第150話 夏休み明けに見違える奴がクラスに一人はいる

 オペレーション・ディーヴァを明日に控えた今日――朝一番の東門前は、いつも以上に賑わっていた。


 集まる人の数もだが、一番目を引くのはやはり、綺麗に並ぶ幾つものトラックだろう。毎日駐屯地へ向けて物資を運んでいる最近だが、基本はゲート一杯の物資を入れた軍人を乗せるだけだ。つまり一台から二台で事足りるのだが、今日は少なくとも十は並んでいる。それもそのはず――


「確認が終わったチームから乗り込んでくださーい」

「おーい、もう一度担当区域割りを見せてくれ」

「マジかよ。お前らのところオペレーター雇ったのか?」

「すげーいいぜ。値段以上の価値は保証するよ」


 ――リリアの陣中見舞いに合わせて、ルートのモンスター討伐を任せられたハンター達……彼らを運搬するトラックなのだ。ベテランからルーキーまで。様々なチームが今日、明日の二日に別れてルート周辺の担当区域でモンスターを間引く役割を担う。


 とは言えルート上は毎日トラックが往来し、多くのハンターや軍人が瓦礫の除去を初めているため、かなりの安全が確保できている。


 それでも万が一に備えてのモンスター駆除人員だ。


 サイラスが辞める前に計画された護衛任務であるが、滞りなく引き継がれ目立つ混乱もない。あとは最終確認後に近場のハンター達から順に送り出していくだけだ。

 ルートを確保しつつ、遠くの連中が素通りできるようにする……という作戦開始を待つ中、エレナは最終確認の為それぞれのトラックを見回っていた。


 今までのパンツスタイルから、スパッツとスカート姿に。そして長かった髪の毛はポニーテールに……エレナが歩く度、髪を彩る真っ赤なリボンがゆらゆらと揺れる……。今までの凛として誰も近づけないような雰囲気は一転。どこか柔らかく、そして伸び伸びとした雰囲気に、そこかしこから好意の視線がエレナに向けられている。


 揺れるスカートに。

 艶めかしいうなじに。


 男性ハンターだけでなく、女性ハンターもその目を奪われている。ガラリと変わった雰囲気に――


「リーダーは目立つな」

「カッコ可愛くなっちゃったもんね」


 トラックの荷台から、フェンとアデルが苦笑いで彼女を見守っている程である。


「で、でも僕は今のエレナさんの方が好きかな」


 同じようにエレナを見るラルドに、「だな」「だね」と笑う二人。


「まあファンクラブの連中が、イメチェンのキッカケを知ったら悲鳴を上げそうだがな」


 肩を竦めたフェンが、エレナから視線を外して荷台の柵に凭れるように横になった。


「確かに。私達でもビックリしたもん」


 その隣で膝を抱えるアデルがクスクスと笑う。


「で、でも……何だか


 未だにエレナへ視線を向け続けるラルドの言葉に、フェンとアデルが顔を見合わせ、「だな」「だね」ともう一度頷いた。


 三人にとっても、エレナの心境の変化や、それを話してくれた事は嬉しかったのだ。そして当の本人は、そんな歓迎を受けているとはつゆとも知らず……好奇の目をなるべく気にしないように、淡々と確認を済ましていた。


 そんなエレナの背後から人影が――


「……ユーリか。それと――」


 振り返らないまま名前を呼ぶエレナに「お」とユーリが感心した声をもらした時、ようやく振り返ったエレナが「」と優しげな笑みを浮かべた。


「おはようございます、エレナさん」


 微笑み返すリリアに「おはよう」とエレナがもう一度微笑めば、


「ちったぁが上手くなってるじゃねぇか」


 ユーリが挑発するような笑みを浮かべてみせた。


「まだまだ、だがな」


 首を振ったエレナだが、そこには確実に強くなっている事への自信が覗いている。どうやら以前「次やったら前と同じだと思うな」と言われたのは強がりではなかったようだ。


 カノンといい、何とも成長の早い奴だと感心してしまうが、恐らく今までコツコツと真面目に積み上げてきた事が花開き始めているのだろう。なんとも末恐ろしい娘だと思うが……今はそれ以上に――


「エレナさん、雰囲気変わりましたね!」

「だな。イメチェン……ってやつだな」


 雰囲気が変わったエレナにも驚いている。


「……変……だろうか?」


 晒され続けていた好奇の目に耐えられなかったのだろう。顔を赤らめて、サイドの髪の毛を指でクルクルするエレナ……初めて見るエレナの表情に、ユーリが「おぉう」と良く分からない声を漏らす反面、隣のリリアは胸の前で両拳を握りしめて「うーー」と良く分からない唸り声を上げた。


 かと思えば――


「かわいいです!」


 ――とエレナに飛びつく始末だ。美女二人が抱きつく光景に、方々から歓声ににた声が上がる。


「そ、そうか。ヒョウは良く似合っていると言ってくれていたが……内心不安でな」


 そう微笑んで胸を撫で下ろすエレナに、ユーリは「なんだヒョウにはもう見せてんのか?」と面白く無さそうな顔を浮かべた。ヒョウが知らなければ写真でも撮って送ってやろうと思っていたのだ。普段から誂ってくるお返しに……と思ったが知っているなら仕方がない。そう思っていたユーリは続くエレナの言葉に我が耳を疑った。


