第172話 楽しむ時は全力で楽しむ。人生メリハリが大事(前編)
リリアによる軍関係者への陣中見舞いこと、オペレーションディーヴァ。その作戦から数日後……ダイニングバー・ディーヴァの店内は、普段では見ない顔ぶれに溢れていた。
常連であるエレナやカノンはもちろんの事、ダンテ、エミリア、ノエルの部隊に加え、リザやイーリンといったオペレーターまで……所謂サイラスのお抱え集団が勢揃いしているのだ。
もちろんサイラスやクレアも、その顔ぶれに入っている。
普段は店が回らないからと、倉庫にしまっていた予備の机や椅子まで引っ張り出し、それすら埋まった店内ではあるが窮屈さは然程ない。
普通なら、賑やかさが爆発しそうな面子なのだが、今は集まった全員が神妙な面持ちで、舞台の上に立つ人物に視線を集めていた。
舞台の上で皆の視線を一身に集めモジモジするのは、リリアではなくグラスを片手に持ったクロエだ。顔を赤らめ、今も「な、何故私が」と呟くクロエに、「なにモジモジしてんだよ!」とカウンターに肘をついたユーリからヤジが飛ぶ。
折れた腕はエレナの治療である程度治ったが――魔力がほぼなく、あの場では完治まで魔法をかけられなかった――大事を取ってまだ吊ってある右手が少々痛々しい。
見た目には痛々しいが、それを誰も心配しない。なんせユーリ本人が、全快したエレナの治療を拒否したのだ。それだけならまだしも、吊ってある腕をひけらかし「皆、俺を気遣え」とばかりに利用するのだから、今や誰もそれを気にしてくれない状況なのである。
そしてそれはユーリ本人も然り……今も三角巾から引っ張り出した右手を口の横に、「ンなんで部隊を纏められんのか?」と悪い顔でヤジを飛ばす始末だ。
飛んできたヤジに、ユーリを鬼の形相で睨みつけるクロエ。そしてその隣でユーリの頭を叩くリリア。
「クロエ、無視して始めようか……」
呆れ顔でユーリを見ていたエレナの言葉で、「あ、ああ」と頷いたクロエがグラスを高々と突き出した。
そう……今日は――
「……お、オペレーションディーヴァの成功と、皆の無事を祝いまして――」
「「「「かんぱーーーい!」」」」
楽しげな声とともに、掲げられる色とりどりのカクテル。
そう、今日はダイニングバー・ディーヴァを開店から貸し切った、作戦成功の慰労会なのだ。
それぞれのテーブルに、各々が持ち寄った料理を並べたホームパーティーのようなスタイルは、乾杯こそリリアの父特製のカクテルだが、後は好きな物を飲み食いする……つまり給仕や料理の必要がない、リリアも楽しめるパーティである。
それぞれのテーブルで盛り上がる中、カウンターに陣取ったユーリ……目掛けて肩を怒らせたクロエがズンズンと向かって来る。
「ナルカミ! 何故私が乾杯の音頭なのだ!」
口をとがらせるクロエの声に、「しゃーねぇだろ」とユーリは左の小指を耳に突っ込んだ。
「だってお前……料理ダメダメだったじゃん」
ユーリの言葉に「ウグゥ」とクロエが言葉に詰まった。それを言われてはクロエとしても反論のしようがない。エレナを始めとした女性陣はもちろんの事、男性陣もその多くが手作りの料理を持参するというので、クロエもここの台所を借りて料理をしたのだが……
「
嘲笑を浮かべ、カウンターの上に並んだ真っ黒な何かを指差すユーリに、「ちょ、調子が悪かっただけだ!」とクロエが頬をふくらませる……が、
「調子が悪くても、あんな得体の知れないモンは出来ねぇだろ……」
眉を寄せたユーリの言葉に、クロエがもう一度「グヌヌ」と唸り声を上げた。実際ユーリの言う通りで、クロエが作った料理からは妙なモヤと臭いが漂っていたのだ。
「しかしだな……腹に入れば同じだろう?」
「それは、元が綺麗な料理に言うセリフだ」
「対極にある私の料理に言ってもいいじゃないか!」
「料理って言うな。アレは、どっちかってーと錬金術の一種だ」
ギャーギャーと言い合う二人を他所に、ユーリと同じ様にカウンターに陣取ったブルーノやサイラスが、「やれやれ」と言った表情でグラスを傾ける中、一人クレアだけは、興味深そうにクロエの作り出した
突いてみたり、色々な角度から眺めてみたり、匂いを――嗅いだ瞬間、ピクンと跳ねた身体が真っ直ぐに固まったクレアが、大きく頷いて……そっとカウンターの隅に皿を追いやった。
そんな評価が無されているとは知る由もないクロエとユーリは、未だに言い合いを続けていた。……言い合いと言うか、クロエの「食べてみたら美味い」論を、ユーリが尽く叩き潰すだけの不毛な争いだが。
「見た目はアレだが、食べてみたら美味いかもしれんだろう」
もう何度目になるか、口を尖らせるクロエに、
「この見た目で美味かったら、逆にすげぇわ」
ユーリが眉を寄せながらクロエに
だが今まさに現実がクロエの前に再び現れた。
立ち上る妙なモヤに、
見た目の謎さに、
そしてユーリの散々な言葉に、
現実に押し負けたクロエが、「そこまで言わなくてもいいじゃないか」と分かりやすく肩を落とした。
