第139話 怒るのには理由がある。

 ※今回かなり短めです。申し訳ないです。


 白熱した会議が終わり、本来であればこのまま支部長室で最終の詰めを行う筈だったユーリだが……昨日の今日で再び協会所有の訓練施設へと来ていた。


 理由は勿論……


「我々に対する侮辱の数々、貴様自身で償ってもらうぞ!」


 ユーリの目の前で鼻息荒く、怒り狂う軍人たちのせいだ。


 昨日のがらんどうとした訓練場とは打って変わって、今日は満員御礼の賑やかな雰囲気である。そこかしこにあの会議に出ていたハンター達が見えるのは、事の経緯を気にしてのことだろう。一部野次馬のように騒ぎを聞きつけ駆けつけた者もいるようだが……。


「暇人ばっかだな」


 そんなギャラリーを見て溜息をついたユーリに、軍人たちは「これで逃げられんぞ」とニヤ二ヤと笑っている。


「バカか。逃げられねぇのはお前らだ」


 軍人たちに向き直り、ユーリが大きく溜息をついた。


「強がりを……今謝れば、手加減してやらんでもないぞ?」


 ヘラヘラと笑う軍人を前にユーリは「遠慮しとくぜ」と吐き捨て再び溜息をついた。


「俺はお前が謝っても許さねぇからよ」


 ニヤリと笑うユーリに、「馬鹿な男め」鼻を鳴らした軍人が続ける。


「この期に及んで勝てると思っているとはな」


 大げさに嘆息してみせた軍人に、ユーリは開きかけた口を閉じた。……これ以上の口喧嘩は面倒だ、と。


 そもそも考え方が違いすぎる。ユーリからしたら、勝てる勝てないで勝負を挑んだことはない。やる理由は一つ……ムカつくから、だ。


 そしてやるからには勿論勝つつもりだ。……喧嘩するのに、鹿


 そんな事も分からない。そんな事も経験した事がない、だから「勝てると思っているのか」などと頓珍漢な発言がでるのだ。


 本当の闘争など知らない、お坊ちゃん相手だ。これ以上の問答は不要だろう。


 そもそも口で言い負かして矛を収める段階は、のだから……静かに燃える怒りを抑え込み、ユーリは話を切って次に進める事を選んだ。


「で? ルールはどうするよ?」


 面倒そうなユーリを前に、軍人たちがその顔を引き締めた。軍人たちの数は凡そ十。それを前に臆する素振りもないユーリに、漸く軍人たちも異質な物を感じ始めている。


 黙って考え込む軍人たちにユーリは「早くしてくれよ」と再び溜息をついた。とは言え、ルールの選定は彼らからしたら重要事項だ。なるべく自分達が有利になるように、かつ観衆から見ても不公平感がないように……


 悩む軍人たちから視線を逸したユーリが、少し離れた場所で腕を組むクロエを見た。


「立会人、お前が決めろよ」


 顎で軍人たちをしゃくるユーリの顔には、「日が暮れるぞ」とでも書いてあるかのようだ。


「好きにしろ……殺さなければなんでもいい」


 面倒そうに鼻を鳴らしたクロエに、「」とユーリが顔を顰めた。まさかユーリが勘づいていたとは思いもよらなかったのか、クロエが驚いた表情を見せるも、ユーリはそれに突っ込むこともなく視線をクロエから軍人たちに戻した。


