第251話 あっちこっちで戦わせるんじゃなかった
モンスターとの戦端が開かれてすぐ、リンファ達
先行しダンジョンへとたどり着きそうなエレナ達を見るや否や、他の能力者達の間を持つような立ち回りに変化させたのだ。どうせ誰かが戦場に残らねばならない。それならば、戦略を活かしやすい広い戦場のほうがリンファ達には合っている。
事実、先程からかなり広範囲を担当しているが、一部隊とは思えぬほどの活躍で戦線をキープしているのだ。
戦場を俯瞰するイーリンの情報と、それを元にして立てられたリンファの的確な戦略。敵陣を食い破るゲオルグとルカの突破力に、その二人を的確にサポートするエミリアの絶妙な距離感。
安定してモンスターを叩いていく
危なげなくモンスターを処理する
ノエル率いる
リンファ達とは違い、ルッツとイリーナ、ヴィオラという後衛を向こうに残し、前衛だけでチームを組み直した二組は、即席チームとは思えぬほどの大暴れを見せていた。
ノエルとロランが舞うように敵を切り刻み、ルチアとディーノの槍が敵を貫く。
空を行く敵を始め、四人の死角を完全にカバーするのはダンテの二丁拳銃だ。
ブルーノ、ベルタというベテラン二人の指示も正確で、この二組だけで右翼の勢いを作り出していると言っても過言ではない。
リンファ達だけでなくダンテやノエルの部隊も、こうして中程で遊撃部隊として戦線が崩れるのを防いでいる。
そうして勢いづく三つのチームだが、顔色があまり優れないのには理由がある。先程からダンジョン前に現れた巨大な石壁のせいだ。気がついた時には石壁がダンジョンへの侵入を拒むようにせり上がり、風景を一変させているのだ。
「なにが起きてんだよ」
顔をしかめてトリガーを引くリンファの耳に『……【八咫烏】が出た』とイーリンの声が届いた。
「【八咫烏】……こんな時に」
苦虫を噛み潰したようなリンファとは対照的に、トアは石壁を眺めて「……マモ姉さん」と呟いていた。
「とりあえず、あれに近づいたらヤバそうだ」
トリガーを引きながら叫ぶリンファの鼓膜を、仲間達の同意の声が叩いたころ、石壁が砕けた……かと思えば巨大な竜巻がダンジョン周辺に集まり始めていた人もモンスターも全てを吹き飛ばした。
「皆、やべーぞ!」
リンファの叫びに、『分かってますわ』とエミリアが少し遠くで蛇腹剣を振り回して防衛ラインのカバーに入った。エミリア同様、カノンやフェン達が必死に防衛ラインを押し上げようとしているのが見える。
どうやらエレナとクロエが二人がかりでタマモを相手しているようだが、目の端に映る戦況は今の所互角にしか見えない。
激しく炎や雷が降り注ぐダンジョン入口前は、今や一番の激戦区と言っていいかもしれない。エレナとクロエが二人がかりでようやく抑えられる相手……しかもリンファは知っている。あれが本気ではないことを。
ユーリを始め、【八咫烏】の面々が本気になった時は、その身体に夜を纏うのだ。
本気でない状態で、エレナとクロエ相手に互角の戦い。もちろん二人共、まだタマモとの間合いや呼吸を測りかねているのだが、それでもあの二人を相手に余裕を保てるのは異常である。
それだけタマモが規格外なのだ。
「【八咫烏】ってのは化け物ぞろいかよ」
寄せるリンファに、トアがいつになく真剣な顔で「ししょー達は別格」と叫んだ。
「特にマモ姉さんの本気は、タイチョーさんくらいしか止められない」
「そりゃ益々もってやべーじゃねーか……」
顔を引きつらせるリンファに、トアが複雑そうな表情で頷いた。
タマモにもリンファ達にも恩義がある。この状況はトアにとっては辛いだろう。そんなトアの表情を察したリンファが、「トア――」とその肩に手を置いた。
「お前はあっちに――」
「リンリンごめん!」
リンファの手を振りほどいて、トアがタマモ達のところへ駆け出した。
「おい、トア――」
手を伸ばしたリンファの脇からモンスターが突っ込んでくる。舌打ちをもらしたリンファが、後ろへ飛び退きながらトリガーを引く。
リンファの魔弾がモンスターの頭を吹き飛ばした。
それでも構わずに突っ込んでくるモンスターの群。
飛び上がった狼の横っ面を、リンファの銃床が吹き飛ばす。
勢いを殺さず回転したリンファの後ろ左回し蹴り。
別の一体を蹴り飛ばしたリンファが、振り返りざまに腰撃ちでトリガーを引く。
