第142話 空が青いだけで頑張れる
騒がしくも楽しげに歩くカノンとユーリ、そしてリリア。三人の目の前には、ユーリには懐かしい西門が見えてきた。ほんの二ヶ月程前にこの街に辿り着いた時には、こんな事になるとは予想だにしなかった、とユーリは少し感慨深げに笑みをこぼした。
「なにニヤニヤしてるんですか? そんなにリリアさんと出かけるのが嬉しいのでしょうか?」
ニマニマと覗き込んでくるカノン。そのアホ毛をユーリが無言で握れば「ぎぃええ」と漏れる声。そんな声に反応したのは……
「お前らは歩く時すら静かに出来ないのか?」
呆れ顔で現れたクロエだ。
「おや? クロエさん、なぜここに?」
アホ毛を引っ張られながら小首を傾げるカノンに、「臨時だがお前らのチームの一員だからな」とクロエが仕方がないだろと言いたげに肩を竦めた。
「何がチームの一員だ。大方厄介払いされただけだろ」
小馬鹿にして「ケケケケ」と笑うユーリに、「貴様と一緒にするな」とクロエが眉を吊り上げた。
「あ、あの――」
間に割って入ってきたリリアをクロエとユーリが同時に見る。
「リリア・オーベルです。今日は宜しくお願いします」
頭を下げるリリアに、クロエが居住まいを正して小さく咳払い。
「こちらこそ……そして、私の同胞が少々迷惑をかけたことをお詫びしよう。
笑顔を見せるクロエに、
「いえ、詳しいことは良く分かりませんが……折角頂けた機会ですので頑張ります」
リリアは両拳を握りしめてやる気に満ちた表情を見せた。その様子にクロエは、なるほど、ユーリが怒るわけだと妙に納得している。リリアが己の歌にかける思いは、どうやら連中が下心で利用して良い物ではないようだ。
「今日……だけでなく、当日も行動を共にするのだ。あまり堅苦しいのは止そう」
「はい!」
向かい合い笑い合う二人を見て、ユーリは少しだけ胸をなでおろした。クロエの言う通り、当日は一日中このメンバーで動くのだ。サポートにダンテ達が入ってくれるが、仮にリリアとクロエの相性が悪ければ、中々苦しい道中になっていた事だろう。なんせメインでリリアの護衛をするのはクロエだ。
能力の関係上、それが一番ベストな配置になるため、その二人の相性というのはユーリからしたらある種大きな懸念であった。
一つ目の懸念が払拭されて、少しだけ安心したユーリが小さく安堵の息を吐く。
そんなユーリを見ていたカノンが再びニンマリ。
「良く考えたらハーレムパーティですね、ユーリさん」
ニヤリと笑うカノンの言葉に、クロエとリリアの耳がピクリと動いた。クロエもリリアも気がついていたが、敢えて触れなかった部分にカノンが突っ込んだ形である。
そして……
「お前バカか。これの何処がハーレムだよ」
……そんな事に気が回らないのがユーリという男である。と言うか、リリアもクロエも話に花が咲いていたので、こちらのことを気にしていないと踏んでの発言だ。そしてその甘さ、いや女性の耳の良さを舐めていたユーリの誤算である。
「ポンコツ騎士に」
「……ポンコツ」
「魔法少女(笑)」
「(笑)ってなんですか!」
「んで……口煩ぇ吟遊詩人と来たもんだ」
「口煩い……ですって?」
「これの何処がハーレム――」
笑っていたユーリだが、背後に感じる恐ろしい気配にハッと気が付き言葉を切った。まさかと視線を彷徨わせ、思わず生唾を飲み込んだユーリの前でカノンが諦めろとばかりに首を振る。
「どうも……口煩い吟遊詩人ですけど?」
その言葉に「いや、あれは言葉の綾というもので……」とユーリが振り返るが、圧を持った笑顔のリリアが「フフフ」と不気味な笑い声を上げた。
「……今日のデザート抜きね」
「いやーーーーー! それだけは勘弁!」
崩れ落ち、悲鳴を上げるユーリを尻目に「駄ーー目!」とリリアが腕を組んで頬を膨らませた。
「お前が悪い」
「ユーリさんが悪いと思います」
無情な言葉と嘲笑を浮かべたクロエとカノン。
女性三人に見おろされる、そんな姿を……
「あいつら……何やってんだ?」
「リンファ、画像に収めましょう」
「流石に可愛そうじゃない?」
「ウム。ユーリ・ナルカミ……情けないのである」
……その日同じ様に西側へ行くリンファ達に見られていたのを、ユーリが知るのはもう少し後の話。
デザート抜きの傷心から何とか帰ってきたユーリを先頭に、四人は漸く西門を出て原野へと歩みを進めた。
「わぁ……」
吹き抜ける風に揺れる草花。どこまでも続く青空を流れる白い雲。それらを見てリリアが手を組んで目を輝かせる。
「空くらい農業区で見た事あるだろ?」
眉を寄せるユーリだが、「普段は入れないもん」とリリアは目を輝かせて空を見上げながら応えた。
「私達は見慣れてますけど……」
「下層の人からしたら、仕方がないだろ」
リリアの感動に心を寄せる女子二人に、「そんなもんか?」とユーリは少しだけ眉を寄せてリリアへ視線を戻した。
「モンスターが居なくなったら、私達も自由に空が見られるんだよね」
感慨深げに振り向くリリアに、「まあ、そうだな」とユーリが頷いた。
「なら……ハンターとか【軍】は、人々に青空を取り返すための仕事ね」
