第211話 時間は解決してくれない。それでも必要な時間というのもある
竜神イルルヤンカシュのもとより帰ってきた皆は、明らかに憔悴しきった様子で思い思いにエルフの集落に散っていった。
世界を救う、モンスターを駆逐する術を手に入れたと思っていたら、それは仲間の命と代償だと言われたのだ。常にユーリに対して憎まれ口を叩いているエミリアでさえ、絶句してただただ俯いていたのだ。
もちろん一番ショックを受けていたのが、リリアなのは言うまでもない。
一人でまともに歩けない程、憔悴しきった彼女を「とりあえず任せて欲しい」とエレナ達が支えて宿がある方向に消えていったのは、つい先程のことだ。
「非常に困った事になったね」
サイラスが溜息混じりに呟いた。見つめる先は、既に通りの奥へと消えて見えなくなったリリアの背中だ。
「そうですね」
頷いたクレアが、サイラスの横で欠伸を噛み殺すユーリを見た。
「ンだよ?」
眦を拭ったユーリが、「肚くくるしかねぇだろ」と鼻を鳴らす。
「君が肚をくくったところで、リリアくんが納得せねば、我々は滅びへ一直線だ」
サイラスの割れた眼鏡が光る。あの後、例えばユーリ達モンスターの存在が固定された世界線まで待つのはどうか、という議論がなされたが、それでは結局モンスターを滅ぼすことは出来ない。
竜神の言葉を借りると、今のモンスターは、星の意思によって「人を滅ぼす」という殺意一点突破で活動しているとのこと。だが、世界線が固定されれば、竜神やオロバスのように、己の意思を持ったモンスターが数多く出現することとなる。
今の時点で拮抗している状態だ。そこに己が意思を持ち、戦略的に活動するモンスターが増えるとなると、人類の滅亡はもう免れない。加えて【女神庁】の動向も、【八咫烏】の動向も気になる。
【女神庁】が星の意思、核を掴みそこねればそれこそ何が起きるか分からない。そして【八咫烏】である。エリカをして「復讐」と言わしめた彼らの最終目的は、今のところ分かっていない。ただ、ロイド達に協力している事から、彼らも星の意思を狙っている事だけは間違いない。
モンスターの存在が固定化されれば、星の意思も同時に固定化されることになるだろう。ロイドやトーマ達を退けたとて、他に悪意を持ってその存在に近づく人間が現れないとも言い切れない。
「泣いても笑っても、やるしかねぇんだよ。お前ら人類が生き残るにはな」
ニヤリと笑ったユーリに、サイラスも悪い顔で笑みを返した。
「私にリリアくんの力があれば、遠慮なく歌うのだが」
悪い顔で笑うサイラスは、彼なりにユーリを元気づけようとしているのだろう。それが分かっているからこそ、ユーリもいつもの嘲笑を返した。
「冗談キツイぜ! ジジイの歌聞きながら逝くなんて、まっぴら御免だ」
ヒラヒラと後ろ手を振って歩き始めたユーリが、「そうだ」と思い出したように二人を振り返った。
「良かったな、クレアさんよ」
それだけ言うと、再び二人に背を向けユーリが歩きだした。小さくなっていく背中に、クレアが困ったような笑顔を向けている。
「素直に受け取っていいのでしょうか」
困惑気味のクレアに「皮肉を言うような男ではないだろう」とサイラスが頷いた。
ユーリが「良かったな」と言ったのは、ずっとホムンクルスだと思っていたクレアが実は人間だったと竜神によって明かされたからだ。ホムンクルスはモンスターの細胞を一部利用して初めて可能になった技術である。
つまりホムンクルスも、ユーリ同様消え去る運命にあるといえるのだ。
「カノンにも……説明せねばならないのでしょうね」
「そう……だな」
二人も重たい気持ちを振り払うように、歩きだした。
☆☆☆
「さて……どうしたもんかな」
宿代わりに充てがわれた庵、その出窓に腰掛けてユーリは溜息をついた。正直竜神に会う前から、自分とリリアに課せられた運命という名の理不尽には察しがついていた。
察しはついていたが、それでも何か方法があるのでは、と竜神と正面切って殴り合ったのに、結果は運命の残酷さを突きつけられたというだけだ。
思い起こされるのは、ヒョウに言ったあの言葉だ。
――そりゃいつかは死ぬだろ。別れのない出会いはねぇよ。
――仮に明日死ぬとしても、俺は俺の気持ちに嘘はつかねぇ。例え別れが待っていると分かってても……
――そこまで歩いた道のりは、決して不幸なものじゃねぇだろ? 最期の時まで幸せいっぱい笑って歩けるなら……最高だろ?
