第253話 一番凄いのは、戦いを見守るヒロインだと思う
地表での戦況が変わるより少し前……ユーリはトーマに導かれるように、星の核がある広間を後にしていた。少しだけ歩いた三人がたどり着いたのは、ホールのような大きな広間だ。
ただ他の場所と違うのは、星の核がある広間同様、壁事態がわずかに発光している事だろうか。
「無駄にデケェな……アレか? モンスターハ◯スか?」
キョロキョロと周囲を伺うユーリに、トーマが「懐かしい話を」と微笑んだ。ほんのりと明るい空間だが、リリアには二人の表情が不思議とよく見えている。
今から戦うはずの二人なのに、どちらの顔もどこか楽しそうなのだ。
不安げに二人の様子を見ていたリリアを、ユーリが振り返った。「心配するな」とでも言いたげな表情に、リリアはただ黙って頷く。
「それがお前の彼女か?」
ニヤけるトーマを前に「ああ」とユーリも口角を上げた。躊躇いもせず同意の声を返したユーリに、トーマが破顔する。
「紹介してくれてもいいんだぞ?」
「やなこった」
舌を出すユーリに「別に取って食うわけじゃないだろ」とトーマが肩をすくめた。
「仕方ない。なら、お前を殺してからゆっくり挨拶させてもらうさ」
「そりゃ無理だ。紹介する時は、お前の墓前だろうからな」
獰猛な笑みを浮かべたユーリが、ゆっくりとトーマとの距離を詰め始める……途中近くに転がっていた岩をユーリが蹴り飛ばした。吹き飛んだ岩が、壁面にぶつかり砕け散る……サラサラと砂になって地面へ還る岩を眺めたユーリが、「結構硬ぇな」とホールの壁を数回ノックする。
コンコンと壁を叩いたユーリが、不意にその左拳を振り抜いた。
空間全体が振動するだけで、壁にダメージは見当たらない。
岩を粉々し、ユーリの拳でも壁にダメージがないのはユーリとしては有り難い。トーマと二人本気を出して、うっかり星の核を壊す、もしくは三人で生き埋めになる……という事はなさそうだ。
床を、天井を、叩いて回ったユーリが納得するように頷いた。
ここならば、最終決戦にも耐えられるだろう、と。
「んで? ルールはどうするよ?」
この期に及んで「ルール」などと言うユーリだが、それを聞くトーマに怒りなど見えない。
「もちろん。
笑顔を見せたトーマに、「後で『やっぱ無し』とか言うなよ?」とユーリが嘲笑を浮かべた。
「お前の方こそ」
獰猛な笑みを浮かべたトーマが、
ユーリ達流、
トーマから放たれた覚悟の宣言に、ユーリは大きく息を吐き出して
「それは……?」
見覚えのある手甲に、トーマがわずかに眉を寄せる。
「お前相手に素手ってわけにはいかねぇだろ……
手甲を嵌めてユーリが構えを取った。いつも通り、右手右足前の構えのユーリに対して、「ようやく本気のお前と戦えるな」とトーマは自然体のまま刀をだらりと下げた。
刀を握るのは、左手一本。柄頭付近を持ち、切っ先は地面に向いたまま……一見すると隙だらけにしか見えないトーマだが、その実これが彼にとっての構えである。
無形の位。
無の境地に至りしトーマだからこそ出来る、敵の攻撃を臨機応変にさばける万能な構えだ。
隙のない構えを前に、流石のユーリも考えなしには突っ込めない。
しばし睨み合う両者の間に、どこから流れてきたのか冷たい風が吹き抜けた――
瞬間、二人の姿がその場から消えた。
二人の間合いの丁度真ん中で、両者がぶつかり合う。
先に踏み込んだのはトーマだ。
右足の踏み込みに合わせた左切り上げ。
迫る刃を前に、ユーリが大きく踏み込んだ。
トーマの右側に回り込むような大きな踏み込み。
ユーリは左足で地面を踏み抜くと同時に、身体を大きく沈ませる。
トーマの刃がユーリの髪を掠めた。
通過する刃を真上に見ながら、ユーリが左ボディブロー。
トーマの右脇腹へ迫るユーリの左拳――
完全に捉えたと思しき一撃は、トーマのバックステップで空を切った。
開いた距離をユーリが逃さない。
捻った腰の勢いそのまま、ユーリが回転。
トーマの着地を狙うユーリの回転足払い。
着地の足を抱え込みトーマが足払いを回避。
トーマの真下を通過するユーリの右踵……が一気に引き戻され、同時にユーリが飛び上がった。
ユーリの跳び左前回し蹴り。
迎え撃つのは防御に構えたトーマの刀。
衝撃で吹き飛ぶトーマ……が、宙で一回転して何事もなかったように着地した。
切れた間合いに、両者が再び睨み合う。
「様子見なんていらねぇぞ……とっくに全開だからな」
首を鳴らして構え直したユーリに、
「みたいだな」
とトーマが笑い再びその姿を消した。
硬い地面を割るトーマの踏み込み。
突き出された神速の突きをユーリの手甲がわずかに逸らせた。
チリチリと音を立てて上がる火花が、ユーリの左側を明るく照らす。
刃を逸らせたユーリが踏み込みと共に右の順突き。
トーマが
トーマが押し込む刃がユーリの体勢を崩す。
切っ先と手甲が「キンッ」と音を立てて分かたれた瞬間、トーマがその場で回転。
バランスを崩すユーリへトーマの左後ろ回し蹴り。
後頭部に迫るトーマの左踵を、ユーリが前屈で回避。
空振ったトーマの左脚が、ユーリの頭上を通過……せず、宙で急停止した。
「やば……」
ユーリの呟きを待たぬトーマの左踵落とし。