「おい、さっさと決めろ。日が暮れるぞ」


 腕を組んで足で床を叩くユーリに「もう少し待て」と一人の軍人が声を荒げた。


「もういい。ルールは俺とお前ら全員、武器、能力の使用ありだ」


 吐き捨てたユーリに分かりやすく周囲がザワついた。それはルールとは名ばかりのだからだ。


「そ、それは流石に……」


 と一人の軍人が顔を顰めるが、それをクロエの笑い声が遮った。


「貴様ら、舐められているぞ?」


 笑い声を上げるクロエの「舐められている」という言葉に軍人たちが反応してユーリを睨めつけた。


「き、貴様――」


 顔を顰める軍人にユーリが鼻を鳴らす。


「どうせ条件を絞ったら、後からゴチャゴチャ言ってくるだろ? 面倒だから、お前らの全力を叩き潰してやるよ」


 ニヤリと笑ったユーリが軍人たちを前に手招き……もうこれ以上の問答はしない、という態度に、自然とルールは何でもアリに決定した。


 ユーリがここまで言うのには……怒るのには理由がある。ここに来るまでの道中に、エレナからどうやら今回の発端は、目の前の男がリリアに惚れているからという理由で引き起こした事態らしい。


 別にリリアに惚れるのは構わない。好きにしたら良い。だが、それを隠してリリアが本気で楽しんでいる「歌」を引き合いに出すことが許せなかったのだ。リリアがメインでその歌がオマケというわけだ。


 リリアは自分の歌が誰かの励みになるなら……と喜んでいたにも関わらず、その裏にこんな下らない真相があったと言うわけである。


 何ともつまらない男だと思うし、淋しい男だとも思う。あの歌声を含めてリリアはリリアなのだ。それをオマケに見て、あまつさえ自分の株を上げるために、その歌声に餌をチラつかせたのだ。


 控えめに言って許せるものではない。


 好きなら好きで、最初からそう言えばいい。君が好きだと。


 ふつふつと煮えたぎる怒りを「何が陣中見舞いだ」とユーリは呟きにして吐き出した。


 歌が認められたと喜んでいたリリアの顔に、その歌声に泥を塗った事は決して許さない。


 ……だから逃さない。真正面から叩き潰すため、この条件は嫌でも飲ませよう。


 怒りを鎮めるように、小さく息を吐いたユーリが顔を上げた。


「さっさとしろ。この条件でも怖い、ってんなら話は別だが?」


 悪い顔で笑うユーリを前に、軍人たちの怒りはピークに達したようでその瞳が細められた。


「いいだろう。その傲慢な態度を後悔するといい」


 赤かった顔が今は真顔に……完全にキレた軍人たちがゲートから軍用刀サーベルを引き抜いた。


 向かい合う両者。間に流れる緊迫した雰囲気に、「さて……」とクロエがその間に向けてゆっくりと歩きだした。


 先程は「舐められている」と言ったが、それは別に焚きつける為だけではない。事実ユーリは軍人たちを舐めすぎだと思っている。


 彼らは腐っても軍人……しかも大尉とその取り巻きだ。中隊の中でも指折りの実力者達であり、大尉に至っては叙事詩エピッククラスの能力持ちだ。そんな相手を含む凡そ十人に、素手で大した能力のないユーリがどう立ち回るのか。


 灸を据えるつもりだったが、どうやらそれ以上に面白いものが見られそうだ、とクロエが口角を上げて両者の間に立った。


「双方、殺しは無しだ。それ以外は好きにしろ」


 クロエが右手を真っ直ぐ上に伸ばし――


「では……始め――」


 ――声と共に腕を振り下ろした瞬間、ユーリの姿が消え、端の一人がけたたましい音を立てて壁に打つかった。


 一瞬何が起こったのか殆どの人間が理解できていない。

 開始の合図とともに、ユーリの繰り出した左正拳が、吹き飛んだ男の顔面を捉えたのを見たのは、エレナやダンテくらいだろうか。


 壁に打ち付けられ、力なく男が倒れる……「ドサッ」という音が訓練場に響く中、それを成したユーリが首を鳴らして軍人たちを睨みつけた。


「つまんねぇ事にアイツを巻き込みやがって……」


 構えを取ったユーリが再び手招き。


わりぃがテメェらにアイツの歌は聞かせられねぇ……は病院のベッドで迎えてもらうぞ」


 獰猛な表情のユーリを前に、「黙れ!」と軍人たちがその手の軍用刀サーベルを振り上げた。

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