どれもこれも本心で、今も嘘偽りのない言葉達だが、それはユーリだけは、という但し書きがつく。
勝手に納得して達観するわけにはいかない。なんせリリアも同じ様に考えているとは思えないからだ。「俺は納得している」などと言えるわけがない。逆の立場なら、ユーリだって尻込みするような重さなのだから。
時が解決してくれるような問題ではない。ユーリが今声をかけるのは、逆効果かもしれない。それでも、話さねばならない。ユーリの思いだけは。
「……行くか」
意を決したユーリが立ち上がり、庵を後にする。向かう先はもちろん、リリアのいる場所だ。
男女別に充てがわれた宿泊先は、実際は目と鼻の先である。近いほうが何かと便利なのだが、こんな時くらいは距離が欲しかったとユーリは内心溜息をついている。「行くか」と意気込んだものの、気持ちを整理する距離くらいは欲しいと思うのはワガママではないだろう。
気持ちの整理もつかぬまま、直ぐに辿り着いた庵の入口にいたのは――
「あ、ユーリ君」
「よお」
ノエル部隊のヴィオラとルチアだ。
「ンだお前ら? うるさすぎて、
悪い顔で笑うユーリに、二人が顔を合わせ「まあ」「そんなとこだね」と同時にユーリに苦笑いを見せた。
普段であればユーリの煽りに「なにをー」と反応するヴィオラやルチアだ。その二人が見せた微妙な反応に、ユーリは肩透かしを食らった気分だ。出来れば二人の能天気な反応が欲しかったのに、と
「えらく殊勝じゃねぇか」
ユーリは鼻を鳴らした。
「そりゃそうでしょ」
「アタシら、こういう雰囲気が駄目だからさ」
分かりやすく落ち込む二人に、ユーリは仕方がないと溜息を返した。いつも姦しい彼女達をしても、落ち込んでしまうほどユーリとリリアに降り掛かった不条理はショッキングだったのだろう。
「なんだか悪いな」
苦笑いを浮かべたユーリに、二人困った顔を見合わせるのだから、ユーリとしてはやりにくい。これ以上は彼女達にも悪いだろうと「リリアはいるか?」と本題を切り出した。
「リリアちゃんなら……」
「一人にして欲しいって、集落の端にいるはずだよ」
暗い顔の二人が、「エレナが近くで見守ってるはず」と教えてくれた。
二人に礼を言ったユーリは、そそくさとその場を後にして、集落の中を歩きはじめた。すれ違うエルフ達からも向けられるのは微妙な同情の視線だ。恐らく事情を知っているのだろう。
なんとも居心地の悪い視線を流しながら、集落を進むこと暫く、広場に出たユーリの目に映ったのは……
「よお、お二人さん」
……ウドゥル老とアルリムだ。今回、わざわざ竜神のもとまで引率までしてくれた二人だ。一応礼を言っておこうとユーリは声をかけた。
「あの娘なら、北の端だぞ」
アルリムの言葉に、「ありがとよ」とユーリが手を挙げ、二人の前で立ち止まった。そのまま素通りされると思っていたのだろうか、ウドゥル老とアルリム二人して、怪訝な表情をユーリに向けている。
「どうした?」
首をかしげるアルリムに「いや」とユーリが頭を掻いて言葉を探す……
「礼がまだだったな、と思ってな」
ユーリの言葉に、アルリムが目を見開いた。
「なんだよ、その顔」
「いや……短い付き合いだが、君は絶対にそんな人間じゃないと思っていたから」
「失礼な野郎だな」
眉を寄せながらも笑顔を見せるユーリに、「その言葉をそのまま返すよ」とアルリムが肩をすくめてみせた。その言葉に二人して、いやウドゥル老も含めて三人で笑顔を見せた。
折角の機会だと、ユーリは気になっていた事を聞いてみようと口を開いた。
「そーいや、何でおたくらは、俺達に協力してくれんだ?」
ユーリの言葉に再び二人が顔を見合わせた。
「……私は今年で六〇〇を迎える」
