第223話 派手なのが好き……なだけじゃない
月明かりすらない闇夜。
暗く静かな闇夜の空に、紛れるのは風を切る黒い影――竜神イルルヤンカシュより貸し与えられた眷属、それにまたがったユーリ達は、イスタンブールから真っ直ぐにクロエ達が収容されている施設を目指していた。
イスタンブールから、ミュンヘン周辺にある施設まで……車両であれば丸一日はかかる距離も、竜神の眷属に任せれば数時間のフライトでひとっ飛びというわけだ。
「見えました!」
カノンが指差したのは、眼下に見える巨大な要塞から漏れる光だ。警戒のサーチライトが、周囲を明るく照らしてはいるが、流石に空まで警戒をしているライトの数は殆ど無い。
「よし……ミュラー。派手に行こうぜ!」
ユーリの言葉に、ミュラーの口元に魔力が集まっていく――
『ユーリ! 潜入ではないのか?』
――ユーリの耳を、『目立ってどうするのだ!』とエレナの苦言が続くが……ユーリはそれに「良いんだよ」と笑顔で要塞を見下ろしている。
「俺は派手好きなんだ。コソコソすんのは、お前らに任せるぜ」
ユーリの言葉とほぼ同時に、ミュラーがその口から特大のブレスを吐き出した。ユーリの破壊光線に似た、黒いブレスが要塞の尖塔を吹き飛ばし、屋根を抉って壁に大穴を開けた。
要塞全体が震えるような一撃で、眼下に広がる光の中が、にわかに活気づく。
空を駆け巡るサーチライト。
鳴り響く警報。
何のために相手の油断を誘ったのだ、とエレナの苦言が聞こえてくるようだ。恐らく彼女は今、別の竜の背中で頭を抱えているのだろう。だがユーリからしたら、開幕の一撃は必要な合図でもある。
今は混乱しているだろうが、エレナなら直ぐに気がつくだろう、とユーリは「ちょ、待って下さ――」と渋るカノンの首根っこを引っ掴んで飛び降りた。
「ぎぃぃぇええええええ!」
警報に重なり響くカノンの悲鳴。そして――
『全く君というやつは……
『了解ですわ』
『りょ、りょうかい!』
――耳に聞こえてくるエレナの指示は、ユーリの予想通りの物だ。どうやらエレナもこの騒動の本当の意味に気がついたようだ、とユーリが口角を上げた頃、ようやくカノンを抱えたユーリが要塞内に降り立った。
「死ぬ! 死ぬかと思った!」
「心配すんな。この程度じゃ死なねぇよ」
いつものやり取りをするユーリとカノンを、多くの兵士やホムンクルスが一斉に取り囲んだ。
ユーリ達が降り立ったのは、壁に囲まれた要塞の中……ちょうど建物と壁の間にある前庭のような広場だ。建物や壁から出てきた兵士やホムンクルスの数は、数える事すら出来ない程だが、目の前にはクロエが収容されている建物がよく見えている。
「目標確認……カノン、準備は良いか」
ユーリの言葉に、「大丈夫です!」とカノンが戦斧を強く握りしめた。
「さて……暴れると――」
「まあ待て」
指を鳴らすユーリを止めたのは、真後ろに降りてきたのエレナだ。振り返ればそこには、エレナ同様飛び降りてきた
「ここは我々が引き受ける。君はクロエを――」
刀を抜いたエレナに、ユーリが「状況が分かってんのか?」と溜息をついて眉を寄せた。
「分かっているからこそ、だ」
強く言い切ったエレナが、「頼む」とユーリを真っ直ぐに見た。
「クロエは、君の救けを待っているんだ」
エレナの真剣な瞳に、ユーリは溜息をついて頭を掻いた。
「ヤバそうになったら、直ぐに呼べ」
そう呟いたユーリの脇を、「頼りにさせてもらおう」と笑ったエレナに続くように、
アデルの魔法を皮切りに、
エレナの刀が、
フェンの短剣が、
ラルドの戦鎚が、
一気に前方に集まっていたホムンクルス達を吹き飛ばした。
「行け!」
エレナの叫びとほぼ同時に、ユーリとカノンが開いた包囲の穴に向けて突っ込む――脇目も振らず、追いすがる敵を無視して、ただ一直線に前だけを向いて駆けていく。
