第149話 大事な事に限って忘れがち(パート2)

 サイラス・グレイがハンター協会を去って数日……サイラスに恩義のある職員たちが全員退職の意を表したため、今や協会は新たな職員の補充と引き継ぎでてんやわんやの毎日である。


 そんな慌ただしい協会だが、ハンター達の関心は別の部分にある。なんせサイラスが――正確にはサイラスが依頼したゲンゾウが、だが――コツコツ作り続けていたサテライトの多くが【軍】に接収され、荒野の至るところでその姿が散見されるようになっているからだ。


 生き死にのかかる彼らには、サテライトというアイテムの方が、ごたごたする協会内部などよりも重要なのだ。



 今もすれ違ったハンターの口から出たその名前に、カノンとユーリが顔を見合わせた。


「サテライト、大活躍ですね!」


 大通りで謎に一回転するカノンは嬉しそうだ。自分も人目を気にせず使えるようになり、戦術にも幅が増えたのである。何よりカノンがサテライトを使いながら器用に戦う姿を初めて見たユーリが「大したもんだな」と手放しに褒めたのも大きいだろう。


「大活躍はいいけど、まだまだ……」


 溜息をつきながらクロエをジト目で見るユーリに、クロエが「仕方がないだろう」と鼻を鳴らして視線を逸した。


「オペレーターと言えど、脳にかかる負荷を考えれば能力者くらいしか出来ないのだ。ハンター達に渡した所で、オペレーターを用意できないのでは宝の持ち腐れだろう」


 視線を逸したまま頬を膨らませるクロエの言う通り、オペレーターと言えど一般人が出来る物ではない。脳にかかる負荷、そして音速に近いハンターの動き、それらを処理するにはやはり同じ能力者でなければ無理なのだ。


 部隊から人を出せる軍人と違い、現状ハンター達がその恩恵に預かるのは難しい。


「なんつーか、ジジイにしては最後の詰めが甘いよな」


 悪い顔のユーリが「ついに耄碌したか」、と先程購入したばかりのジュースを傾け、何の気無しに見上げた電光掲示看板――そこに映し出されたのは……


『戦えなくなった君、戦えなかった君、君達なりの戦い方を身に付けたくはないか? オペレーターという道が君達の前に広がっている……詳しくはこちらまで コールナンバー:〇〇〇〇〇〇 オペレーター教育・斡旋事業 グレイ商会』


「ブーー!」


 ユーリは思わず吹き出してしまった。


「汚いな!」

「でしょう!」


 二人からの非難など何のその、「ゴホッゴホッ」と咳き込んだユーリが、もう一度看板を見上げる……切り替わった看板に書かれているのは


『丁寧な教育アフターフォローもバッチリ。教育終了後は、弊社、協会、各メーカーでオペレーターとして働く新たな道が君を待っている。既に数名が


 どうやら既に協会とも話をつけているらしい。間違いない。これを仕組んでいるのは絶対にサイラスだ。……と言うかグレイ商会と思い切り名前が書いてあった。


 戦えなくなった君、戦えなかった君……これは元ハンターに呼びかけているのだろう。


 イスタンブールには多くの元ハンターがいる。


 それは怪我をして前線に立てなくなったもの。

 それは仲間を失って戦えなくなったもの。

 それは恐怖に心を折られたもの。


 理由は様々だが、多くの元ハンターがこの下層で燻っているのは間違いない。そんな彼らは何をしているか……と言われれば、スラムに暮らして日雇い労働に勤しむか、もしくは裏社会でデビューするかのどちらかだ。


 引退したハンターによる治安悪化問題は、どの街でも頭を悩ませているだけに、この事業は誰からも歓迎されることだろう。


 ここ数日大人しいと思ったら、職を追われたハンター達向けの雇用を作り出していたとは……


 看板には『既に数名が協会やメーカーと契約を済ませている』と書いてあった。それは今までのオペレーター…の筈はない。彼らはサイラスの虎の子だ。しかも転送装置を使える、知っている貴重な人材でもある。


 という事は、昨日の今日で、既に元ハンター数名を教育して協会へ送りつけているのだ。それはつまり、ユーリやクロエにオペレーティングシステムの後始末を押し付ける前から、計画を進めていたということだ。


