第147話 話しに同席させられるのには理由がある(後編)
ユーリが振り返った先には、不安そうに顔を白くするクロエが居た。何ともらしくない……と思うが、よほど優しい人たちに育てられてきたのだろう、と羨ましくも思えている。
「おい! しっかりしろ。またポンコツ騎士呼びに戻されてぇのか?」
ユーリの発破に、「だ、誰がポンコツだ!」と若干クロエの頬に赤みが差した。血色の戻ってきた顔にユーリが笑顔を見せ、「なら真っ直ぐ胸張ってろ」とユーリが視線を再び前に。
「だが……私はどうしたら――」
「やりたいようにやれよ」
まるで突き放すかのような言葉に、一瞬クロエが「え?」と固まる。
「やりたいようにやれ。それが正解で、お前が考えて導き出した答えに間違いなんて一つもねぇよ」
言い切るユーリに、クロエが「だが……」と言葉を詰まらせながら
「命令に従わねば示しがつかん。隊長の思いも無碍にはしたくない……」
悩むように俯いてしまった。そんなクロエにユーリが「下を向くな」ともう一度発破をかけた。
「命令に従う? 情に絆される? バカか。なんでどっちか選ばねぇとなんだ」
視線だけ向けるユーリの横顔に、クロエが思わず息を飲んだ。
「そもそも命令なんて、破るためにあるんだよ。死んだやつの思いなんて、生きてる俺らにゃ関係ねぇよ」
ユーリの言葉に「それは暴論が過ぎるだろう」とクロエが苦笑いを浮かべる。
「いいんだよ。そんくらい適当で……でももし――」
「もし?」
首を傾げるクロエは、殆ど答えを掴んでいるように見えなくもない。あと一押し、それを待っている様なクロエに、ユーリは大きく息を吐いて口を開いた。
「もしどっちも捨てられねぇってんなら、どっちも抱えて進むしかねぇよ。邪魔する奴がいたら……そん時ゃ――」
もう一度ユーリが深呼吸。
「――叩き斬れ」
笑顔のユーリが「そのための剣だろ」とクロエを振り返るが、苦笑いを浮かべたクロエが「貴様と言うやつは……」と呆れた声を出した。
だがその声に悲壮感はない。どちらかと言うと、吹っ切れた感じだ。
「私の剣は人々を守るためのものだ……だが――貴様の言うことにも一理あるな」
そう笑ってクロエが深呼吸をすること数回――オペレーティングルームに「パン」とクロエが自分の両頬を叩いた音が響き渡った。
「このシステムがグレイ卿の言う通りならば、私はこれを利用するべきだと思う」
光りが戻ってきたクロエの瞳に、サイラスは何も応えずに黙ったまま腕を組んだ。
「そして上がこれを認めない事の謎と、報告するリスクも分かる」
ユーリの後ろから隣へ並んだクロエが大きく深呼吸。
「だが私は軍人で、命令に従うのが第一だ」
真っ直ぐサイラスを見つめるクロエに、「ならば何とする?」とサイラスが無表情のまま返した。
「第一だ……だから一先ずここは私が接収させてもらう」
クロエの言葉に「ほう?」とサイラスが再び眼鏡を光らせた。
「ここを私が軍人として接収して、責任を持ってこのシステムを【軍】で利用しよう」
ユーリの後ろでクロエが力強くサイラスを睨みつけた。
クロエに睨まれているはずのサイラスだが、その顔は何処か満足げだ。それもそのはず、これこそサイラスが望んでいた第三の道なのだ。
公然と使えるようにしてしまえばいい。
保留でも、報告でもない。クロエの権限を持って、緊急的にここを接収し使用する。その後、上に報告……そうする事で、クロエが接収のために呼んだ軍人達にも、ここのシステムが露見することになる。
クロエを口封じするだけでは足りない。曲がりなりにも少佐だ。そしてクロエが呼ぶのも全員が軍人、エリート達である。クロエの一声で動かせる人員の数、そしてその下に続く人の数、エリートたちの家格を考えれば、全員を口封じするなど現実的でなない。
未だサイラスを睨みつけるクロエが、「卿には申し訳ないが、我々が利用させてもらうぞ」と力強く言い切った。
その言葉にサイラスは口の端を上げて顎を擦る。まるで「大丈夫だ、問題ない」と言わんばかりの仕草に、クロエが「やはりな」と溜息をついた。
「卿ほどの男が、何の備えもなく危険な橋を渡るとは思えん。私がここを報告し、接収したとしても卿には何の問題もないように準備しているのだろう?」
