第215話 三分◯だけ待ってやる

 ユーリ達がエルフの集落で様々な事態に直面している頃――ヒョウはクロエと共に、パリの一角にある巨大な屋敷にいた。


 一度侵入したことのあるその屋敷は、元能力開発局局長クロヴィスの……そしてその後継局長の屋敷だ。以前侵入した時に、あと一歩の所でリクの妨害が入り、有耶無耶になった事。それを調べにここへ再び侵入したのだ。


 ユーリやヒョウ、そしてトーマ達が時間差で気がついたあの場所。そして【八咫烏】と能力開発局との関係。そこにトーマ達の言う復讐の目的が隠れているのだけは間違いない。


 それを求めて、こうして再び屋敷へ侵入したのだが……屋敷の主人が死んでからかなりの日が経っているだけあって、屋敷の中はガランとして淋しい限りだ。


 証拠の類など残っていなそうな雰囲気に、クロエが眉を寄せながら口を開いた。


「……こんな所に、があるのか?」


 後ろでコソコソするクロエに「あるはずや」とヒョウが振り返らずに答えた。あの公開処刑から既に一ヶ月以上……普通に考えれば証拠は闇の中だろうがヒョウには確信に近いものがある。


 代々の局長が住んでいた屋敷。そして、この場所が未だ健在だという事実。恐らく罠の類だろうと分かっているが、仕掛けるならだとヒョウは知っている。


 トーマという男は、そういう男だ。


「それにしても【八咫烏】、始まりの八人が貴様らだとはな」


 呟くクロエはつい先日ヒョウからユーリ達が【八咫烏】だったこと、そして二五〇年以上の時を超えてこの時代に生きている事を聞いている。初めこそ信用していなかったクロエだが、ヒョウの強さを目の当たりにした以上、信じるしか道はなかった。


 これほどの腕前を持っていながら、今まで名前が知られていないなど考えられないのだ。であれば、ヒョウの言っている話を信じたほうが辻褄があう。


「ただのテロリストかと思えば、英雄だったとは」


 クロエが呟いているのは、トーマ達の事だろう。今までは単なるテロリストとしか見ていなかった相手が、過去の英雄なのだ。


「今はが、テロリストやけどな」


 物音一つ立てぬヒョウが、ニヤリと笑って振り返った。


「間違いを正すためだ」


 鼻を鳴らすクロエだが、実際ヒョウの言う通り今は一テロリストに他ならない。今回ヒョウにくっついて、わざわざパリまで来たのも、ゲリラ作戦の一貫なのだ。敵陣へ侵入し、街中で騒ぎを起こして敵を撹乱する。


 そのためにヒョウにくっついてきたのだ。


「間違いを正すため……ほんなら、僕に付き合う必要はないやん」


 溜息をつくヒョウに、「き、興味本意だ」とクロエが声を上擦らせた。


「素直やないな」


 もう一度溜息をついたヒョウは、クロエの言葉を待たずに奥へと進んでいく。事実ヒョウの言う通り、クロエは素直ではないのだろう。「興味本位」と言ってはいるが、実際は興味などではない。


 ユーリが【八咫烏】だったから……ユーリのことだから気になっているのだろう。


 何だかんだユーリの事を気にしているのだ。コテンパンに伸さたかと思えば、仲間として活動し、友との仲も取り持ってくれた。恩義か慕情か、それは分からないが、クロエがここまで来たのは偏にユーリに関係しているからだとヒョウは知っている。


「ホンマ……昔からニブチンやからな」


 クロエに聞こえないよう呟いたヒョウは、昔のユーリを思い出している。


 凛子に恵梨香、そして恐らくだが鈴もユーリに恋慕を抱いていたのだけは間違いない。ただ本人は幼馴染だから懐かれてるだけだと思っていたようだが。


 あれだけ分かりやすい矢印に気づかないユーリに、年を重ねればもう少し人の気持ちに敏くなるかと思っていたのだが……


「アカン……何か腹立ってきたな」


 蟀谷に青筋を浮かべたヒョウが、鈍感な友人を一旦忘れようと大きく深呼吸をして扉を開いた。そこは、あの日妨害が入ったクロヴィスの執務室だ。


「……何も、ないな」


 ヒョウの後に続いたクロエが呟く通り、執務室には何も無かった。机も、その上で存在感を示していたコンソールも、壁の本棚を埋め尽くしていた資料も、何もかもが綺麗さっぱり無くなっているのだ。


