第255話 眼帯って格好いい
吹き抜ける風がヒョウとタマモの髪の毛を靡かせた。視線を交わす二人を前に、誰も口を開けない中、エレナは周囲で響く戦闘音がやたらと遠くに感じている。
「生きとったんやなー」
「誰かさんのお陰でな」
どこか嬉しそうなタマモに、ヒョウも朗らかな笑みを返した。
「積もる話もあんねんけど……とりあえず――」
エレナを振り返ったヒョウが、ニコリと笑う。その笑顔にエレナは溢れそうになる涙を堪えるように唇を強く結んだ。
「――刀を借りても?」
「借りるもなにも……」
声をわずかに湿らせたエレナが、鞘に収めた刀をヒョウに手渡した。刀を握りしめるヒョウが、「しっくりくるわ」と笑顔を浮かべ、その身に夜を纏った。
タマモと同じ……いやそれ以上の圧力に、全員が思わず息を飲む。
「ほな、ちょっと行ってくるさかい――」
「どこ――」
エレナの疑問を待たずに、ヒョウがその姿を消した……かと思えば、頭上に見えていた隕石に巨大な銀閃が走った。夜明け前に残る三日月の如き銀閃は、巨大な隕石を真っ二つに叩き斬った。
全員がその偉業に目を剥くが、事態はそれだけで終わらない。ヒョウが放った理外の斬撃は、隕石の軌道をも変えたのだ。正面衝突の勢いに敗けた隕石が、それぞれ左右へと逸れていく。
「あれを…斬るのか……」
「あーあー。【残月】はー卑怯やんー」
瞠目するエレナと、頬を膨らませるタマモ。対照的な二人の頭上を通り過ぎ、はるか向こうに二つに別れた星が落ちて行く。ここまで届く振動に、遠くにあがる大きな土煙に、誰も彼もが今はただ口を開けて呆然とその様子を見守るだけしか出来ないでいる。
落ちた星々が舞い上げた土煙が更に空を暗くした頃、今度はモンスターを吐き出し続けていた
分かたれ、崩れ行く
「ホンマー。いけずやなー」
頬を膨らませたタマモが、「奥の手までー
「そりゃタマちゃんの奥の手が相手やさかいな」
カラカラと笑うヒョウに、タマモが不服そうにそっぽを向いた。
「個人的には、あん時の礼もあるさかい……ここで退いてくれるとありがたいんやけど?」
「それはー、無理なお願いやー」
残念そうに首を振ったタマモに、「さよか」とヒョウが小さな溜息をついた。
「ほな……」
「最終局面ーいってみよかー」
姿を消した二人がぶつかり合う。
ヒョウの左側に回るように動いたタマモ。
鉄扇を振れば、不可視の刃がヒョウの死角から襲いかかる。
襲い来る風刃を、ヒョウは左手のジャブだけで撃ち落とした。
その瞬間、タマモはヒョウとの間合いを詰めた。
ジャブを放ったヒョウ……その左下に潜り込んだタマモ。
ヒョウの脇腹目掛けて、斜め下から鉄扇が閃く。
ヒョウの死角をつく攻撃だが……その一撃をヒョウは右逆手で途中まで抜いた刀で受け止めた。
「ややわー」
タマモが頬を膨らませれば、鉄扇から炎が溢れてヒョウを包みこんだ。
大きく飛び退いたヒョウが刀を抜き打ち、衝撃で炎を霧散させる。
「そりゃこっちの台詞やで」
苦笑いのヒョウが、服についた煤を払い、タマモに向けて駆け出した。
ヒョウが繰り出す神速の刃。
それを迎え撃つタマモの鉄扇。
吹き荒れる炎や風、降り注ぐ岩に雷。
それらを切り裂くヒョウの刀。
二人がぶつかる度、空気が揺れ、霜や礫が周囲に舞い散る。
一旦距離を取ったタマモが、何かを放り投げつつ手を上げた。
タマモが上げた手を、間髪入れずに振り下ろした。
再び紫雲を突き破って、無数の礫が降り注ぐ。
ヒョウ目掛けて襲いかかる礫を、ヒョウの刀が全て叩き落としていく――その瞬間、ヒョウの左斜め後ろにたどり着いた紙人形がタマモ本体と入れ替わった。
今度こそ完全死角からの攻撃。
しかもヒョウの目の前には、タマモを模した紙人形まで。
迫る鉄扇に――「避け――」――エレナが叫んだ瞬間、ヒョウがその場で回転。
