第224話 四人で鳳凰

「さあ、遊ぼうか」


 そう笑ったトアはご機嫌だ。焦土の鳳凰フェニックスのメンバーが、顔を強張らせてゆっくりと立ち上がるのだから、嗜虐的な彼女からしたら、そそるものがあるのだろう。


「アハハ、無理しなくても良いんだよ?」


 嘲笑を浮かべたトアが、身体を震わせながら立ち上がったゲオルグに近づき――その顔面を殴りつけた。


 吹き飛ぶゲオルグが床を転がり、その後を蹴り飛ばされたルカが同じように転がった。


「なーんも出来ないじゃーん」


 楽しげに笑うトアは「これじゃ面白くないなー」と言いながらも笑顔を引っ込めることはない。


「つまんないし、解いてあげるよ」


 トアが薄ら笑いを浮かべれば、ゲオルグとルカが跳ね起きるように飛び上がった。身体の自由が戻ったのだろう二人が、最初同様再びトアに接近。


 振り上げられた大剣と拳を前に、「学習しないなー」とトアがニヤリと笑――った顔を歪めて後ろへ大きく飛び退いた。


 トアのいた場所を通過するゲオルグの拳。

 トアのいた床を叩き割るルカの大剣。


 飛び退いた先に迫るのは、蛇腹剣の切っ先。

 それをサイドステップで躱したトア。

 その頭が後ろに弾かれた。


「――ったぁ」


 額を擦るトアに、「くそ、硬ーな!」と頭を弾いたリンファが歯噛みする。


「何で動けるのかな……ムカつくんだけど」


 トアから迸る殺気を前に、ゲオルグとルカが構えを取り直した。


「もしかして、アタシの事騙してたわけ?」


 トアの言う通り、ゲオルグを始め焦土の鳳凰フェニックスのメンバーは、トアの能力下でも動ける程度には訓練をしている。それはユーリからもたらされた情報で、クレアやゲンゾウといった協力者が作り上げた仮想トレーニングマシーンの恩恵でもある。


 ただ結局は仮想敵の範疇を出ないし、何より訓練に当てられた日数が少なすぎる。


 全員動けはするが、ユーリのように普段通りに動ける訳では無い。狂わされた感覚を拾い、つなぎ合わせる段階でどうしてもラグが生じるのだ。


 だから、先程の一撃で決めたかったのが本音だ。


 それはたった一合で、実践と訓練との大きな隔たりを四人全員が感じていたからである。命の取り合いの極限の緊張状態では、訓練の成果の半分も出せはしない。


 だから相手の油断を誘い、相手がそれに気づく前に、一撃で相手を倒す予定であった。それが出来れば理想的だったのだが、予想よりも相手が硬かった。否、リンファの魔弾を避けられないと悟ったトアが、額を強化させて魔弾を弾いたというのが正しいが。


 とにかく、焦土の鳳凰フェニックスの予想よりも、相手が数段強かったのは事実だ。


 それでも一つだけ成果はあった。拙い動きでも、連携が通用するのだ。一対一では到底叶わないが、全員でカバーし合えば……と全員が希望の炎を瞳に宿したその時――


「ムカつくんだけど」


 一瞬でゲオルグの前に現れたトアが、その腕を刃物に変えてゲオルグへ振り下ろした。


 想像以上の速さ。

 狂わされた感覚。


 回避の遅れたゲオルグの肩にトアの腕がめり込んだ。


「ぐぅぅぅ」


 盛り上がった筋肉にトアの刃がめり込む。


「アハハハ! すっごーい」


 目の前のトアを、ゲオルグが掴もうと両腕を広げた。

 それを躱すように、トアが腕を引いて距離を取る。


 引き裂かれたゲオルグの肩から血が舞い散った。


「隊長、大丈夫か?」


 フロアに響くリンファの声に、「問題ないのである」とこれまたゲオルグがフロアに声を響かせた。


 事実ゲオルグの傷自体は浅く、出血量も大したことはない。だが問題がないわけではない。……何の変哲もない一直線の攻撃を、回避も防御も出来なかったという事だ。それが示すのは、この状況下では誰もトアの攻撃をまともに回避する事が出来ないということである。


