第158話 主人公より主人公してる仲間がいてもいいと思う

 ユーリが荒野で大の字になっている頃――最前線へと突っ込んだエレナ達は、破壊光線の惨状を挟んでモンスターと対峙していた。


 地面が溶け、ガラス状になった地獄のようなラインに、ユーリの破壊光線の凄まじさを全員が痛感している。未だ赤く溶ける地面は、そこを渡るモンスターを容赦なく焼き、擬似的な防衛ラインとして機能しているのだ。


 ユーリが設置した制限時間付きの防衛ライン……だが、それでも全員の表情は晴れない。なぜなら、赤く溶ける地面に足を踏み込んだモンスター達は、その足を焼き、爛れさせながらも、尚も真っ直ぐ進んでくるのだ。


 途中で倒れるモンスター、その燃え上がる死骸をも踏みつけ、モンスターの突進は止まらない――仲間の死体を乗り越えて、尚もただ真っ直ぐ進むモンスターに全員が背筋に走る物を感じている。


 ……何かに取り憑かれている。


 そう思えるほどの執念に、一瞬だけ出足が鈍りそうになる。その足を前に進ませたのは……まさかのリザだった。


『アデルさん! 大竜巻サイクロンをブチかましましょう!』


 荒野の白鳥シグナスの耳に届いたいつも通りの声は、いつもとは違う状況に混乱しかけた彼らの思考を一気に引き戻した。


 ……やれる事をやるしかない。


 思考がそこに落ち着いてからは早かった。一気に魔力を練り上げたアデルが、特大の竜巻を作り上げる――それをデッドラインを越えて迫るモンスターの群れにブチかました。


 巨大な竜巻が、モンスター達を舞い上げ吹き飛ばして行く――それに数拍遅れて他のチームからも特大魔法が降り注いだ。


 上手く着弾点を変えて繰り出された魔法が、デッドラインを越えてきたモンスターを間引いて減らす。眼の前に見えるのは、もう既に群れというには少なすぎる疎らなモンスターだ。


「一気に片付けるぞ!」


 そう言いながら加速したエレナが、ゲートへ剣を戻して一本のを取り出した。ヒョウに教えを乞うようになって、エレナ自らが選択した新たな武器。まだ扱いには慣れが必要だが、これだけの状況下であれば、実戦として使っても問題はない。


 そう判断しポニーテールを翻したエレナが、左手を鞘に、右手を柄に――踏み込みと同時に刀を抜き打った。


 その一太刀が、眼前に迫っていた巨大な百足を上下に両断。


 撒き散らされる体液。

 迫るそれにエレナは踏み込んだ右足でバックステップ。

 着地は左足一本。

 フワリと綿のように着地したかと思えば、その足で急加速。


 再び前進するエレナ。

 その目の前でエレナの二倍はあろうかと言う熊が立ち上がり、両腕を振り下ろした。


 エレナに迫る凶爪。

 それが辿り着くより前に、エレナの刀が左右に閃く。


 吹き飛んだ熊の両腕を尻目に、大上段からエレナが刀を振り下ろす。

 頭から股までキレイに両断される熊――


 熊の身体が左右に分かたれ倒れた事で、エレナの視界が再び開けた。


 眼前に迫るのは新たな影。

 前方に見えたのは、跳ぶように駆ける三匹の猿。

 先頭を走る一匹が、エレナに向けて大きく飛び上がった。


 エレナの切っ先が、振り下ろされていた下から上へ一つの軌跡を描く。

 股ぐらから頭にかけて両断された猿が、勢いのままエレナの脇を通り過ぎた。


 それを追いかけるように、遅れていた二匹がその横を跳びながら通り過ぎ――

 

「私の横を抜けられると?」


 不敵に笑ったエレナが身体を捻りながら跳躍。


 宙で横回転するエレナ。

 左手一本に持ち替えた刃が左の一匹の延髄を

 左踵が右の一匹の鼻っ面を

 それぞれを順番に斬り裂き、砕いて吹き飛ばした。


 回転の勢いを殺すために、低い姿勢で着地と同時に右手で地面を抑え込む。


 その周囲を遅れるようにポニーテルがくるりと舞って煌めき、二匹の死体がそれぞれ逆方向に転がった。


 一瞬開いたモンスターの切れ間に、エレナは前でなく右へ方向転換。


 加速しつつ横を抜けようとする植物型モンスターを刈り取る。


「……クソ、思ったより範囲が広いな」


 どうやら来ているのは雑魚ばかりだ。雑魚ばかりだが、エレナの言う通り。疎らにはなったが、モンスターが進んでくる範囲の広さは変わっていない。

 本来ならば、この程度の広さであれば、この人数であっても問題はなかった。なぜならモンスターは一番近くにいる人間に襲いかかるからだ。


 一番近くの人間に襲いかかるなら、エレナ達が前に出たことで、必然的にエレナ達を襲うために集中する……はずなのだが、今モンスターたちはエレナを無視して、何かに引き寄せられるように一直線に進んでいるのだ。