タマモの鉄扇を躱しつつ、左逆手でホルダーから解き放った鞘を、タマモの脇腹目掛けて振り抜いた。
タマモの右脇腹へ、ヒョウの鞘がめり込んだ。
骨が砕けて肉が潰れる音が周囲に響く――
タマモの口から吐き出される血と涎。
吹き飛んだタマモが地面を転がる。
ゴロゴロと転がったタマモが、「っつ」と顔を歪めて立ち上がろうと……した視線の先には、ヒョウが突き出した切っ先が光っていた。
わずかに顔を歪めたタマモだったが、大きく溜息をついて諦めたようにヒョウを見上げた。
「その左目ー見えとるやんー?」
力なく笑うタマモに「さっすがタマちゃん」とヒョウが意味深な笑みを返して眼帯を取って見せた。そこにあったのは傷こそあるものの、無事なヒョウの左目だ。
「普通にやってもーヒョウくんのが強いのにー。細工するなんてーホンマーいけずやでー」
頬を膨らませるタマモの言う通り、死角があれば、そこを突きたくなるのが人というものだ。特殊な眼帯で見えているとは気づかずに、ヒョウの仕掛ける罠にまんまと嵌った形だろう。
だがタマモが頬を膨らませる理由は、それだけではない。
「ほんでー。ホンマの理由は何なんー? 眼帯のー」
ジト目のタマモに、「なんか格好良さげやろ? 眼帯って」ヘラヘラヒョウが笑う。エレナ達が「はあ?」と脱力する中、タマモ一人だけは何故か嬉しそうに微笑んでいた。
「ホンマー、聞かん坊と一緒で変わらんなー」
見るものを魅了するその笑顔に、誰も彼もが見とれる中、唯一ヒョウだけはさして気にした素振りもなくタマモに笑いかけた。
「タマちゃんこそ、全然変わってへんで?」
笑顔を見せるヒョウに「嘘やー」とタマモがその顔を暗くして俯いた。
「変わってへんよ。優しいとこ。ホムンクルスの子を殺さんかったんも、最初の【星降り】で周りを吹き飛ばさんかったんも。そして――」
そう言ってヒョウが大きく息を吐いて笑顔を浮かべた。
「あん時僕を助けてくれたんも」
ヒョウが語ったのは、あの晩起きた真実だ。トーマに腹を貫かれ、崖下へと落ちていたヒョウが一命をとりとめたのは、タマモが戦闘中にトーマすら気づかぬように施していた魔法のお陰だ。
ごくごく最小限の回復魔法。
崖下に落ちるヒョウに向けて、トーマにも気づかれぬ程度の極小の魔力で一瞬のうちに回復魔法をかけてくれていたのだ。
もちろんその程度で助かる道理はない。回復魔法も、込めた魔力に応じて回復の性能があがるからだ。
だが意識を手放すまでの時間を伸ばした……それだけでヒョウには十分だった。
崖下へと落ちる中、
出掛け前にユーリに手渡された、クラウス博士特性の
「ウチがーしたのはー、ただの罪滅ぼしやー」
首を振るタマモだが、ヒョウがそれを「嘘やな」と即座に否定する。
「嘘つく時に、そうやって人の目ぇ見られへんの……変わってないやん」
ニヤリと笑ったヒョウに「ホンマー、いけずやわー」とタマモが頬を膨らませた。
変わらぬタマモの姿に、ヒョウが刀を鞘に収めた。周囲に響く鍔鳴り音に、「エエのんー?」とタマモがヒョウの後ろに見えるエレナ達へ視線を向けた。
自分を殺さなくてもいいのか。
そう言いたげなタマモの瞳に、「もう勝負はついたさかい」とヒョウが肩をすくめた。
「それに」
「それにー?」
眉を寄せるタマモにヒョウが優しげな笑顔を見せた。
「見届けたいんやろ? トーマくんの最期を」
その笑顔からタマモが再び顔を逸らした。
「最期やないー。トーマくんが勝つさかいー」
頬を膨らませるタマモの態度に、ヒョウが再び笑みを浮かべた。
「そう思うんなら、尚の事見に行ったらな。なんせ、向こうは勝利の女神を連れてんねんで? トーマくんにも勝利の女神が必要やろ」
ヒョウが差し出した手を、仕方がないという具合にタマモが掴んだ。
紫雲は既にその姿を消していた――
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