 思っていたよりもマズい状況だが、ゲオルグもルカもトアを前に一歩も退く素振りを見せない。前衛を務める二人は、リンファやエミリアに比べると、体力でも防御の面でも勝っているからだ。


 後ろにトアを行かせるわけにはいかない……そんな意思の光が宿る瞳に、トアは面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「……つまんないの。もっと泣き叫んでよ!」


 再び間合いを詰めたトア。

 その眼前にリンファの魔弾が迫る。


 慌てて回避したトアの頬を魔弾が掠め、僅かに血が滲んだ。


 ゲオルグとルカがトアを引き付けている最大の理由はこれだ。


 完全に腹ばいで、照準と指先だけに集中できるリンファは、今一番トアの影響下でもまともな攻撃が出来るのだ。


 牽制するようにトアの足元に、数発の魔弾を叩き込んだリンファが、「よそ見してるとぶち抜くぞ」と分かりやすく挑発を向けた。


「アンタ、ムカつくんだけど」


 眉を寄せたトアが、ゲオルグやルカ、そしてエミリアさえも無視して、魔導銃マジックライフルを構えるリンファに特攻。


 迫るトアに数発の魔弾を浴びせるリンファだが、「アハハハ」と笑い声を上げるトアが、壁、天井と大きく回避行動を取って狙いを絞らせない。


「チッ」


 ウロチョロと跳ぶトアに、リンファが舌打ちをもらした瞬間、リンファの魔導銃マジックライフルが完全に明後日の方向を向いた。感覚を戻され、そしてまた狂わされ、さらに戻され……とかなり複雑なを受けた結果である。


「どこ狙ってるの?」


 笑顔のトアがリンファに迫るが、リンファの銃口は明後日を向いたままだ。僅かに身体が傾くが、それでも狙いの定まらない魔弾が、虚しい発射音とともに銃口から飛び出した。


 無意味な抵抗にしか見えない発射。それにトアがニヤリと笑った。


「残念。アンタから死ん――」


 リンファを踏みつけようとしたトアが、足を引っ込めて後ろに飛び退いた。

 直後にトアがいた場所を通過する魔弾。


「危なっ、跳弾かよっ!」


 歯噛みするトアは、先程リンファがあえて体勢を整えなかったと理解した。わざと明後日を向いたまま、全く関係ない方向に魔弾を放つことで、トアの油断を誘ったのだ。


 何とも小賢しい、とトアが奥歯をギリリと鳴らした。


 それでも、魔弾は外れ、リンファはおかしな体勢で寝転がったまま……つまりトアの優勢は変わらない。だからこれで終わりだ、と再びトアがリンファに迫ろうとしたその時――


「ルカ! 今ですわ!」


 ――響いたエミリアの声に、トアは思わず振り返った。否、振り返ってしまった。トアの視界が捉えたのは、未だに遠くでまごつく三人の姿――


「馬鹿が」


 鼻を鳴らしたリンファの魔弾が、トアの胸元にクリーンヒット。


 トアの身体が吹き飛び床を盛大に転がった。完全に仕留めた一撃だが、そこは十席とは言え、【八咫烏】の名を貰った存在だ。


 ちょうど三人と、リンファの中ほどで胸を押さえたままのトアが立ち上がる。


「……絶対殺す」


 焼けただれたような胸元を押さえ、目を血走らせるトアを前に、リンファは小声かつ早口で全員に囁いた。


「一回こっきりの作戦があるんだが」

『……採用しますわ』


 仔細を聞くことなく、エミリアがそれを採用。この逼迫した状況で、仔細もなく採用して実行に移すなど正気の沙汰ではない。それでも誰も口を挟まないのは、それだけの修羅場を四人で潜ってきた自負と、お互いへの信頼があるからだ。


「OK。隊長、ドラグニル、アイツを引き付けられるか?」


 リンファの言葉に黙って頷いた二人が、「殺す」と叫んでいるトアとの距離を一気に詰めた。


 感覚に慣れたのだろうルカの身体が、一気にトアへ接近。

 近づいたルカに気がついたトアが「チッ」と舌打ちをもらした瞬間、ルカの動きが僅かに鈍った。どうやら感覚を戻して狂わさて、と慣れたと思ったそれをリセットされたようだ。


