第148話 便利な機械も使い方次第
薄暗い部屋の中央に鎮座する円卓。それを取り囲むの十二のホログラム――
『今日は全員揃ってるんだな』
横柄な男のホログラムが言う通り、円卓を囲むホログラムは一つを残して全てがアクティブを示すように、明るく輝いている。
『それだけ重大だということですよ』
神経質そうな男が眼鏡を上げながら、ロイドのホログラムを睨みつけた。それが殆どの理事の意見だと言わんばかりに、『本当にとんでもない事ですよ』と聞こえるような大声で嫌味を振りまいている。
そんな嫌味を一身に受けるロイドは、入場から黙ったまま一言も発していない。嵐が去るのを待っているように見えなくもないが、ロイドの性格を考えるにそんな消極的な手は打たないだろう。
言い分は会議が始まってから……と言わんばかりの落ち着いた態度に、いつしか口さがなく飛び交っていたロイドへの嫌味も小さくなっていき……
ようやく最後のホログラム、議長である髭の老人がアクティブになったことを示すように淡く輝き出した。
『……全員揃っておるの。定刻より少々早いが、始めるとするか』
議長の合図が終わるやいなや、横柄な男のホログラムが手を挙げた。
『国土再生局局長――』
議長に発言を促され、男が口を開く。
『全員知っているかと思うが、十年前サイラス・グレイによって提唱された「オペレーティングシステム」が、【軍】の小娘によって発掘され、しかも既に衆人環視の下運用されている。この事実について国土解放軍総司令官ロイド・アークライトの説明を求める』
男の言葉に、ほうぼうから『そうだ』『説明を』との意見が飛び交い、議場が俄かに騒がしくなった。飛び交う意見を抑えるように、『静粛に』と議長が手を押し下げるジェスチャーとともに、騒がしい議場を沈めていく。
静かになった議場だが、渦巻く不満は未だ消えていない。全員が静かにロイドを見つめて答えを待つなか、ロイドのホログラムが静かに手を挙げた。
『国土解放軍総司令官――』
議長の抑揚のない指名に、ロイドは大きく深呼吸をしてから口を開いた。
『此度の件、まずはうちの若い者が独断専行して皆様にご不安を与えている事を謝罪いたそう』
頭を下げたロイドのホログラムに、『謝ってすむか』とのヤジが飛ぶが、顔を上げたロイドはそれを一蹴するように笑顔を浮かべた。
『皆様がお怒りの事は理解しております……がその上でお聞きしたい』
ロイドの不敵な笑みに、飛んでいたヤジも小さく……
『一体何が問題なのでしょうか?』
……再び噴出するヤジの嵐。『状況もわからないのか』『こんな奴首にしろ』様々なヤジが飛び交う中、当のロイドはと言うと、ホログラムの向こうでお茶など飲む余裕を見せつける始末だ。
完全に混乱する議場に、流石の議長も頭を抱えて
『アークライト長官、分かるように説明したまえ!』
ロイドへ少々強めの言葉を投げかけた。それでもロイドは肩を竦め、『こう煩くては発言も出来ますまい』とティーカップを傾け続けている。
『静粛に! 静粛に!』
議長の怒声に近い声でようやく議場が静かに……それでも全員の鋭い視線はロイドに固定されたままだ。そう、全員だ。ロイドに付き従い【人文】を離反しようとしていた理事たちでさえ、今はロイドを非難するような視線を向けている。
『言葉足らずでしたな。先ず確認したいのですが、我々【人文】の最終目標はなんでしょう?』
落ち着き払ったロイドの声に、『そんな事すら知らないのか』と何処からか再びヤジが飛ぶが、それに肩を竦めたロイドが『新人理事もいますし、もう一度確認しましょう』と新しい理事となった能力開発局の女性局長へと視線を向けた。
『私ならば、理事になる時に全て聞いている。気遣いは無用だ、アークライト長官』
水を向けられた女性局長が、傲慢な声で返すがロイドはそれを意に介さないように『それは失礼』と再びティーカップを傾けた。
『皆様、最終命題をご理解しておいでとの話ですが……それであれば何故此度の件に、そこまで目くじらをお立てになるのでしょうか?』
煽るようなロイドの発言に、その隣で話を聞いていた女性が大きな溜息を漏らした。
『長官、いいですか。我々の命題はこの世界の仕組みが永劫続くよう人々を導く事です』
これで満足ですか? とでも言いたげな視線に『ありがとうございます、通信放映局局長』とロイドが頭を下げた。
『今デボラ・ファン・ダム局長よりあったように、我々はこの世界……つまりモンスターがいる世界を未来永劫続ける事が命題です』