 それでもヒョウは顔色一つ変えず、部屋の中をゆっくりと歩きだした。時折顔を動かし、何かを探しているヒョウが「ここやな」とピタリと止まったのは、本棚の端あたりだ。


 怪訝な表情のクロエを無視して、「んー? どれや」と空の本棚をまさぐる事しばらく……「カチリ」と何かがハマる音がして、ゆっくりと本棚がスライドしていく。


「か、隠し部屋か」


 本棚の向こうに見える暗い階段に、クロエが思わず息を飲んだ。昏く深い階段の先は、まるで深淵に続いているかのように錯覚してしまうのだ。


 ゆっくりと階段を降りた二人の前に表れたのは、小さなコンソールだった。


「ネットワーク接続なし……大当たりや」


 外部からの侵入を遮断する、完全ローカルのコンソールへヒョウが自身のデバイスを繋いで操作し始めた。かかっていたロックが直ぐに解除され、二人の顔を青白い光が浮かび上がらせた。


 立ち上がった画面に映っていたのは、いくつかのフォルダーだ。それぞれ【鬼神】だとか【戦鬼】だとか書いてある事から、【八咫烏】の皆に関するフォルダーなのだろう。


 そんないくつかあるフォルダーの中から、ヒョウは一つのフォルダーをピックアップして開いた。


 フォルダー名は…………。


 ヒョウやユーリが気付いた場所、そしてトーマ達が後から気付いた場所、あそこは能力開発局の管理下にあったと、派遣された刺客が話していた。その事からこのフォルダーに当たりをつけたのだが……


「ビンゴやな」


 ……映し出されたのは、ヒョウには見覚えのある風景だ。ヒョウが知っているのと違う場所があるとすると、クレーター状にえぐられた地面はなく、かわりに小高い丘と、地下へ続くような巨大なマンホールがあるくらいか。どうやら、あそこは地下施設だったらしい。


 覚えているのは、巨大なクレーターのように陥没した大地と、投げ出されていた仲間達の死体。


 僅かに震える手を抑えるように、ヒョウがフォルダー内のレポートを開いた。




「……まさか……こんな――」


 クロエが絶句するのも無理はない。なんせ、そこに書かれていたのは能力者達の、いやの内容だったからだ。


「……能力者達のナノマシンは……」

「僕らの身体を、正確には僕らのクローンを……か」


 呟いたヒョウに、クロエが知らなかったと言いたげにゆっくりと首を振った。別にクロエを責めている訳では無い。だが今はそんな事を釈明する時間すら惜しい、とヒョウがレポートを読み進めていく。


 レポートに書いてあった内容は、概ね二人が呟いた通りだ。


 人類にモンスター由来のナノマシンを適応させるため、ヒョウ達の素体が必要であること。

 一人分のナノマシンにつき、一個の素体がいること。

 ヒョウ達八人は、長くオリジナルとしてクローンを生み出すために生かされていたこと。

 つい最近、クローンからも正確なクローンを作成する目処が立ったこと。


「世界を危険に陥れかねない始まりの八人は……」

「……処分することに決定した」


 クロエは後ろから響いてきた声に、跳ね返るように振り返って一気に距離を取った。そこに立っていたのは、【八咫烏】を束ねる男、トーマの姿だった。


「世界が僕らにやったこと……こういう事かいな」


 振り返ったヒョウに、「そういう事だ」とトーマが頷いた。トーマ達のクローンを生み出し続け、それを元にナノマシンを作って人々の安寧を護る。いわば【八咫烏】の八人は人柱だ。


「モンスターの血を引く僕らやからこそ」

「ナノマシンを育てるのに適していたのだろう」

「モンスターの血? は?」


 会話について来れないクロエが二人を見比べる。


「ホンで? リンちゃん達を殺した理由はなんなん?」

を護るためだ」


 呟いたトーマが、コンソールを指さした。続きを読め、そう言いたげな仕草にヒョウが肩を竦めてレポートをスクロールする。クロエも背後のトーマをチラチラと気にしつつ、ヒョウがスクロールするレポートに目を通す。