「知っているも何も、修行の時に邪魔だから結んだら『似合ってる』、とあいつが言ったのだぞ?」


 苦笑いを浮かべるエレナだが、ユーリは驚きすぎて笑えない。まさかエレナのイメチェンがヒョウ発信だとは……


 人懐っこいくせに人嫌い。ヒョウ・ミナモトという男は、本人でも「難儀な男やで」と評するくらいの変わり者である。それを説き伏せ、その教えを受けているなど、昔の仲間に話ても信じてもらえない。それどころか、そんな偏屈男が女性を褒めてイメチェンまでさせるとは。


 人間、変われば変わるものだ……そう、変われば変わるものだ、とユーリはもう一度イメチェンを果たしたエレナをマジマジと見た。


「……なんだ? 不躾な視線だな」


 腕を組み、頬を膨らませるエレナに、「いんや。なんでもねぇよ」とユーリは肩を竦めるが、隣のリリアは「前のエレナさんも好きでしたけど……今の方がもっといいです」と興奮気味にエレナに詰め寄っている。


「なんつーか……夏休み中に彼氏が出来て、変わっちまったクラスメイトを見てる気分だ」


 ポツリともらしたユーリの言葉に、エレナもリリアも「良くわからない」といった具合に首を傾げているが、ユーリはそんな二人に気にするなと手を振った。





 一頻り服装や髪型で盛り上がった女子二人の会話が落ち着き、エレナは思い出したように口を開いた。


「そう言えば二人はここに何しに?」


 エレナの疑問に、こちらも思い出したとばかりにリリアが頬を掻いた。


「私の為に働いてくださる皆さんに、お礼と激励を……と思いまして」


 申し訳無さそうにモジモジするリリアに、「君も巻き込まれた方だろうに」とエレナが呆れたような、それでいて感心したような表情を浮かべた。


「それでも、お礼くらいは……と思いまして」


 申し訳無さと、気恥ずかしさで小さくなるリリアが、「駄目、でしょうか?」と上目遣いでエレナを見つめた。


 そんなリリアを前に「ふー」と息を吐いたエレナが、トラックを振り返った。


「……諸君。だ、そうだが?」


 振り返ったエレナの言葉に、トラックの荷台で聞き耳を立てていたハンター達が一斉にリリアへと視線を向ける。


「気にすんなよ!」

「リリアちゃんいい子ー」

「そもそも【軍】の連中がいい出したことだしな」

「ユーリ・ナルカミには勿体ないですわ」

「働いた分は、【軍】の奴らに請求しとくからよ」

「ナルカミ! 何でアタシを睨んでんだよ!」

「最高の舞台を期待してるからな!」


 ハンター達からかけられる優しい声に――ところどころユーリへの口撃もあったが――兎に角そんな言葉たちに、「ありがとうございます」と頭を下げたリリアが、笑顔を見せて続ける。


「今日と明日、よろしくお願いします」


 もう一度頭を下げたリリアに、「任せとけ!」と頼もしい声が荷台のそこかしこから上がる。


「戦いに赴く皆様へ、せめてもの感謝を込めて――」


 胸に手を当てたリリアの歌声が、賑やかな東門前を席巻していく……。今までの賑やかさは何処へやら、皆が聞き惚れる歌声に「流石だな」とエレナは笑みをこぼした。


 自身がここへ辿り着いたあの日。何もかもを失ったと思っていたあの日。自分を勇気づけてくれた歌声が、今こうして仲間たちを勇気づけている事に感慨深さを感じながら、隣で腕を組んで歌に聞き入るユーリを小突いた。


「……護衛、頼むぞ」

「誰に言ってんだよ」


 嘲笑めいた顔のユーリはエレナがよく知る顔だ。自信に満ち溢れ、言ったことは必ず実行する……そんなユーリになら安心して自分を導いてくれた歌声を任せられる。そう思いこぼれた笑みを引き締めるように、エレナが両頬を叩いた。


「……よし! オペレーション・ディーヴァ、成功に向けて――」


 エレナの掛け声で、トラックのエンジンが静かに動き出す。


「――全隊、出陣!」


 リリアの歌声に合わせるように方々から


「っしゃー!」

「やってくるぜ!」

「リリアちゃんまったねー」


 歓声を上げて賑やかにトラックが門を出発していく。


「では私も行ってくる」


 笑顔のエレナがヒラリとトラックへと飛び乗れば、「せいぜい俺に楽させろよ」とユーリが手を挙げてそれを見送った。


「フフフ。善処しよう」


 手を振るエレナ達がユーリとリリアを残して門の向こうへ砂埃を巻き上げて消えていった。


「……始まるんだね」

「だな」


 閉まっていく東門を前に、リリアがゴクリと生唾を飲み込んだ。


「今からあんま根詰めんなよ。エレナ達はエレナ達に出来る事を。俺は俺の出来ることを――」

「私は私に出来ることを……でしょ?」


 気負いが見えないエレナの微笑みに「分かってんじゃねぇか」とユーリがニヤリと笑った。


「今日は休みだし、帰って二度寝しようぜ」

「だーめ。明日の準備とか色々あるし、ちゃんと手伝ってよ」


 早朝の大通り、人通りが増えてきたそれにユーリとリリアの姿が消えていく――


 オペレーション・ディーヴァまであと一日。

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