 嵌め方が、準備の仕方が斜め上すぎる。


 その事実にユーリの蟀谷に青筋が一つ――乱暴にデバイスを操作するユーリから周囲を歩く人々が距離を取った。


 コール音がなる事数回――


『何だね。事業が忙しいのだが?』


 ホログラムに映るサイラスに、ユーリの顔が見る間に歪む。


「なーにが『事業に忙しい』だ! こんのクソジジイ、俺に面倒事ばっか押し付けて、テメェは優雅に社長就任かよ!」


 白昼の大通りで怒声を上げるユーリに、周囲の人々は奇異の視線を向けて通り過ぎていく。


『仕方がないだろう。私についてきてくれる者達を路頭に迷わせるわけには行くまい?』


 ホログラムの向こうでニヤリと笑うサイラスに、「よく言うぜ」とユーリが鼻を鳴らした。


「上手くやったもんだな。オペレーターはメーカーと協会に派遣して、システム利用料をハンターから徴収する……」


 口を尖らせるユーリの言葉に『ほう?』とサイラスが感心した声を上げた。


「んで、恐らくそのシステム利用料も協会とハンターが折半ってとこだろ?」


 続くユーリの言葉に、サイラスが『参ったね。まさか商才もあったとは』と笑みを見せた。


「うっせ。どうやって協会を丸め込んだかは知らねぇが……


 眉を寄せながら、がめついお願いをするユーリに、『ならばハンターを辞めてうちへ来るかね?』とサイラスが悪い笑顔を返した。


「バカか。を手放すかよ」


 鼻を鳴らすユーリに、サイラスはそれは残念だとばかりに肩を竦めて盛大な溜息をついた。


『ならば無理だな。だが――』


 考えるように顎を擦るサイラスが、ユーリから視線を逸らしたまま続ける。


『これからも君に、ちょくちょく仕事をお願いする事はあるだろう。その時はまあ…気持ちばかりの報酬を包ませていただこうか」


 視線をユーリに戻して笑うサイラスに、「誰がテメェの手伝いなんかするかよ」とユーリが口を尖らせた。


『そうは言いながらも手伝ってくれるのが君だからな』


 笑うサイラスに「うっせ」とユーリが更に口を尖らせて視線を逸した。そんなユーリの視界に映るのは、先程の看板だ。……『メーカーでオペレーターとして勤務』その文字にユーリが再びサイラスへと視線を戻した。


「つーか、いいのかよ?」


 鼻を鳴らしたユーリの言葉に『何がかね?』とサイラスがわざとらしく首を傾げた。


……メーカーにもオペレーターを派遣したら、?」


 ユーリの言葉に『ああ、それかね』とサイラスが小さく笑みをこぼした。


『問題はないよ。君の心配している程


 問題ないと笑うサイラスだが、


「ホントかよ? これで俺が御飯おまんまの食い上げになったら、タカリに行くからな」


 ユーリからしたら結構な死活問題である。何せメーカーのオペレーターを利用するとシステム利用料が徴収されるのだ。そのうちシステム利用料を払いたくないハンターと、協会への手数料を払いたくないメーカーとの間で、専属契約が結ばれるのは目に見えている。


 流石に協会を超えてハンターに直接依頼をするのは法律違反だが、オペレーターと相性のいいチームがハンターを辞めてメーカー所属になることは違法ではない……。


 今までは専属契約自体、メーカーに旨味がなかった。


 専属契約になれば、メーカー職員として扱う必要があり、怪我や死亡の時には、保険金の支払いが発生する。

 加えて死亡してしまえば、依頼は失敗だ。依頼を達成できないどころか、保険金を遺族に払わねばならない。

 ハンターの死亡率を考えればリスクしかない契約だ。


 それがオペレーションシステムで改善できるとなれば……専属契約が現実味を帯びてくる。


 そうなれば、ハンター協会に頼む依頼の数は必然的に減る。


 ハンターはメーカーから直接お金が貰える。

 メーカーは協会に払う手数料を省ける。


 ハンター協会の一人負けである。協会が傾けば、ユーリのようにメーカーのオペレーターを使う予定のないハンターは、少ない依頼を奪い合わねばならない。


『君の危惧する通り、専属契約は出るだろうが……そう上手くはいかないよ』


 笑うサイラスが『ハンターの魅力は自由なこと……そしてだろう?』と続ける。確かにメーカーの専属になれば、ある程度の安定は見込めるが、思わぬ副収入と自由なくなる。


 そういった契約をメーカーが結んでくれればいいが……手に入れた素材すべてがメーカーにとって必要かと言われれば、否であろう。協会を通じて、様々なメーカーや官公庁にかけあえるハンターならではの販売先の多さは魅力の一つである。


 好きな時に働き、好きな時に遊ぶ……ハンターなら普通の事と、安定を天秤にかけた時、多くのハンターがそれを選ばないのはユーリにだって分かる。


 流石に長年ハンターを見てきただけある、とユーリは納得する……が、それを「確かにそうだな」などと言えるはずもなく。喉元まで出かかった言葉を、溜息に変えて吐き出した。


「……ま、俺は飯の種がありゃ何でもいいんだが」


 頭を掻くユーリを見てサイラスが『フフッ』と笑う。


『仮に依頼が減っても、君ならば問題ないだろう?』


 心の底からというサイラスの笑顔に、「ったりめぇだ」とユーリが鼻を鳴らす。


『私は既に協会の人間ではないが、君とはこれからも仕事で顔を合わせるし、ハンター達の話はよく耳にするだろう』


 眼鏡を押し上げたサイラスが意味深に笑う。


『君の活躍は大いに期待しているよ』


 笑うサイラスを前に、ユーリは「チッ」と舌打ちをこぼして一度呼吸を整えた。折角なら、盛大に啖呵をきってやろうと……そう思いホログラムの中のサイラスへ嘲笑を浮かべて口を開いた。