ロイドの言葉に『だから何だ?』と殆どの理事が眉根を寄せている。
『かつて我々人類はエネルギーを、食料を奪い合ってきました。そこに現れたのがモンスター……未だ食料とはなりませんが、貴重なエネルギーとして今や世界に欠かせない存在であります』
ロイドの言葉に誰も反論しない。事実そうなのだから。モンスターから取れる魔石をエネルギーに、今の世界は旧時代の電気文明を凌駕する程の技術を発展させている。
モンスターという天敵に人々が怯える一方で、モンスターが齎す恩恵というものも無視できないのだ。
そして何より人々がモンスターに怯えれば怯えるほど、【人文】という組織の重要度が増していく。人々を守り、モンスターを利用する集団……彼らが握る権力の大きさは、この混沌とした世界だからこそ与えられた物である。
【人文】にとって、ひいてはその頭脳たるこの【人類統一会議】のメンバーにとっては、モンスターは居なくなっては困る存在なのだ。
その事実は共有している、と言わんばかりに全員が頷いてみせた。それにロイドが『続けます』と再び口を開く。
『恐らく皆さんが危惧している部分は、数代前の議長が与えた予言……「東の亜人達が魔を滅する術を知っている」という部分でしょう』
ロイドの言葉に『分かってるじゃねーか』と再びヤジが飛ぶ。
『ですが、それと同時に下された「魔を滅したくば、人々の魂を捧げすぎるでない」という予言も覚えておいででしょうか?』
『し、知ってるからこそ……サイラス君の意見を却下して犠牲を増やしてきたのでは……?』
オドオドと口を開いた男に『ハンター協会会長の仰る通りです』とロイドの横でファン・ダム通信放映局局長がロイドに視線を向けた。
亜人がモンスターを消滅させる術を知っている。
だが、モンスターを滅したければ、モンスターとの戦いであまり人々を死なせてはならない。
犠牲を少なく東に向かえ……【人文】はその予言を逆手に取って、今までグダグダと犠牲を増やしながら、イスタンブール周辺をウロウロさせていたのだ。
つまりサイラスの読みは殆ど当たっていたことになる。
【人文】の目的は、モンスターをこの世から消滅出来なくし、今のこの世界で未来永劫権力を持ち続ける事。その手段としてハンターを初めとした能力者の犠牲を増やし続けていた。故にサイラスが提唱した『オペレーティングシステム』を認める訳にはいかなかったのだ。まだ早すぎるのだ……東に辿り着いて亜人に会うのは。
亜人に会っても、モンスター消滅の条件が消えてしまえば問題ない。だからこそ【人文】は時間稼ぎをしており、今回の『オペレーティングシステム』露見はその時間稼ぎを無に帰す可能性が高いのだ。
その事実を再び認識した理事達が『問題の大きさが分かったか?』と逆にロイドの詰め寄る事態に……。
『確かに皆様の仰ることも最もですが、皆様は我々がダンジョンを求めて東征している事を失念されておいでではありませんか?』
眉を寄せるロイドの言葉に『知ってはいるが、それと此度の件がどう関係を?』と真面目そうな男がロイド以上に眉を寄せた。
『ダンジョンが見つかれば、【軍】は一旦そこで東征を終わります……そしてこのダンジョンですが――』
ロイドが勿体ぶるように周囲を見渡した。
『――モンスターを生み出している元凶に通ずる……という嘘の噂を流しております』
言い切ったロイドが、『ですよね、ファン・ダム通信放映局局長?』と隣の女性の声をかければ、デボラ・ファン・ダムがハッとした表情を浮かべて口を開いた。
『確かに……アークライト長官の仰るとおり、件の内容でかなり広範囲に噂が広がっております』
自信に満ち溢れたロイドの表情に、『なるほどな』と国土再生局局長が下卑た笑みを浮かべてみせた。
『つまり、ダンジョンが見つかれば、ハンターも【軍】も無理な東征はせず、ダンジョンとやらを探索することに注力する……長官はそう言いたいんだな?』
男の横柄な態度にも『はい』と短く笑顔で応えるロイド。
『議長、ちなみにですが……あとどの程度の期間で条件が消滅するか分かりますか?』
神経質そうな男の言葉に、『暫し待たれよ』と議長が目を閉じて精神を集中し始めた……【人類統一会議】の議長。この世界の実質的な支配者である身分は、世襲であり加えて一つのナノマシンと適合する事が条件である。
ラプラスの悪魔
