第252話 戦況は流れる水の如く
戦場を駆け出したトアの瞳には、エレナ達と切り結ぶタマモの姿が映っていた。戦況は互角……に見えるそれに、トアは一先ず胸をなでおろしている。出来ればどちらもに傷ついてほしくないのだ。
自分が駆けつけたとて、何が出来るか分からない。それでも……とトアはリンファの制止を振り切って飛び出した。迫りくるモンスターの上下を反転させ、左右を入れ替え、一人戦場を駆け抜けるトア。だが急ぐ彼女をあざ笑うかのように、モンスターの波は途絶える事はない。
無理もない。トアのいた左翼は
運悪く巨大なモンスターに遭遇したトアは、「邪魔だし!」とたたらを踏みながら、モンスターを倒し続けている。
途切れる事のないモンスターの合間から、トアが見たのは自身と丁度真反対からタマモへ突っ込んでくる影だ。
「ヒャッハー!」
両手の爪を閃かせたノエルが、タマモの死角から飛び込んできた。
戦線を押し返していたフェン達と入れ替わるように、タマモへと接近したノエルは、迷うことなく彼女を狙って一気に駆け出した。
エレナとクロエと相対するタマモの横顔へ、ノエルの突き出した爪が伸びる。
ノエルの爪がタマモの頬に届く……かと思われた時、開かれた鉄扇が二つの間に滑り込んだ。
響いた金属音に、ノエルが目を見開いた瞬間、屈んだタマモが旋回。
足払いのように鉄扇を振り回すタマモに、ノエルが堪らず飛ぶ――
「悪手やー」
――笑顔のタマモが鉄扇を上に向けた。
円錐状の岩が、飛び上がったノエルに襲いかかる。
迫る岩の棘を前に、ノエルは微動だにしない。
円錐とノエルの間を、一陣の風が通り過ぎた。
粉々に砕けた岩に、ノエルが「余計な真似を」と刀を手にしたエレナに口角を上げた。
鉄扇を構えて突っ込もうとするタマモへ、炎の剣が襲いかかる。
軽やかなバックステップで躱したタマモ。
鉄扇で口元を隠し、「ええハンデやわー」と微笑んだ。
微笑むタマモへ向けて三人が駆ける。
エレナの横薙ぎ。
タマモの鉄扇が、刃の軌道を上にそらす。
タマモの頭上を過ぎるエレナなの切っ先――
逸れた刃を潜るように、ノエルが低い位置から突き上げ。
同時にタマモの右から、クロエが炎を纏った剣を振り下ろした。
エレナを目隠しに接近した二人の同時攻撃。
左右から、しかも軌道が上下からというバラバラの攻撃を、タマモの両鉄扇がそれぞれ受け止めた。
開かれた左鉄扇がノエルの突きを。
閉じた右鉄扇がクロエの斬り下ろしを。
それぞれ同時に受け止めた。
「「な」」
思わず二人の声がもれたのと同時、タマモの両手首がくるりと返り、二人の身体が宙に浮いた。
エレナに吸い寄せられるように、中央へ飛ばされた二人。
重なった三人へ「そぉれー」とタマモが鉄扇を翻せば、風弾が三人を後ろへ弾き飛ばした。
もつれて転がる三人へ、タマモが追撃――の途中で鉄扇を広げて自身の周囲をかくように動かした。甲高い音が連続して戦場へ響き渡る。
「悪いな〜レディ。こっからは四対一だぜ〜」
エレナ達の後ろから聞こえてきたダンテの声に、「かましまへんー」とタマモが鉄扇で口元を覆って微笑んだ。
転がるエレナ達を飛び越え、ダンテが両手の
銃口から吐き出された魔弾が、全弾タマモへと襲いかかるが、それら全てを涼しい顔でタマモが弾いていく。
それでもタマモが動きを止めた事は大きい。
一瞬の隙を逃さぬよう、再び間合いを詰めたエレナ達三人。
ダンテの射線を開けつつ、左右からエレナとクロエ。
真後ろからはノエルが一気に間合いを詰めた。
迫る刃を前に、タマモが飛び上がった。
せめて前後での同士討ちを狙ったタマモの跳躍。
タマモの狙い通り、逸れた魔弾……は、タマモの影にいたノエルには当たらない。
完全に計算され尽くした角度と位置取りに、タマモが宙で思わず目を見開いた。
「伊達にずっと一緒にやってきてねーよ〜」
宙を浮くタマモへ、ダンテの
同時に三人も地面を蹴って宙へ――
迫る四つの攻撃にタマモがその身を防護壁で覆う。
チリチリと音を立てた防護壁が、破れると同時に、三人がタマモがゼロ距離で発生させた風に吹き飛ばされた。
バラバラに落ちた三人が、宙で受け身を取って地面へと降り立った。
「全く……とんでもない女だな」
「ああ」
苦虫を噛み潰したようなクロエに、頷いたエレナが「だが――」とその瞳にわずかな光を宿した。
「ようやく一太刀浴びせられたか」
わずかに裂けたタマモの着物に、エレナ以外の三人も黙って頷いた。
「まあまあーやるやんー」
微笑むタマモの余裕は崩れない。それでもダンテが加わった事で、戦況がわずかにエレナ達へと傾きつつあった。
