第144話 会話のキャッチボールって思わぬ場所にボールが飛ぶことが多々ある。

 リリアの予行練習が終わり、カノンの取ってきた依頼も終えたユーリは……


「おい、あんまポンポン呼び出すんじゃねぇよ」


 サイラスに呼びつけられて、支部長室へと来ていた。……しかもクロエも一緒にだ。その事実に、ユーリの瞳にありありと描かれる「スパイと一緒に呼び出すな」と言う非難だが、サイラスはそれを分かっていると言わんばかりに鼻で笑った。


「そう言わないでくれたまえ。君とヴァンタール卿に大事な話があるのだ」


 サイラスが肩をすくめる姿に、ユーリは勿体ぶるなと言いたげに眉を寄せて……口を開こうとするユーリを手で制したサイラスがクロエへ向き直る。


「さて、ヴァンタール卿……お呼び立てしてすまなかったね」


「構わんさ。グレイ卿も忙しいだろう」


 肩を竦めたクロエにサイラスが「心遣い痛みいる」と眼鏡を押し上げた。


「今日のについて……既に私の方でも把握している所であるが――」


 机の上で組んだ指に、顎を乗せるサイラス……その言葉に、「ああカノンのやつか」とユーリが呟きながら、そう言えばあいつもスパイだったなと思い出して小さく笑った。


「私としては、やはりリリア君の身の安全が最優先だと思っている」


 顎を乗せたまま口を開くサイラスに、「それは道理だな」とクロエが頷く。


「ユーリ君の類まれなる索敵能力に、ヴァンタール卿の攻防一体の能力、そしてカノン君の――」


 そこまで口にしたサイラスだが、続く言葉が思いつかないように暫し黙り込み……


「兎に角君達以上に、護衛に最適なチームは居ないだろう」


 ……まるで何事もなかったかのように会話を続けた。そんなサイラスに「おい、カノンはどうした?」とユーリが突っ込むが、サイラスはそれを無視して更に続ける。


「ヴァンタール卿、実際に今日外に出てみた君の意見をお聞きしたい」


 眼鏡を光らせるサイラスに「そうだな……」とクロエが考えを纏めるように少しだけ視線を下げた。


「おい、カノンははどうした――」

「正直……外に出るまでは、私の何とかなると思っていた」


 言葉を遮り自嘲気味に笑うクロエに、ユーリはカノンの名誉回復を諦めた。どうやら結構真面目な話らしい、と。


「私の能力は攻防一体、全方位の攻撃を弾ける……ならば他は無くてもいいだろう。そう思っていたのだがな……」


 自嘲気味に続けるクロエだが、ユーリからしてみたらそこまで大言壮語ではないと思っている。使い勝手がよく、並大抵の攻撃なら燃やし尽くせるのがクロエの炎だ。全方位からの同時攻撃であっても防げる。ならばクロエの言う通り、彼女さえ居たら事足りると言っても過言ではない。


 もちろんユーリも、サイラスも、そして今も自嘲気味に笑うクロエも、そんな単純な話では無いことくらい分かってはいる。分かってはいるが、そのくらいクロエの特殊能力というものは突出している。


 そんな突出した特殊能力を持ったクロエをしても、「何とかなると」と力への信頼を過去形にしてしまったのは……


「ナルカミの索敵能力……あれには驚いた」


 ……モンスターに遭遇しないよう立ち回ったユーリと言う存在だ。


 クロエが昼間を思い出すように一度天井を仰ぎ、「お前は気配察知の能力なのか?」と探るような視線をユーリに向けた。


 勿論ユーリの特殊能力は気配察知などではない。そもそも特殊能力などあの使えない破壊光線くらいだ。ユーリの気配察知は血の滲むような鍛錬の末に手に入れた、正真正銘ユーリ本人の力である。


 何も答えないユーリに「すまん、特殊能力の詮索は無粋だな」とクロエが申し訳無さそうに視線を逸した。


「別にチームなんだから能力の詮索くらい構わねぇよ」


 それを鼻で笑ったユーリに、「チーム……そうだな」とクロエは少しだけ嬉しそうに笑う。


「っつっても、俺のは特殊能力じゃなくて、修練の賜物だけどな」


 挑発するような笑顔のユーリに、「修練……か」とクロエはその先が気になっているようにユーリの顔をチラチラと伺うが、ユーリはその視線を打ち返すように顎をシャクってサイラスを指した。


 ……ジジイとの話の途中だろ。


 そう言わんばかりのユーリの行動に、クロエははたと思い出したようにサイラスへと視線を戻した。


「失礼……」

「かまわないよ。新たな力の可能性は、私ですら興味を惹かれるからね」


 クロエの謝罪にサイラスも笑ってユーリを見ている。……後で教えろ。とでも言わんばかりの視線に、「やなこった」と口だけ動かして応えるユーリ。


 そんな二人のやり取りの中「どこまで話したか――」と眉を寄せるクロエに、「ユーリさんの索敵能力に驚いた……までです」とクレアが貼り付けたままの笑顔で、話題を軌道修正した。


