第250話 明日世界が滅びるとしても
話をしよう、というタマモを前にユーリは構えをといて一歩前に踏み出した。距離が近くなったユーリに、タマモは臆することなく、まるで観察するかのように上から下までゆっくりと視線を動かした。
「ほんまー、変わらんなー」
袖で口元を隠していても分かる、その嬉しそうな微笑みにユーリも「お前もな」と小さく微笑んでみせた。
「なあユーリくんー。なんで抗うんー?」
首を傾げたタマモが、「どの道消えるやんー」と心底不思議そうな声をもらした。ユーリとしては、タマモ達がその事を知っている方が驚きだが、それが表情に出ていたのであろう、ユーリを見ていたタマモが微笑んだ。
「ヒョウくんにー聞いたさかいー」
上品に笑ったタマモに、「そりゃそうか」とユーリが頭を掻いて苦笑いを浮かべた。どうやらヒョウと戦っている時に、そういった会話が交わされていたらしい。よく考えれば、話すだろう事くらい当たり前といえば当たり前だ。
何とも言えない気恥ずかしさから、未だ苦笑いのユーリに「それでー? なんでなんー?」とタマモが再び首を傾げた。
「なんでも何も……」
大きく溜息をついたユーリが、チラリとリリアを振り返った。
「俺は、別に消えるつもりも死ぬつもりもねぇからだ」
ハッキリと言い切ったユーリに、リリアとタマモの「え?」という言葉が重なった。
「そりゃ、定められた運命らしいからな。一応は『消えるらしい』って事で話は進めてるが」
そう言って再び大きな溜息をついたユーリがニヤリと笑う。
「それに納得も絶望もする必要もねぇだろ?」
ユーリの見せる笑顔に、タマモが黙ったまま少しだけ目を逸らした。
「最後の最後まで何があるかわからねぇ……だから、その時までは俺は俺らしく生きることを諦めねぇ」
腕を組んだユーリがタマモを真っ直ぐに見据えた。
「俺は死ぬその瞬間まで、ユーリ・ナルカミであって、鳴神悠利なんだよ」
自信に溢れた笑顔に、「ホンマー変わらんなー」とタマモがその眦をわずかに下げた。
「『たとえ世界が明日滅びるとしても、私は今日、リンゴの木を植える。』」
ユーリの唐突は発言に、タマモが驚いたように目を見開いた。
「お前が教えてくれたんだぞ? タマモン――」
驚くタマモを前に、ユーリが右手右足をゆっくりと前に出した。
「俺の植樹は誰にも邪魔させねぇ……たとえお前でもだ」
ユーリが完全に構えを取ったその時、石壁が崩れる音を響かせてカノンやエレナが突っ込んできた。
カノンがタマモ目掛けて戦斧を振り下ろす。
半歩下がったタマモの鼻先を掠めた戦斧が、地面を穿ち爆発を引き起こした。
ユーリやリリアでも足を踏ん張るほどの爆風……だが、収まった土煙から見えたのは、防護壁に覆われ無傷のタマモだ。
防護壁の中でタマモが指を鳴らせば、防護壁が破裂してカノンを吹き飛ばした。
「カノ――」
「ユーリさん!」
吹き飛ぶカノンがユーリへ叫ぶ。それと入れ替わるように前に出るエレナとクロエ。
「ユーリ!」
「先にいけ!」
タマモ目掛けて二人が同時に突きを放った。フワリと飛び上がったタマモが、ユーリとリリアをも飛び越える。わざと……としか見えないその行動にユーリが眉を寄せた。タマモもユーリを先に行かせるつもりなのだ。
「タマモン……テメェ」
睨みつけるユーリを前に、タマモが再び袖で口元を隠した。
「エエよーユーリくんとー、その娘だけはー通したるー」
クスクスと笑うタマモが、指を鳴らすだけで周囲に迫っていたモンスターが一瞬で細切れになった。
九重 玉藻……【八咫烏】の第三席にして、【白面】の二つ名を持つ女性。天候すら操る神通力を宿し、強大な魔法を軽々と扱う文句なしの実力者だ。
対集団戦においては、ユーリやヒョウ、トーマでも後塵を拝する猛者である。そのタマモがここに立ち塞がる……周囲にあふれるモンスターに加え、状況としては最悪かもしれない。
「他の子らはー、ここでウチとー遊ぼかー」
タマモから溢れた闘気が、その髪の毛をゆっくりとはためかせる。文句なしの臨戦態勢に、ユーリが顔をしかめた。
「行って下さい!」
タマモの真後ろからカノンが声を上げた。
「そうだ。ここは任せて行け!」
「ちょっとは信用しろよ」
「我々とて、遊んできたわけじゃないぞ」
エレナもフェンも、そしてクロエも武器を構えてタマモに向き合った。
「エエ仲間やなー」
笑顔を浮かべたタマモが指を鳴らせば、空気が破裂してユーリ以外の全員へ襲いかかる。ある者は武器で、ある者は飛び退いて、辛うじてではあるが、不可視の衝撃波を躱してみせた。
その隙にダンジョンの入口側へとタマモが瞬間移動――再び立ち塞がる形になったタマモが、ユーリに微笑んだ。
「どないするんー? もう時間は少ないでー」
微笑むタマモから滲む殺気に。「チッ」とユーリが舌打ちをもらしてリリアを抱えた。タマモと相対する以上、リリアを護りながら戦うのはいくらユーリと言えどかなり厳しい戦いになる。
つまりユーリに出来ることは、早くトーマを倒し、星の核を目覚めさせるしかない、そうタマモは言っているのだ。
「テメェら、死ぬなよ!」
それだけ言い残してユーリがタマモの脇を通り抜けた時――
「……トーマくんをお願いなー」
――小さく呟いたタマモの声が耳に届いた。
