第196話 二つ名って格好いいけど考えるの大変だよね

 エレナが呟いた「嘘だな」という言葉に、ユーリが眉を寄せた。


「あのな、そんな嘘つく必要なんてねぇだろ」


 溜息交じりのユーリだが、エレナはその言葉に納得できていない。ヒョウはユーリが何らかの理由で弱体化していると言っていた。最近はかなりのスピードで力を増しているが、それでもヒョウはまだまだだと語っているのだ。


 それよりも更に強い奴らがいる……もちろんヒョウが強いのは知っているが、エレナはヒョウの本気を見たことがない。今のユーリでも、既にエレナよりも少し先を行っているのだ。それが完全に力を取り戻した時、それよりも上だというエリカやタマモの実力は、エレナでは到底辿り着けない高みにいるということになる。


 認めたくない事実に、少しだけ俯いたエレナの耳にユーリの言葉が届いた。


「まあ……もし【八咫烏】に会ったら、全力で逃げて俺に知らせろよ」


 ニヤリと笑ったユーリが「お前ら弱々だからな」と悪い顔で笑えば、部屋の中をブーイングが飛び交った。


「相変わらずのツンデレですねッ!」

「お前もドベじゃねーか!」

「キーーーッ! 相変わらず嫌味な男ですわ!」

「こんなのが始まりの八人の一人かよ……」


 飛び交うブーイングに「うるせぇ、うるせぇ」と笑顔を見せるユーリに、気がつけばエレナの不安は少しだけ消えていた。その事に気がついて、ふと顔を上げればニヤリと笑うユーリと目が合った。


「ビビってたんだろ?」


 煽るように嘲笑するユーリ。その顔にエレナは「まさか」と強がりを返していた。実際は不安だったのだが、ユーリに煽られて気がついた事があったのだ。同じようにエレナが浮かべた嘲笑に、ユーリが小さく笑った。


「強がる必要はねぇぞ。どうせだ……」


 突き放すようなユーリの言葉に、「それは無理な話だな」とエレナが肩を竦めて続ける。


「確かに君の過去と我々の目的は、無関係だ」


 強調された言葉に鼻を鳴らすユーリが、「実際無関係だろ?」と返した。ユーリの言う通りエレナを始めとしたサイラス麾下のメンバーは、今の世を変える事が目的だ。能力者達の命を消費して得られる、仮初の平和を打ち砕くこと。それが目的だ。


 その手段として、今は軍の下働きでダンジョンを探すために東へいきつつ、ユーリがもたらした『亜人』という未知への接触を試みている。


 ユーリと【八咫烏】の関係など、彼らからしたら全く関係ないと言って差し支えない。……


「相変わらず不器用な男だな。、私のような戦士には不要だぞ」


 腕を組んで微笑むエレナに、「チッ」とユーリが舌打ちをもらして視線を逸らした。危険な存在からエレナ達を遠ざけようとする、ユーリの優しさ。カノンをしてツンデレと言わしめるそれは、エレナ達には要らぬ心遣いである。


「君の友人たちが現れたこと、復讐と称する都市への襲撃、そしてダンジョン……全てが繋がっていて、


 溜息をつくエレナに「ジジイの目的、だろ」と微妙な揚げ足取りをするが、エレナはそれを意に介せずユーリを見つめたままだ。


 ユーリの言う通り、これはユーリ達の問題だ。だがそれ以上に、エレナの言う通りエレナ達にも大きく関わっている。


 このタイミングで現れたこと。

 流布されていたダンジョンの噂。

 わざわざモンスターを率いて来たこと。


 どれもこれもが、エレナ達の目的と少なくない因縁があるのは明白だ。


「いずれ相まみえる事は必至」


 真剣なエレナの瞳に、ユーリが「無理しなくて良いんだぞ」と肩を竦めて続ける。


「全員が俺より席次が上だ。俺より弱々なお前らじゃ死ぬだけだろ」


 嘲笑を浮かべるユーリにエレナが盛大な溜息を返した。


「それは、……だろう?」


 ニヤリと笑うエレナに、ユーリが「ケッ」と面白くなさそうに鼻を鳴らした。席次が上、相手が上だと言うなら、エレナ達だろうがユーリだろうが格上相手に挑むという事実は変わらない。エレナはそう言っているのだ。