「見てろよジジイ。直ぐにオリハルコンどころか、アダマンまで行って、テメェの安銭じゃ雇えな――」


 そこまで言ったユーリが固まる。何か重要な事を忘れている気がする。とても、それはとてもとても重要な……それに思い当たった瞬間


「あ゛ーーーーーーーー!」


 奇っ怪な叫び声を上げて、ユーリが文字通り天を仰いだ。


「ナルカミ! 急に叫ぶな!」

「でしょう!」

『まったく賑やかな男だ……』


 言葉こそ三者三様だが、全員が耳を抑えて顔を顰めてユーリを睨みつけている。が、ユーリとしてはそれどころではない。


「ジジイ! てめっ、俺のランク――」


 ユーリがホログラムに噛みつきそうな程顔を近づけた。それはクロエを押し付けられた時にサイラスと交わした約束……


 ――シルバーならどうだね?

 ――チッ仕方ねぇな


 ……クロエの面倒を見る代わりに交わされた裏取引をユーリは思い出したのだ。そしてユーリの「俺のランク」と言う言葉にサイラスも『そう言えば』と手を打った。


『……まあ何だ。事故だと思いたまえ』


 本当に申し訳無さそうな顔のサイラスだが、それを許せる程ユーリという男の器は大きくない。


「てめっ、ふざけんなよ! こちとらそのせいで朝から晩まで――」

「ナルカミ。そのゴリラだ何だは、まさか私の事ではないよな?」


 ユーリの背後で黒いオーラを纏ったクロエが指を鳴らす。


「あ、いや……今のはほら――」


 それを振り返ったユーリが慌てて「言葉の綾だろ」と取り繕うとするも……


が『ゴリラ』とは……」


 クロエの全身がプルプルと震える……


「待て、話せば分かr――」

「お前は私を何だと思っているのだッ!」


 ――スパーン!


 白昼の大通りに小気味のいい平手の音が響き渡った。









「何も殴るこたぁねぇだろ……」


 赤くなった頬を抑えるユーリの後ろでは、「良くないですッ! 今のはユーリさんが良くないですよ!」とカノンが腕を組んでウンウン頷いている。


『……フフフ。仲良く出来ているようで何よりだ』


「何処をどう見たらそう見えんだよ」


 頬を膨らませたユーリが、「眼鏡の変え時だろ」とホログラムの中のサイラスに吐き捨てた。


『もう用がないのであれば切らせてもらうよ。忙しいのは事実だからね』


 溜息をつくサイラスに、「ちっと待て」とユーリが眉を寄せてから、ちらりとカノンを振り返った。


「……あいつは、いいのか?」


 呟くユーリの顔には、「お前の仲間だろ」と書いてある。


『彼女がそこに居る事を望むのであれば、私から言うことはないよ』


 微笑んだサイラスが、「それに……」と続ける。


『組織は違えど、我々は仲間だ……だろう?』


 笑顔のサイラスに「ケッ、ただ利用し合うだけの関係だ」と鼻を鳴らしながらも、ユーリは口の端が上がるのを抑えられないでいた。


『相変わらずの男だ……だが、明後日は仲良くせねば……だろう?』


 苦笑いのサイラスが言っているのは、二日後ついにリリアが東の駐屯地に陣中見舞いに行くのだ。オペレーション・ディーヴァと名付けられた作戦は、今や東征における大きな目玉として動き出しているのだ。


『当日は楽しみにしていたまえ。砂漠の鷲アクィラの、オペレーティングシステムの真骨頂をお見せしよう』


 ニヤリと笑うサイラスが続ける、『頼もしい仲間で嬉しいです、と君が言うのが楽しみだ』と言う挑発めいた言葉に、ユーリも嘲笑を返して口を開く。


「言ってろ。頼りにならなかったら、サテライトを叩き落とすからな」


 ホログラム越しに嘲笑を浮かべ合う二人が、ほぼ同時に「楽しみだ」と口を開いてホログラムを切った。


「仲良しですね」

「だな」


 そんな二人の言葉に「どこがだよ」とユーリが顔を顰めて振り返る。


「いいかお前ら、明後日はキザ男のチームに負けねぇように頑張れよ」


 腕を組んで「分かったな」と真剣な表情をするユーリを前に、女子二人は眉を盛大に寄せる。


「何を勝負するのでしょう?」

「そうだ。お前は馬鹿だろ」


 二人の辛辣な返しに、「な、何ででもだ」とユーリが口を尖らせた。


「とりあえず、ジジイ達に一泡吹かせねぇと気が済まん」


 そう息巻いたユーリが「行くぞ、ついて来いポンコツ一号二号!」と腕を振り上げ歩きだした。


「誰がポンコツだ!」


 眉を釣り上げるクロエと、


「ユーリさんが一号なので、ついて来いは可笑しいかと」


 口元を抑えて笑うカノンに――


「「一号はお前!」」


 とユーリとクロエが綺麗にハモって振り返った。


「心外ですッ!」


 カノンの声が通りに響く……オペレーション・ディーヴァ開始まで、あと二日。

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