「クズどもめ……」


 レポートを読んだクロエは再び顔をしかめていた。


「モンスター細胞の注入と、制御可能割合の実験……か」


 書かれていたのは、不要になったオリジナルの中へ、別のモンスター細胞を注入させる実験だ。宿主であるオリジナルの内部で、モンスターの細胞を意図的に増やし、人とモンスターの細胞割合を変えることが主目的である。


 鍛えられたオリジナルであれば、体内の細胞割合がいくつまでなら自我で押さえられるか……医療保険局が当時進めていた、ホムンクルス実験のパイを奪おうという目論見で初められたようだ。


 実験は最初末尾からの四人で行われた。もしも暴走した場合でも、下から四人程度であれば、制圧可能と考えていたのだろう。レポートの節々に、「始まりの八人と言えど、化石のようなものだ」、とヒョウやトーマ達を見下すような内容が見て取れるのだ。


 愚かな実験は続き、体内のモンスター細胞がついに八割を超えるかというレポートで終わっている。


「結果は、。【深淵】をいや、甘く見すぎた人類のおごりにより、破壊の炎が研究施設を吹き飛ばした」


 トーマが続けた事で、ようやく真相が分かった。


 ユーリが弱体化していたのは、体内に別のモンスター細胞を注入されていたからだ。それらが反発しあい、本来のユーリの持つ力が抑え込まれていたのだろう。暴発によって、ユーリ自身がかなり消耗したのも大きいかもしれない。


 弱った身体を別の細胞に乗っ取られている。それらを駆逐していく過程で、ユーリは力を取り戻していってるのだ……いや、ユーリの力の源を考えれば、もしかしたら異物を体内で喰らっているのかもしれないが。


 とにかくユーリが弱体化した理由が分かった。そしてクローンを作っていたということで、もう一つの謎も解けた。


 爆発後にユーリやヒョウが見たトーマ達の死体は、研究施設に残っていたクローンなのも間違いない。


 そして……


「リンちゃん達を殺したんは、もうになってたから……やな」


 ……呟いたヒョウにトーマが黙って頷いた。


「正確には、三人ともユーリ同様、力の暴走で肉体が持たずに死にかかっていた。放っておけば、体内を食らう名も知らぬモンスターに肉体を支配され、名も無いモンスターとして死ぬことになる……」


 拳を握りしめたトーマがヒョウを真っ直ぐに見た。


「俺達は人間だ。モンスターとして死ぬなど……だから俺が、俺達が殺したんだ」


 トーマの瞳が僅かに揺れる。若干潤んで見えるそれに、後悔が無かったとは言いきれないだろう。それでも決断し、仲間の命を奪って復讐に走ったトーマに「馬鹿なことを」とヒョウは言えない。


「ヒョウ……事実を知った今、お前はどうする?」


 トーマの問に、ヒョウは黙ったまま答えられないでいた。


「少しだけ時間をやろう。ユーリを連れて、俺達の所に帰ってこい」


 それだけ言うと、トーマは踵を返して階段の上へと消えていった。コンソールの青白い光が、ヒョウのなんとも言えない顔をいつまでも照らしていた。






 ※ここまでお読み頂きありがとうございます。これにて四章終了です。


 三章までのスロースタートとは打って代わり、急転直下で一気に進んだ四章、いかがだったでしょうか。気がつけば一〇〇万字を超えた拙作も、残すところあと最終章だけとなりました。


 思えばスロースタートで始まった拙作に、ここまで付き合い頂き感謝しかありません。毎話ハート、コメントに加え、星やレビューまでありがとうございました。非常にありがたくモチベに繋がっております。


 まだ星を投げてないよ。って方はこの機会に是非投げて頂けると、大変喜びます。レビューも書いてやろう。と言う方は、書いてくだされば小躍りして喜びます。


 ハート、コメントは勿論のこと、小説のフォローだけでもお待ちしてます。


 最後に……これはずっと申し上げております一番のお願いです。残すところあと最終章だけになりますので、ぜひぜひ最後までおつきあいください。


 過去と運命に翻弄される若人達の行く末を、そして彼らの選択をお楽しみいただければ幸いです。


 読んで頂ける。それが一番のモチベーションになりますので。



 それでは、五章(最終章)をお待ち下さい。(幕間を挟みます)

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