 こうなってしまえば、この範囲の広さはマズい。今はまだ大丈夫だが、このままだと間違いなく後ろに抜けるモンスターが現れる。


 今もエレナの視線の先では、横を抜けようとするモンスターを、ラルドの戦鎚が吹き飛ばしている。飛ばす方を調整して上手く一振りで数匹を纏めて吹き飛ばすラルドだが、如何せん疎らなモンスターのせいで戦鎚を振るより移動の方が多いのだ。


 信頼するラルドですらこの現状だ。バックアップで来てくれているチームがどれだけ持ちこたえられるか……


「リザ、他の方角はどうなってる? 出来たら応援が――」

『よぉ〜お姫様プリンセス。俺を呼んだかい〜』


 耳に飛び込んできた軽薄な声に、「ダンテ?」とエレナが眉を寄せた瞬間、少し離れた場所でモンスター数匹を、何発かの魔弾が撃ち抜いた。


 そこには、南を守っていたはずのダンテが、愛用する二丁の魔拳銃を手にエレナに手を上げている姿があった。経験、そして遠距離をたやすく攻撃できるダンテの武器は、この局面において非常に有り難い助っ人である。


「ダンテ! 南は問題ないのか?」


 エレナが眼の前のモンスターを斬り伏せながら口を開けば


『向こうはロランとディーノがいるからな〜』


 とイヤホン越しのダンテが、数匹のモンスターに風穴を開けた。


 どうやら南寄りの防衛ラインは問題なさそうだ、とエレナが「ここは任せるぞ」とダンテやラルドに声をかけて北側へ反転――


『こちらも問題ないのであーる!』

『微力ながら、お手伝いします!』


 ――エレナの耳に飛び込んできたのは、ゲオルグとルカの声だ。その声が示すように、エレナの視界の先で巨大な火柱が上がる――ルカの繰り出した一撃だろう。


 竜のブレスを思わせるルカの一撃、そして拳の一振りで数匹を纏めて屠れるゲオルグの能力。どちらもこの場面では有り難い。だが――


「二人も抜けたらエミーは――?」


 エレナが心配する通り、焦土の鳳凰フェニックスはリンファも狙撃手として抜けている。そこから二人も東へ来たら、残るのはエミリアだけになってしまう。


『大丈夫です! ノエルが来てくれましたから』


 届いたルカの声に、エレナは成程と理解した。西側からノエルを北に回し、その玉突きでゲオルグとルカがこちらへ応援に駆けつけたのだ。咄嗟の判断を、即座に実行に移したのは恐らくクレアだろう。


 いつも「大したことはありません」と微笑む彼女だが、やはりこういった場面での判断の早さは流石だと感心してしまう。


 一気に戦力が厚くなった東側の防衛ライン……このまま一気に殲滅――という所で、全員の耳に『くっそ、待ちやがれ!』と誰かの声が響いた。

 恐らくエレナ達以外のバックアップチームの誰かだろう。脇をモンスターが抜けたのだろうか、顔を上げたエレナの視線の先で、丁度ハンターが一人、モンスターを追いかけるように反転している姿が見えた。


 モンスターを追いかけようと反転するハンター。

 その真後ろに別のモンスター。


 ……まずい


「待て――」


 エレナが叫んだ瞬間、ハンターとその真後ろに迫るモンスターの間にが吹いた。風が吹き抜けた瞬間、ハンターの真後ろに迫っていたモンスターが細切れに――


 「フェン――」


 味方の窮地を救った仲間の活躍に、思わずエレナが声をもらした。エレナよりも現場に近かったとは言え、事ここにおいて自分がやるべき事を一番理解しているのかもしれない。

 

 ハンターの背後を守ったフェンは、加速の勢いを殺すように地面を滑り、『振り返んな!』と声を荒げた。


『数匹抜けたくらい問題ねー! 後詰めもいる。狙撃手もいる。何より……』


 反転して駆けながら数体を細切れにしたフェンが、『癪だが。数匹くらい問題ねー!』檄を飛ばして前を向いた。


 防衛ライン瓦解の危機を救った仲間の成長に、エレナは「私も頑張らねば」と笑みをこぼして飛び上がったモンスターを斬り伏せた。


 疎らにはなったが、モンスターの襲撃にまだ終わりは見えない――


 それでもエレナには勝ち筋が見えている。北も南も正面も……そしてフェンの言う通り後ろも。どこをとっても心配などない。どこも任せて大丈夫だ。その思いがエレナの刃に力をくれる……閃いた刃がまたモンスターを斬り伏せた。


「さあ来い。貴様らの好きにはさせんぞ!」

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