第154話 知らないからこそ言える事がある
陣中見舞いへと向かう一行が辿り着いたのは、モンスター避けの簡易的な壁だ。簡易的とは言え、駐車場跡に設置していたあの陣幕とは違うそれは、かなりの広範囲を覆うように展開している。そしてそんな黒い壁を超えた先に広がっていたのは――巨大な建造物である。
それはユーリが旧ショッピングモールを叩き潰して後、協会と【軍】から選ばれた土木関係に特化した能力者達によって再建された巨大な建物だ。ショッピングモールの瓦礫やイスタンブールから持ち込んだ素材で作り上げられたのは、立派な新ショッピングモールと言っても差し支えない。
もちろん以前の物と比べると小さくなったそれだが、三階建てで横に大きな建物というのは、リリアからしたら初めて見るタイプの建物である。
そんな新ショッピングモールへと辿り着いたのは、まだ午前中の早い時間帯であった。早朝に出発したので当たり前の時間帯であるが、そもそもあんなに朝早く出発したのには理由がある。
オペレーション・ディーヴァにおけるリリアの舞台は、第二駐屯地、その後帰途にあるこの第一駐屯地の順で実施して街へと戻る弾丸ツアーなのだ。
つまり今回立ち寄ったのは休憩のためであり、オペレーション・ディーヴァで言えば、まだまだ序盤もいいところだ。それでも一息つける場所に辿り着いた皆の顔は明るい。
一階部分へと乗り入れたトラックから、いの一番に飛び降りたユーリが、「ほらよ」とリリアに手を差し伸べる。その手に掴まり地面へと降り立ったリリアも満面の笑みだ。
凡そ二時間ぶりの地面に、リリアは大きく伸びをして「うーん。車の移動も大変なのね」とその笑みに少しだけ困った表情を滲ませた。
「荷台は揺れるからな」
と苦笑いのユーリの前で、全身をいっぱいに伸ばしていたリリアが、満足したのか一気に脱力する。
「それにしても、中は小さな街みたいね」
「まだ一般人はいねぇがな」
と肩を竦めたユーリの言う通り、歩いているのは軍人やハンターくらいしかいない。
彼らの言う通り、ここは屋内型の市場と言った雑多な雰囲気だ。とは言えまだ一般人が居るわけではない。今後この場所が簡易的な街のようになるのはもっと東征が進み、奥地へと行くのにイスタンブールが遠くなる頃だろう。
今あるのは、ハンター用の仮眠室や食堂、そして【軍】の施設ぐらいである。
本来であれば、ここでは少し遅めの朝食と休憩を予定していたのだが……
「間が悪いな。丁度周辺にモンスターの群れが現れたみたいだ」
……クロエが見つめる先、通路上の至るところで真っ赤なパトライトがクルクルと無音で回転し始めた。どうやらあれがモンスターの接近を示す合図らしい。必要以上に音を立てないのは、モンスターを引き寄せないよう配慮されているからか……。
兎に角赤色が照らし出す通路上で、ユーリ達が誰ともなく顔を見合わせた「どうする?」と言いたげな各自の視線。今回はリリアの護衛という名目でここへ来ている。無用な戦闘は避けて、体力や魔力を温存する事を優先すべきだろう。
とは言え、ハンターとして仲間たちが戦っている状況で、ノンビリ朝飯を食うのは……と思う部分もある。
どうしたものか……そんな全員の思考を
「俺は朝飯前の運動がてら行ってくるわ」
ユーリがぶった切った。
「俺は別に戦う時に魔力は使わねぇからよ」
そう言ってヒラヒラ手を振るユーリが振り返らないまま「クロエ、カノン、リリアの事を頼むぞ」とチームのメンバーに声をかけた。二人に残れ、と言うユーリの優しさだ。自分が代表して行くからチームはお役御免だ、と言いたげな発言に、
……誰か一人出せばいいか。そう言いたげな視線に
「なら、うちからは俺が出るか」
小さな溜息混じりに頭を掻くのは、チーム一の巨漢、白髪坊主のルッツである。
「屋上からの狙撃なら、使うのは魔力だけで