落ち込むクロエの様子に、サイラスが「ン、んん――」とわざとらしい咳払いをし、ブルーノが「お前のせいだぞ」とでも言いたげな非難のこもった瞳でユーリを見た。言外に責められている事実に、ユーリが顔をしかめて周囲を見回すが、見える範囲に味方はいない。
ユーリとしては自己防衛の正当性を主張したいが、この状況では誰も信じてはくれまい。濡れ衣もいいところだが、完全に追い詰められた状況に、ユーリが手を挙げ
「わーった。わーったよ。とりあえず一口だけだからな」
ユーリはそう言いながら
「おま――多――」
ブルーノの言葉は声にならない。ユーリの一口が、思った以上に大きかったのだ。せめて端っこだとか、やりようがあったろうに……男らしいと言うか考えなしと言うか。
だが時すでに遅し。
「どうだ? 旨いか? 美味しいか?」
モグモグと咀嚼するユーリへ迫るクロエ。
固唾を飲んで状況を見守るブルーノやサイラスにクレア。
そんな状況の中、「んー?」と眉を寄せながらも、ユーリが
「……まず砂糖と塩の違いから――」
口を開いたユーリがフリーズし、そのまま大きな音を立てて椅子の上から真後ろへひっくり返った。
「ナ、ナルカミー!」
「無茶しやがって」
抱え起こすクロエとブルーノ。
「フム。野蛮人すら卒倒させる威力とは……」
「モンスター相手にも使えますかね」
クロエの作り出した暗黒物質の威力に興味津々のサイラスとクレア。
乾杯したばかりだというのに、既に脱落者が出そうなカウンター……そんな騒がしいカウンターを
「全く……相変わらず賑やかな男だ」
エレナは苦笑いで見ていた。だがそれでもユーリのお陰でクロエと再び和解できたのだ。騒がしいだけでなく、どこか人を惹きつける不思議な魅力があるのだろう。とは言え、あの間抜けな様子を見るに、それすら幻想だったのでは……と思えてしまう不思議な男である。
呆れたような笑顔を浮かべて、エレナがもう一度口を開いた。
「本当に……底が知れぬ馬鹿だな」
「昔っからやし、しゃーない」
不意に聞こえたヒョウの声に、エレナがビクリと肩を跳ねさせ、弾かれたように振り返った。
「ユーリくんにお呼ばれしたさかい」
ヘラヘラと笑うヒョウが、「思ったより元気そうで安心したわ」とエレナの顔を覗き込んで頷いた。
不意打ちを貰った形のエレナの顔が赤くなる。ヒョウの顔が思った以上に近かった事か、はたまたヒョウが自身を心配してくれていたからか。とにかく耳まで赤くなったエレナの顔に、「あれ、あれあれあれ?」と目ざとく気づくのが、ノエル部隊の元気印ヴィオラだ。
「エレナが乙女の顔してるぅ!」
ヴィオラの黄色い声に、エレナ達の席がにわかに騒がしくなった。集まる耳目に、「ちょ、違――」とエレナが慌てて手と頭を振るが、真っ赤なそれは隠せていない。
「エレナさん、そうなんですか?」
たまたま近くを通ったリリアが参戦。女子が一人増えたことで、黄色い声が更に大きくなる。興味津々と言った女子連中の視線に、エレナの隣でアデルが「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべて、エレナの代わりに全員を見回した。
「ヴィオラちゃん、情報が遅いよ。うちの部隊じゃもう有名だからね」
ニヤリと笑うアデルに、テーブルに集まってきた女子たちから黄色い声が上がる。
やれエレナに春が来ただの、
やれ羨ましいだの、
やれ私は認めないだの。
好き勝手上がる黄色い声に、流石のヒョウも場違い感が否めないのか、そっと席を立って女子会から――「どこに行くんですか?」――リザに腕を掴まれてそれは叶わない。
「貴方には色々とお聞きしたいことがございます」
有無も言わせぬ迫力のリザに、「か、堪忍」とヒョウが片手を挙げて仰け反るが、リザがそれを許してくれない。ガッチリとヒョウを掴むリザの行為に、ヴィオラが「リザっちナーイス!」とサムズアップを見せた。
「ちょっと逃げられないようにしようよ」
「あ。私、素材を縛るロープなら……」
「いいね!」
自分の意思関係なく着々と進む、話にヒョウが顔を青くした瞬間――
「エレナさんのファンクラブ会員として、貴方を見極めねばなりません!」
――その耳元でリザが底冷えする声で囁いた。
「ちょ、ユーリくん助けてぇな!」
堪らずユーリに手を伸ばすヒョウだが……
「おい、ユーリしっかりしろ」
「フム。これは駄目だな」
「水でもかけたら復活するんじゃないですか?」
……頼みの綱は未だに床に転がったままである。
「さあ、ちゃんとお話を聞かせてもらいましょうか」
リザに掴まれたヒョウが、女子たちの渦に飲み込まれていく――
※打ち上げ長くなりすぎて、前後編です。汗
後編は、日が変わったくらいにはお出し出来るかと……推敲があるので、同時はご勘弁下さい。
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