「まあ、何にせよ――」


 拳を突き出したユーリに、


「お互いやりきったわな」


 ヒョウも拳を突き出した。


 二人が合わせる拳を、トーマがどこか羨ましそうに眺めている。そんなトーマの視線に気がついた二人が、ニヤリと笑い、トーマの近くへ。


「トーマ……」

「トーマくん」


 拳を出した二人……が、その拳でトーマの頭を軽く小突いた。


「テメェのせいで大変だったんだからな。反省しろ」

「僕なんて腹に大穴開けられたんやで」


 二人の拳骨を受けたトーマが、「悪かったな」と不服そうに少し口を尖らせた。


「まあ俺が敵にいる時点で、諦めなかったお前のミスだな」


 ケラケラと笑うユーリに、トーマの蟀谷に青筋が浮かんだ。相変わらずのユーリらしさに、皆が呆れた顔を浮かべカノンが「流石ユーリさんです」と頷いた頃……複数の足音が遠くから近づいてきた。


 足音がどんどん大きくなり……姿を見せたのは、サイラス麾下のメンバーたちだ。


 ダンテやクロエを先頭に、皆が皆光る壁と巨大な穴に驚きながらも、賑やかに部屋へと入ってくる。


「終わったのかね?」


 最後尾のサイラスが、ユーリへ向けていつものように挑発するような笑顔を見せた。


「とっくにな。後はテメェをぶん殴るだけだ」


 同じように笑うユーリに、「結構」とサイラスが大きく頷いた。


「感動のシーンの所を悪いのだが――」


 言いにくそうに眼鏡を押し上げるサイラスに、その場の全員がもうあまり時間が無いことを理解した。恐らくウドゥル老あたりから聞いたのだろう、サイラスがこの状況で話を強引に変えるという事は間違いない。


