第233話 それぞれの意地
ダンテ達四人は、背中に感じる濃密な殺気を振り返ることなく、ただ前だけを見て走り続けていた。
「次を左」
デバイスを見ながら指示を出すロラン。
二丁拳銃で警備ドローンを撃ち抜くダンテ。
ディーノの槍がホムンクルスを貫き、
狙撃手のルッツはホムンクルスを殴り飛ばしている。
全員が目の前のやるべきことに集中し、無心でそれを実行している。後ろ髪を引かれるような戦闘音を聞かないように。自分達に希望を託してくれた仲間の願いを叶えるために。
ただただ前だけを見て、迫りくるホムンクルス達を倒して出口を目指していた。
そうして走り続ける事しばらく……ホムンクルスの数も、施設を警備しているドローンも少なくなった頃、
「見えた、出口だ!」
ロランが指差す先に、巨大な両開きの扉が現れた。その前には、扉を守るようにホムンクルスと警備ドローンも集合しているのだが、駆ける四人には扉以外目に入っていない。
飛来する魔弾が四人の身体を掠める。頬から流れる血も、破れた服も、気にも止めずに四人が真っ直ぐ扉へ向けてその足を速めた。
「どけぇぇぇぇぇぇ!」
ダンテの叫びとほぼ同時に、四人がそれぞれ体当たりで、飛び蹴りで、殴って、扉の前に詰めていたドローンやホムンクルスごと、扉を破壊して外へ転がりでた。未だ暗い夜の闇を、四人はそれでもただ只管に前へ走り続ける。
四人が施設からかなり離れた頃――施設の一部が吹き飛び、人影が二つ飛び出した。
暗い闇夜に何かが閃いた……かと思えば四人の足元が大きく抉れ、四人が思わず転がった。転がる四人を狙い撃つように、空を焦がす程の炎が降り注ぐ。
転がり、立ち上がって、駆けてはまた転がり――背後から迫る死の予感に、四人は振り返ることなく近くに待機させている古代竜へと急ぐ。
今こうして攻撃を受けている事……つまりはそういう事なのだろう、と四人が奥歯を噛み締めた。
ヒョウをしても、止められない程の相手……いや違う。ヒョウだからこそ、ダンテ達が施設外へと脱出するまでの時間を稼げたのだ。そのくらい後ろから迫る殺気と闘気の大きさは規格外だ。
殺気や闘気だけでない。先程からポンポン放たれている魔法も、遠間から飛んでくる剣撃も、どれもこれもがありえない程の威力だ。一撃で複数のモンスターが蒸発するだろう威力。
そんな高威力の攻撃に晒されながら、そして確実に詰まってきている彼我の距離に――
「ロラぁン!」
ダンテが叫んだ瞬間、ロランが頷いて二人で同時に振り返った。
「お前ら!」
「……」
ルッツとディーノが眉を寄せるのを、「先にいけ!」とダンテがらしくない怒声を張り上げた。
「クソッタレ」
「馬鹿やろう」
ルッツとディーノが振り返ることなく、その足に力を込めた。二人の覚悟を分かったからこそ、この場を一刻も早く切り抜けねばならない。
遠ざかって行く二人の足音と、近づいてくる死の足音を前に、ダンテがロランに「悪いな」と笑顔を見せた。
「いいってことよ。あいつらと違って、俺達二人は家族がいねーから」
笑顔を見せたロランが短剣を両手に構え、ダンテが二丁拳銃を抜いた丁度その時、二人の眼の前に傷を負ったトーマとタマモが現れた。この二人を相手に、これだけの手傷を負わせていた事実にダンテとロランが、覚悟を決めたように大きく息を吸い込んだ。
「足止めのつもりか?」
眉を寄せるトーマに、ダンテが「まさか」と笑った。
「ここでお前らを倒すつもりだぜ〜」
ダンテの二丁拳銃が火を吹き、ロランが一気に加速する。
至近距離の魔弾を避けたトーマに、ダンテがバックステップで距離をとりつつ魔弾をばら撒く。
最小限の動きで魔弾を躱しつつ、トーマが一気に距離を詰めた。
突き出された刃。
ダンテが左の銃身で辛うじて切っ先を逸らした。
チリチリとダンテの顔の横で火花が散る。
お返し、とばかりにダンテは右の拳銃を突き出して魔弾を放つ。
ほぼ零距離で放たれた魔弾を、トーマは最小限のヘッドスリップだけで躱した。
それでもダンテは止まらない。
再びトーマの顔面へ照準を合わせてトリガーを引く。
魔弾が放たれた瞬間、トーマの姿が消えた。
トーマが深いダッキングと同時に回転している……それに気がついたのは、ダンテの両足に刃が迫っていた時だった。
慌てて飛び上がったダンテが、空中で上下を反転しながらトーマへ向けて魔弾を乱射。
その全てを尽くトーマが斬り伏せ、「まあまあだな」と笑って再びダンテとの距離を詰めた。
