第157話 開始の合図は派手に限る
駐屯地の中で北寄りに位置する観覧車――そこから飛び降りたユーリの両足が地面を捉える。着地の勢いを膝で殺し、そこに集まった
風を切って音を置き去りに、リリアの歌声を振り払うようにユーリが駆ける。目指すは東門。天幕を飛び越え、駐屯地を斜めに突切り、眼前に迫る壁に、ユーリの左足が地面を一際強く蹴った。
壁の上へと勢いよく飛び上がったユーリ。観覧車を飛び降りた事から続く一連のエネルギーを殺すように、身体を捻り、回転させクルクルと回ったユーリの視界にチラリと映ったのは――この位置からでは変わらぬ地平と、来るべき時に備え陣形を整えるエレナ達だ。
高速で錐揉み回転をしたユーリが着地したのは、丁度彼らの真後ろだった。軽く地面を陥没させたユーリの着地音か、それとも気配か。とにかくユーリに気づいたのだろうエレナが
「――ユーリか! いいところに――」
と、振り返らないまま声をかけてきた。
既に剣を構え、杖を出し、
未だこの位置からは土煙は見えないが、先程から頭上を通過する魔弾の光が、確実に戦いの時が近い事だけを教えてくれている。
「状況は把握してるな」
横目でユーリを一瞥したエレナが、再び正面に視線を戻した。
「招待されてねぇ行儀の悪いファンが押し寄せてるだけだろ」
緊迫した状況に似つかわしくない軽口に、その場の全員が一瞬ギョッとした表情でユーリを見る。全員が「だけって――」と言いたげな表情を浮かべ、誰ともなく顔を見合わせるが、その表情は固いままだ。
らしさを失くさないユーリの発言でも、この緊張感を和らげるには至らない……ただ一人を除いては……
「君は……相変わらず強いな」
苦笑いのエレナに、ユーリは鼻を鳴らして嘲笑めいたいつもの顔を浮かべた。
「バカか。慣れてるだけだ……こんなクソみてぇな状況に、な」
いつもの余裕を見せるユーリに「慣れてる?」とエレナが眉を寄せるが、ユーリはそれに答えず、まだ見えぬモンスターの影を真っ直ぐに睨みつけた。
一瞬辺りを包む沈黙に、遠くから聞こえる地響きのような音が不気味に全員を包み込む。
「作戦は?」
前方を睨んだままのユーリの言葉に、同じ様に前を見据えるエレナが小さく首を振った。
「ここまで来ると作戦など一つしかあるまい」
苦笑いを浮かべるエレナに、「そりゃそうか」とユーリが小さく溜息をついた。
ここまで大群で攻め込まれるとなると、立てられる作戦など一つしかない。こんな状況になれば、大規模な魔法をぶっ放して、後は出来るだけ眼の前のモンスターを倒していく他ないのだ。
「一先ずアデルを始めとした魔法隊の範囲攻撃で、いくらか減らすつもりだ」
呟いたエレナがチラリと上空に浮かぶサテライトを見た。そのたった一つの作戦を、どのタイミングで放てばいいかを上で必死に計算しているのだろう。
モンスターの種類
魔法の種類
打ち込む場所
状況によっては、倒壊しそうな建物に小規模魔法を打ち込んだほうが効率がいい場合もある。人数が限られているのだ貴重な魔力は、最大限に活用せねばならない。考えなしにバカスカ魔法を放てば勝てる程モンスターとの戦いは甘くない。
その程度で勝てるならば、人類はとっくに生存圏など回復しているだろう。
だからこそ、効果的な一撃は必要なのだが……
「で? その作戦は機能しそうなのか?」