「どいつもこいつも……バカ野郎が」
吐き捨てたユーリが、タマモと仲間を残してダンジョンの中へと駆け込んだ。
ユーリを見送ったタマモの目の前で、エレナ達がそれぞれ武器を構え直した。タマモがいてもお構いなしに襲いかかってくるモンスターの群に
「こちらはお任せ下さい!」
「リーダー、ボスは任せるぞ!」
とカノンや
後顧の憂いがある状態で戦える相手ではない。それに、タマモとの戦いに他の能力者が巻き込まれることがあれば、そこから一気に防衛ラインが崩れる事になる。
今フェンやカノンが出来ることは、出来るだけ防衛ラインを押し上げて、タマモと距離を保つ……つまり他の能力者をここに近づけない事である。
エレナやクロエの了解を得る前に、一瞬で方々へと散ったカノン達四人を、タマモが視線で追っている。
「エエ判断やなー」
頷くタマモに、「自慢の仲間だからな」とエレナとクロエが、タマモと向かい合った。
エレナが青眼に構えた切っ先が、薄暗い空の下でわずかに輝く。
「その刀ー。ウチがー、ヒョウくんのー仇やでー」
袖で口元を抑えるタマモに、「そうか」とだけエレナが答えた。眉一つ動かさないエレナを前に、「ふぅん」とタマモがその瞳を細めた。
「あんさんはー、可愛げがあらへんなー」
「戦いに臨んで、可愛さなど不要だ」
真剣な表情のエレナが「それに……」と大きく息を吐き出した。
「明鏡止水……心を乱さず、常に冷静であれ」
笑顔を見せるエレナに「ヒョウくんやなー」とタマモが頷いた。
「エエわー。ほんならー、ウチは世界の広さをー教えたるわー」
上品に笑うタマモが、宙へ浮き上がる――種も仕掛けもない、完全にタマモだからこそ出来る、神通力の一種だ。
宙へ浮かぶ女性……その異様な光景は、今もモンスターと戦い続けている人々を驚かせるには十分だ。一瞬手が止まる、つまり防衛ラインの押し上げが遅れた。
そうとは気づかない多くの人々が注目する中、タマモが微笑み――
「全員防御態勢を取れ!」
――クロエの叫びとほぼ同時に、タマモが指を鳴らした。
タマモを中心として発生した竜巻が、人とモンスターの区別なく、周囲にあるものをことごとく吹き飛ばしていく。
「グッ……」
地面に切っ先を突きたて、姿勢を低くすることでエレナ達は何とか堪えてはいるが、あまりにも暴力的な竜巻は、息をすることすら許されない圧力だ。
吹き荒れる風が止み、何とか立ち上がったエレナ達だが、それを見下ろすタマモは面白くなさそうに彼女達を見下ろしている。
そこかしこで倒れる能力者の姿、それを庇うように前に出るもの。本来ならば下がるべき方向に、モンスターの大軍より厄介な女が一人いるのだ。擬似的な挟み撃ちに、今や戦場は阿鼻叫喚の地獄と化している。
フェンやカノンが防衛ラインをタマモから遠ざけたのに、たった一度の魔法でこの惨状だ。
「このままやとー、皆死んでしまうでー?」
小首を傾げたタマモへ、「舐めるな!」とクロエが炎を纏って飛び上がった。
身体能力に加え、炎を破裂させる推進力で一瞬にタマモとの間合いを詰めたクロエが、その剣をタマモめがけて振り下ろした。
真っ二つになるタマモ……分かたれた身体が燃え上がる。
宙で燃えた二つの半身が、地面に音を立てて堕ちた頃、それを振り返ったクロエが「チッ」と舌打ちをもらした。
クロエとエレナに挟まれて燃え上がる二つの半身……が大きく燃え上がったかと思えば、二つに裂かれて黒焦げになった紙人形が現れた。
「クロエ、今のは?」
周囲を警戒するエレナに、「幻覚……いや、身代わりとでも言うべきか」とクロエも同じように周囲を警戒している。
静かに精神を集中したエレナが、「そこだ!」と刀を横に薙ぐ――甲高い金属音が、戦場に響き渡り、風景から溶け出すように鉄扇を片手にしたタマモが現れた。
「観の目もー、ボチボチ出来るやんー」
余裕そうに笑うタマモに、「褒め言葉として――」エレナは切っ先に込めていた力を緩めた。
鉄扇に押し返される切っ先。
変わりに柄頭がタマモへと向く――
「――とっておこう!」
――踏み込みとともに、エレナが柄頭をタマモの額へ突き出した。
再び鳴り響く金属音。
エレナが突き出した柄頭は、タマモが左手で開いたもう一つの鉄扇に受け止められていた。
顔を歪めたエレナがバックステップで距離を取った。
「まさか近接戦闘も出来るとはな」
「得意やないけどなー」
鉄扇で口元を隠したタマモが、もう片方の鉄扇を振る――その風が刃となってエレナへ襲いかかった。
瞠目しつつも全てを斬り落としたエレナ……の目の前にタマモの姿。
「首ー、もらうでー」
寒気がする笑顔が、何かに気がついたように後ろへ仰け反った。
タマモの顔があった場所を、クロエの切っ先が通過する。
トントン、と軽やかなバックステップで距離を取ったタマモが、「あんさんもー、おったなー」と困ったような笑顔でクロエを見ている。
「貴様相手に二対一が卑怯だとかは言うなよ」
剣を霞に構えるクロエに、「丁度いいハンデやー」とタマモが怪しく微笑んだ。
垂れ込めてきた雲が、昇るべき太陽を隠した空は未だ暗いままである。
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