第221話 虎穴に入らずんば虎子を得ず!
カノンの遺伝子を入手するための準備はつつがなく進み、既に決行日をどうするかという段階まで来ていた。正直に言えば、今直ぐにでも決行したい所だが、場所が場所なので中々手を出せないのが現状だ。
なんせ、元【医療保険局】の施設である。ホムンクルスだけなら問題はないが、そこには間違いなく【八咫烏】の面々もいるのだ。そうなってくると、気軽に侵入など出来るわけがない。
「何とかトーマ達だけでも引き剥がしてぇな」
大通りで呟いたユーリの隣には、「せやな」と頷くヒョウだ。自分達に残された時間の少なさを知ったヒョウは、ここ最近街に腰を落ち着けてユーリやエレナだけでなく、仲間達とも積極的に交流をはかっている。
ヒョウの性格からして、これ以上関係性を深めるとは思っていなかっただけに、ユーリとしても驚いているのだが……本人は、「気まぐれや」と笑ってはぐらかすだけだ。
「トーマ君達を引き剥がすんなら、やっぱ少佐に援軍を送らなアカンな」
ボンヤリとヒョウが見上げる先では、電光掲示板に示される【女神庁】勝利の報告だ。どこどこであった小競り合いに勝った、というショボい内容だが、プロパガンダとしては十分すぎる効果を発揮している。
今前線で戦っているクロエ達が巻き返せば、トーマ達【八咫烏】も本腰を入れるのだろうが、いかんせん膠着状態である。エリカあたりが「飽きた」と言っている事が二人には容易に想像できた。
トーマやエリカを本格投入すれば、まず間違いなく反乱軍がこうして善戦出来るなど無い。つまり、今のこの結果はトーマ達が前線で戦っていない事の証左でもある。二人には、ロイド達が最大戦力を投入しない理由が見えない。
「ケッ、こいつらも一体何がしてぇんだろうな」
ユーリがその電光掲示板に悪態をついたその時、画面がパッと切り替わった。ロイドのアップが映し出された画面は、かつてカノンと大通りで見た演説の時と似た形である。
『親愛なる人類諸君――』
急に始まった放送に、通りを歩いていた人々も続々と近くの画面に集まっていく。
『長らく我々【女神庁】に反旗を翻していた連中を、ようやく討伐することに成功した』
ザワつく大通りで、ユーリとヒョウが顔を見合わせた。今の今までクロエ達に援軍を……と話していた矢先に、そのクロエ達が負けたというのだ。そしてその一報は、何も知らないユーリにとって、は訃報とも言える。
クロエの死を覚悟したユーリが、モニターのロイドを睨みつけた。
『主犯であったヴァンタール親子は戦死……だが、唯一その娘のみ生け捕りにすることが出来た』
笑ったロイドが視線を通すように、身体を脇へ避けた。そこに映っているのは、縛られて【女神庁】の兵士に囲まれているクロエや軍人の姿だ。
『くっ……殺せ!』
叫ぶクロエに、「『くっころ』やん」とヒョウが呟きながらユーリを見た。
「言ってる場合かよ……まあ俺も本物を初めて見たけど」
肩を竦めるユーリだが、その顔に滲み出る嬉しは隠せない。一先ずクロエの命が繋がっている事は確認できたからだ。
『さて、親愛なる人類諸君。君達の次なるステップを邪魔した彼女たちには、責任をとって貰わねばならない』
再び画面に戻ってきたロイドの言葉に、どこからか「そうだ!」と同意の声が上がった。よくもまあ、活動家を潜り込ませられるものだ、とユーリは感心してしまう。
「殺しとく?」
活動家らしき男性を顎でシャクったヒョウに、「いや」とユーリが首を振った。
「どうせ新しいのが、雨後の筍みてぇに出てくるだろ。放っとけ」
今も「そうだ責任を」と喚く男を見もしないユーリに、ヒョウが驚いたような顔を向けている。
「ンだよ。害虫退治なんて、時間の無駄だろ?」
眉を寄せ、何でもかんでも殺すわけじゃないと口を尖らせるユーリに、ヒョウが「いんや」と呆けたまま首を振った。
「雨後の筍なんて言葉、よう知っとったな、って」
「そっちかよ」
がっくりと肩を落としたユーリが、「バカにすんな」と再び口を尖らせた。
軽いやり取りの二人を他所に、通りを埋め尽くす人々はあの日のようにヒートアップしていく。その様子をどこかで見ているかのようなロイドが、『分かった』と大きく頷いた。
『では、彼女達は公開処刑とする……日時は今日より五日後の、正午だ』
ロイドの言葉に、民衆が湧く中、ヒョウとユーリは呆れ顔で電光掲示板を見上げ、
「罠じゃねぇか」
「せやな」
と呟いていた。
☆☆☆
「一〇〇%罠だろうな」
呆れた表情のサイラスに、集まった面々が全員頷いた。
ユーリとヒョウはあの大層な演説の後、サイラスの商会を訪ねていた。今後の方針をすり合わせる必要があるのと、一応意見を聞いておこうという所だ。正直意見も何も、分かりきっている事だが、もしかしたら相手がただの馬鹿の可能性も……と思っていたのだが、結果はやはり罠で間違いなさそうだ。