「なら好きにしろよ。ただ……の面倒なんてみねぇからな」


 視線を逸らしたまま口を尖らせるユーリに、「死にはしないさ」とエレナが微笑んだ。


 これ以上、何を言ってもエレナには無駄だろう、と諦めたユーリが黙ったことで、エレナがサイラスに視線を移した。その意を汲んだのだろうサイラスが大きく頷いて笑顔を見せ立ち上がった。


「諸君、聞いた通り。敵はかなり強大だ……なんせあの始まりの八人、偉大なる大英雄だ……だから――」


 全員を見回すサイラスに、皆が視線を集めて表情を引き締める。


「だから一匹でも多くモンスターを倒せ。一回でも多く武器を振れ。やってきた事、超えてきたものだけが、


 自信に満ちたサイラスの言葉に、各々が気合の声を上げて強く頷いた。相手が強いなら、自分も強くなるしかない。道がないなら、自分で切り拓くしかない。それでこそ荒野を行くハンターなのだから。


 盛り上がる部屋の熱気に、ユーリはリリアを振り返って肩をすくめた。


「筋を通しに来ただけだったんだが……」


 苦笑いを見せるユーリに、リリアはニコリと微笑んだ。


「人の縁に恵まれてるのよ。……ずっとずっと、昔から」


 笑顔のリリアに「かもな」と笑ったユーリが、モニターに映し出された仲間たちを見上げていた。背中に感じる頼もしい気配に、ユーリは口には出さず感謝するのであった。



 ☆☆☆




 人類の生存圏内、某所――


「【八咫烏】の三人の協力を感謝する……ようやく我々の目的、が達成できたよ」


 執務机の上で指を組むロイドが、満面の笑みで見つめるのは――


「そりゃよーござんした」


 ――面白くなさそうに鼻を鳴らすエリカだ。今回、エリカはロイドの手伝いに来ている。面と向かって【八咫烏】とロイドたちが顔を合わすのは初めてだ。貴重な機会、折角ならとロイドから歓待と労いを受けているのだが……


「イスタンブールはほぼ無傷なのに、なぜそんなに偉そうなのです?」


 ……ロイドの横に控えるシェリーが、ずっと敵意を持った瞳を向けてくるのはいただけない。しかも相手の言う事に道理があるので尚更だ。


 本来ならイスタンブールも、半壊程度には追い込む予定であった。それが予想以上に能力者達の抵抗が激しく、モンスターは壊滅。それを率いていたホムンクルスも、リク、トアと実力者すら退けられているのだ。


 確かに業務提携先から小言を貰っても仕方がない。仕方がないことだが、それにただ頭を下げるなど出来ないのが、エリカという女である。


「イイテーコトハ ゴモットモ デスガ」


 棒読みのエリカにシェリーの眉毛がピクリと動いた。


「おたくらの戦力予想に、大きな乖離があった事は、高い高い棚に上げですか?」


 嘲笑を浮かべるエリカにシェリーが「くっ」と声をもらした。事実戦力分析を行っていたのはシェリーであり、予想戦力に対するモンスター数を弾き出したのもシェリーなのだ。


「そ、それは……貴方がたが――」


 禁句を口にしようとするシェリーを制するように、「がいたので仕方あるまい」とロイドが盛大な溜息をついた。ロイドの言うイレギュラーは、もちろんリリアも含んでいるが、ここで話題になるのは……


「ユーリ・ナルカミ。貴方がたのお仲間」


 ……ことさらに「元」を強調するシェリーに、エリカの顔が一瞬だけ強張った。


「確かにイレギュラーですが、保険をかけて貴方がた二人を送り込んでいたはず。末席相手に、三席四席が揃って撤退とは……【白面】と【戦鬼】の名が泣きますね」


 ロイドが止めた禁句を、トゲたっぷりでシェリーがぶち撒けた。思わず息をのむロイドだが、予想外にもそれをエリカは鼻で笑い飛ばした。


奴だな。そりゃこんな鹿が作戦立案なら、兵力差も間違えちまうな」


 カラカラと高らかに笑うエリカに、「何を――」とシェリーが盛大に眉を寄せた。側仕えと業務提携先の人間が一触即発……頭の痛くなる事態に、ロイドの笑顔は先程から引き攣ったままである。