唐突な話題にユーリが一瞬眉を寄せるが、その真意に気が付き「ああ」と微妙な声を返した。ありえないのだ。六〇〇歳など。モンスターが確認されてから、まだ三〇〇年経ったかどうかである。
にもかかわらず、ウドゥル老は六〇〇歳。それが意味する事は……
「そういう存在として、生み出された」
……夢の住人たるエルフ達、これから先の未来で人類の代わりとしてこの星で覇権を握る種族を導くための存在というわけだ。
ユーリの言葉にウドゥル老が黙って頷いた。
「気がつけばここにいた。勝手な都合で生み出され、勝手に使命を与えられ……それでも消え去るよりはいいのかもしれない……だが」
そう言ってウドゥル老が広場のエルフ達を見回した。
「我々は自然を愛し、自然と生きる者だ。不自然に産み落とされた自分達の存在など許せるわけもないだろう」
呟くウドゥル老の言葉は淋しげだ。色々な葛藤があり、彼らなりに辿り着いた答えなのだろう。聞けばあそこで遊んでいる子どもたちも、その親も、気がつけば集落に辿り着いた、いわばその形で産み落とされた存在なのだとか。
「子孫を残せない……我々は未だ現象にすぎないからだ。もちろん、新たな世界が拓けば、新しいエルフを生み出せるようになるのだろう」
遠い目をするウドゥル老が「それでも」と続ける。
「我々は作られた存在で、この記憶も知識も借り物の紛い物だ。こんなもの、存在してはいけないのだよ」
微笑んだウドゥル老に、「そんなもんか」とユーリが小さく溜息を返した。正直ユーリには良く分からない。借り物だろうが、紛い物だろうが、今生きているならば、それは嘘ではないと思うのだ。
だが、彼らにとってはそうではないのだろう。そもそも価値観の違いをここで埋めるつもりはない。大事なのは、彼らが彼らの信念を持って、ユーリ達に協力してくれるという事実だけだ。
「まあ、生まれた時からジジイというのが許せない……そう思ってくれたらよい」
身も蓋もない事を言ってカラカラと笑うウドゥル老に、「それは……何となく分かるな」とユーリも笑顔を返した。
「邪魔したな」
笑顔のユーリが二人に手を振って、リリアのもとへ再び歩きだした。ウドゥル老は言っていたのだ「君の強さが羨ましい」と。つまり彼らも出来れば消えたくはないのだろう。それでも彼らの信念に基づき、存在の否定という恐怖と戦いながら歩いているのだ。
であれば、ユーリ自身もその背中で彼らに語らねばならない。
――どうせいつかは死ぬんだ。それが五〇年後か今日かの違いくらいだ
思い出したのは、いつかリリアに語って聞かせた自分の生き様。それは別に生きることを諦めた発言ではない。いつ死んだとしても後悔のないように、日々を精一杯やりたいように生きるという信念だ。
話すことは決まっていない。
プランなど何も無い。
それでも、リリアとは最期まで笑って過ごさねば、後悔しか残らない。だから彼女と、彼女に抱えさせた運命と向き合わねばならない。
一歩一歩力強く歩くユーリの目が、木にもたれるエレナを捉えた。エレナもユーリに気がついたのだろう、顔を上げなんとも言えないような悲しげな笑顔を向けた。よくよく考えたらエレナにも別れが待っているのだ。逃れようのない、ヒョウとの別れが。
それでも気丈に振る舞い、リリアを気にしてくれた彼女に「悪いな」と声をかけてユーリは肩を叩いた。
「ユーリ……」
言葉に詰まったエレナに、いつもの笑顔を向ける。
「ちっと席を外してくれ……そうだな。東の端なら人が少ないぞ」
暗にお前も人気のないところで泣いていいぞ、と言うユーリに、エレナが「君というやつは」と呆れながらも笑顔を返した。
「リリアは任せるぞ」
その言葉を背に受けながら、ユーリはリリアしか気配の感じない静かな森へと足を踏み入れた。
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