ちなみに商会長室には、ユーリとヒョウ以外に、各チームのリーダーとクレアがいる。彼らもユーリ達と同じ目的で、ここを訪ねていたのだ。
話をすり合わせるには丁度いい、と全員でサイラスのもとを訪れたところ、冒頭の「罠だろ」発言である。
「とは言え、我々にとっては、またとないチャンスだ」
その言葉にも、全員が同意を示すように頷いた。確かに罠なのは間違いない。クロエを囮に、サイラス達を誘き出し、そこを【八咫烏】と共に叩く……そうサイラス達は考えている。
「ここに、三つの選択肢がある」
机の上で、三本の指を見せたサイラスが、「一つ目」と薬指を折った瞬間、ユーリが「待て」とストップをかけた。
「選択肢は一つしかねぇ。クロエを助けて、カノンの遺伝子も手に入れる。それだけだ」
鼻を鳴らしたユーリに「せやな」とヒョウも同意を示した。
「残りの二つは聞かせんなよ。胸糞悪いぜ」
顔をしかめるユーリが、「それ以外の選択肢なんて、クソ喰らえだ」と続ける。サイラスが用意していた残りの二つは、
罠である以上何もしない
クロエを見捨てて、カノンの遺伝子を取りに行く
という選択肢だ。合理的に考えれば、クロエ側に引き付けておいてもらい、遺伝子を奪取するのが一番犠牲が少ない。だが、サイラスが心配しているのはそれだけではない。
「良いのかね? 恐らく、向こうも罠だと思うが」
眼鏡を光らせるサイラスに、「ンなこたぁ百も承知だ」とユーリが鼻を鳴らした。
「最近ホムンクルスがウロチョロしとったもんな」
溜息をついたヒョウの言葉に、「情報収集だったわけか」とエレナも溜息を重ねた。
ここ数日、ユーリやヒョウ、それにここにいる全員が何体かのホムンクルスを街中で見かけ、その度に人知れず倒していた。最初はリリアを狙った暗殺かと思っていたが、このタイミングでこの展開だ。恐らく向こうはこっちの手札を盗み見に来ていた、で間違いないと誰もが理解している。
「たとえ罠だろうが、同じ釜の飯を食った仲間を見捨てねぇ。それが俺達の流儀だ」
腕を組んでふんぞり返るようなユーリに、ヒョウも同意を示すように頷いた。
「……仲間を見捨てない……か。いい言葉だ」
小さく笑ったサイラスが、「結構」と頷いて立ち上がった。
「それでは、諸君。打ってでようではないか」
その言葉に全員が力強く頷いた。
「部隊を分けて、同時に攻略をかける」
「俺がクロエの方に行く」
「ほな僕は、遺伝子奪取やな」
二人が別々の方向へ行くことに、誰も異論を挟まない。今やサイラス麾下ではトップの実力であるユーリと、それと同等か上を行くヒョウだ。二つに分けるのは、定石だろう。
「ならば、ユーリくんの方には……」
「あー、それやけど。僕の方は一チームだけでエエわ」
カラカラと笑ったヒョウが、「潜入やさかい、ぞろぞろ連れてく訳にはいかんやろ」と続けた。
「確かに一理あるな」
考え込むサイラスが、「どうしたものか」と集まったリーダーたちの顔を見渡した。
「どちらでも構いません」
「出来たら、カワイ子ちゃんを助けたいぜ〜」
「優秀なワタクシ達にお任せを」
「わ、わわわわ私に決定けんは、なななな無いので」
それぞれの反応を聞きながら、人選を吟味するサイラスに、「僕が決めてもエエ?」とヒョウが声をかけた。
「構わないが……」
珍しいな、という表情でヒョウを見つめるサイラスに、「ハードな任務になるやろうから」と肩をすくめてダンテを見た。
「男やもめで、一緒に行こか」
笑いかけたヒョウに、一瞬驚いた表情を見せるダンテだが「ガッテン」とサムズアップを見せた。まるでこの時のために、とでも言えるほど最近彼らと交流を深めていたのではとユーリは思えてならない。
「それでは、残ったメンバーで少佐の救出へ向かう」
再びサイラスに視線を戻した全員が頷いた。
「決行はそうだな……」
「ギリギリまで引き延ばそうぜ。焦らし戦法だ」
悪い顔で笑うユーリに、「いいだろう」とサイラスも悪い顔で笑った。
「では、決行日は四日目の深夜。二箇所同時攻略で行く」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だな」
「さっきもやけど、急に難しい言葉使ってどないしたん?」
「だから、これくらいは知ってるっての!」
いつも通り、賑やかに作戦が決まり、賑やかに皆が解散していく――様々な思いが交差する中、クロエ救出とカノンの遺伝子奪取作戦が始まる。
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