落ち着きを取り戻したクロエの顔に迷いはない。そしてユーリもその言葉には同意だ。サイラスは最初からここをクロエに抑えさせようと、謀略を巡らせていたのだから。
クロエがそれに気がついているかどうか……までは分からない。確実なのは、サイラスがどう転んでも問題ないように準備している……それを知っているくらいだろう。
だがそれで問題はない。この選択がサイラスにとって最も望む選択だとしても、この道を選んだのはクロエだという事実があれば問題はない。
助言こそあれど、彼女自身の意思によって道を選んだ。決してサイラスに用意されたシナリオに乗ったからではない。
だからこそユーリは最初に言ったのだ「やりたいようにやれ」と。
ユーリの助言を後押しに、クロエの中で二つの思いが一つに重なっていく――
「卿が言うように、このシステムが本当に安全で、皆のためになるのか……見極めさせてもらおう……出来がよければ、全軍に波及させようではないか」
僅かに歯を見せるクロエの言葉に、サイラスが参ったと言わんばかりに肩を竦めて笑顔を返した。
「時間は……フム。まだ問題はないな――」
デバイスに視線を落としたクロエが、そのままデバイスを操作してホログラムを立ち上げた。
『少佐、御用でしょうか』
ホログラムの向こうから聞こえてきた声に、クロエは「大至急部隊を連れて来て欲しい場所がある……座標は――」そう言いながらデバイスを操作するが、どうやら部屋は位置情報が遮断されているようで、ホログラムが赤く光るだけだ。
「少し待て……」
クロエがそう言いながらサイラスへと視線を向けると、サイラスが後ろの扉を顎でシャクった。まるであそこから出られるぞ、と言わんばかりの行動に、クロエが扉を潜って一旦外へ――
クロエが消えていった扉は、やはりいつもとは違う。微妙な違いなので初めは気づかなかったが、こうしてマジマジと見ると良く分かるのだ。
「扉がどうかしたかね?」
含んだ言い方をするサイラスに「白々しいジジイだな」と鼻を鳴らしながら、ユーリは改めて周囲を見渡した……そうしてみると、もう一つ気がついた事がある。転送装置も違うのだ。何と言うか、造りが雑だ。正確には、それに似た何かというだけのハリボテのように見える。
違う扉。
ハリボテの転送装置。
なるほど。やはりここはいつもとは違う場所らしい。
恐らくあの廊下は、他にも続く道を光学迷彩で隠していたのだろう。暗くなったあの瞬間だろうか。兎に角ユーリとクロエはまんまとダミーの場所に誘導され、そこでサイラスのご高説を聞かされたという事になる。
サイラスの事だ。既に本当の道は封鎖され文字通り土の中なのは間違いない。
つまり接収させるのは、劣化版オペレーティングルームだ。とは言えシステム自体は、完全に再現されてた。
ダミーを丸々作って話しを打ち明けていた。つまりサイラスはかなり前からこれを仕込んでいた事になる。
【軍】にダミーのシステムを接収させて使わせ、サイラスは今までのシステムを活用する……。木を隠すなら森の中、サテライトを隠すならサテライトの中というやつだ。
とはいえ流石に転移装置は【軍】には渡せないし話せない。半径一〇〇キロと言えど、人を自在に送り込める装置だ。中継地があれば更にその範囲も広がる。
使いようによっては、立入禁止区域にでさえ軽々と人を送り込める装置である。
そんな装置を【軍】や【人文】が黙って見過ごすとは思えない。場合によっては謀反の疑いありと言われてもおかしくないくらい、危険な装置なのだ。
それでも……転送装置を使わずとも、サテライトとそれを扱うオペレーターを訓練すれば、かなりの成果が期待できるのは間違いない。
【軍】もドローンを使用した周辺地域の把握は行っているが、サテライトはその比ではない。周辺把握は勿論のこと、それに加え対象者のコンディションから、建物に潜むモンスターの発見、データの転送収集、ホログラムによる仮想マッピング、建造物の倒壊予測などなど……他にも出来る事が盛りだくさんだ。
その有用性が現場で一気に広がるのは、火を見るよりも明らかである。
そんなユーリの思いを後押しするように、
「閣下、今のうちに技術書をリークしておきます」
とクレアが事もなげにコンソールを操作し始めた。
それを面白くなさそうにユーリは眺めていた。技術書のリークなど…本当に用意周到だ。【軍】がその有用性を示すだけでは、その技術を【人文】傘下の【技術開発局】に独占され、結局はハンターまで回ってこない。
