第241話 こいつがジェットで帰還とか……そりゃ何か起きますよ
夜明けには未だ早いイスタンブール……人も建物も何もかもが眠りについた頃、エレナは遠くから聞こえてきた爆発音で目を覚ました。
「なんだ?」
眉を寄せたエレナの耳に、また爆発音。先程よりも少し大きく聞こえるそれに、エレナはベッドから飛び起きて手早く着替えを済ませた。
マンションの扉から飛び出せば、別棟から同じように飛び出してくるカノンが見えた。
恐らく空耳ではないらしい。
カノンと二人、廊下の柵に足をかけてそれぞれが未だ暗い街へと飛び出した。
「何でしょうか?」
「さあな。それにしても、よく気がついたな」
「お爺ちゃんが起こしてくれました」
舌を出したカノンに、エレナはクラウス博士が夜通し遺伝子の解析を行っている事を思い出した。
二人でビルの屋上を駆ける頃、もう一度爆発音が響いた。先程よりも近くなっているそれと、二人のデバイスにサイラスから緊急出動を要する旨のメッセージが届いたのはほぼ同時だった。
エレナが走りながら、カノンと現場へ向かっている事を報告する――また聞こえてきた爆発音に二人は音の聞こえる方角へ足を早めた。
それぞれ別の方角からリンファとルカが合流した頃、小さくない爆発音で街全体が強制的に眠りから叩き起こされた。
午前中に【女神庁】のやらかしで、ダンジョンからモンスターが溢れた映像が流れたばかりだ。センシティブになっていた街は、静かな眠りから一転、軽いパニックに陥った。
様々な建物に一気に明かりが灯り、そこかしこに不安げな顔の人々が出てくる。
本来彼らの不安を解消するのは、【女神庁】の役目である。【人文】に代わり、彼らが派遣した知事が騒動を収めるべきなのだが……。
『現場へはハンターが急行中。各自落ち着いて続報をお待ち下さい――』
街中に流れるAI音声。それと同じ文言が表示される電光掲示板のクレジットは、『サイラス商会』である。今のイスタンブールに知事はいない。正確にはデモを起こした住民たちが、知事を拘束したのだ。
何とも因果な話だが、この混乱を収められる器量があるのは、サイラスだけなのだ。
サイラスの指示に従い、もう間もなく西門……という所で、今日一番の大爆発が全員の鼓膜を揺らした。
察知してから合計五度の爆発。
特に最後のそれは、他四回とは比べ物にならないほど大きく、エレナ達の表情が一層険しくなった。
なぜなら爆発音が聞こえたのは、全て街の西側なのだ。ダンジョンのある東側からならいざ知らず、西側からの襲撃は想定していなかったからだ。
西側から。つまりは【八咫烏】もしくは【女神庁】の襲撃。ユーリのいないこのタイミングで……。
「ひとまずこの四人で現場確認をする!」
何よりも情報が欲しい、と緊迫した様子で門を通り抜け、暗い原野へと飛び出したエレナ達が目にしたのは――
「信じらんない! ユーリ・ナルカミちょー馬鹿じゃん!」
「うるせぇな! 『お茶目ですね、ユーリさん』と言え!」
「いたずらで墜落とかありえないし!」
燃え上がる何かを背後に、ギャーギャーと言い合うユーリとトアの姿だった。
「ユーリ……君は、何をしているんだ?」
緊迫していたはずのエレナ達が一転、盛大な溜息をユーリについていた。
「よお、お前ら。出迎えゴクロー」
ヘラヘラと笑ったユーリが、エレナ達の間を通り抜け――
「説明してもらおうか」
「やっぱ駄目?」
――通り抜けられなかった。
☆☆☆
「なるほど……【女神庁】を壊滅させ、その足で輸送機を奪取して帰ってきたというわけか」
盛大な溜息をついたエレナが、ユーリ達の背後で燃え上がるジェット機を見つめている。
「そしてその輸送機を、墜落させた……と」