ユーリの言葉に答えられないエレナが、雄弁にそれを語っている。「マジかよ」と呟きながら、ユーリはチラリと横に並んだハンター達を見やる……が、全員が顔を強張らせて武器を強く握りしめている状況に小さく舌打ちをこぼした。
仕方がないと言えば仕方がない。
少しずつ生存圏を回復している人類だけに、大規模なモンスターとの衝突は、恐らく二十年前のイスタンブール奪還以来だろう。
その時は恐らくこの規模の比ではないだろうが、人間側も軍人、ハンター、さらにモグリに至るまで……集めた能力者の数は勿論のこと、大型兵器まで導入した作戦だ。
こんな二十にも満たない数で、土煙を上げるほどの大群に向かう経験がある方が稀有だろう。
一応エレナ達は、前回クーロン地区の内乱の折に、壁の外でモンスターの大群と相対している。だが今は状況が違いすぎる。
守るべき範囲。
一緒に出陣している仲間。
特にこの状況で、連携の取れる取れないは非常に大きい。あの時はサイラスお抱えの軍団全てで事に当たったが、今この東を防衛するのはエレナ達
局地的な戦力差で言えば、恐らく今のこの状況の方が大きいだろう。そう考えれば迫るモンスターが上げる地響きを前に、誰も逃げ出さないだけ立派かもしれない。近づく死の恐怖を前に、それでも全員が顔を強張らせ、今か今かと指示を待つ……
「多分そろそろ見えるぞ……」
ユーリの言葉を裏付けるように、中央に見えていた一際大きな廃墟が音を立てて崩れていく……
「……真っ直ぐ向かってきているのか」
「怒りすぎてアホになってんだろ。ハブられたのが相当堪えてんな」
ユーリの笑顔まじりの例えに、再び全員がギョッとした顔でユーリを覗き込む。そんな視線を無視するユーリが、「いいじゃねぇか」と遠くに見えてきた土煙を前に鼻を鳴らした。
「瓦礫の撤去の報酬に、ドデカイのを一発くれてやろうぜ」
全員の視線を集めたユーリが「最初は貰うぞ」と口角を上げて、小さく上がる土煙の端から端まで視線を走らせる。
「何か案があるのか?」
「あるも何も、得意分野だ」
笑ったユーリが「お前らそっから動くなよ」と一歩前に出た。
「カノン、エレナん所のムッツリオペレーターに言っとけ……開始の花火は俺が上げるってな」
ニヤリと笑うユーリが、その左手につけた特製グローブを外した――ゲンゾウ謹製のリッチの衣で作られた魔力を拡散させるアレだ。結局まだ上手く魔力を扱えないが、今はどのみち全力で叩き込むしかないので、魔力の扱いなどどうでもいい。
「アデル……とか言ったな」
アデルを見ないまま声をかけるユーリに「アタシ?」とアデルが思わず自身を指差してユーリを見た。
「少しの間でいい、音を遮断出来るか?」
「十秒くらいなら……多分」
困惑気味のアデルに「上等」と笑ったユーリが左手を前に突き出す――右手で左手首を掴み、腰を落としてユーリが大きく深呼吸……途端に周囲を耳鳴りのような音が包み込む。
「おいクロエ。もし何か聞こえても、ライブは止めるなよ」
『そのつもりだが……大丈夫なのか?』
イヤホンの向こうで、クロエは怪訝な表情をしているのだろうか。事が終わった後、クロエは「お前一体何をした」と詰め寄って気そうだな、と思いながらユーリが口角を上げる。
「なに……ちっと地図を書き換える必要が出るくらいだ」
『地図? お前何を――』
クロエの言葉を無視するユーリが、突き出した左手を僅かに右へ向けた……狙う先は真正面ではなく、土煙の右端。
少しずつユーリの掌に集まってくる魔力……禍々しいその魔力に、全員の視線がユーリの背中に一気に集まる。
「カノン!