 振り下ろされた大剣は軽々と避けられ、続くゲオルグの拳も強化されたトアの装甲を砕くほどの威力が出ない。


 それでも食らいつく二人を見ながら、リンファは再び早口で囁く。


「パーシヴァル、アタシの、奴の気を逸らしてくれ……頼めるか?」

『愚問ですわ』


 イヤホンの向こうで微笑んだだろうエミリアが、一直線にトアへと駆け出した。どうやらエミリアも突っ立っている間に感覚に慣れさせていたようで、その速度は先程までの比ではない。


 一気に間合いを詰めたエミリアが、手元に戻した蛇腹剣を振り上げた。


 エミリアの向こう、ちょうど射線が通らない場所にリンファを捉えたトアが「馬鹿だね」と口角を上げて、ルカ同様動きの鈍った


 エミリアが口から血を吐き、「まずは一人目」そうトアが笑った瞬間、エミリアの身体を炎が包み込み、周囲を一気に飲み込んだ。


 ゲオルグやルカを癒やす炎。

 敵であるトアを焼き払う炎。


 あまりの火力と知らない現象に、「何だよこれ!」とトアが思わず飛び退いたその時――


「ビックリしたろ?」


 スコープ越しに笑ったリンファが、その引金を引いた――最大まで魔力が込められた魔弾。それがトアの右目を貫いた。


「ぐあああああ!」


 右目を押さえ、「お前マジで嫌い! 殺す!」とトアが喚いた瞬間、ルカの大剣がトアの右腕を吹き飛ばした。


「調子に――」


 顔を歪めたトアの目の前に、ゲオルグの巨大な拳が迫っていた。

 避ける間もなく、巨大な拳とそれに連なる衝撃がトアを吹き飛ばす。


 地面を跳ね、転がったトアが、それでも起き上がり「殺す、コロス」と残った左目に怒りを宿して、リンファを睨みつけた。


 奇しくもゲオルグに弾き飛ばされた影響で、今一番近いのがリンファなのだ。


「お前からコロス!」


 トアが口から涎を撒き散らし、一気にリンファとの距離を詰め……る途中で、地面を滑るように転がった。


「な、なん……」


 左手で身体を支え、何とか立ち上がろうとするトアに「こちとらでな」とリンファが鼻を鳴らして続ける。


「悪いが一服盛らせて貰ったぜ? 格上相手に卑怯もクソもねーだろ」


 笑うリンファに、「きっさまー」とトアが足を震わせて立ち上がった。


「もう止めとけ。勝負はついてる」


 魔導銃マジックライフルを下ろし、首を振るリンファに「な、めるな……」とトアが足を引きずって距離を詰めていく。


「次……次にお前が生まれてくる時は、


 悲しげに笑うリンファに、「なに……言って」と呆けたトアが、リンファに左手を伸ばすようにして、力尽き床に倒れ込んだ。


「ふぅ、強すぎだろ……これで第十席かよ」


 肩をすくめたリンファに、「ワタクシ達の敵ではありませんわ」とエミリアが扇を広げていつものように高らかな笑い声を上げた。


「むぅ……吾輩達の活躍は無かったな」

「ですね」


 肩を落とすゲオルグとルカに、「いやいやいや」とリンファが思い切り首を振った。


「こんな奴相手に、あの状態でよく戦えただろ。隊長達がいなけりゃ、一瞬でアタシは床のシミだよ」


 苦笑いを浮かべたリンファに、「チームで勝てば勝ちですわ」とエミリアも同意するように頷いた。


「それにまだクラウディア達を助けねーとだしな……そっちで活躍したらいいだろ」


 顎で外をしゃくるリンファに「そうであるな」とゲオルグが大きく頷いた。


「では、エレナさん達の援護にむかいますわよ」


 エミリアの号令でリンファ達が外へ駆け出す――



 ☆☆☆



 ――その頃エミリア達と真逆、右の建物に侵入していた草原の風鳥アプスのメンバーは……


のくせにやるではないか」


「モヤシは酷いな……ま、どうせ死ぬ人間の戯言だけどね」


 ……リクと戦端を開いていた。





※明日は私用のため更新をお休みする予定です。



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