「席次だけが強さだと思ってんのか? あんなモン、


 嘲笑を浮かべ「ンな事も分かんねーのか、」と煽るエリカの言葉にシェリーが奥歯を鳴らした時、それを制するようにロイドが「どういう事だ?」と反応を示した。


 興味を浮かべたロイドに、エリカは鼻を鳴らして口を開いた。


「あの人は……ユーリにぃが末席なのは、


 エリカの絞り出した言葉に、「意味が分かりません」とシェリーが眉を寄せた。


「度重なる不祥事。命令違反、上官への暴力、施設の破壊、反社会組織と揉めて壊滅させた事もあったな……。あー、あと単純にペーパーテストの点数も悪かった。すっげー悪かった。ビビるくらい。バツしかついてねーんだもん。」


 急に始まるエリカの話に、要領を得ない二人が首を傾げている。


「とにかくユーリにぃは色々駄目だった……」

「だから末席……と?」


 ロイドの言葉にエリカが「半分は」とだけ答えた。


「半分?」

「ああ。オレ達以外にも、候補生は。それこそ優秀な奴は何人も、だ。そんな中、ユーリにぃが末席に名を連ねた理由が分かるか? 他の優秀で素行も行儀も良い奴らを差し置いて、末席とは言え、に名を連ねた理由が」


 エリカの真剣な瞳に「「まさか……」」とロイドとシェリーが答えに辿り着いた。


「そのまさかだ……。あの人は。全ての不祥事を吹き飛ばすほどの圧倒的な強さ。上をしても無視できない圧倒的な実力で、渋々ながらも末席に加えるしかなかったんだ」


 驚愕に彩られたシェリーの瞳には、真剣な表情のエリカが映っている。


「あの人こそ【八咫烏】。あの人こそ、頂点にして【深淵】」


 エリカの放つ気配に、シェリーだけでなくロイドまでもが気圧されている。


「……つっても今は弱体化してるらしーからな……


 ニヤリと笑うエリカに「か、考えておこう」とロイドが頷いた。エリカの放つ闘気は【戦鬼】の名に恥じぬ程の苛烈さだ。その【戦鬼】をして頂点と言わしめる男。そんな存在までもがいるとは、イレギュラーにも程がある。


「もし殺るんなら……」


 気圧される二人を前に、エリカは面白くないと鼻を鳴らして続ける。


「そん時は必ずオレを呼べ。おたくらじゃ、全滅させられて終わりだぞ……絶対」


 闘気を霧散させたエリカが、「その前にが先だけどな」と言いながら二人に背を向けて後ろ手をヒラヒラと振って部屋を後にした。




 エリカが出ていった扉を見つめる二人が、どちらともなく大きく息を吐き出した。


「あれが【八咫烏】。始まりの八人か……大きすぎる障害だな」


 額に浮かんだ冷や汗を拭ったロイドが、「だが今は……」とシェリーへと視線を移した。恐怖か怒りか分からないが、顔を強張らせてカタカタと震えるシェリーに、ロイドが優しく声をかけた。


「シェリー、大丈夫か」


 ロイドの言葉に我に返ったシェリーが、「……すみません」と小さく頭を下げた。


「構わんさ。アレは正真正銘の


 ロイドが肩をすくめれば、シェリーが不安そうな顔を上げた。


「心配せずとも、【後には、彼らにも退場してもらうさ」


 シェリーに笑いかけるロイドだが、今エリカの強さを肌で感じたシェリーには、それが可能だとは少しも思えない。不安げな表情のままのシェリーの頭をロイドが撫でた。


「バケモノにはバケモノ……彼女も言っていただろう。バケモノ同士で潰しあってもらうとするよ」


 そう言って溜息をついたロイドが、ホログラムを立ち上げ、そこに映っている文字へ視線を落とし、暫く何かを考えた後キーボードを叩いた。


『【八咫烏】――

 主席【鬼神】大嶽 冬真(協力)

 次席【朧雲】源 飄(情報屋)

 三席【白面】九重 玉藻(協力)

 四席【戦鬼】天童 恵梨香(協力)

 五席【覚者】佐藤 凛子(死亡)

 六席【逆鬼】天野 鈴(死亡)

 七席【幻影】霧野 真(死亡)

 八席【深淵】鳴神 悠利 ……特異点』



 ☆☆☆


 一方その頃……


「――ェックシッ! ……どっかで誰かが俺の噂をしてんな」

「自意識過剰が過ぎるッ!」

「バカで」

「デリカシーがなくて」

「どうしようもない奴」

「って噂されてるんじゃねーの〜」

「いい度胸だ……全員死にてぇらしいな」


 エリカの知らぬ所で、はめちゃくちゃイジられていた。



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