「……そうだったな……私の能力は勿論防御にも使えるが、その場合はどうしてもにならざるを得ない」


 クロエの言葉にサイラスも頷いている。


「最悪の場合は炎が守るが、理想は……それこそが究極の護衛と言えるだろう」


 クロエの言葉に、サイラスが「同意見だ」と嬉しそうに頷いた。


「さて……私と同意見のヴァンタール卿にお聞きしたい……」


 勿体ぶるように言葉を切ったサイラスが、指を組み換えて不敵に笑った。


「西より格段に危険な東の荒野で……モンスターに遭遇せずに目的地まで行けると思うかね?」


 眼鏡を光らせるサイラスに「また悪い顔してんな」とユーリは苦笑いだが、クロエはそのボヤキが聞こえないように、少し考え込み再びユーリへと視線を向けた。


「ナルカミ、どの程度までならモンスターを感知できる?」


 一瞬ふざけた答えを返そうとしたユーリだが、クロエの真剣な瞳にその答えを溜息に変えて吐き出した。


「そうだな……感覚も戻ってきてるし――」


 ユーリが腕を組みながら、考え込むように少しだけ瞳を閉じた。


「感知するだけでいいなら、集中して半径五〇〇くらいだな」


 腕を組んだユーリの言葉に「五〇〇か……」とクロエが驚いた表情を向けた。五〇〇メートル先が見えるのではない、五〇〇メートル先に何かがいると分かる能力。壁の向こうだろうが、建物の中だろうが……端的に言って人間センサーである。


 羨望の眼差しを振り払うように、ユーリが手を振って口を開く。


「もちろん五〇〇メートル先が完璧に分かる訳じゃねぇ……遠くになればなる程『何かいるな』レベルの察知だ」


 鼻を鳴らすユーリだが、「何かがいる」と分かればそれだけで取れる選択肢は多くなる。事実クロエも今日その能力の有用性を目の当たりにしたばかりなのだ。


「……ちなみにどうやって?」

「どうって……」


 再び興味が抑えられなくなったのだろう、一歩近づくクロエにユーリが頭を掻いて言葉を探す。


「気配の察知だからな……」


 眉を寄せるユーリの言う通り、こればかりは修行をして体得する他無い。息遣い、布擦れ、足音、臭いなどの五感は勿論のこと、微弱な魔力から、生物が発する微妙な――生気とでも言うのだろうか――感覚などの第六感まで。


 鍛え抜いた感覚が掴むそれらが、ユーリに生物の気配や数を教えてくれているのだ。


「修練あるのみ……としか言いようがないな」


 頭を掻くユーリの言葉に、「修練か」とクロエが小さく呟いた。


「ちなみに、敵意……まあ殺気とか視線があれば二、三キロくらいまでなら感じれるぞ」


 思い出したと手を打ったユーリの言葉に「そんなに分かるのか」とクロエが驚きの声を上げる中、同じ様にサイラスとクレアも驚き目を見開いている。


「そりゃ敵意や視線があれば気づくだろ」


 とユーリは何でも無い事のよう言うが、そんな遠くの視線に気がつける人間などクロエもサイラスも見たことがない。


 驚きを隠せないサイラスだが、このままユーリに話を続けさせてはまずいと、「ユーリ君の異常性はおいといて……」と話を切り替えた。なんせこのままユーリに話させれば、「ユーリがいれば問題なくね?」となりかねないからだ。


「ヴァンタール卿、東の荒野でモンスターと護衛対象を遭遇させずに目的地まで行けるかね?」


 少しだけ、ほんの少しだけユーリを恨めしそうに睨みつけたサイラスだが、それをクロエに悟られぬよう再び視線をクロエへ……。


「ナルカミの索敵能力があれば、ある程度の展望は見えそうだ……が、荒野は死角も多いし何より逃げた先が袋小路や毒沼……と言った可能性を考慮するとかなり難しいだろうな」


 クロエの現実的な答えに、ユーリですら「そりゃそうだろ」と溜息を返すしか出来ない。ユーリが分かるのは、あくまでも生物の気配であって、危険なもの全般を感知できる訳ではないのだ。


 安全を高めるためにルートの選定から、周辺モンスターの討伐まで、リリアが荒野へ行く前日から当日にかけては、多くの安全策が取られることとなっている。それでも絶対という事はない。それが荒野の日常である。


 行き当たった問題に、クロエが眉を寄せて「護衛人数を増やすか」とブツブツ呟く姿に、サイラスがニヤリと笑って口を開いた。


「もし、君が……いや、護衛につく全員が、ユーリ君と同様の……どう思うかね?」


 悪い顔をするサイラスを見たユーリは、クロエをここに呼び出した真意に気づいた。「いいのか?」と言いたげな視線を、サイラスの横に控えているクレアに向けるが、クレアはいつものように笑顔を返すだけだ。


「そんな事が出来るなら、願ったり叶ったりだな」


 与太話を、とでも言いたげに豪快に笑い飛ばすクロエが「オーベル嬢の護衛抜きにしても、生存率が上がっていいではないか」とまた笑ってみせた。


「生存率があがる……結構」


 そう言って立ち上がったサイラスがクロエを前にニヤリと笑う。


「そう言えば、君はで来たのであろう?」


 不意に変わった話題にクロエが眉を寄せるが、「そうだな」と短く同意の言葉を返した。


「このまま何も報告できずに【軍】へは帰れまい?」


 笑うサイラスに「何が言いたいのだ?」とクロエがその瞳を細めた。


「君に……を教えよう」


 笑顔のまま「ついてきたまえ」と言うサイラスの後を追うように、クロエは黙ったまま歩きだした。


「さ、ユーリさんも行きますよ?」

「え? 俺も?」

「はい」


 クレアに促されてユーリもまた……どうやらまた一悶着ありそうで、それに巻き込まれるんだろうな……と肩を落とすユーリだが、リリアの安全のため…そして乗りかかった船だ、と仕方がなしにその後に続くことにした。

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