第161話 二兎を追って、二兎仕留めてもいいと思う
第一駐屯地の外れ……人の気配が全くない場所で、ユーリとカノンは正座をさせられていた。そんな二人の前で額に青筋を浮かべて仁王立ちするのは、もちろんクロエだ。……ちなみにリリアは今、沢山のファンたちから熱烈な感謝を受け、ダンテ達護衛のもと、握手会の真っ最中である。
リリアというストッパーが居ない状況で、クロエの説教は止まることを知らない。
「貴様らは任務中すらも静かに出来ないのか?」
底冷えするクロエの声に、ユーリとカノンはお互いを肘でつ付き合う。
「お前のせいだ」
「ユーリさんが――」
お互いに責任を擦り付け合う二人を前に、クロエの額に青筋が増えた。
「貴様ら――」
「お前ら、こんな所にいたのか!」
口を開きかけたクロエを遮ったのは、慌てたように駆け込んできたリンファだった。肩で息をするリンファにクロエが怪訝な表情を返すが、ユーリは新たな生贄が来たと「おいクロエ、アイツも騒いでだぞ」とリンファを指差して悪い顔を浮かべている。
「言ってる場合か!」
ユーリの言葉に突っ込んだリンファが、大きく深呼吸をして続ける。
「クラウディア達が行方不明だ」
その言葉に「なに?」とクロエが眉を寄せ、ユーリとカノンは怪訝な表情で顔を見合わせた。
「行方不明も何も、サテライトがくっついてんだろ?」
「でしょう。リザさんが場所を把握してるのでは?」
小首を傾げる二人の言う通り、エレナは第一駐屯地の防衛には当たっていなかったが、それでもオペレーターであるリザの指示の下で動いていたはずだ。
「それがどうも地面の崩落に巻き込まれたみたいで……」
言いづらそうなリンファの顔に、ユーリは「成程」と呟いた。
「大方落ちるエレナ達を前に、サテライトが慌てて崩落現場に突っ込んだ……んで瓦礫に巻き込まれて壊れた……って所か?」
正座したまま呆れ顔を浮かべたユーリに、リンファは無言で頷いた。
「それで? なぜ我々を探してここまで?」
腕を組み直したクロエを前にリンファが躊躇うように唾を飲み込む……突き放すような冷たい瞳は、言われずともリンファがここに来た理由を察しているだろう。察していて尚、それを尋ねる理由など一つしかない。
それでもリンファが意を決したように口を開く。
「クラウディア達の捜索に協力して欲しい」
「無理だな」
リンファが頭を下げるより早く、クロエの口から拒否する言葉が出てきた。それでもリンファは頭を下げる。クロエが断ることなど分かっていたが、それでもお願いをするしか方法がない。
断られて尚、「頼む。そこを何とか」と頭を下げ続けるリンファに、クロエは分かりやすく不機嫌な溜息を返した。
「貴君らの部隊……パーシヴァル元准尉が率いる部隊に加え、もう一つサテライトを駆使する部隊があっただろう?」
眉を寄せるクロエの言う通り、リンファ達の部隊、
だが、水を向けられたリンファの顔は優れない。
「何か訳ありって感じだな」
いつの間にか立ち上がったユーリに、リンファはもう一度黙ったまま頷いた。
「パーシヴァルも、それにハイネマンも……どっちもこの辺の地下はNGなんだよ」
唇を噛みしめるリンファに、「はあ?」とユーリが眉を寄せた。
「暗い場所が駄目って……ガキじゃあるめぇし」
呆れた声をもらしたユーリだが、反対にクロエは「成程」と小さく呟いた。何か知っている風のクロエの発言に、ユーリとカノンが同時に彼女を振り返る。
「確かパーシヴァル元准尉は、あのアナスタシスの犠牲者だったな」
クロエの言葉に、リンファが黙ったまま頷く……が、「アナシタシタって何だっけ?」とユーリはコソコソと横のカノンを肘で突いている。
「ユーリさん……アナスタシスです」
ジト目のカノンに、「そう、それ」とユーリが手を打つが、三人から見下げるような視線が……そんな視線を追い払うように手を振ったユーリが「今はそれどころじゃないんだろ?」と眉を寄せた。
正直ユーリのせいで脱線しかけた話であるが、ユーリの言う通りアナスタシスがどう関係しているかなど議論している場合ではないのは事実だ。その事にリンファが頷いて再び口を開いた。