顔を顰めるユーリの耳に『良いんですか?』とカノンの怪訝そうな声が響いた。
「良いんだよ。歌に聞き惚れちまってたら、仕事になんねぇだろ」
笑顔を見せるユーリが、「適当なBGMくらいが丁度良いんだよ」と続ける。
『適当とは心外です! 私の厳選した――』
「
この状況で終わった後の話をするユーリもユーリだが……
『リリアさんの所で打ち上げですね!』
……それをすんなり受け入れるカノンも大概だろう。
カノンの喜びが爆発するや否や、ユーリの全身を軽妙な音楽が包みこんだ。その音に集中する様にユーリが一度目を閉じ、もう一度左手へと魔力を込め始めた。
キーンという耳鳴りのような音が大きく――それに比例するようにユーリの手の中で、魔力の奔流を押し固めた球体も大きくなっていく。
「合図したら後ろ側に音が行かねぇようにだけ頼む」
ユーリの言葉に何が何だか分からないまま「わ、分かった」とアデルが頷いた。
突き出したユーリの左手――そこに集まる魔力の奔流。紫黒色のそれがユーリの左手の前で少しずつ圧縮されていく。
「ユ、ユーリこれは……」
「黙ってろ。今回だけは俺達流でやらせてもらうぞ……」
「君達流?」
総眉を寄せるエレナに「気にすんな」と笑うユーリが更に続ける。
「俺達の戦いは、俺のこの一発から始まるのが恒例なんだよ」
獰猛な笑みのユーリの顔は誰にも見えていない。ただ全員がユーリの発する異様な魔力に、青空すら紫雲に染まったように錯覚できる程の凶悪な魔力の奔流に、ただただ口を噤んで事態を見守るだけだ。
全員が固唾を飲んで見守る中……ついにユーリが「アデル!」と叫んだ。
「オッケー! 『
アデルが真後ろに展開したのは、指定した部分の空気を取り払い、真空状態にする魔法だ。本来ならばそこに閉じ込めた生物を窒息させる、または急激に戻る空気圧で押しつぶす攻撃魔法だが、今はその真空状態を利用して音を伝えないようにしている。
アデルの魔法が発動したのとほぼ同時、ユーリが「派手に行くぜ」と口角を上げて、左手に集めた魔力を解き放った。
地面を抉り、草花を、瓦礫を蒸発させ、一直線に進む黒い破壊光線が一瞬で土煙へと辿り着いた。ユーリがそのまま左手を横に薙ぐ――と同時に、土煙付近で巨大な火柱と爆発が一気に舞い上がった。
地を蒸発させ、天を焦がす爆炎。
それらが連続して、まるでウェーブのようにユーリの破壊光線に沿うって右端から左端へと上がっていく。かなり距離があるはずなのに、それは夏の太陽よりも赤く、熱く、強く、その場の全員を照らし出していた。
「マジかよ……」
流石のフェンも開いた口が塞がらない。土煙の右から左へ一気に爆炎を上げたユーリだが、それでも破壊光線は止まらない。返すように今度は右端へ向けてユーリが左腕を振り抜けば、逆側から爆炎のウェーブが起こった。
「すご……」
ポツリと漏れたのは誰の声だろうか。その声が表すように、その場にいた誰も彼もが、エレナでさえがその圧倒的火力にポカンと呆ける中、「ボサッとすんな! 崩れてる間に叩き潰せ!」破壊光線を放ち終えたユーリがへたり込みながら声を荒げた。
「こ、これで終わったんじゃ?」
「残念ながらまだ来てるぞ! ……だいぶ減ったが」
振り返ったラルドに、ユーリは自身の
「エレナ。五分……いや、三分くれ。その間に回復して戻るからよ」
そう言いながら
「君が来るまでに、全部殲滅してみせるさ」
笑顔を見せたエレナが、「後詰めで一チームだけ残そう」と他のハンターに目配せをすれば、全員が顔を見合わせて頷きあった。アイコンタクトだけで決まったようだが、ユーリには誰が残るかは分からない。……それでも「
前へ出るエレナ達に続くように、他のチームもまた土煙へと駆け出す――
アデルが設置した真空の壁が消えたのだろう。BGMの向こうから微かに聞こえてくるリリアの歌声に、
「聞くんなら、『ディーヴァ』で聞くに限るな」
と苦笑いを浮かべながらユーリは大きく深呼吸をした。
『ユーリさん、相変わらず一発打ったら役立たずのお荷物ですねッ!』
『おい! 仮にも私の所属する部隊のリーダーが、役立たずとはどういう事だ?』
鼓膜を叩く姦しい声援に「うっせ、黙って見てろ」と苦笑いを浮かべたユーリが太陽を見上げる。
耳に届くのは、良く分からないBGM、遠くから聞こえる戦闘音、仲間の声援(?)、そして微かな歌声……
「ケッ……眩しく見えるはずだな」
鼻を鳴らしたユーリの視界には、相変わらず高い位置からユーリ達をギラギラと照らす太陽が輝いていた。
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