未来を予知する能力を持つと言われたそれは、適合者に予言の力を与えるナノマシンだ。それが適応する血を持つのが連綿と続く議長の家であり、現議長もご多分に漏れず、予言の力を宿している……もちろんそれは完全な予言とは言えない上に、一人が使用できる回数にも制限がある。
使えるのは年に二度だけ。とは言え、今は【人文】存続の危機。彼らの悲願達成のためのリミットは重要事項であると判断したのだろう、議長が精神を集中する……
騒がしかった議場が静まって暫く……
『……今のペースで行けばあと三年もかからん……が、「オペレーティングシステム」の弊害を考えれば、やはり三年は見ておきたいの』
議長の言葉に全員が『三年か……』と小さく呟いた。短いようで長い。もちろん亜人に会ったからと言って、直ぐにモンスターを消滅させられるとは思わない。だが、ここに来てハンター達がブーストを手に入れたのだ。楽観視する人間は一人も居ない。
……唯一ロイドを除いては。
『三年しかなければ十分でしょう。ダンジョンは広大で荒野など比べ物にならないほど危険です』
笑顔のロイドが更に続ける。
『それに皆様お忘れではないでしょう? 私がイスタンブールを荒野へ返そうと企んでいた事を』
その言葉に全員がザワついた……つまりロイドは初めからイスタンブールの市民を人柱にするつもりだったと言っているのだ。
『加えて……街はイスタンブールだけではないですよね?』
ニヤリと笑ったロイドの言葉に、『そりゃいいぜ!』と国土再生局局長が笑い声を上げた。
『いざとなったら、生産性の低いどっかの街を潰しちまえばいい』
『潰すなら、私の街はやめてくださいよ』
『人が多いだけで、役に立たない街をピックアップしましょうか』
白熱していく議論を前に、人知れずロイドがほくそ笑んだ……馬鹿な奴らだ、と。
盛り上がる議場は既にロイドを責めていた事など忘れ、目の前に迫る彼らの悲願の為の生贄になる街を選定する事に必死だ。
『……議長、私の弁明はこの辺でよろしいでしょうか?』
そんな下らない議論を尻目に、議長へと向き直ったロイドに、『うむ。ダンジョンの捜索、宜しく頼むぞ』と議長が頷いた事でロイドは笑みを浮かべて全員を見渡した。
『皆様、私はダンジョン探索に忙しいのでこれにて――』
それだけ残してロイドがホログラムをディアクティブに……未だ議場では生贄を選ぶ議論が続いていた。
☆☆☆
「お疲れ様です」
新しい紅茶を入れるシェリーの横で、ロイドは「本当に疲れたよ」と肩を回しながら溜息をついた。
「ヴァンタール少佐の暴走には頭を抱えたが……結果的に邪魔者を排除出来そうだ」
そう笑ったロイドが、コンソールをタップすると……
『いざとなったら、生産性の低いどっかの街を潰しちまえばいい』
『潰すなら、私の街はやめてくださいよ』
『人が多いだけで、役に立たない街をピックアップしましょうか』
先程議場で交わされていた愚かな議論が再生される。
「なんとも……救いようのない方々ですね」
「まさか彼らも自分が生贄になるとは思ってもいまい。機械も人も、使いよう……というやつだ」
笑ったロイドが湯気の立つティーカップを傾けた。
「ロイド様、デボラ・ファン・ダム通信放映局局長より謝罪のメッセージが届いておりますが…」
眉を寄せるシェリーは「先程まで疑っていたくせに」とでも言いたげだ。
「まだ利用価値はあるさ、『気にしてない』と返しておいてくれ」
眉を寄せるシェリーの頭を撫でたロイドは、窓の向こうに見える青空に目を細めた。
「嘘も真に……いや私が真実を作り出す……」
呟き笑うロイドを「気持ち悪いです」とシェリーがジト目で見つめ、その視線にロイドは肩を竦めて小さく溜息をついた。
「さて、新時代までもう間もなくだ……オペレーティングシステム……せいぜいダンジョン発見に役立たせてもらおうか」
クツクツとあがるロイドの笑い声にカップから立ち上る湯気が僅かに揺らいでいた――
☆☆☆
「……おい、お前実は
「誰が
「じゃあ何でコンソールが潰れてんだよ!」
「わ、私が知るか!」
「……クロエさんにはオペレーターは無理ですね」
オペレータをやってみたい。そう息巻いたクロエが、貴重な機器を開始三秒で壊した事件に、【軍】上層部から「オペレーターはしっかり選定するように」と厳命が下ったのはまた別の話。
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