第237話 多分パイロットはいなかったと思います
「……ヒョウみたく華麗に侵入したかったんだが」
ボヤくユーリの周りには、墜落した無数のドローンが転がっている。
入口のセキュリティAIと擦った揉んだを繰り返したユーリは、結局強行突破という行動に打って出たのだが…、その結果が、このドローン達の有り様である。
「にしても、ガードドローンだけで、衛士もホムンクルスも来ねぇな」
辺りを見回すユーリの言う通り、本来であれば壁外とは言えこれだけ騒げば警備の人間が一人くらい来てもいいものだが……
「どうやら先を越された、か?」
……ここに人を寄越す余裕がない。つまり本丸が攻撃を受けているのだ、と予想したユーリが高い壁を一気に越えてその上に躍り出た。
「ビンゴ」
ユーリが見たのは、巨大なビル付近から立ち上る煙だ。誰かの襲撃があったのだろうが、トーマ達ではないことだけは確かだ。トーマ達であれば、もっと派手にビルが燃え上がっているのは間違いない。
暴徒化した民衆の襲撃か、それとも内部のゴタゴタか……流石のユーリも「トア」という存在までは辿り着けなかったが、これ幸いと一気に巨大ビルへと向けて屋根の上を駆け出した。
ビルが近くなるにつれ、逃げてくる民衆の「ホムンクルスの反乱だ」という言葉が耳に飛び込んでくる。
「ホムンクルス……まさかな」
呟いたユーリが足に力を込めた――。
☆☆☆
巨大なビルへと辿り着いたユーリを迎え入れたのは、そこかしこで倒れるホムンクルス達だった。一階のエントランス部分は特に酷く、無数のホムンクルスが折り重なって死んでいた。
ホムンクルスの反乱と聞いていたが、ここまで来ると敵味方の区別がつかない。
人によって人のために作られた存在が、人のいない所で殺し合う。何ともやり切れない気持ちを抑え、ユーリは奥へと歩みを進めた。
死んだホムンクルスの山を乗り越え、更に奥へと進んだユーリが見たのは、転がるホムンクルスを蹴り飛ばす兵士の姿だった。
「人モドキが、調子に乗りやがって!」
もう既に動かないホムンクルス。それをいつまでも蹴り続ける複数の兵士。ホムンクルスの死体を虐める事だけに集中して、ユーリの存在には気がついていないようだ。
分かりやすい敵の姿に、そして殺してしまっても問題無い素行に、ユーリはすれ違いざまに兵士の頭をそのまま壁へと叩きつけた。
骨と肉が潰れる音に、他の兵士達が思わずユーリを振り返った。
「聞きてぇんだが、反乱の首謀者はどこにいる?」
無表情で口を開いたユーリが、手についた兵士の血と脳髄を振り払う。
「貴様! 何者だ!」
ユーリの質問に答えることなく、三人の兵士が
「質問に――」
ユーリの姿が消え、一瞬で男達の背後に。
「――答えろよ」
ユーリの貫手が、一人の兵士を貫いた。
胸から腕を生やした兵士が、「がッ、フッ」と口から血を撒き散らす。
慌てて振り返った二人が、再びユーリへ照準を合わせた。
「貴様――」
怒声を上げ、トリガーを引いた兵士。
放たれた魔弾へ放り投げられる、胸に大穴の空いた死体。
死体が胸に穴を増やした瞬間、別の兵士が弾け飛んだ。
魔弾を避けると同時に、間合いを詰めたユーリのストレート。
全く反応できなかった兵士の上半身は文字通り弾け飛んでいた。
撒き散らされた返り血が、残る一人の頬を濡らした。
「ヒッ」
思わず仰け反った兵士が、
ユーリの高速ジャブで、両鎖骨を砕かれた兵士の腕は全く使い物にならない。
ダラリと力なく垂れ下がる両腕……それを見ていた視界が一気に反転する。
頭を上下入れ替えた兵士が「あ」と間の抜けた声を漏らし、膝から崩れ落ちた。
「……しまった。思わず全員殺しちまったな」
情報を聞こうとしていたはずなのに、気がつけば瞬殺である。
「まあいいか……他のやつらに聞けば」
ユーリが振り返った先には、エレベーターや階段から降りてくる無数の兵士達。どうやら先程の騒ぎで、上階にいた連中が降りてきたらしい。