――ズシン
と地面が揺れ、わずかな土埃が舞い上がった。
土煙が晴れ現れたのは、辛うじてトーマの踵落としを受け止めるユーリの姿だ。
踵を受け止め、腕を震わせるユーリが、「いつまで……乗っけてんだよッ」とトーマの脚を掴んで放り投げた。
宙で受け身を取ったトーマが着地、とともに一気に加速――再び間合いを詰めるトーマに、ユーリも遅れて加速する。
流れるようなトーマの剣戟。
時に手甲で捌き
時に紙一重で回避し
ユーリはその度に、トーマへ反撃の一撃を繰り出している。
ユーリが繰り出す反撃に、トーマも時に腕で、時に身体操作で、その一撃を貰わぬよう立ち回っている。
二人がぶつかり合う度、衝撃が空間を揺らし、
二人が攻撃を回避する度、暴風のような風切り音が空気を震わせている。
もう既にリリアの目には何が何だか分かっていない。
ただ時折破裂するような衝撃と、その度に閃光が輝くだけの未知の戦いだ。
「もう少し、ギアを上げるぞ――」
トーマが右手をかざした瞬間、ユーリ目掛けて風の刃が襲いかかった。
襲い来る風の刃を前にユーリが前進。
すれすれを躱し、手甲で弾き、魔法など意味がないと言わんばかりに、一気にトーマとの距離を詰めた。
踏み込んだユーリの右ジャブ。
一撃ではなく、高速で繰り出されたに連撃を、トーマがヘッドスリップで、それぞれを左右にやり過ごす。
遅れて「ボボッ」と空気が破裂するような音が響き、トーマの髪が舞い上がった。
トーマの髪を舞い上げたユーリの右拳は既に、スタートポジションに……変わりに繰り出されているのは、ユーリは左の拳だ。
アッパー気味の左フック。
軌道で言えば、左切り上げの拳を、トーマは右肘を固めて受け止めた。
迫るトーマの拳を、今度はユーリの右腕が受け止めた。
一瞬膠着する両者。
口角を上げたトーマがその場で足を踏み鳴らす――
トーマの足元が、ユーリの腹めがけてせり上がった。
ユーリの腹目掛けて迫る石の槍。
ユーリが
腹を掠めた石槍が、周囲にわずかな鮮血を撒き散らした。
それでもユーリは止まらない。
体を開いたと同時にトーマの左腕に自身の右腕を絡ませ、勢いそのままトーマを小手投げ。
極められた関節を庇うように、トーマが前方に回転。
放り投げられた形のトーマだが、ユーリの前面に回り込むように回転してユーリの右襟首を掴んだ。
回転方向に引っ張られたユーリの身体が浮く――
方や腕をとり、方や襟首を掴んだ二人は、もつれるようにゴロゴロと地面を転がり……トーマがユーリにマウントポジションを取った形で、ようやく両者が止まった。
「退け。男に跨がられて喜ぶ趣味はねぇよ」
「奇遇だな。俺も男に乗るのは勘弁だ」
トーマが笑顔で右拳を振り下ろした。
ユーリの右手がそれを逸らして袖口を掴む。
と同時にユーリの左手が、トーマの肩口を掴んだ。
トーマが舌打ちをもらした頃には、既にユーリの左足がトーマの右足をロック済みだ。
「退けっつってんだろ」
肩ブリッジしたユーリが、トーマの肩口と袖口をそれぞれ反対方向にを引っ張った。
袖口を右に。
肩口を左に。
ロックされた足を支点に、身体を浮かせたトーマがユーリの左へと転がる。
転がるトーマにすかさずユーリが覆いかぶさった。
「形勢逆転だな」
笑ったユーリが右のハンマーパンチを――
せり上がった地面がトーマの身体ごとユーリを吹き飛ばした。
放り出された両者が宙で受け身を取って着地する。
「んにゃろ……」
「まさか卑怯……とは言わないだろ?」
苦笑いのユーリと笑顔のトーマ。
「言うかよ、バカが」
鼻を鳴らしたユーリに、トーマがまた笑顔を見せた。
「「
ハモった二人の姿が再び消える。
吹き荒れる暴風に、炎も混じり、二人がぶつかる度に起きる閃光が、その度にリリアの心配そうな顔を照らしている。
幾度となくぶつかった両者が、再び間合いを切った。
お互いに少なくない傷は見えるが、どちらも決定的なダメージを与えられているようには見えない。
「楽しいな、ユーリ」
獰猛な笑みのトーマに、
「そりゃそうだろ……」
ユーリもまた獰猛な笑みを返した。
「「
再びハモる両者が、これまた同時に笑い声を上げた。
「気が合うな……」
「テメェみたいなムッツリと一緒ってのは癪だがな」
笑顔のユーリが足元に転がっていたトーマの刀を蹴り上げた。
フワリと浮いた刀がトーマの手の中へ――
「そろそろいいだろ。決着をつけようぜ……本気で」
構えを取ったユーリが黒い闘気を纏う。
「そうだな。お互い後が支えてる身だったな」
刀を左手に握ったトーマも、同様に黒い闘気を纏った。
二人の纏う闘気が、空間全体へ広がっていく……明るかったはずの部屋は、二人から溢れる闘気で今や暗闇に堕ちたように昏く、何も見えない。
ただ暗闇の中で浮かび上がるユーリとトーマ以外は。
「第二幕といこうか」
トーマから溢れ出す殺気に、ユーリが笑みを返した。
「バカか。これで終幕だ」
笑顔を浮かべた二人が消え、同時に空間全体が大きく揺らいだ――地表まで届くほどの二人の戦いは、折り返しを見せていた。
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