第151話 遠足はバスに乗って動き出すまでがピーク

 グレーチング金網から差し込む光りに照らされるのは、昨日とは打って変わって静かな東門だ。


 止まっているのは一台のトラックと、数人の男女――リリアとそれを護衛するユーリ達、そしてトラックの運転からユーリ部隊の補佐までを担う砂漠の鷲アクィラの面々である。


 お互いのチームメンバー同士が、リリアを囲んで和やかに会話を楽しむ中……両チームのリーダーはと言うと……トラックの影に隠れるように


 ユーリとダンテ。それにイヤホン越しのブルーノを加えた三人は、リリアの視線に入らないようにコソコソと意見を交換中である。普段はおちゃらけたダンテも、そして人を食ったような態度が目立つユーリも、今だけはお互い真剣な表情で最後の詰めを確認している。


 モンスターに襲撃された際の迎撃態勢を始め、車両トラブル時の対応、運転手に異常のある時、サブルートの確認、負傷者が出た場合の対応……等など。あらゆるシーンを想定して打ち合わせと予行をしてきた両チームにとっては、今更という内容であるが、三人はそれをにも出さず粛々と確認作業をしている。


 一見すると無駄にも思える確認だが、これを怠ると一気にチームが瓦解する。複数部隊で動く場合は、とにかく意識のすり合わせが何より重要だからだ。咄嗟の判断をどちらのが下すか……そんな初歩的な事ですら、確認不足で有事の際に混乱する部隊というのは後を絶たない。


 普段の二人からは想像がつかないほどの真剣なモード……それをリリアに見せないのは、彼女に不安を持たせたくない、という三人の意見が一致したからに他ならない。


 三人の確認作業が佳境に迫り、『こんなもんか?』というユーリの声に、ダンテとブルーノの二人がどちらともなく大きく息を吐き出した。それは安堵というよりも、「そうだな」と言う同意を示すようなそれだ。


『オーケーだ。なら手筈通り、は俺が担当するぞ』


 イヤホン越しに聞こえるブルーノの声に、「お手並み拝見、といくか」と今日始めてユーリが彼らしい顔でイヤホンをトントンと叩いた。


『へっ……テメーこそ足引っ張んなよ? 


 返ってきた嘲笑に、ユーリも笑みを返してダンテと、そしてから見ているだろうブルーノに背を向けた。


「言ってろ。『引退して良かった』って思わせてやるぜ」


 笑顔のユーリは鼓膜を叩く『生意気なガキだ』という声を無視してリリアへを囲む輪へと近づく。


「あ、ユーリ。もう確認はおしまい?」


 それに気がついたリリアが手を振ると、ユーリが「ああ」と答えた。


「さて、そろそろ出発するぞ」


 親指で後方のトラックを指すユーリに、まずは砂漠の鷲アクィラの面々が、割り振られた場所へと乗り込んでいく。今回の陣形は、前方を砂漠の鷲アクィラが、後方をユーリ達が警戒する形なのだ。


「うー、緊張してきた……」


 リリアが両拳を胸の前で震わせる姿に、「今から緊張してどうすんだよ」とユーリが呆れた溜息をもらして続ける。


「お前の出番はまだまだ先だ。暫くは気楽にドライブでも楽しんどけ」


 そう笑ったユーリがトラックの荷台へと飛び乗って「ほら」とリリアへ手を差し伸べた――それを少し頬を赤らめたリリアが掴み、ユーリが一気に引き上げる。


 勢いがつきすぎて、「っとと」とユーリがリリアを受け止める姿に、巨漢のルッツが「ヒュ~♪」と口笛を吹いて、ロランが「おいダンテ。こりゃお前が付け入る隙はねーぞ」と嘲笑めいた顔で運転席を覗き込んだ。