クルクルと回転してユーリの両手に収まったトンファー。手首を返して、腕の後ろで回転させたユーリが、ピタリと回転を止めて構えを取った。
「支給品にしちゃ、なかなか良いじゃねぇか」
笑うユーリの言う通り、トンファーは制圧用に兵士が標準で装備している物だ。
「この数を前に、そんなもので勝てると思うな!」
誰かの号令で、兵士が一斉にそのトリガーを引いた。
襲い来る弾幕。
着弾の前にユーリの姿が消える。
「どこに――」
「あそこだ!」
兵士が指差すのは、天井だ。
再び照準を合わすが、時既に遅し。
ユーリは跳躍の勢いを膝で吸収し、一気に解き放つ――
凹む天井。
弾ける照明。
再び消えるユーリの姿。
敵陣のど真ん中へ、飛び込んだユーリが二人の頭を弾き飛ばした。
撒き散らされる脳髄と返り血に、周囲の兵士が思わず目を逸らした瞬間、ユーリのトンファーが唸る。
目の前の一人に右トンファーがクリーンヒット。
潰れる頭蓋を尻目に、ユーリは右手首を外へ返した。
跳ね返るように反転したトンファーが、別の頭蓋を砕いて弾き飛ばす。
目の前の二人が両脇に跳び、わずかな空間が出来た。
そこへユーリは迷わず左の拳を突き出す。
トンファーの先端が、一人の口を砕いて突き刺さった。
こぼれ落ちる歯。
舞い散る血と涎。
それらを置き去りに、ユーリは力任せに突き刺さった兵士を真上に持ち上げ、そのまま自分の上を通すように真後ろへと放り投げた。
後ろから迫っていた別の一人を巻き込む一撃だが、左手のトンファーも一緒に持っていかれた。
片手ががら空きになったユーリへ、別の兵士が斬りかかる。
振り上げられた直剣。
ユーリの左ジャブが男の鼻を潰し、たたらを踏ませた。
わずかに止まった男の腰から、ユーリの左手がトンファーを奪取。
短い戦端を掴んだ左手の横薙ぎ。
剣を振り上げていた男が顔面を陥没させて吹き飛んだ。
吹き飛ぶ男を尻目に、ユーリの左手ではトンファーが半回転。
長い部分に持ち替えたユーリが、鎌の要領で別の男の足を刈り取る。
フワリと浮いた男の横っ面に、ユーリの右トンファーが炸裂。
クリーンヒットの一撃で、頭が弾けて周囲に脳髄が飛び散った。
「クソッタレ!」
ユーリの腹へ目掛けて突き出された剣。
通過する剣と男の腕……をユーリの右腕が絡め取った。
男の手首を脇で固定。
男の肘を極めつつユーリが手首を返す裏拳。
男の肘がへし折れ、ほぼ同時に回転するトンファーが男の横っ面を砕く。
悲鳴すら上げさせない一撃に、男が力なく崩れ落ちた。
崩れる男を蹴り飛ばし、「次」、と笑うユーリへ数人の兵士が突進。
接近する男達を前に、ユーリがトンファーを宙へ放る。
男達の視線が思わずトンファーを追う……
先頭の一人へユーリの飛び膝蹴り。
頭を抑え込み、威力を逃さない一撃で、男の顔面が大きく陥没する。
ぐらり、と傾いた男を馬跳びの要領でユーリが押しのけ更に前へ。
飛び上がったユーリが、宙で開脚。
左右にいた男の顔面をそれぞれ蹴飛ばし、同時に落ちてきたトンファーをキャッチ。
かと思えばそれを即座に投擲。
二人の兵士の頭を砕いたことで出来た穴へ、飛び込みのように突っ込んだ。
地面を転がったユーリへ群がる兵士。
ユーリの
回転を増したユーリが、倒立開脚回転。
竜巻の如き旋風が、全てを吹き飛ばした。
床を押しのけ、飛び上がったユーリが回転して着地。
「次」
見せる獰猛な笑顔に、わかりやすく兵士達が後ずさる。
「くそ、距離をとって一気に攻撃しろ!」
号令に背中を押されたように、ユーリ目掛けて四方八方から槍が突き出された。
迫る槍にユーリが跳躍。
ユーリの足元を通過する槍。
それらが交差した場所を、ユーリが力強く踏みつける。
持ち上がる柄に、男達が吹き飛び槍を手放した。
その一つをユーリが蹴り上げる。
