第195話 ようやく解禁です。ここまで引っ張る必要があったのか……と言わないで

 ユーリとリリアが写真を片手に思い出話に花を咲かせていた頃――サイラスの所有するビルには、防衛への労いと今後の展望を話し合うために、が集まっていた。


「諸君、此度はご苦労だった」


 ブリーフィングルームに響いたサイラスの言葉だが、その場の誰もが労いを上の空で聞き流していた。それは言葉を発したサイラスも、である。


 ポツンと一つあいた空席に、誰も彼もが視線を送るがその主は現れることはない。開戦前も欠席、一段落ついた今も欠席。ユーリらしいと言えばそうなのだが、アレだけの衝撃を与えたのだ。その事について皆が興味を持っても無理はないだろう。


 ウィーンだけでなく、ブルノ、グラーツ、プラハと多くの都市を壊滅させたテロ組織【八咫烏】。そのメンバーとユーリは浅からぬ縁がある様子だった。ユーリ自身、【八咫烏】を追っていると匂わせていたのだが、その正体に一番驚いていたのもユーリ本人だという矛盾を残している。


 昔馴染みだから追っていた……ならば筋が通るが、そうとは知らずに追っていた。【八咫烏】とは、あの者たちとは、ユーリにとってどのような存在なのかすら想像がつかない。


 ユーリとの関係。都市を壊滅させた理由。何もかもが分からない状態で、せめて本人の口から関係くらい話して欲しいと思うのは、ワガママではないだろう。


 全員が言葉を探し、微妙な沈黙がブリーフィングルームを覆う――


「クレアさん、【八咫烏】の連中について情報とかってないの?」


 ――そんな沈黙に耐えられなかったのだろう、ヴィオラの声に誰かが賛同するように「そうだな」と小さく呟いている。もちろん、ヴィオラ本人も、呟いた誰かも、そしてそれを黙って聞いている他の皆も、クレアから返ってくる言葉など知っている。


「いえ。あの二人の名前で検索をかけましたが……」


 首を振るクレアは、やはり皆の予想通りの答えを返した。そもそもクレアが情報を掴んでいるのであれば、既にそれが皆に公開されているはずだ。何の情報も開示されていないということは、つまりなのだろう。


「ですが、ある程度の予想は出来るかもしれません」


 続くクレアの言葉……これは予想だにしなかった答えだ。その証拠にブリーフィングルーム内の空気が分かりやすく動き出した。騒がしくなる……事はないが、それでも前のめりになる皆の姿に、興味の大きさが見て取れる。


「あの二人が名乗った、『テンドウ エリカ』、『ココノエ タマモ』という名前ですが、どちらも極東の島国……」


 クレアがいつも通りタブレットを操作すると、世界地図が映し出され、極東の小さな島々に色がついた。


「旧くは『日本』と呼ばれていた国家での名前になるかと……もちろん、ユーリさんの名前も同様に」


 巨大モニターには、ユーリの写真と名前……その前後が入れ替わり、「ナルカミ ユーリか……」とエレナが画面を見ながら呟いている。


「皆様ご存知の通り、【八咫烏】自体この島国で作られた部隊の名前です」


 クレアの言葉に全員が頷く。それは能力者であれば誰でも知っている話だ。日本という島国で生まれた特殊部隊。


 今の能力者達の先駆けといってもいい存在。


 華々しいデビューで、当時の人々の感心と期待を背に、連日連勝を記録した無敵の部隊……だが、ある日を境に忽然と姿を消した部隊でもある。当時、【人文】の前進となる組織より『甚大なる人権侵害』を指摘され、以降は誰もその消息を知らない……歴史の闇へ消えた存在。


 故に【人文】憎しの連中に、勝手な解釈で【人文】の敵とみなされている部隊でもあり、星の数程のテロリスト達がその名を語り、多くの事件を起こしてきた。


「もちろん、今までのテロリスト達も、日本風の名前を名乗るのが通例でした」


 クレアの言葉に従い、画面に映し出されるのは幾つもの名前の羅列だ。例えば『オダ ノブナガ』などの、かつて日本で有名だった人々の名前ばかりだが。


「かつてのテロリスト達が名乗っていたのは、歴史上の偉人、有名人、果てはセレブまで……とにかく誰でも調べれば手に入れられる名前ばかりです」


 例えば、と続けるクレアがタブレットを操作すると、信長の肖像画が現れる。どの名前でも検索すれば、画像もしくは文章でどんな人物だったか程度の情報が得られるのだ。


「じじじじじ、じゃあ、ここ今回の名前は……?」


 おずおずと手を挙げるノエルに、クレアがゆっくりと頷いた。先ほど検索をかけた時、何のヒットもしなかったと言っていた。つまり彼女たちの名前は、どこからか引っ張ってきた訳では無い……という事になる。