ダンテとトーマの戦端が開かれた頃、ロランもタマモとの距離を詰めて一気に斬り掛かっていた。
右、左に絞らせないロランの変則的な刃。
それがタマモの首筋へ吸い込まれる……かと思われた時、ロランが慌てたように大きく飛び退いた。
それとほぼ同時に、ロランのいた場所に出現した岩の槍。
地面から突き出したそれは、あのまま踏み込んでいたらロランが串刺しになっていただろう。
「顔に似合わず凶悪な嬢ちゃんだな」
額に冷や汗を浮かべたロランに、「照れるわー」とタマモが頬に手をあて微笑んだ。
「あんさんはー、どの程度持つんかなー」
タマモがくるりと指を回した瞬間、ロランを強い風が覆う。
全身を切り刻むような風の刃に、ロランがその場で風向きと逆回転。
風を打ち消したロランが、再びタマモへ接近。
ジグザグに走るロランへ降り注ぐ雷。
それらを回避し、ロランが飛び上がった。
刃を突き立てようとするロランを前にタマモが笑う――
タマモを覆うような炎の壁がロランを燃やして弾き飛ばした。
たまらず地面を転がってロランが消化。
煙が上がるロランにタマモがまた笑顔を向ける。
「男前にーなったやんー」
微笑むタマモを前に、「それなら惚れてくれてもいいんだぜ」とロランが再び短剣を握りしめて加速する――
「悪くはなかったが」
「うちらとータイマンはー無理やわー」
息一つ切らせていない二人の前には、既に全身がズタボロのロランとダンテが転がっていた。
「……強すぎ」
「若いっていいね〜」
暗い夜空を見上げるように大の字に転がる二人は、もう起き上がる気力も残っていないと見える。
「ヒョウの十分の一でも抑えられたか?」
「さあね〜。でもまあ……時間は稼げたぜ〜」
ダンテの目の端には、大空へと飛び立つ古代竜の姿が映っていた。ここへ来る時に五人で乗ってきたあの古代竜だ。帰りは軽くなったから、スピードがさぞかし出ることだろう、と呑気な感想が浮かんでくるから不思議なものだ。
「いい仲間たちだな」
古代竜を見送るトーマに「だろ〜」とダンテが笑ってみせた。
「せめてもの情だ。二人共一瞬で殺してやろう」
トーマがその刀を振り上げた。月のない闇夜にもかかわらず、怪しく光る刀身にダンテとロランは最期の抵抗とばかりに目を見開いた。
ただでは死なない。最期まで足掻く……そう聞こえる気概に、「見事」とトーマが微笑みその刃を振り下ろした――
瞬間、周囲が光り輝き衝撃が空気を揺らした。
あまりの衝撃と光に、二人が思わず目を閉じ、再びその目を開いた時には……
「ヒョウ?」
「何でお前が?」
左目を失い、全身から血を流したヒョウが、トーマの刃を受け止めていたのだ。その両腕から血が吹き出し、どう考えても動けるような状況ではないのにも関わらず、だ。
「スマンスマン。ちぃと寝とったわ」
ダンテ達を振り返ったヒョウが、「こっからは引き継ぐさかい」と笑った。
「まさか、まだ生きていたとは」
驚きながらも、何故か嬉しそうなトーマに「そりゃそうやろ」とヒョウが鼻を鳴らした。
「殺気が籠もってへんかったで……二人共」
笑顔のヒョウがトーマの刃を弾くと同時に、足元の砂を蹴り上げた。
原始的な嫌がらせだが、完全に虚を突いた一撃にトーマがわずかに目を逸らす。その僅かな瞬間を、ヒョウは見逃さない。
右手の刀をトーマへ投げつけ、右手にダンテ、左手にロランの襟首を掴んで一気に駆け出した。
走る先は近くに見える断崖絶壁……エトルタの断崖だ。
眼の前に崖が迫る。
だがトーマも後ろから迫る。
二人を抱えたままでは間違いなく追いつかれる。トーマの足音が後ろに迫ったその時、ヒョウはダンテとロランを眼の前に迫る崖へと放り投げた。走りながら、ボロボロの身体で……。
無理な投擲でダンテ達の身体が一度跳ねてエトルタの断崖へ……旧時代に観光名所であった崖の下へ、二人の身体が落ちていく――
短い浮遊感の後、二人の背中に衝撃が走った。
「お前ら!」
ルッツの嬉しそうな声で、初めてダンテ達は古代竜が回り込んでくれたのだと理解した。
「ヒョウの野郎を――」
古代竜から身を乗り出したダンテが見たのは、目の前に迫る巨大な炎球だった。必死に回避する古代竜のせいで、ダンテ達の視界が大きく揺れ動く――ブレる視界に映るのは、睨み合うヒョウとトーマの姿だった。
「……戻ってこい、そう言っても聞かないだろう?」
「当たり前や」
鼻を鳴らすヒョウに、トーマが眉を寄せた。
「罠だと知っていて、何故お前はここに来た? 何故ユーリはお前をよこした?」