フワリと浮かぶ槍――をユーリが掴んだ。
倒れる男達を尻目に、ユーリが槍を振り回す。
クルクルと回転した槍が、ユーリの両手にピタリと収まった。
突き出された一撃が男の胸を貫く。
穂先を引き戻しつつ、石突で後方を弾き飛ばした。
ユーリの目の端、わずかに止まった男を見逃さない。
石突が男の左足を刈り取り、振り上げた穂先を別の男へ叩きつける。
逆袈裟にめり込んだ穂先が、男の胸辺りで折れた。
「チッ、脆いな」
舌打ちを漏らしたユーリが、柄だけになった槍を投擲。
グルグルと回転して飛ぶ槍の柄に、数人が巻き込まれた。
転がる男達に構わず、ユーリは足元に転がる別の槍を蹴り上げた。
槍を回転させ、ユーリが突進。
足元に落ちていたトンファー二つを頭上高くへすくい上げ、目の前の男を槍で貫く。
男を突き刺したままユーリが旋回。
即席兵士ハンマーが、数人を巻き込み、柄の寿命を迎えて吹き飛んでいく……
それを見送ったユーリの両手に、頭上からトンファーが返ってきた。
「良いね。しっくり来るぜ」
笑うユーリへ向けて、「押し潰せ!」と再び怒号が上がる。
人数こそマフィアの時以上かもしれない。
それでも完全覚醒したユーリ相手では、兵士の寄せ集めなど、蟻の大群以下である。
ユーリが動く度、兵士が吹き飛び。
トンファーが回る度、兵士の頭蓋が砕ける。
「化け物め!」
死んだ味方を盾に、死角から一人の男が斬り掛かった。
タイミングは完璧。
ユーリの体勢も悪い。
だが相手が悪い。いや悪すぎた。
ユーリの脳天に迫ろうかという直剣、その腹に左のトンファーが叩き込まれた。
根本から折れる直剣に「な……」と男が声を漏らした次の瞬間には、ユーリの手首が返され、男の横っ面にトンファーが減り込んでいた。
吹き飛ぶ男……の胸元に、ユーリは鎌のように持ち直した右のトンファーの柄を引っ掛けた。死んだ男をユーリが力任せに投擲。
数人を巻き込み、死体が転がった頃には、もう立っているのはユーリと一人だけになっていた。
「なんだ……もう終わりかよ。ガッツのねぇやつらだ」
鼻を鳴らしたユーリが、「く、来るな」と震える手で剣を持つ偉そうな兵士へと近づいた。
「オッサン。この反乱の首謀者はどこにいった?」
眉を寄せるユーリに、「あ、あのホムンクルスは貴様の仲間か?」と男が声を上ずらせた。
「ざ、残念だったな。なかなか強かったが、長官達の敵ではなかったぞ」
「長官達? ボスまで辿り着いたのかよ」
更に眉を寄せるユーリに、「ち、違う」と男が首を振った。
「あれは特殊個体だからな。長官達が自ら出張って捕獲されたのだ」
「なるほど。お前らは残敵処理だったわけか」
特殊個体……まあ十中八九トアだろうとユーリは当たりをつけている。そしてトアがいてこの体たらくだった状況に、ようやく理由がついた。どうやらトアは、開始早々ロイドやその取り巻き相手に囲まれた、と言ったところだろう。
「たった数十人でここを攻めるなど、馬鹿な人モドキどもだ」
「たった一人に壊滅させられた雑魚が粋がんな」
ユーリのトンファーが男の頭を弾き飛ばした。
頭をなくした男の死体が、ゆっくりと膝から崩れ落ちていく……。
「ま、会いに行きゃ分かるか」
溜息を漏らしたユーリが、両手のトンファーを放り投げてエレベーターのスイッチを押した。
静かに開いたエレベーターから、場違いな程明るい光が漏れる――それに目を細めながら、ユーリがエレベーターへ足を踏み入れ……「あ」と重大な事に気が付き死体の山を振り返った。
「パ、パイロットの人は居ません……よね?」
ユーリの言葉に答えてくれる者などおらず、苦笑いのユーリを隠すようにエレベーターの扉が静かに閉まった。
残ったのは無数の死体と、濃厚な血の臭いだけだった。
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