「日本をルーツに持つ人間ばかりが集まったのか――」


 とエレナが呟いた瞬間、ブリーフィングルームの扉が急に開いた。その音に、全員の視線が扉へと向く――


「日本にルーツじゃねぇ。


 ――そこに立っていたのは、リリアを後ろに連れたユーリの姿だ。


 ザワつく部屋の空気などなんのその、リリアを伴ったユーリがズカズカと入ってきてモニターの前へ。


「スマイル仮面、これ画面に映せるか?」


 ユーリがデバイスをクレアに見せる。それは先程リリアと見ていた写真の元データだ。ユーリからデバイスを受け取ったクレアが「少々お待ちを」とデバイスにコードを接続すると、大画面にユーリたちの写真が映った。


 今より若いユーリやヒョウ。それに赤髪ではないがエリカという女性とタマモという女性もいる。他の四人は見たことはないが、全員が仲が良さそうに笑っている姿から、ユーリの旧い友人なのは分かる。


 だがだけは、誰にも理解できていない。


「日本で生まれた……って、今も日本があるのかよ?」


 眉を寄せるリンファに「さあ? 知らね」とユーリが肩をすくめた。


「知らね、って……お前が日本で生まれたって言ったんだぞ?」


 リンファの大きくなる声に、ユーリは顔をしかめて片手の小指で耳を塞いでみせた。


「とりあえず色々話すから、ちっと落ち着いてろよ」


 言葉通り、落ち着け、とジェスチャーするユーリに、口を開きかけたリンファだが不満そうな顔浮かべてその口を閉じた。


「さて、と……」


 場が静まった事を確認したユーリが、一度だけ深呼吸――


「説明する前に、先ずは名乗っとくぜ」


 ユーリの言葉に一瞬で部屋の中に微妙な緊張が走った。


「俺の名前は、鳴神 悠利。、鳴神 悠利だ」


 ユーリの言葉が静かに響き、一拍置いて一気に部屋中が騒がしくなった。


 どういう事だ。

 テロリストだったのか。

 ならなぜ彼らの事を知らなかったのか。


 などなど色々な言葉が飛び交う中、ユーリは予想以上の反響に苦笑いを浮かべてリリアを振り返った……のだが、その視線の先ではリリアも衝撃の事実にただただ固まっているという状況だ。


 この状況にどうしたものか、とユーリが頭を掻いた時、「――パァン」という音が部屋の喧騒を弾き飛ばした。音の発生源を見ると、扇子を広げたエミリアの姿があった。


 静かになった部屋で、いつも通り扇子で口元を隠したエミリアに全員の視線が集まる。


「つまり、ユーリ・ナルカミはテロリストだった……で、ヨロシクて?」


 何故かしたり顔のエミリアに「よろしくねーわ」とユーリが眉を寄せた。


「つまんねぇテロリストなんかと一緒にすんな。俺が……いや】なんだよ」


 腕を組んで不敵に笑うユーリは、画面の中の若いユーリの面影が見える。


「それは……つまり――」


「俺達が。俺達がだ」


 その言葉に再び部屋が沈黙に包まれた。


 ――始まりの八人。


 人類がモンスターに対して反撃に打って出る事になったきっかけの八人。人類が力を得るきっかけになった八人。初めの能力者達。


 今の能力者達にとって、人類にとって、道を示した。そのうちの一人だというユーリに、全員がただ唖然としてその写真と本人を見比べるしか出来ないでいる。そのくらい衝撃の事実なのだ。