「おいおい〜そこまで言うなら、俺が伊達男の真髄を――」


 窓から顔を出そうとしたダンテの襟首を「……駄目だ」と無口なディーノが助手席から引っ張って再び運転席に戻した。


 賑やかな同行者達に、顔を見合わせたリリアとユーリ。


「楽しくなりそう」

「『うるさい』の間違いだろ」


 笑顔と苦笑い。そんな二人の視線の端で、「ユーリさん!」とカノンが右手を思い切り差し出した。


「……なんだ?」

「私も乙女の扱いを所望しますッ!」


 鼻息を「フンス」と勢いよく鳴らしたカノンの横で、「バーンズ。乙女はそんな事言わない」とクロエが額を抑えて頭を振った。


「ことわ……」


 る、と言おうとしたユーリだが、ここでゴネられても面倒だと、「チッ」と盛大な舌打ちに変えてカノンへ手を差し伸べた。


「舌打ちは減点対象ですが……」


 手を取られ、トラックへと乗り込むカノンが「まあ良しとしまし――ぇぇえええええ!」上から目線を一転、絶叫を木霊させる。


「手がぁぁ! 手が潰れるぅぅぅぅぅ!」

「しっかり握らねぇと危ねえからな」


 蟀谷に青筋を浮かべるユーリと、握られた手をブンブン振るカノン。


「手、手が……」


 荷台の上で右手を擦って唸るカノンに、「貴様らは何をやっているんだ」といつの間にか荷台へ乗り込んだクロエが盛大な溜息をつき、「おいブルーノ。」とロランがイヤホンを抑えながら笑顔を噛み殺している。


『唾でもつけとけ』


 全員のイヤホンに飛び込んでくる辛辣な発言に、「心外ですッ!」とカノンが顔を上げ、運転席のダンテが「おいおい〜楽しそうだな〜。俺も後ろがいいんだけど〜」と再び顔を出そうと――する襟首をディーノが引っ掴んで戻した。


「カオスだな」

『全員、燥ぐのは帰ってからにしろ。


 苦笑いのルッツの声を掻き消すように、再び全員のイヤホン越しにブルーノの声が鼓膜を叩く。出発を示唆する言葉に、自然と全員が前方を向き顔を引き締めた。


『準備はいいな?』


 ブルーノの声に各々が同意を示す言葉を返した。


『システムオールグリーン……バイタル・コンディション……通常値ノーマル・ステート――』


 鼓膜を叩くブルーノの声に、静かに動き出す魔石燃料のエンジンに、澄んだ夏の早朝の空気に、リリアの鼓動が少しずつ速くなっていく……。


『東門開門申請……クリア』


 ゆっくりと開く巨大な門から朝日が飛び込み、リリアの視界を一気に彩っていく。


「開門確認〜」

「……進行方向敵影なし」

「気配もなしだ」


 ダンテとディーノの確認に、ユーリのおまけがついた頃、再びブルーノの声が鼓膜を叩く。


『……野郎ども……って今回はレディもいるが……』


 リリアの視界には、遠くに見える廃墟の群れ。


『気合い入れていけよ!』


 その声が全員の意識を、仕事モードに切り替えたのはリリアにも分かった。


『オペレーション・ディーヴァ、スタートだ』


「アゲて行こうぜ〜」


 ダンテが踏むアクセルに従い、トラックは唸りを上げて急発進――慣性に従い引っ張られたリリアの身体を再びユーリが受け止めた。


「ありがと」


 ポツリと呟いたリリアと


「危ねぇから手摺り持っとけ」


 その頭をポンと叩いたユーリ。


「ダンテ! リリアちゃんが乗ってんだぞ!」


 運転席の後ろをロランがドカドカ蹴り


「風が気持ちい~です」


 カノンが両腕を広げて立ち上がり


「バーンズ。お前落っこちたら走って追いかけろよ」


 クロエが苦笑いでそれを眺めて、ルッツが靡くことのない白髪の坊主頭をかき上げてみせた。


 出発前と何ら変わらない賑やかで楽しげな光景……なのに、リリアはいつまでも出発前にGを感じた時のように、街へと引っ張られる感覚を覚えていた。


 長すぎる慣性は、まるでリリアの身体が街から出ることを拒むかのように……。これが深層心理、いやだと知るのは、もう後戻りが出来なくなってからだった。


 オペレーション・ディーヴァ。


 リリアとユーリ、二人の……いやがゆっくりとだが大きく動き始めた瞬間だった。




 ※自己紹介にも書いておりますが、「ハッピーエンドしか書けません」ので悪しからず。

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