ジト目のエレナに、「ちょとした出来心だ」とユーリが鼻を鳴らして、ジェット機を振り返った。魔石燃料のお陰で爆発こそしないが、勢いよく燃え上がるジェット機が未だ暗い空を明るく照らしている。
「ユーリさんですし、ミサイルでも撃とうとして自爆ボタンでも押したんじゃないですか?」
小首を傾げたカノンに全員の視線が集まった。正直言って、「それはないだろう」と言い切れないのがユーリの恐ろしいところである。唯一突っ込めるとしたら、自爆ボタンはないんじゃないか、という部分くらいだ。
そして全員の沈黙を破ったのは……
「大体合ってるし」
……ジト目でユーリを見るトアだ。
その報告に、今度は全員の視線がユーリへ集まった。「何をしているのだ」そう言いたげな視線に、ユーリが一瞬だけたじろいだ。
「ば、ばっか! 全然違ぇし!」
声を荒げたユーリに、それでも全員が疑いの眼差しを向けている。
「お前ら信用してねぇだろ」
「信用してもらえると思ってるのが驚きだよ」
呆れ顔のリンファに、「こんにゃろ」とユーリが眉を寄せて、なぜジェット機が墜落したかの経緯を話し始めた。
ジェット機で出発して暫く、コンソールを触っていたユーリは、AIアシスト操縦なる物を見つけた、否、見つけてしまったのだ。そんな物を見たら最後、触ってみたくなるのがユーリ・ナルカミという男である。
AIアシストのもと、ジェット機を操縦していたユーリは、どんどん操縦を飲み込み、イスタンブールまでもう少しという所で既にアシストなしで操縦できるまでになったのだ。
それに気を良くしたユーリは、イスタンブール西側周辺をパトロール……そうして発見したトロールへ向けてミサイルを打ち込んだ。
それが一度目の爆発。
戦果を我が目で確認する、と高度を下げたユーリは吹き飛んだトロールを目にした。これに気を良くしたユーリが、超低空飛行で別のモンスターへとミサイルを叩き込んだのだ。
それが二度目、そして三度目の爆発。
爆風と土煙をぶち破り、トアの制止を振り切ったユーリが「最後は最高難度だ」と四発目のミサイルを、超至近距離でぶっ放したのだ。
それが四度目の爆発。
目の前で起こった大爆発。それをぶち破って、何とか生還を果たしたユーリ達だったのだが……
「地面すれすれなのに、ガッツポーズで思わず操縦桿手放すとか……馬鹿過ぎるだろお前?」
……ジト目のリンファに「だからお茶目と言え」とユーリが鼻を鳴らした。
そう。ジェット機の墜落原因は、ほぼ地面すれすれを飛行していたユーリが操縦桿を手放したせいである。正確にはガッツポーズの際に、操縦桿に思い切り手が当たって機体がコントロールを失ったせい、だが。
最高難度のミッションを遂げ、「見たか!」とガッツポーズを決めた瞬間、ユーリの腕が操縦桿の片側に当たった。旋回しようと傾いたジェット機の羽が地面に接触。
コントロールを失った機体は地面へ――「ボカン」という結末である。
「ナルカミ、お前の馬鹿さ加減はいつも通りで良いけどよ……」
低い声を発したリンファが、「何でこいつが一緒なんだよ」とトアを睨みつけた。
「やっぱ、アタシの嫌いなオバサンじゃん」
「オバっ……アタシはまだ二十七だ!」
顔を歪めたリンファに、「アタシ十六設定だし」とトアが勝ち誇ったように笑った。
「いい度胸だ……今度こそぶっ殺す」
「ガキに煽られてどうする」リンファに溜息をついたユーリが、
「お前もだ。女は幾つになってもレディだ。女なら覚えとけ」トアの頭に軽くチョップを落とした。
ユーリの仲介に、リンファは「チッ」と舌打ちを漏らして顔を背け、トアは「自分だってデボラに『オバハン』って言ってたくせに」と口を尖らせて頭を擦っている。