もちろん狙撃に体力を使わないという事はない。ないが、モンスターと正面から切った張ったするよりはマシだろう。そう言いたげなルッツが、「ヴァンタール少佐、屋上へ行っても大丈夫か?」と笑いかけた。
「ああ。恐らく【軍】の連中も何人かいるだろう。私の名前を出してくれれば問題ない」
頷くクロエに「助かる」とだけ言って、ルッツも皆に背を向けて駆け出した。
「私達はどうすれば……?」
困惑した表情のリリアに、「そうだな……」とクロエが暫し考えて口を開く。
「二人が帰ってくるまで、食堂の席でも確保して待っておこうか」
クロエが見せる余裕の笑顔に、「いいんでない〜」とダンテがリリアの肩を叩き、笑顔を見せた。
「普通にここにいる連中だけでも十分だろうしな」
「そういう事だ」
ロランの言葉に頷いたクロエが、「では行こうか」と歩きだした背中に――
「まあ、ユーリさんが暴れすぎて他の方に被害がないか……は心配した方が良さそうですけど」
――不穏な発言をぶっ込んだカノン。その言葉に全員が顔を見合わせ……
「カノン、行くぞ」
ロランがカノンの両肩をガッチリと掴んだ。
「ほえ?」
と間抜けな声を漏らすカノンを他所に、「少佐〜。嬢ちゃんは頼んだぜ〜」と叫んだダンテは、既に駆け出しているディーノ共々、見えなくなったユーリの背中を追いかけていった。
「俺達も急ぐぞ!」
「ぎぃぃぃええええ、人攫いぃぃぃー!」
「こら! 誤解を招くような事言うな!」
ロランに襟首を掴まれて、引きずられるカノンの悲鳴が遠ざかっていく……
「大丈夫……でしょうか?」
「さあな」
既に見えなくなった背中に、クロエは「大丈夫だ」と答えられない事実に苦笑いを浮かべるしか出来ずにいた。
☆☆☆
ユーリやカノン、そして
「へー! クロエさん、末っ子なんですね!」
……会話に花を咲かせていた。
「まあな……上が兄ばかりのせいで、可愛げがなく育ってしまったが」
自嘲気味に笑うクロエに、「そんな事ないですよ」とリリアが首を強く振った。
「クロエさんは強くて素敵な女性だと思います」
リリアの笑顔に「そうだといいが」とクロエが微笑んで見せた。
「そうですよ!」
力強く頷くリリアに、クロエは参ったとばかりに肩を竦めてみせた。
「そう言えば騎士学校……でしたっけ? そこではモテたんじゃないですか?」
リリアの言葉に「そうだな……」と考え込んだクロエが
「声をかけてきた連中を片っ端から叩きのめしていたら、そのうち声をかけてくるのは、腕試しの連中ばかりになっていたな」
と再び自嘲気味に笑った。実際始めの頃は下心丸出しの連中を叩きのめしていただけなのに、気がつけば自分は学校ではある意味有名人になっていた……それは自分だけでなく――
「それ、私の友達も同じ事言ってました……」
そう驚いたリリアの顔に、思わず「友達?」とクロエの口から言葉が漏れた。
「はい。友達……です」
頬を染めるリリアが嬉しそうにはにかんで続ける。
「エレナさん、って言うクロエさんみたいに格好いい女の人なんですけど」
そう微笑んだリリアが「そう言えば」と何かに気がついたように手を打った。
「エレナさんも騎士学校に通っていたって言ってましたし、クロエさんと同い年なんで、もしかしてお二人は知り合いだったりします?」
屈託のない澄んだ瞳を前に、クロエは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「いや……別の学校じゃないか?」
そう誤魔化したクロエに「そうなんですね」とリリアが残念そうに肩を落とした。分かりやすく落胆したリリアに「なぜ、残念そうなのだ?」とクロエが眉を寄せる。
「昔エレナさんが言ってたんです、『何物にも代え難い唯一無二の親友がいる』って。その人の特徴が、クロエさんみたいに真っ直ぐで格好いい人だったので」
と慌てて手を振ったリリアが、「そうだったら素敵だなって思っただけです」とクロエに笑顔を見せた。
……代え難い唯一無二の親友?