笑顔のリリアにユーリは少しだけ照れて、「そうとも言えるな」と視線を逸した。臆面もなくよくこんな恥ずかしいことを、とも思うが、別段悪い気はしないでいるのが不思議だ。
青空を取り返す……
ならば今日の仕事は特段頑張らねば、と大きく息を吐いたユーリ……その脇からニマニマとした顔でユーリを見上げるのはカノンだ。
「……何だその顔は?」
「いえいえいえ。他意はありません」
「ならニマニマするなよ」
「え? してましたか。これは失礼」
そう言って己の額をペシリとカノンが叩いた。
「ユーリさんが、『頑張ろう』って思ってるんだろうな、って……青ぞ――っりゃーー」
余計な事を口走ろうとするカノンのアホ毛は、ユーリの手の中に。
「そうだな。お前も頑張らねぇとだな……」
ユーリの座った目に、「と、当然でしょう」とカノンがコクコクと頷く。
「全く……お前らは何をしているんだ」
そんな二人に盛大な溜息をついたクロエが、「オーベル嬢、あの二人は放っといて行こうか」とリリアを促して先へと進む。今日の目的地は然程遠くないとは言え、いつまでも門の前でウダウダしている暇はない。
リリアを連れて行くクロエの後を、カノンとユーリも小走りで追いかける。
漸く本来の隊形である先頭ユーリ、中央にクロエとリリア、後詰めはカノンの形になった四人は南風が吹き抜ける草原を歩き始めた。
時に真っ直ぐ、時に立ち止まり、かと思えば少し迂回するように……ユーリが先導する後を、女性三人が続いていく。
「モンスター……ってあまり居ないの?」
「まさか。今日が珍しいだけだ」
そうして歩いて暫く、モンスターに遭遇しない事にリリアが眉を寄せ、とクロエが「いつもこうなら良いんだがな」気が抜けたように大きく息を吐き出している。
クロエが気を抜いてしまうのも無理はない。開けた草原のお陰と、先頭を歩くユーリの鋭い感覚のお陰で、四人は戦闘をすることなく目的地へ近づいているからだ。そしてそれに気がついているカノンが、後ろで声を張り上げた。
「リリアさんを気遣う、ユーリさんセンサーが大活躍ですからね!」
その言葉にユーリが勢いよく振り返る。
「誰かさんが午後にも予定を突っ込んでくれたからな……無駄な戦闘は避けてるだけだ」
ジト目のユーリに、「私が原因ん!」とカノンが両手で顔を覆った。
「あんま騒ぐな……近いぞ」
そういったユーリが見上げるのは、少し小高い丘だ。
この丘の上に、今日のターゲットが巣食っているという情報が寄せられている。
巨鳥アン・ズー。元はメソポタミアの神話に記される怪物だが、その名前を貰った巨大な鳥である。
今回はそのアン・ズーが持つ、風切羽を数枚回収する必要がある。運が良ければアン・ズーが留守の間、巣に落ちているものでも拾えるのだろうが、運が悪ければアン・ズーを数匹狩らねばならない。
そして今日は……
「どうやらご在宅らしいな」
……運が良い日ではないようだ。
とは言え、どの道討伐しなければならない対象でもあるし、リリアを護衛しつつの戦闘訓練と考えれば、検証が出来るので当たりと言えば当たりである。
丘を見上げるユーリが「三匹だな」と呟き、クロエ達も丘を見上げるが、残念ながらこの確度からはアン・ズーの姿はおろか巣すら見えない。
「三匹ではなく、三羽では?」
「――よし、先手必勝だな」
カノンを無視するユーリの言葉にクロエが頷き、リリアはどうして良いのか分からず周囲をキョロキョロと伺っている。
「ポンコツ騎士」
「クロエだ」
ユーリの言葉にクロエが眉を寄せながらリリアを抱えた。
「え……と?」
困惑するリリアを他所に「いくぞ!」ユーリの掛け声で三人が一気に丘を駆け上がって上空へと躍り出た。
飛び上がったユーリ達の真下には、羽を畳んで休む巨大な黒い鳥の姿が――
「目標確認! 数、三!」
カノンの声にユーリが笑顔を見せる……
「カノン、ブチかませるな」
視線をアン・ズーに固定したままのユーリの言葉に、カノンも視線を固定したまま頷いて急降下――
「――クロエ!」
「誰がポンコ……は?」
急に名前を呼ばれたクロエが、困惑した表情でユーリを眺めた。
「リリアを頼むぞ」
笑顔を見せるユーリに「あ、ああ」と呆けた返事を返すクロエ。それを置き去りにユーリも首を擡げたアン・ズーへと急降下。
先に到達したカノンの斧が巨大な爆発を巻き起こす。
「二羽、仕留めそこねてます!」
「想定内だ」
降ってきたユーリの踵が、吹き飛んできたアン・ズーの頭蓋を砕いた。
難を逃れた一羽が慌ててその羽根を羽ばたかせて大空へ――巨大な羽を広げれば、四人に暗い影が落ちる。
「無駄にデケェな」
「青空が奪われてますッ!」
「言ってろ」
苦笑いのユーリが一気に加速。踏みしめた右足が、地面を穿ちユーリの身体を上空へ――一直線に跳んでくるユーリを前に、アン・ズーがその巨大な羽を羽ばたかせた。
巻き起こる超局地的な竜巻がユーリの身体を押し返し、舞い上がった礫がカノンだけでなくクロエやリリア目掛けて降り注いだ。
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