「そういう訳で、うちも
再び頭を下げたリンファだが、大きく息を吐いたクロエが「無理だな」と再び首を振った。
クロエを思わず睨みつけるリンファだが、そんな事などお構いなしにクロエは腕を組んで鼻を鳴らした。
「我々の任務はオーベル嬢の護衛だ。彼女を街まで安全に届けること。それが今我々が最優先すべき事項だ」
真っ直ぐなクロエの視線に、リンファが「そりゃそうだが」と奥歯を噛み締めた。
「別にエレナが嫌いだから言っている訳では無い。誰が相手でもこの答えは変わらん。我々は我々の任務を遂行する……ただそれだけだ」
冷たく言い放つクロエの言葉に、「クロエさん……」とカノンが悲しそうな視線を向ける。エレナの事が気がかりなのだろう。
もちろんユーリ自身、エレナ達が気にならないと言えば嘘になる。嘘にはなるが、今はリリアを一刻も早く街へ連れ帰りたい。
リリアをここに置いてエレナ達を捜索する……これは一番あり得ない。仮にユーリ達がいない間に、ここがモンスターに襲われないとも限らない。ならばやはり安全な街の中へ匿いたいのだ。
リンファやエレナ達には悪いが、今はリリアを優先したい……そう思ったユーリが顔を上げた瞬間、壁の向こうから顔を出したリリアと目が合った。どうやら握手会が終わったのだろう。
そんなリリアが真っ直ぐにユーリ達の所へ歩いてくる……表情は、あまり嬉しそうではないが、今のユーリには感情が読み取れない。
そのまま真っ直ぐ歩いてきたリリアが、ユーリの瞳を覗き込んだ。
「……なんだ――」
ユーリの言葉を遮るように、リリアが両手でユーリの頬を挟み込む。
「なに、その顔?」
口を尖らせるリリアに、「何がだよ」とユーリがその両手から逃れるように顔を逸した。
「その顔。何だか不安そうで面白くなさそうで」
口を尖らせ続けるリリアに、「腹が減ってるだけだ」とユーリが顔を逸しながら答える。
「嘘。私の知ってるユーリ・ナルカミはそんな顔しないわ」
「お前に――」
――何が分かる、とは紡げなかった。思わず振り向いた視線の先には、微笑むリリアがいたのだ。
「分かるわ。短い間だけど、ずっと見てきたもの」
微笑んだリリアが再びユーリの頬を挟み込む。
「私の知ってるユーリは、いつも自信満々で、『俺に出来ないことはない』って笑って、それをやり遂げて、『ほらみたことか』ってまた笑うの……」
そのままユーリの顔を引き寄せる……ユーリの瞳の中に映る自分の姿が見えるくらいまで。
「私の知ってるユーリは、欲しいものが二つあったら、どっちにも手を伸ばすわ……」
真っ直ぐに瞳を見つめるリリアが更に続ける。
「……そうして笑うの『見ろリリア。俺に不可能はねぇ』って」
そう言って微笑むリリアに「お前……聞いてたのか」とユーリが呟いた。ユーリの呟きに「聞こえちゃった」と舌を出すリリアが、ユーリの頬を両手で挟んだままクロエに視線を向けた。
「クロエさん……私、この近くにある、地面の下に潜れる穴に行きたいんです」
エレナを助けに行きたい、ではない。単に近くに開いた大きな穴を見たい。つまりリリアの我が儘に付き合えと言っているのだ。この状況で機転を利かせたリリアの発言に、クロエは驚いたような表情をするが、それも一瞬――
「駄目だ。危険な場所へは連れていけない」
――とクロエは首を縦に振らない。
「分かりました。なら、ユーリと二人で行ってきます」
そう言い切るリリアに「なっ」とクロエが初めて動揺した声をもらした。
「クロエさんが私を連れて行かないなら、私はユーリと一緒に行ってきます」
「まてまて! 駄目だ。君を危険な目に合わせるのは駄目だ」
リリアへ近づくクロエだが、リリアがユーリに隠れるようにサッと距離を取った。
「それでも……そうだとしても、私が足枷になって、エレナさんを助けられないなんて嫌です」
真っ直ぐにクロエを見つめるリリアに、クロエは困ったように片手で顔を覆ってみせた。
「心配なのは分かる。だが、エレナは強い。あの女がそうそうの事でやられるなんて考えられない」