いつもの精密射撃とは違い、破裂するような大きな魔弾が数体のモンスターを吹き飛ばした。
モンスターが吹き飛んで出来た穴へリンファが特攻。
巨大な熊の真下へ滑り込んだリンファが、真上に向けてトリガーを引いた。
弾ける熊の頭部。
その股ぐらをリンファが滑り抜け――
目の前には、迫りくる無数のモンスター。
襲いかかる群を前にリンファが、口角を上げた。
「残念だったな」
リンファが呟いたのと同時、落ちてきた
ボトボトと音を立てて落ちてくるモンスターの肉片に、「ペッ……ちっとやりすぎたな」とリンファが苦笑いを浮かべる。
『リー・リンファ隊員、大丈夫であるか?』
遠くで叫ぶゲオルグの声が、イヤホンを叩く音声に遅れてリンファの耳に届いた。
「問題ねーよ。これでもアタシが一番『ナルカミ式近接戦闘』の訓練に時間かけてんだ――」
リンファが肩に担いだ
真後ろに発射された魔弾が、後方のモンスターを弾けさせる。
「こんな雑魚程度なら問題ねーよ」
リンファが笑顔を見せ、新たなモンスターへ向けてそのトリガーを引いた。
☆☆☆
リンファ達がモンスター相手に戦っている頃……ダンジョンへと突入したユーリは背後で聞こえる戦闘音を置き去りに、リリアを抱えて暗いダンジョンの中を駆けていた。浮かび上がるホログラムには、事前に受け取っていたダンジョンマップが浮かび上がっている。
分岐点を右へ左へ、時に下って時に上り、ほとんど迷いなく進むユーリは、もう既にマップなど見てはいない。
奥から感じるトーマの気配……まるで「早く来い」とでも言いたげなわずかな殺気を頼りに、ユーリは奥へ奥へと進んでいるのだ。
人々の恐怖が作り出したダンジョンとは言え、『ダンジョン』という抽象的な物をこの世界に完全再現するのは難しかったと見える。マップを見たサイラス曰く、旧時代のカッパドキア地下遺跡の形がそのままダンジョンとして機能しているとの事だ。
唯一違うのは、入口が一つだけを残して全て塞がったことくらいか。
それでも地下八階程で入り組んだトンネルは、ダンジョンの名に相応しい存在である。
暗闇の中、人一人が通れるかという通路を、デバイスが照らすわずかな明かりだけで、ユーリは速度を落とさず走り続けている。そんなユーリに抱えられたリリアもまた、黙ったままユーリにしがみついていた。
ここで舌でも噛もうものなら、ここまで頑張ってきた人々の努力が水泡に帰すのだ。そうならぬよう、色々な思いを飲み込んでリリアは口を固く閉ざしている。
そうしてダンジョンを駆け抜けることしばらく……ユーリがその速度を落とした。全力疾走から、ジョギング、そして速歩き……気がつけばゆっくりとした歩みに変わったそれは、一歩一歩噛みしめるような前進だ。
ボンヤリと明るい通路を前に、ユーリが完全にその足を止めてリリアを下ろした。リリアにですら分かる、この先から感じる重たい空気はトーマが発する殺気だ。
「ユーリ……」
不安そうにユーリの裾を掴むリリアに、「心配すんな」とユーリは彼女の頭に手を乗せて優しく微笑んだ。
大きく深呼吸をしたユーリが、意を決したようにその顔を引き締めて通路へと歩を進めた――仄かな明かりが照らす通路は、進む毎に明るくなっていき、ついに通路の先には巨大な広間が現れた。
不思議な装置を付けられ、ゆっくりと脈打つ不気味な球体。そしてその向こうに見えるのは……
「遅かったな」
……立ち上がるトーマの姿だ。
「お前らが最期に乳繰りあえるように、気を使ったつもりだったんだが」
ニヤリと笑ったユーリに、トーマが「フッ」と微笑んで見せた。
「お前を倒した後にでも、ゆっくりと最期を堪能するさ」
「ムッツリスケベ野郎が」
笑うユーリにトーマも笑顔を見せる。どちらも自然体にしか見えないが、その実二人の間に流れる空気は少しずつピリピリと張り詰めていく。
「どうする? 早速始めるか?」
ポキポキと指を鳴らすユーリに「慌てるな」とトーマが、ユーリの脇を抜けて歩きだした。向かう先は先程ユーリとリリアが入ってきた通路だ。
「ここじゃ万が一があるだろ?」
ニヤリと笑って通路へ消えたトーマに、「……なら最初から手前にいろよな」とユーリが頬を引きつらせてその後を追いかけた。
世界の命運を掛けた戦いは、まだ始まったばかりだ。
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