ダンジョン前の死闘の戦況が、エレナ達へとわずかに傾いた頃……人類の連合軍もようやくタマモのダメージから復帰して戦況を盛り返していた。
ダンテやノエルが抜けられたのも、右翼で戦況が回復するように立ち回ったのが大きいだろう。
右翼にわずかに遅れて左翼でもようやく戦況が盛り返しを見せ始めている。……右翼とは違い、
ロラン達に比べ、ゲオルグもルカも攻撃が基本的に範囲攻撃というのも大きいかもしれない。加えて左翼の押し返しにカノンが加わっているのも大きいだろう。
圧倒的火力で敵をねじ伏せるカノンの瞳に、未だモンスターに取り囲まれて孤立しているトアが映った。
「トアさん!」
戦斧の一撃でモンスターの包囲を弾き飛ばしたカノン。
「ノンノ!」
援軍にトアの瞳がわかりやすく輝いた。
「なぜこんな所に?」
小首を傾げるカノンに、トアがダンテ達と戦うタマモへと視線を投げた。振り返るカノンが、「ああ」と微妙な返事でもう一度トアを見た。
トア自身、どうしていいのか分かっていないのだろう。
タマモはずっとトアにとって仲間だった。だが恵梨香の仇討ちで死ぬつもりだったトアを、ユーリが救いそして皆に受け入れられた。
過ごした時間はほんの一週間程だ。それでもトアにとって、カノンやリンファは間違いなく仲間と呼んで差し支えない存在である。トアからしたら、仲間同士で争っているような状況なのだ。
もちろん両者の思いは分かっている。分かっているが、それに納得できるかどうかは別である。
色々な感情が渦巻くトアの瞳に、「分かりました!」とカノンが元気いっぱいに頷いた。
「私と一緒に行きましょう!」
ガッツポーズを見せるカノンに、「でも……」とトアが視線を泳がせた。タマモのもとへたどり着いたとして、トアがどちらの味方になるのか、トア自身分からないのだ。
折角トアを導いてくれたとしても、場合によってはカノン達と敵対する羽目になるかもしれない。そう思ってしまえば、トアは考えなしにリンファのもとを飛び出した事が悔やまれてならない。
あのままあそこでリンファとともに、モンスターと戦っていたら楽だったろう。
視線を下げるトアに、カノンが「大丈夫ですよ!」とその胸を張った。
「言いたいことがあるなら、気になることがあるなら、絶対に言わないと駄目です」
真っ直ぐトアを見つめるカノンが「後悔しちゃいますから」と続けた。
――トア。お前は、お前だけは後悔するなよ。
トアの脳裏にリクの最期の言葉が蘇った。カノンの後ろに見えたリクの姿に、トアは自分の頬を両手で叩いた。
「ありがと、ノンノ! アタシ、行くよ」
「お安い御用です。なんせ、私は全ホムンクルスのお姉さんのような存在ですから」
満面の笑顔を見せたカノンが、何かに気がついたように眉を寄せ、「あれ? お姉さんなのに、あだ名呼びにされてる?」とブツブツ呟き出した。
「細かいことは良ーっしょ!」
ケラケラと笑ったトアに、「それもそうですね!」とカノンも頷いて、タマモを振り返った。ダンテ達の連携が回を重ねる毎に洗練され、今やタマモは防戦一方の状態だ。
「急ぎますよ!」
カノンが足に力を込めたその時だった――周囲一帯を重苦しい空気が覆い尽くした。
まるで重力が増したかのような圧力に、
「ユーリさん……」
「タイチョーさん」
二人が呟いたのはほぼ同時だった。地下で繰り広げられる二人の戦いが、地表まで影響を及ぼしている……あまりにも桁外れのその闘気に、誰も彼もが動きを止めて目を見開いていた。
……ただ一人を除いて。
「しゃーないなー。ウチもーそろそろー本気だそかー」
呟いたタマモが、黒い闘気を纏った。空を覆う雲が紫雲に変わり、辺りを覆う圧力がさらに重みを増す。本気のタマモを前に、カノンもトアも思わず息を飲み込んだ。
そのくらい、タマモという存在が放つ圧力も桁外れなのだ。
恵梨香の本気も凄かったが、タマモの見せる本気はそれとは比べ物にならない。
無理もない。悩み苦しんでいた恵梨香と、本気でトーマと地獄へ添い遂げようとするタマモでは、覚悟の強さが違いすぎる。ここ一番、というタイミングでは己の信念を貫けるか否かで、大きくパフォーマンスが上下するものだ。
完全に場を支配するタマモの気配に、サイラス麾下の全員がエレナ達を援護するため、その身を反転――しようとしたとの時、周囲に巨大な口が現れた。
この期に及んで、人類を許さんという地球の意思が、世界中からモンスターを呼び集めようと、最後の抵抗に出たらしい。
それらを上回る圧力を見せるタマモ。
好転していた戦況が、一気に不利な局面へと転がり落ちた。
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