私もそうだと思っていたさ、とクロエが机の下で拳を震わせる。
「あ、でもエレナさん言ってました……『でも、そう思ってるのは自分だけかも』って」
悲しそうな顔を見せるリリアに「なぜ?」とクロエは反射的に聞いてしまった。
「私も良く分かりません……でもあれは確か――」
そう言ってリリアが話し始めたのは、リリアとエレナが初めて出会った時の事だった。
三年前、リリアの店にフラリとエレナが現れた事。
憔悴しきった様子で、見るからに何日も食べていない彼女に料理を振る舞った事。
ボソボソとご飯を食べる彼女に、歌を聞かせたところボロボロ泣き出した事。
心配するリリア達に、ポツポツと身の上を話し始めた事。
約束を交わした親友を失望させてしまった事。
その親友がどれだけ素敵だったかと言う事。
彼女に会って謝りたいけど、それは叶わない事。
……だからせめて、交わした約束だけは違えないように、とこの街へと来た事。
「エレナさんは親友と『世界から荒野を無くそう』って約束したって言ってました」
そう言いながらリリアは窓の向こう、どこまでも続く荒野へと視線を向けた。
「そうか――」
確かに約束したな。とは口に出さずにクロエも荒野へと視線を向ける。
「『彼女には二度と許してもらえないと思ってる……だけど、約束だけは守りたい』って。それが『自分が今でも彼女を親友だと思っている事の証明なんだ』、って」
頬杖をついて遠くを見るリリアを、クロエは横目で盗み見て「そうか……」とまた短く答えた。
暫しそうして荒野を眺めていたクロエが、ふと視線に気が付きリリアを向き直ると、微笑む彼女と瞳がかち合った。
「だから――」
「だから?」
「ちゃんと話し合って下さいね」
リリアの見せた笑顔に一瞬だけたじろいだクロエが「知っていたのか」と眉を寄せた。
「いえ。何となく……勘…と言うか願望です。二人が親友だったらいいのにな、っていう」
はにかむリリアにクロエは溜息をついた。悪気がないのは分かっているが、それでもこれはクロエとエレナの間に横たわる問題だ。確かにリリアの言いたい事も分かる。ちゃんと話してみろ、と言われた事が無いわけではない。
だがその度に思ってきた事が、言ってきた事がある。
「有り難い申し出だが、オーベル嬢は私達の事を――」
「――知りませんよ」
全てを見透かすような視線に、クロエが一瞬「え?」と声をもらした。
「知らないから、好き勝手言ってるんです」
そう笑うリリアに、クロエは言葉を返せないでいる。
「私はクロエさんの事も、エレナさんの事も、二人の間にあった事も詳しく知りません」
そう言いながらもクロエを真っ直ぐ見つめるリリア。
「でも、知らないからって踏み込んだら駄目ですか? 大好きな二人が仲直りして欲しいと思うのは傲慢ですか?」
真っ直ぐなリリアの視線に「そうではないが……」とクロエが口籠る。実際にリリアにしろ、今まで声をかけてくれた人間にしろ、誰もが良かれと思って声をかけてきているだけだ。
「もしこの発言で、私がクロエさんに嫌われたとしても、エレナさんとの関係を見つめ直すキッカケになれば全然良いです」
眼の前で真剣な表情を見せるリリアから、「そんな事で嫌いにはならん」とクロエが顔を逸した。
「じゃあ……」
「だが、それとこれとは別問題だ。私がエレナと仲直りするかどうかは」
今度はクロエが真っ直ぐにリリアを見つめ返す番だ。力のこもった視線を受けるリリアだが、それを前にニコリと微笑んでみせた。
「それはお二人が決める事ですから……私はちゃんと話して欲しいって思うだけです」
まさかこの視線に微笑みを返されるとは思ってもみなかったクロエは、「君は強いな」と苦笑いを返した。
「我が儘なだけですよ。ユーリに言われたんです。『遠慮なんてクソ喰らえだ』って」
そう笑うリリアの顔は、今のクロエには眩しくて直視出来ない。それでも……それでも少しだけエレナがあれから何を考えここに辿り着いたか、くらいは聞いても良いかもしれない。
そう思ったクロエも「クソ喰らえか……」と微笑んで再び広がる荒野へと視線を向けた。
――荒野を世界から無くしたいと言ったら笑われたんだ。
――気にするな。そんな奴らなんかな……
「クソ喰らえだ……な」
もう一度クロエが呟いた頃、遠くからガヤガヤと声が近づいてきた。どうやらモンスターを撃退し終えたのだろう。ユーリやカノン達が戻ってきたようだ。
「くっそ。雑魚ばっかじゃねぇかよ」
「ユーリさんが一番モンスターしてましたからね」
遠くだと言うのに喧しい。だが今はそれが良い。エレナと向き合うにはもう少しだけ時間が欲しい。だから今はこの喧しさが有り難いとクロエが苦笑いを浮かべながら
「お前らは一時でも静かに出来ないのか」
と今の仲間を迎え入れることにした。
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