だが今の段階から技術書を各メーカーへリークしておけばどうか……【軍】が有用性を見せた技術が既に民間へと流れているのだ。
各メーカーが挙ってサテライトやオペレーター用のコンソールを作ってくれるだろう。そうなれば必然的に、軍人からハンター達へと利用者の裾野が広がっていく。
つまり、サイラスが指したこの一手は、相手の手段を潰す――【人文】への意趣返しの一手なのだ。
そしてこの回りくどい方法を取ったのは、恐らくクロエを慮ってのことだろう。クロエは亡き友の弟子らしい。何かしらの殻を破らせたかったのか、はたまたただ単純にクロエの猪突猛進を警戒してか……。兎に角この一手は間違いなくクロエの身の安全を確保しながら、サイラスの考え出したシステムを【軍】へ押し付ける会心の一手になった。
何とも強かな爺だとは思うが、同時に自身の進退を掛けた一手でもある。【軍】へ報告するのだ。システム自体に問題も、また法律上使用の禁止があるわけではないが、私的な支部改造は咎められて然るべき事案だろう。
サイラスなりの覚悟と贖罪に、ユーリは小さく溜息をついた。
そしてユーリの溜息に気がついたのだろうサイラスが、ユーリに一瞬だけ視線を向けて薄く笑ってみせた。
……気にするな。
まるでそう言いたげな顔に、ユーリは「誰が気にするか……バカが」と悪態をついて顔を逸した。心配などする訳がないし、サイラスがこの程度でどうこうなるとは少しも思っていないのである。
「心配せずとも、支部長の任を解かれ、協会から解雇されるくらいで済みますよ」
ユーリを振り返って微笑むクレアに「だから心配なんてしてねぇわ」とユーリが再び鼻を鳴らした。
支部長の任を解かれる……? 解雇? そんなもの、テロリストに自由な時間を与えるだけではないか。
何とも上手く嵌められたものだ……用意周到かつ、強かな事の運び、そして――
「ユーリ君。剣としての仕事も期待しているよ」
――キッチリ計画に組み込まれていたこと。……どうやらサイラスは先程ユーリが言った「そのための剣」の事を指しているのだろう。クロエに何かないか暫く護衛しておけと言っているのだ。
「やってくれたな……ジジイ」
苦虫を噛み潰したようなユーリの顔に、サイラスは「おや、分かっていて芝居をうってくれたのでは?」と白々しく笑みを見せた。
その小憎たらしい顔に、ユーリは蟀谷に青筋を浮かべながらも、「迫真の演技だったろ?」と辛うじて笑みを返してみせた。
諸々サイラスの思惑通りに進んでいた事に、ユーリは溜息をもらして「俺は帰るぞ」とヒラヒラと手を振りながら出口へと歩き始めた。
扉まであと僅か……と言う所で急に開いた扉からクロエが顔を覗かせた。
「――? 何処に行く?」
「帰るんだよ。俺の役目は終わったからな」
そう言いながらクロエの肩に手を置いたユーリが、その脇を通り抜け――
「ナルカミ、貴様も明日の使用には付き合え」
――掛けられた声に、「へいへい」と返事をして後ろ手を振って今度こそ扉の前に……。
背後から聞こえる
「ヴァンタール卿、部隊が来るまでの間に、ある程度の使い方とマニュアルを渡したいのだが?」
「明日の朝一番で早速使ってみるか……」
「出来たら駐屯地で使ってほしいのだが? この部屋は支部の所有物なのでね」
そんなやり取りに、扉へと踏み出していた足をピタリと止めてユーリが苦い顔をしながら振り返った。
「ジジイ……貸し一つだかんな」
そんなユーリの顔にクロエは「貸し?」と眉を寄せて、サイラスは「何の事だ?」と鼻を鳴らした。
「君も私も、ただ思うままに、己の信念に従った結果だろう?」
笑顔を見せたサイラスに「食えねぇジジイだ」と捨て台詞だけを残してユーリが部屋を後にした。
見えなくなったその背に「君も大概だよ」とサイラスが肩を竦めたことをユーリは知らない。
翌朝、ハンター協会イスタンブール支部長サイラス・グレイの支部長解任のニュースが街に流れた――街中の巨大スクリーンに浮かんだ【イスタンブールの英雄】への感謝の文字に、ユーリは「全員騙されてるぞ」と嘲笑を浮かべながらも、悪い気はしないでいた。
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