「んじゃまー。さっさと終わらせるか」


 肩をすくめたユーリが、立ち上がって尻を払った。


「リリア。渾身のライブ、期待してるぞ」


 笑顔を浮かべるユーリに、リリアは表情を固くしたまま黙って頷いた。




 ☆☆☆



「これが星の核か……」


 脈動する物体を見つめたリンファが、「なんか気持ち悪いな」と顔をしかめた。


「こら、罰当たりな事言うんじゃねぇよ。これだから野郎は」


 肩をすくめるユーリに、リンファが「何だって?」と盛大に眉を寄せている。


 ケラケラと笑うユーリと、青筋を浮かべるリンファ。何とも最期までユーリらしい騒動に、サイラスが盛大な溜息をついてリリアに向き直った。


「では、オーベル嬢……お願いできるかね?」


 黙って頷いたリリアが、脈動する星の核を見上げ……震える唇を開こうとしては閉じた。唇の震えを抑えるようにリリアが下唇を噛みしめる。


 震えるリリアの肩を、「リリア……」とユーリが支えた瞬間、星の核が大きく脈動した。


『オロカナル モノドモ ヨ キサマラ ノ オモイドオリ ニハ サセン』


 不気味な声が空間を震わせたかと思えば、星の核から黒い影がボトリと産み落とされた。


 蠢く黒い影が、少しずつ人を模した形へと変形していく――


「バカリンファ。テメェが罰当たりなこと言うからだぞ」

「言ってる場合かよ」


 軽口を叩くユーリの目の前で、真っ黒な人形がゆっくりと立ち上がった。


『ワガ クロキ イシノ ケッショウ……』


「は、犯◯さんじゃねぇか……」

「また俺達にしか分からないネタを」

「馬鹿やからしゃーない」


 溜息をもらしたトーマとヒョウが、それぞれ刀を抜いて黒い意思へ真っ直ぐに突っ込んだ。


 二人の刀に貫かれ、それでも滅せないのか、黒い意思はトーマ達の刀を抑え込むように握りしめた。

 それでも止まらぬ二人が、黒い意思を部屋の外へ押し出すように突き進む。


「ユーリくん、ほなまたな!」

待ってるぞ……出来たらゆっくり来い」


 軽く振り返った二人が、笑顔を残して部屋の外へ黒い意思を押し出しながら消えていった。


 響いてきた轟音に、二人の戦いが始まったのだという事が分かる。


「ほなー、ウチも行くわー。ユーリくんーお達者でー」


 ヒラヒラと手を振ったタマモが、二人を追いかけるように部屋の外へと飛び出していった。


 最強格の三人をしても、未だ続く戦闘音に、その場の全員が黒い意思の強さを感じとっている。その事実に今度はトアがユーリを振り返った。


「じゃーね。ユーリ・ナルカミ。短い間だけど、楽しかったよ」


 両手を振ったトアに、ユーリも「俺も楽しかったぜ」と手を振り、部屋の外へと消えていくトアを見送った。


 戦闘音は激しさを増し、未だ止む気配はない。星もそれだけ必死という事なのだろう。


「ユーリ」


 外の気配を気にするユーリに、エレナが笑顔で手を差し出した。


「お前と出会えて、一緒に戦えて良かった」


 微笑んだエレナの手をユーリが握り返し、「世話んなったな」と笑みを返した。


 エレナはわずかに浮かんだ涙を飲むように、「フフッ」と笑った。エレナの脳裏にも、ユーリの脳裏にも、出会ってから今日までの色々な事が渦巻いている。


 衛士相手に暴れたこと。

 マフィアにカチコミを極めたこと。

 奪還祭の前後のこと。

 エレナの武器探し。

 オペレーション・ディーヴァ。

 エルフを探す旅路。

 それぞれの別れと出会い……。


 一年に満たない期間なのに、かなり多くの苦楽をともにして来た。


 こみ上げた涙がエレナの頬に一筋の軌跡を描いた。


「泣くな。俺達の間に、これ以上の言葉は要らねぇだろ」


 強く手を握りしめるユーリに「そうだな」とエレナが眦をぬぐう。


「……では、私も行ってくる」


 手を放したエレナが、強く下唇を噛み締めてヒョウを追いかけるように部屋の外へと飛び出した。


 駆け出したエレナの背を追うように、フェン達三人も部屋の出口へ……一旦止まった三人がユーリを振り返った。


「勝ち逃げは許さねぇぞ」

「またね!」

「え、えっと。楽しかったです!」


 三者三様の声を残して、三人がエレナを追って戦場へと戻っていった。


「またな……荒野の白鳥シグナス


 三人の背中を見送るユーリの脇へ並んだダンテが、ユーリの肩に手を乗せた。ユーリが視線を向けた先では、ダンテが無言でサムズアップを見せている。それ以上は何も言わない彼は、フェン達を追いかけるように部屋の外へ。


