第141話 恋人とか兄弟の職場に行くと皆寄ってきがち
ユーリが軍人たちをボコボコにした翌朝――目覚めたばかりの路地裏で、いつものように『ディーヴァ』の扉が開いた。
……ただいつもと違うのは……
「ふぁああ……眠い」
「ちょっと待って! 忘れ物がないか――」
――いつもはユーリを見送る筈のリリアが、ユーリと一緒に外へと出てきた事だ。背負っていた小さなリュックを下ろして、中を確認するリリアに、「ちょっとそこまでに、忘れ物も何もねぇだろ」とユーリが呆れ顔でボヤいている。
「ちょっとそこまで……って言っても、私には初めての壁の外だもん」
むくれるリリアにユーリは「へーへー」と気のない返事をしながらも、彼女の言うチェックが終わるのを待っている。
「水筒よし、お弁当は……ユーリが持ってるし……」
一生懸命リュックの中を確認するリリアに、ピクニックかよと言いたいユーリだが、それはおくびにも出さない。彼女の言う通り、初めての壁の外だ。色々舞い上がってしまうのも無理はないだろう。
そう考えれば、サイラスがこの提案をした事の合理性が良く分かる。
――リリア君を連れて、一度西へ出てはどうかね?
昨日あの場外乱闘の後に、サイラスから提案された事だ。そもそもいきなり外に出るのに危険極まりない荒野に出るより、生存圏内である西の原野の方が未だマシだろう。
西側でもモンスターに遭遇するが、開けた視界は索敵は勿論のこと、逃走、闘争の是非の判断が容易に出来る。リリアだけでなく、リリアを連れて荒野を行くユーリ達にとっても良い予行演習となる。
なるほど、中々理にかなっている。と思ったユーリがその場でリリアに確認を取り、あれよあれよで翌日である今日の午前中に西の原野へと出る事が決定し、冒頭の忘れ物チェックへと繋がっている。
とは言え壁の外に出るのに必要な物は、全てユーリの
それでもユーリは荷物を持つ事にも、そして確認を続ける事も黙って見守ったままだ。
無駄だ、早くしろ。と一蹴はしない。先程はああ言ったが、ユーリには何となくこれが彼女にとって必要な時間で、必要な物なのだと分かっている。
不安と期待。それらが綯交ぜになった感情を落ち着けるための行動を。そして少しでもお荷物になりたくないという
ユーリは「しょうがねぇやつだな」と、口に出さずそれを優しげに見守るだけだ。
「よし……大丈夫!」
顔を上げたリリアがユーリに小さく頷いた。
「よし、んじゃ行くか。先ずはハンター協会でカノンと合流だ」
ユーリの言葉に頷いたリリアが隣に並んで歩き始める。
「そうだ、甘いもんとか持ってたりする?」
「……あるけど?」
「さっすがー。ちょっとくれよ」
「駄目! これは皆で食べるヤツだから」
楽しげな会話がまだ目覚めたばかりの路地裏にいつまでも響いていた。
☆☆☆
ユーリとリリアがハンター協会に辿り着いた頃には、既に通りには人が溢れ、協会の扉も引っ切り無しに開閉を繰り返していた。
「朝っぱらからご苦労なこったな」
それを苦笑いで見つめるユーリだが、「私達もその一員じゃない」と隣でリリアはジト目だ。
「俺は良いんだよ」
そうボヤきながらユーリは「人が多いから逸れんなよ」とリリアを振り返ってハンター協会へと足を踏み入れた。
協会の中は、朝一番ということもあり大盛況だ。ここ最近は東征の影響で多くのハンター達が【軍】の下請けとして活動してるが、それでも依頼が無くなるわけではない。
割りのいい依頼があればそちらを優先するもの。
そもそも【軍】に協力する気が無いもの。
東征のついでに、依頼を熟そうという強かなもの。
そう言った連中のお陰で、今日も依頼ボードの前は多くの人でごった返している。
「前にも一度来たことがあるけど……朝は凄いのね」
人で溢れる協会の内部を見回すリリアは唖然としている。
「夕方も凄いけどな……」
肩を竦めたユーリが、「とりあえずカノンを待とうぜ」と端のソファを指差した。
今日やる事は既に決まっているため、依頼を受ける必要はない。今日はリリアを外に慣れさせるのと同時に、彼女の保護装置を作るための素材を取りにいくのだ。
音速を超えるハンターが一般人を抱えて走る……かつてない事態を打開するために白羽の矢が立ったのが、元技術開発局出身の鍛冶屋ゲンゾウだ。
元々貴人用に、危険を感知するとシールドを展開する魔道具がある。今回はそれに一定速度以上で使用者を保護するシールドを展開するよう、改造を依頼しているのだ。
そして今日はその改造に必要な素材を集めに行く……のだが……
「カノンのやつ遅ぇな」
呟くユーリの言う通り、カノンの姿が見えない。いつもはユーリより早く到着しており「おはようございますッ!」と元気に敬礼するのだが、今日は未だのようだ。