「確か、トアと言ったな」
頭を擦りながらユーリを睨みつけるトアに、エレナが真剣な表情で話しかけた。
「なぜ、君はここに来た?」
「なぜって……」
トアがユーリを見上げた。お前が説明しろ、とでも言いたげなトアの視線に、ユーリが頭を掻きながら「拾ってきたんだよ」とバツが悪そうに呟いた。
「「ペット
被ってしまったツッコミに、リンファとトアが思わず顔を見合わせ、「フン」と同時に顔を背けた。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、まさか人を拾ってくるとはな」
呆れ顔のエレナに、「うるせぇな」とユーリがそっぽを向く。
「お母さんと叱られる悪ガキの図!」
「フフっ、確かに……あ、ゴメン」
カノンの発言に、今まで黙っていたルカが笑う……その笑い声に、今度はユーリとエレナが顔を見合わせ、居心地が悪そうに二人で顔を背けた。
「ちゃんと面倒みるって……リンファが」
顔を背けたままのユーリがニヤリと笑えば、「「
「結構いいコンビじゃねぇか」
ケラケラと笑ったユーリが、「とりあえず行くぞ」と少し遠くに見えるイスタンブールを顎でしゃくった。
「お互い色々と報告があるだろ」
含みをもたせるユーリの言葉に、エレナの肩がわずかに震えた。意識しないでいたヒョウの事が脳裏に過っているのだ。
その不安を振り払うように、咳払いをしたエレナがユーリにジト目を向けた。
「報告はいいのだが、商会長にしっかり絞られるんだな」
エレナの言葉にユーリが「ケッ」と鼻を鳴らした。
「ジジイが怖くてミサイルが撃てるかよ」
悪い顔で笑うユーリだが、続くエレナの言葉に固まることとなる。
「ちなみにサイラス商会長のビルには、リリアもいるからな」
その言葉に固まり、「なんで?」と呟いたユーリに、エレナは当たり前だろうと、溜息を返している。ユーリ達が居ない間、リリアの護衛をサイラスがしてくれていたのだ。
サイラスの庇護下にリリアがいる。つまり、今から行く場所にリリアも居るという事実に、ユーリがゆっくりとトアを振り返った。
「トア。うまいこと口裏を合わせるぞ」
引きつった笑みのユーリが、
「まずは、そうだな。ドラゴンにしよう」
「イスタンブールを狙うドラゴンを見つけたんだ」
「そいつを叩き落とそうと、最後は危険を顧みず特攻……」
トンデモナイ妄想を早口で捲し立てた。イスタンブールに迫っていたドラゴンを、ユーリがジェット機のミサイルで迎撃。四発のミサイルでも倒せなかったドラゴンを、最後はユーリ達の体当たりで撃破。
そんなシナリオに、トアだけでなく、皆の顔が見る間に呆れたものに変わっていく。
「よし、これで行くぞ?」
キリッと表情を整えたユーリに、「え? 無理」とトアが首を振った。
「てめっ、一緒に帰ってきた仲だろ?」
「だって、アタシ被害者みたいなもんだし」
呆れた表情のトアが更に続ける。
「大体ドラゴンなんて、ユーリ・ナルカミ単体で戦うほうが早いじゃん」
ニヤリと笑うトアの横で「確かにな」とリンファも同じようにニヤリと笑った。
「諦めろナルカミ。お前のやらかしは、きっちり報告してやるよ」
「アンタ話せるじゃん!」
ニヤニヤと笑う二人を前に、「テメェら、仲良しじゃねぇか」とユーリが肩を落とした。
燃え上がるジェット機に照らされたユーリの背中を、優しく擦ったルカが黙って首を振った。諦めたユーリを四人とトアが連行するように街へと消えていった。
夜明け前の騒動はこうして静かに幕を閉じたのであった。
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