「照れ隠しだな」

「……寂しいんだろ」

「いい歳したオッサンなんだけどな」


 ロラン、ディーノ、ルッツの三人がそう言いながらも、それぞれダンテのようにサムズアップを見せて、ダンテの背を追うように部屋の外へと駆け出した。


「お前らもかよ……砂漠の鷲アクィラらしいっちゃらしいが」


 苦笑いで見えなくなった背中にユーリが手を振った。手を振るユーリの斜め後ろでは、同じようにダンテ達の背を視線で追う二つの人影――。


「ルカ、行きますわよ」

「え? でも……」


 慌ててユーリとエミリアを見比べるルカに、「構いませんわ」とエミリアがいつものように扇で口元を隠した。


「ワタクシ達に、感動的な別れなど必要ありませんもの」


 ニヤリと笑うエミリアに、「今日のドリルは元気が無いですね」とユーリが振り向きざまに嘲笑を返した。


「キーッ! 最期まで不愉快な男ですわ!」


 ツンと顔を背けたエミリアが、優雅に部屋の外へと出ていく……それを見送ったルカが、大きくお辞儀をしてエミリアを追いかけるように外へ飛び出していった。


「ったく……ナルカミは最期までナルカミだな」


 苦笑いのリンファが、エレナ同様手を差し出した。リンファの出した手を握り返したユーリが、ニヤリと笑う。


「お前に出会えて良かったよ」


 いつも通り、からかい混じりのユーリの笑みに、リンファがボロボロと大粒の涙をこぼした。


「い゙ッ……?」


 思わず素っ頓狂な声を上げたユーリに、リンファはその涙を拭い、声を詰まらせながら口を開いた。


「そ、それは……アタシが……言う…台詞だったんだぞ……」


 涙を流したリンファに、「いや、泣くなよ」と言いながらユーリもその瞳を潤ませた。


 拭っても押さえきれぬ涙を流しながらも、リンファがユーリの手を放して背を向けた。


「じゃあな! 楽しかったぜ」


 振り返ったリンファの笑顔は、爽やかだ。彼女の見せた最初で最後の涙に、ユーリは「俺の方こそ」と優しげな笑顔を返した。ユーリの見せた笑顔に、リンファが満足そうに頷くと、部屋の外へと駆けていった。


 リンファの足音が小さくなった頃――


「ユーリ・ナルカミーー!!」

「アダッ」


 涙と鼻水を流すゲオルグが、ユーリの身体を抱きしめた。抱擁というよりタックルに近いユーリが顔をしかめるが、ゲオルグはお構いなしだ。


「お主の事は忘れないのである」

「俺も、オッサンの事は忘れたくても忘れられねぇよ」


 笑うユーリの肩をゲオルグが何回もバシバシと叩く。叩かれる度、地面にめり込むのでは、と言うほどの衝撃が部屋を揺らしているが、ユーリもゲオルグも今は笑顔だ。


「それでは、吾輩も行くのである。達者でな」


 手を振るゲオルグに、「オッサンこそ、早く嫁さん見つけろよ」とユーリも手を振った。


 ドスドスと足音を立てていなくなったゲオルグに、「ったく……」とユーリが苦笑いを浮かべた。


「濃すぎんだろ、焦土の鳳凰フェニックスは」


 そう言いながらも嬉しそうなユーリの横に、四人の女性が並んだ。


「ユーリくんが一番濃かったけどね」


 覗き込むようなヴィオラに、「そーいやお前らん所も濃かったな」とユーリが嘲笑を返した。


「うんうん。やっぱユーリくんはそうじゃないと」


 頷いたヴィオラが、ユーリに一つの瓶を手渡した。どこか見覚えのあるそれに――


「こいつは……」


 ――ユーリの顔がわずかに引きつった。


「飴玉。ケバブ味のやつ、好きだって聞いたから」


 言いながらドン引きするイリーナに


「ま、まあ好みは色々っていうだろ」


 同じようにドン引きのままフォローをするルチア。そして――


「そ、そそそそそそれを食べれるのは、ばばばばば馬鹿だけだって」


 フォローになってないノエル。何とも彼女達らしい贈り物と勘違いに、ユーリは「あのな」と苦笑いで頭を掻いた。


「これが好きなのは、ディーノの野郎だぞ?」


 苦笑いのユーリに、草原の風鳥アプスの四人がキョトンとした表情を浮かべ、そして誰ともなく吹き出した。


「全然意味ないじゃん」


 笑いながら眦を拭ったヴィオラに、イリーナとルチア、そしてノエルも頷いた。


「いいよ。有り難くもらっとく」


 同じように笑ったユーリが、瓶を軽く放ってその手に受け止めた。


「もしかしたら、不味過ぎて目ぇ覚ますかもだしな」


 ケラケラと笑うユーリに、「そん時はアタシ達の手柄だね」とヴィオラが大きく頷き、部屋の外へと駆け出した。


「そんじゃ、またいつか……どこかでねー!」


 出口で振り返った四人が元気に手を振って、賑やかに部屋を後にした。残ったのは、カノンとクロエ、そしてサイラスだ。


「ナルカミ」


 エレナのようにクロエも手を差し出した。


「お前と出会えたこと、戦えたこと、全てに感謝している」


 涙ぐむクロエの手をユーリが握る。


「私は……割と、お前の事が好きだったぞ」


 頬を赤らめたクロエに、「『割と』って」とユーリが苦笑いを返した。


「さんざん迷惑をかけられたんだ。『割と』でも十分だろ」


 頬を膨らませて顔を背けたクロエに、「そりゃそうだが」とユーリが頭を掻いて続ける。


「まあ俺はお前の事、結構好きだったぞ」


 微笑むユーリにクロエがジト目を向けた。そう言う事じゃない、と言いたげなクロエの視線にユーリが気づくことはないだろう。思えば最初から最期まで、能天気で頓珍漢な男だったな、とクロエは今までの事を思い出していた。