周囲を珍しげにキョロキョロするリリアの隣で、手持ち無沙汰に腕を組むユーリ……が知っている気配を感じて呆れ顔で顔を上げた。
「……出たな元祖暇人め」
顔を上げたユーリの視線の先には「暇人ではない」と頬を膨らませるエレナの姿があった。
「リリア、おはよう」
「あ、エレナさん。おはようございます」
笑顔で挨拶を躱す二人だが、ユーリは「何しに来たんだよ」と嫌そうに顔を顰めている。
「リリアの姿が見えたものでな。折角だから声を掛けに来ただけだ」
肩を竦めたエレナが、「急ぐからまた……今度店に顔を出そう」とリリアに軽く手を振って背を向けた。
「おいエレナ」
その背にユーリが声をかければ、訝しむようにエレナが振り返る。
「昨日言いそびれたが……何か吹っ切れた顔してんじゃねぇか」
笑うユーリに、「フッ」とエレナも小さく笑った。まるで「分かるか?」とでも言いたげな仕草に
「ケッ、スカしやがって」
悪態を返すユーリだが、その顔は嬉しそうに笑ったままだ。
「次、君とやる時は前と同じだとは思わないことだ」
「こっちの台詞だ。けちょんけちょんにしてやるよ」
笑顔のまま言葉を交わす二人、そんな二人の間に「おーいエレナさーん」と遠くからエレナを呼ぶアデルの声が割って入った。
「仲間が呼んでいるからな」
そう言って軽く手を挙げたエレナが「リリアもまた」と背を向けてカウンター近くにいる自分のチームの下へ帰っていった。その向こうで「ユーリ君、リリアちゃん、おっはよー」とアデルが元気よく手を振り、ラルドが恥ずかしそうに手を挙げ、フェンが腕を組んで視線を逸らせる。
「エレナさん、格好いいね」
リリアがポツリと呟く視線の先では、エレナが仲間と談笑している。
「そうかぁ? アイツもお前と変わんねぇ普通の女のコって感じだぞ」
肩を竦めるユーリに「そうなの?」とリリアが首を傾げてみせた。
「ああ。あんなんでも色々悩んで――」
「淑女の悩みを大っぴらにするのは感心しませんわ」
遮る言葉に、「でたな」とユーリが顔を顰めて横を見た。そこには扇で口元を隠すエミリアの姿があった。
「何しに来た、暇人二号」
「誰が暇人ですの!」
扇から飛び出した顔が一気に紅潮する。それに気がついたのか、慌てて体裁を取り繕ったエミリアが口を開いた。
「アタクシが用があるのは、歌姫のほうですわ」
そう言ってリリアの前に立つエミリア……ドリルヘアにドレス姿。リリアがソファに座っている事も相まって、見下ろすような格好のエミリアは中々高圧的に見える。
「貴方がリリア・オーベル嬢でよろしくて?」
「そ、そうですが……な、なんでしょう……?」
おずおずと口を開いたリリアに、エミリアが扇を閉じ瞳を細める。
グッと近づけられるエミリアの顔。
仰け反るリリア。
「パン!」
盛大な音を立てて開かれた扇が、ユーリとリリアの間に……丁度エミリアとリリアの顔を隠すように広げられた。
「おいドリ子、テメェ――」
眉を寄せるユーリだが、扇の向こうは恐ろしい程静かだ。
時折
「え? そうなんですの?」
だとか
「そんなものが……」
だとかエミリアの声が聞こえてくる事から、何かしらを聞いているのだろうが……。
暫く扇で顔を隠していたエミリアとリリアだが、開いた時同様、唐突に盛大な音を立てて扇が閉じられた。
顔を上げたエミリアは今まで見た中で一番のしたり顔だ。
「ユーリ・ナルカミ……恐るるに足らずですわ!」
再び開いた扇で口元を隠しながらも、「オーッホッホッホ!」と高らかな笑い声だけを残してその場を去っていった。
「……何だあれ?」
「さ、さあ?」
眉を寄せるユーリと苦笑いのリリア。まさかリリアもユーリの苦手な物を聞きに来た、と正直に言えるはずもなく……。とは言え、リリアが提供できた苦手なものなど、ユーリの嫌いな
「まあ、大体バカばっかだけどな」
ボヤくユーリだが、カノンと二人一番の馬鹿だと評されている事は知らない。
「……にしてもカノンのやつ遅ぇな」
ユーリが呟いて周囲を見渡した瞬間、一人の女性と目が合った。エメラルドグリーンのポニーテール……黄金に輝く瞳。ホットパンツにパーカーとラフな出で立ちだが、伸びる筋肉質で引き締まった脚は、格好が動きやすさ重視だと物語っている。
ユーリと目が合った女性が、ニマニマと笑顔を浮かべながらユーリとリリアへ接近。
「あれ、あれあれあれ〜? ユーリ君、彼女同伴じゃん!」
ニマニマ笑う女性にユーリとリリアが「「な」」と同時に声を発した。
「良いって良いって。照れなくて」
笑って手を振った女性が、リリアの顔を覗き込む。