そう言い切るクロエだが、そんな彼女を真っ直ぐ見据えたままのリリアが小さく首を振った。
「そう思うなら、なんで私の目を見て言ってくれないんですか?」
リリアのその言葉に「それは……」とクロエも口籠った。
「エレナさんは強いかもしれないです。でも、朝からずっと戦い続けてます……いくらエレナさん達でも、体力の限界は近いはずです」
そう言い切ったリリアが真っ直ぐにクロエを見据えたまま更に続ける。
「クロエさんも気づいてるんですよね? だから私を真っ直ぐ見れないんです」
リリアの言葉に、弾かれたようにクロエが顔を上げてリリアを睨みつけた。
「例えそうだとしても、荒野へ出た以上自己責任だ。体調管理も、体力の温存も、周囲の警戒も、全て自己責任だ」
声を荒げたクロエの言い分も尤もである。実際多くのハンターや軍人が、今も荒野で命を散らしている一番大きな原因が、自己管理を怠ったからだ。だが、今のリリアにその言葉は悪手だったようで……クロエの言葉にニコリと笑ったリリアがユーリの腕を掴んだ。
「なら、私も自己責任です。荒野に出た以上、ここに来ると決めた以上、荒野で何が起きても自己責任です」
そう言ってユーリの手を引き歩こうとするリリアに、「……分かった」とクロエが大きく溜息をついて頭を振った。
「私も同行しよう……その代わり、君に危険があると判断した場合は、首根っこを引っ掴んででも連れて帰るからな」
頭を抱えるクロエの言葉に、リリアは「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
「それと……我が儘言ってごめんなさい」
もう一度頭を下げるリリアに、「それを今言うと、行くのを取り消すぞ」とクロエが呆れた様な笑みを返した。慌てて「そ、それは困ります」とアタフタするリリアだが、クロエがそれを見て笑顔を見せた。
「騎士に二言はない。オーベル嬢の安全は我々が保証しよう」
胸を叩くクロエに「お任せ下さい!」とカノンも両拳を胸の前で握りしめた。そんな二人の様子に、リリアが「お願いします」と頭を下げる……その横でユーリは微かにリリアの肩が震えているのに気がついた。
怖いのだろう。無理からぬことだ。
ユーリはそれに全力で応えねば、と大きく深呼吸をして、未だに下げ続けるリリアの頭に手を載せた。
「心配すんな」
その一言に思わず顔を上げたリリア。その瞳には、いつものユーリが、護岸不遜な笑顔を浮かべるユーリが映っていた。
「俺がついてんだ。大船に乗ったつもりでいろ」
笑うユーリに、「迷惑かけてゴメン」とリリアが俯いた。その肩を軽くポンと叩いたユーリがリリアに「顔を上げろ」ともう一度笑いかけた。
「迷惑じゃねぇよ。俺が好きにやることだ」
その言葉に頷くリリアの頭にユーリが再び手を載せた。
「天下無敵のユーリ君には、お前の護衛付きくらいが丁度良いハンデだぜ」
笑顔のユーリに「なにそれ」とリリアが若干潤ませた眦を下げた。
「お前は知らねぇだろうがな……俺は相手が一〇万だろうが、一〇〇万だろうが、一撃で終わらせられるんだよ」
「まあ、その一撃の後は、一瞬でただのお荷物になりま――っすょい」
辛辣な事を突っ込むカノンのアホ毛が、いつものようにピンチに。
「何か言ったか?」
「いやー。ユーリサンガ イルト ココロヅヨイ ナーッテ」
ガクガクと震えるカノンに、「なんで棒読みなんだよ」とユーリのジト目が突き刺さる。いつものやり取りに思わずリリアが笑いだし、クロエが「緊張感を持て」と盛大な溜息をもらした。
三人の変わらぬ様子に、以前を思い出したのか、リリアの顔から完全に緊張が消える。
「あの時みたいに……よろしくお願いします」
再び頭を下げたリリアの肩をユーリが優しく叩き、「んじゃーサクッと行こうぜ」とリリアの背を押すようにユーリが歩きだし、その後にカノンとクロエも続く――
それを見送るリンファだが……
「つーか、あいつら場所知ってのかよ……」
……呟いて駆け足で四人を追いかけた。
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