 出会いは最悪で。

 それでも時折見せる優しさに。

 クロエを特別扱いしない気安さに。

 そして、他の追随を許さぬその強さに。


 いつしか惹かれていたのかもしれない。だが、それをユーリが気づくことも、クロエが口にすることもない。思いは思いのまま、胸にしまってお互い新たな道を歩いていくのだ。


 唯一心残りがあるとしたら……湧いた思いにクロエが笑顔を浮かべ、ユーリの手を放して部屋の外へと歩きだした。


「じゃあな……。リベンジマッチは取っておくぞ――」


 涙目で振り返り、手を振ったクロエが部屋の外へと消えていく。


「ユーリさん!」


 クロエを見送っていたユーリの視線の先に、アホ毛がチョコンと現れた。


「お勤めご苦労さまでした!」


 敬礼したカノンに、「それだと、別の意味に聞こえんだろ」とユーリが苦笑いだ。


「色々……色々言いたいことがあります。ありすぎます。山程あります……だから――」


 涙を浮かべたカノンが、鼻を思い切りすすった。


「だから、だから――」


 叫んだカノンの瞳から涙が溢れる。


 思えばこの街に来てから、最も多くの時間を共に過ごした存在だろう。


 街中で。

 荒野で。


 至るところで、二人して馬鹿騒ぎをしては、怒られたものだ。思い返せば何とも楽しくも騒がしい日々には、いつもカノンがいてくれた。


「世話んなったな、


 頭を撫でるユーリに、カノンが大粒の涙を流す。


「そうですよ! 相棒なんです! だから――」


 泣き叫ぶカノンの頭をユーリが撫でる。その様子にリリア涙ぐんでいたリリアの頬を雫が伝う。


「俺に『相棒』って言わせたのはお前くらいだよ」


 笑顔で頭を撫でるユーリに「でしょう!」とカノンがクシャクシャになった顔を上げた。


「なら見せつけてやれ。お前の力を。俺の相棒の存在を」


 笑顔のユーリに、カノンが下唇を噛み締めゆっくりと頷いた。


「ユーリさんの相棒として、私の力を見せつけて来ます!」


 涙と鼻水でクシャクシャになった顔で、いつものように敬礼を残したカノンが、皆を追うように部屋の外へと飛び出した。その背を見つめるユーリの瞳から一筋の雫が流れる。


 ユーリが流した涙を見ないように、サイラスが視線を出口へと向けた。未だ激しい戦闘音は健在だ。


「では私も行くとしようか」


 ユーリには何も言わずに、サイラスが部屋の外へ向けて歩き始めた。その背中にユーリが笑いかける。


「ジジイ、平和になっても大変だろうな」


 悪い顔で笑うユーリを、サイラスが苦笑いで振り返った。


「誰かさんのせいでね」


 肩をすくめたサイラスに、ユーリが「あの世で見ててやるよ」といつもの笑みを浮かべ、サイラスも「では、轟かせるとしようか」と同じような笑みを返した。


 全員が部屋の外へと消えた今も、戦闘音の激しさに変化はない。どうやら、人の身で倒せる類の存在ではないらしい。


 これ以上長引かせるわけにはいかない、とユーリはリリアへ向き直った。


「リリア……頼む」


 ユーリの真剣な表情にリリアがその涙を引っ込めて息を飲んだ。そのくらい切羽詰まっている、ということなのだ。


 ここまでたどり着く為に重ねてきた犠牲。

 そして今もリリアとユーリのために時間を稼いでくれる仲間たち。


 その事実にリリアが瞳をゴシゴシと擦って強く頷いた。


 大きく深呼吸をしたリリアが、ゆっくりと口を開いた――


 静かに紡ぎ出された歌声が、星の間をわずかに震えさせる……



 歌が始まって直ぐ、外の戦闘音が小さくなり……いつしかユーリの耳にはリリアの歌声しか聞こえなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る