「ふーん。チョー可愛いじゃん」
笑顔の女性にリリアは「あ、ありがとう」と若干飲まれ気味だ。
「あたしヴィオラ、よろしくね。リリアちゃん」
差し出されたヴィオラの手を「よろしく」とリリアが笑顔で握り返す。
「うーん。可愛い! これはユーリ君が軍人をボコボコにするのも分かるね」
ウンウン頷くヴィオラに「おい、てめ――」とユーリが慌てて止めようとするが、隣のリリアが「どういう事?」とヴィオラに首を傾げた。
「知らないの? 昨日ユーリ君が、リリアちゃんを誘った軍人達をボコボコにしたんだよ。『俺の女に手ぇだすな』って」
ケラケラと笑うヴィオラに、リリアの顔が赤くなる。
「おいこらスティッキオ※適当こいてんじゃねぇぞ」
とユーリが眉を寄せるが、「だってあたし又聞きだし」とヴィオラは気にした素振りもなく口笛を吹いてみせた。
※スティッキオ:野菜。白い茎と緑の葉。ヴィオラの肌と髪を模して。
「詳しいことは今度教えてあげるね」
「又聞きって言ってたじゃねぇか」
「今度女子会しよ! アタシ達と、エミー、エレナにアデルでしょ……それにカノンとリンファも呼ぼう」
ユーリを無視するヴィオラだが、「楽しそう……」とリリアは女子会に食いついている。
「じゃ、連絡先交換しよー」
出会ってまだ数分……流れるように交換された連絡先に、流石のユーリも唖然としている。なんせユーリ自身リリアやカノンと連絡先を交換するのに結構な時間を要したのだ。
台風の様に現れた恐るべきコミニケション能力の固まりは、これまた台風のようにいつのまにか去っていた……呆けるユーリとリリア、そして……
「ってことで俺とも連絡先を交換してくれよ〜」
……訳の分からない漂着物を残して。リリアの前で白い歯を見せるダンテに気がついたユーリが眉を寄せる。
「おいキザ男……『って事で』の前後が繋がらねぇぞ」
ユーリの言葉に「細かいことは良いだろ〜」とダンテが肩を竦めてもう一度白い歯を見せた。
急に表れてナンパな言葉を紡ぐダンテに、リリアが目を白黒させる中、ユーリが溜息をついてダンテを顎でシャクって口を開いた。
「お前を駐屯地に連れて行く時、補佐してくれるチームのリーダーだ」
その言葉にリリアが「よろしくお願いします」と頭を下げ、ダンテが「気楽に行こうぜ〜」と笑顔で手を振る。
「って事で俺とも――」
「おいダンテ、早くしろ! ブルーノにどやされるぞ!」
デバイスを立ち上げたダンテの襟首をロランが引っ張っていく。
「邪魔したなお二人さん」
軽く手を上げるロランと、「れ、連絡先〜」と引き摺られていくダンテ。
「フ……フフフフ」
それを見ていたリリアが急に笑い出した。
「何だか賑やかね」
眦を拭うリリアに「バカばっかだけどな」とユーリが溜息をついた。
「つーか結局カノンは――」
「キターーー! やりましたよ!」
ユーリの言葉を遮ったのは、満員御礼の依頼ボード前から転がり出てきたカノンだ。
「あ、ユーリさんリリアさん、おはようございますッ!」
転がりながら敬礼するカノンに、「お前、何やってんだよ」とユーリのジト目は止まらない。
「フッフッフ。見て下さい。超割りの良い依頼を取ってきました! あれ? そう言えばなんでリリアさんがここに?」
カノンのドヤ顔は一転キョトンとした顔に……それを前にユーリは頭を抱えている。
「お前……今日は依頼要らないって言ったよな」
「は! そう言えば……」
思い出したという素振りのカノンに、「一番のバカがここにいる」とユーリは頭を抱えたままだ。……ちなみにそれと同列に語られている事をユーリは知らない。
「もういい。とりあえず午後は空いてんだ、午後からこなすぞ」
「馬車馬の如く働かされるッ!」
「お前のせいでな」
頭を鷲掴みにされたカノンが、「ぎぃぃええええ」といつもの悲鳴を上げる頃、奥から出てきたサイラスに「そこ! 静かにしたまえ!」と雷を落とされる始末だ。
ハンター協会の朝の風物詩……それを見たリリアが「陣中見舞い楽しくなりそうね」と満面の笑みを見せた。周囲のハンターがそれに見惚れるが、隣のユーリに気が付き慌てて視線を逸らす。
「まあ、賑やかになるのだけは間違いねぇな」
肩を竦めたユーリが、「さっさと行こうぜ」と入口へ向けて歩きだした。
「そう言えばもう一人いるって聞いてたけど?」
「ああ、アイツは【軍】の人間だからな。今日は東征の手伝いだ」
「そうなんですか?」
「何でお前が知らねぇんだよ」
いつも以上に賑やかな声を残して三人がハンター協会を後にした。
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