 だが、その衝撃の事実を告げた本人はというと……


「ま、他にも何人もいて、その中から選ばれた八人ってだけだがな」


 ……さして自分達の偉業など気にした素振りはない。


「ちょ、ちょっと待てくれ! 君が、君たちが始まりの八人だとしたら、二五〇年以上も前の人間だぞ?」


 声を荒げるエレナに、「めちゃくちゃお爺ちゃんですね!」とカノンの間抜けな合いの手が乗った。カノンのせいで訪れた微妙な沈黙だが、それを再びエレナが破った。


「なぜ二五〇年も前の人間が?」


 もっともな疑問だろうが、全員の視線を集めたユーリはと言うと……


「知らね」


 ……まさかの発言を苦笑いで返すだけだ。


「知らないとは何だ!」

「知らねぇモンはどうしようもねーだろ!」


 眉を寄せ立ち上がるエレナに、ユーリは鬱陶しさをかくさない表情で頭を掻いた。


「気がついたら、


 ユーリの言葉に「は?」とエレナが間の抜けた疑問符をこぼした。


「お前、めちゃくちゃアホみたいな顔してんぞ」


 そう笑ったユーリが、記憶の前後を語る――


 かつて日本で活動していた頃、調査団を名乗る大人が沢山来たこと。

 様々な事を調べられ、「もう君達は戦う必要はない」と優しく言われたこと。

 戦いから解放された八人を、労うと言ってパーティを開いてくれたこと。

 その時に薬でも盛られたのか、急激な眠気に襲われたこと。


「んで気がついたら、この時代の原野でぶっ倒れてたってわけだ」


 あっけらかんと言い放ったユーリに、皆が押し黙った。荒唐無稽過ぎる話についてこれていない、というのもあるだろう。まるでタイムスリップだ。パーティの途中で眠らされて気がついたら二五〇年。


 ありえない現象に答えを出したのは――



 ――呟いたサイラスだ。


「十中八九……な」


 肩をすくめるユーリが、自分が気がついた所が、何かしらの研究施設の跡だったと付け足した。つまりユーリ達八人は、騙されてこの時代まで何かの研究素体として眠らされていたと言っているのだ。


「今思えば、パーティにリンコだけ不参加だった時点で怪しむべきだったんだがな……」


 心を読めるリンコだけ離されていた。もしかしたらその時既にリンコだけ捕らえられていたのかもしれない。とは言えリンコも相当の実力者だ。何かしらの罠にかけられたか……だがそこはユーリに知る術はない。


「一体何の目的があって君達を……?」


 考え込むエレナに「さあな」とユーリが小さな溜息を返した。なんせ本当に何も知らないのだ。唯一知っているのは、ユーリたちが捕らえられた事とその目的が、トーマやエリカ達の復讐という凶行に繋がっているだろう事だけ。


「その辺は、ヒョウが戻り次第一緒に調べる予定だ」


 トーマと一戦交え引き分けた、とヒョウから連絡は貰っている。昔から互角の実力の二人だ。恐らくは凄いことになっただろうな、とユーリは思いを馳せて苦笑いを浮かべた。


「ヒョウは……ヒョウも【八咫烏】なんだな」


 ショックを受けたようなエレナの声に、「ああ」とだけユーリが頷いた。もしかしたら事情を知ったヒョウが、あちらに付く可能性もあるのだ。そしてそれはユーリもしかり……。


 そんな顔をするエレナを前に、ユーリは「アイツを信じろ」とだけ答えた。ユーリとしてもどうなるかは分からないが、ヒョウなら皆を止めるために戦うはずだと信じている。


 ユーリの言葉に「そうだな」と答えたエレナが、一度頭を振って再びユーリを見た。


「では、君達が【八咫烏】を追っていた理由は……?」

「俺達を名乗るのが許せなくて……って、名前に未練なんてカケラもねぇが」


 鼻を鳴らしたユーリが続ける。


「けど、あの時の俺達は確かに戦ってた……、仲間の死に泥を塗る。そう思って追っかけてたんだが」


 自嘲気味に笑ったユーリが、「その仲間たちが名乗ってた、ってオチだったわけだ」と続けた。何とも微妙な自虐ネタに、誰もが静まり返る。


「笑う所だったんだけど」


 リリアを振り返るユーリだが、「無理でしょ」と一言で撃退される始末だ。仕方がないと、肩を竦めて「他にも質問があるか?」と皆を見回せば、今にも手を挙げそうなエレナと目があった。


「君はさっき、第八席と言ったな?」


 訝しむエレナの顔には、「お前の実力で?」と書いてあるようだが、ユーリはそれを真正面に受け止めて頷いた。


「ああ、それか――そうだな。俺がドベ。ドンケツの八番目……であってるぞ」


 ユーリの見せる意味深な笑みに、エレナは「嘘だな」と呟いていた。

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