脇から伸ばされた手を掴み、反対側へと放り投げ
前方から走ってきた男の顔面を、文字通り踏み潰して駆け抜ける。
包囲を抜けたユーリ達だが、前からはまだ複数の敵が迫ってくる。ワラワラと建物から出てくる敵を、叩きのめし、放り投げてユーリが道を開く。かなりの敵の数だが、包囲されていた先程と比べると、その圧は殆ど感じられない。
未だ危険域にいることは間違いないが、それ以上に危険域に置き去りにしてきたエレナ達が気になるようで、カノンはチラリと後ろを振り返った。カノンの瞳が捉えたのは、エレナ達を包囲するように、抜けてきた穴が狭まっていく光景だった。
追いかけてくる連中も何人か見えるが、それ以上にまずはエレナ達を、と包囲がそちらに集中したのだろう。
「大丈夫でしょうか?」
不安そうにユーリを見上げたカノンに、「問題ねぇよ。オッサン達が上手くやるさ」とユーリは表情を引き締めたまま言い切った。
「ゲオルグさん達……ということは捕虜の解放ですか?」
目の前から飛んできた魔弾をかわしながら、カノンが首を傾げた。彼女の疑問に「ああ」と頷くユーリが敵とすれ違いざまに、その顔面に肘を叩き込む。
「確かに戦力は上がるでしょうが……」
訝しむカノンに、「分かってねーなっ!」とユーリが言い切って地面を強く蹴った。力強い踏み切りから繰り出された飛び蹴りが、目の前のホムンクルスを踏み倒して滑っていく。
摩擦係数が勢いを超える直前に、ユーリが踏み潰していたホムンクルスを掴んで飛び上がった。宙に浮いたユーリがホムンクルスを掴んだまま回転――勢いをつけて前方へと放り投げた。
「――っし! ストライクだ」
ガッツポーズをするユーリにカノンが追いついた頃、再びユーリも駆け出す。先程の一撃で出来た穴を二人で一気に駆け抜けた。
「分かってない、とは?」
隣で頬を膨らませるカノンに、「あのな、わざわざ目立つように突っ込んだんだぞ?」とユーリが溜息を返した。
「さんざんお預け喰らってたんだ……助けが来たって分かった連中は、今頃爆発寸前の炸裂弾みてぇに盛り上がってんだろ」
隣で駆けるカノンに、あえて目立つように突っ込んだ理由は、捕虜に一筋の希望を見せるためだと、ユーリが語る。絶望の中に僅かな希望が見えた時、人が見せる力は侮れない事をユーリはよく知っているのだ。
だから、この時まで待った。
だから、わざと目立つように突っ込んだ。
全てがユーリとサイラスの目論見だ。
ただ唯一気になるのは、誰が八咫烏を引き当てるか分からない、という事だ。八咫烏の誰がここにいるか、までは情報が入っていない。だが、まず間違いなくエリカがここにいるとユーリは確信している。
エリカなら一番騒がしい所に現れる……目立つように突っ込んだ最大の理由でもあり、エレナに「状況が分かっているのか?」と聞いた理由でもある。
タマモやトーマであれば、どれだけ騒ぎが起きようとも、目的であるクロエの傍を離れないだろう。だがエリカの性格上、絶対にこの作戦をトーマやタマモに譲るはずがない。そしてエリカならば、やはり騒ぎの中心に現れる……。
「エリカだもんな……」
ユーリが苦笑いを浮かべた。気配の違いを読んだりする、そういった繊細な事が苦手な彼女だ。どう足掻いても、エレナ達の所に飛んでいくのは間違いない。
それに、危険なのはエレナ達だけではない。他の場所にもトアやリクといった、後輩が詰めていないとも限らない。
「大丈夫ですよ! 皆さんを信じましょう!」
カノンの笑顔に、ユーリは気づかぬうちに自身が険しい顔をしていたのだと思い知らされた。
――分かっているからこそ、だ。
エレナの言葉が脳裏に響く。それは、彼女なりの「信用しろ」という意思表示だろう。あそこに八咫烏が現れると分かった上での発言なのだろう。
エリカはエレナ達四人がかりでも厳しい相手なのは間違いない。だがエレナ達とて、ずっと血反吐を吐くような経験を積んできたのも事実だ。そして他の仲間達も、である。