分からない。そう言いたげなトーマの顔に、ヒョウは笑顔を向ける。
「決まっとるやろ。それが僕の生き様で、それをユーリ君が認めてくれてるからや」
迷いのないヒョウの瞳に、トーマが思わず息を呑んだ。
「あんなもののために、お前は命をかけるのか? それがお前の生き様なのか?」
声を荒げるトーマに「あんなもん……は酷いやん」とヒョウが溜息をついた。
「あれは未来への希望やねん。どのみち消える僕らでも、命を奪い続けた僕らでも、誰かの命を繋げる……」
微笑むヒョウの顔を直視出来ないのか、トーマが思わず視線を逸らした。
「これからの未来には、ああいう明るい子が必要や。復讐とか、戦いとか、そんなもんいらんねん」
トーマを前にヒョウは無手のまま構えを取った。
「だから……僕はここでこの命を燃やす。それにな……さっきも言うたけど、ここに来るのを決めたんは、僕の意思や。誰かに決められてやない。自分で選んだ、僕だけの生き様や」
真剣な表情のヒョウに、トーマも覚悟を決めたように刀を向ける。
吹き抜ける風が止んだ瞬間、トーマが一気に間合いを詰めた。
トーマの振り下ろしを、ヒョウが白刃取り。
「変わらないな……嫌になるほど」
「そりゃお互い様やろ。トーマ君はちっと拗らせ過ぎてるけどな」
笑ったヒョウが、頭蓋に迫る刃をそらすように倒した。
刀の腹を滑るヒョウの両手のひら。
刃を抑え込んだまま、ヒョウのがトーマへショルダータックル。
トーマの鳩尾へ肩を叩き込み、同時に両手で挟んだ刃を引っ張る。
トーマが思わずのけぞり、ヒョウがその刃を分捕った。
引き寄せる勢いそのままに、ヒョウが刀の柄を持ちトーマの眉間目掛けて横に薙ぐ。
迫る刃にトーマがスウェイ。
眉間の薄皮と前髪が数本斬れてトーマの鼻先で舞う。
体勢を崩したままのトーマへ、ヒョウの猛攻は止まらない。
振り抜いた刀の勢いで回転したヒョウの右後ろ回し蹴り。
トーマの首へ迫るヒョウの右踵。
回避の間に合わないそれに、トーマが思わず右腕を滑り込ませる。
ヒョウの右踵とトーマの右腕。
衝突にトーマがわずかに仰け反った。
そこに迫るヒョウの左前回し蹴り。
完全にトーマの頭部を捉えた一撃に、トーマの身体がガクンと傾いた。
「終わりや」
ヒョウが刀を振り上げ――
そこに降り注ぐタマモの魔法。
それらをヒョウが刀で斬り裂いた。
一瞬だけ出来た空白。だがタマモとトーマにとってはそれで十分だ。
体勢を整えたトーマへ「トーマくんー」とタマモがヒョウの投げた愛刀を放り投げた。
それを掴んだトーマがヒョウへ向けて接近。
迎え撃つようにヒョウもトーマへ刃を振り下ろした。
ダンテに見えていたのは、それだけ……次の瞬間には、ヒョウがトーマの刃に腹を貫かれ、数歩後退り力なく崖下へと落ちていく姿があった。
「ヒョウーーー!」
手を伸ばしダンテが叫ぶ。
「馬鹿、落ちるぞ!」
ルッツがダンテを掴んだ。
「ディーノ、どうにかヒョウを回収――」
出来ないか、そうルッツが口を開いた時、古代竜目掛けて無数の魔法が再び降り注いだ。
タマモの猛攻をなんとか躱した古代竜だが、これ以上の接近はどう考えても無理だ。奥歯を鳴らしたディーノが、「……帰還だ」と声を震わせた。
それに従い古代竜が大きく上昇してその場を高速で離脱する――
「てめ、ディーノ!」
ロランが声を荒げてディーノに掴みかかった。それをディーノが振り払った。
「……ヒョウの意思を無駄に出来るか」
初めて見るディーノの表情。瞳に涙を浮かべて悔しそうに顔を歪める仲間の顔に、三人は黙ったままその拳を震わせていた。
「……逃がしたか。ヒョウのほうは……」
トーマが崖下を覗き込んだ。かつては景勝地らしいが、この暗闇の中では奈落の入口にしか見えない。
加えてヒョウを貫いたあの感覚だ。確実に殺したであろう感覚……いつまでも手に残るそれに、震える手を隠すようにトーマが強く握りしめた。
「許してくれとは言わん。俺も、俺達も直ぐそちらに行く……その時には思い切り殴ってくれ」
頬を伝う雫を隠すようにトーマが空を見上げた。先程まで雨でも降りそうなほど暗い雲が立ち込めていたと思っていたが、今は綺麗な星空が広がっている。
「降って欲しい時程、降らないものだな」
上を見つめるトーマの横で「せやなー」とタマモもまた空を見上げていた。
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