信頼する事も強さの一つ、とユーリが心配を吐き出すように、大きく息をついた。
「だな。ちゃちゃっと済ませて速攻で帰るぞ!」
「了解です!」
笑顔の二人が、前方で
「あそこの地下だ」
「了解です!」
ギアを上げるように加速した二人が、扉の中へと駆け込んだ――
☆☆☆
ユーリやエレナ達が前庭で大立ち回りを繰り広げている頃――要塞を形成する左の建物に侵入したエミリア達、
「だ、誰だ?」
エミリア達の足音に、複数の人影に、地下に囚われていた男たちが一斉に鉄格子から距離を取った。警戒心の強い小動物のような行動だが、それも仕方がないのかもしれない。囚われの身となり、明日には死ぬ運命だ。あの大きな音を聞いても、直ぐに助けが来た、と喜べないのだろう。
とは言え、それに「可哀想に」と同情している暇などない。わざわざユーリが突っ込んだこと、そしてエミリアやクロエ達に捕虜を託した意味を、託された八人全員が理解しているのだ。
「我々は
端的に述べたエミリアが、「リンファ、よろしくて?」とリンファを振り返った。エミリアに頷いたリンファが
魔力を通さない特殊構造の地下牢と言えど、鍵さえ開けてしまえば何てことはない。
――ピピッ
と小さな電子音が響き、「開いたぜ?」とリンファが工具を
「さっさと逃げろ……というか逃げるのを手伝え」
顎で外をしゃくるリンファに、捕まっていた男達はその意味を理解したように「恩に着る」と鉄格子をくぐり抜け、騒がしく音を立てながら階段を駆け上がっていった……少しでもこちらに包囲を形成している敵を引き付けるように。
その様子を見送っていたエミリアが扇を開いて口元を隠した。
「案外簡単でしたわね」
納得のいかないようなエミリアに、「楽な方がいいだろ」とリンファが溜息を返して、男達を追うように階段へ向けて歩きだした。すでに男達の足音は遠く、外から聞こえる戦闘音は激しいままだ。
「外へ出て加勢せねばならぬであるな」
ゲオルグの声に全員が黙ったまま頷き、地下から一階のフロアへと出た。広く、静かなフロアは、外の騒動とは隔離された別世界のようだ。だから、だからこそ、そこをヒタヒタと歩く足音がいやに大きく聞こえてしまう。
全員の耳に届く、ヒタヒタという足音が止まった……四人が足音の聞こえて来た方角を、ゆっくりと振り返ると、一人の女が立っていた。
「あっちゃー。もう逃されちゃったか」
言葉とは裏腹に、ニコニコと笑うのはトアだ。
「……チッ、【八咫烏】か」
苦虫を噛み潰すような表情のリンファと違い、トアは「そ。第十席のトア」と満面の笑みだ。
「やばいな。確か十席は、感覚の反転だったか?」
眉を寄せ呟いたリンファの言葉だが、「よく知ってんじゃん」とまだ遠いはずのトアが驚いたように手を叩いている。
「いやーでも流石ししょーだよね」
笑顔のトアが、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「『こっちに行け』って言われた時は意味分かんなかったけど」
ニンマリと笑ったトアが「まあまあの獲物が釣れたじゃん」とその身体から殺気を放った。
「各員戦闘準備!」
号令から間髪を入れず、エミリアが扇を閉じた「パン」という音で、即座にゲオルグとルカが加速し、エミリアの蛇腹剣が唸りを上げた。
敵がどう動いてもいいように、リンファが
ゲオルグとルカが何もない場所で転倒して地面を転がり、エミリアの蛇腹剣がリンファ目掛けて飛んできたのだ。
地面を転がり辛うじて躱したリンファだが、仲間達の困惑した表情は状況の悪さを物語っている。
「さあ、遊ぼうか」
ニヤリと笑うトアを前に、
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