第130話 蛇が広げし炎の翼(後編)

 一旦開始地点まで戻ってきた四人は、周囲を警戒しながら崩れ落ちた滑り台の脇に、身を隠すように屈み込んだ。


「イーリン魔力反応はあるかしら?」


 エミリアの声に、暫し反応の無かったイヤホンだが「イーリン?」と続く声に、


『……今のところ…ナシ』


 と返って来た答えは自信のなさが滲み出た声音だった。完全な不意打ちを許してしまったイーリンからしたら、オペレーターとしての面目丸つぶれと言った気分だろう。実際今もイヤホンの向こうでは、動揺しているのだろうイーリンが、忙しなく機器を触り続ける音が微かに聞こえてくる程だ。


「さて、見えない敵……ですわね」


 扇を開いて口元を隠したエミリアだが、その眉根に滲む悔しさは隠せていない。


 手痛い不意打ちで、貴重な復活回数が減っているのだ。もちろん捜索隊形が上手く機能していた……とも言えるが、エミリアが復活の際に出す炎以外で、敵を捉えられたものがない。


 つまり次も同じ様な状況になる未来しか見えない。


 貴重な復活枠を使用して、分かった事は『敵が見えない』という分かりきった事実だけ。エミリアが悔しさを滲ませてしまうのも無理からぬことだろう。


「アタクシ達では非常にが悪い気がしますわ」


 エミリアの言葉に頷くのはルカだ。イーリンの話によると魔力の反応自体はある。あるのだが、微弱な魔力を捉えられる程、エミリアもルカも気配察知には長けていない。


 それは今までエミリアの復活頼みで活動してきた弊害とも言える。だが流石にサテライトでも感知できるかどうか、というレベルになれば、鍛錬どうこうという話でもないのも事実だ。


「悔しいですが撤退の方向で考えたいのですが?」


 皆を見回すエミリアの瞳には悔しさと呆らめが滲んでいる。悔しいがこればかりはどうしようもない、と。


『……そだね。今クレアさんが支部長に確認してる』


 イヤホンの向こうでイーリンも大きな溜息をついた。


『……可能性としては、ユーリを投入するかも……』


 続くイーリンの声に、エミリアが分かりやすく眉を寄せて不快感を示した。ユーリと一度荒野に出てからというもの、エミリアはユーリに変なライバル意識を燃やしている節がある。


 ライバル意識……と言うよりも見返してやろうという雰囲気だろうか。


 兎に角エミリアからしたら、ユーリに貸しを作るような流れはあまり好ましくないのだろう。


「……ユーリ・ナルカミですか。いくら集団戦に強くとも、見えない相手はどうしようも無いのではなくて?」


 不満を口にしたエミリアに首を振ったのはリンファだ。


「アイツは目を瞑ってても、人の動きが読めるんだよ」


 苦笑いのリンファは、一度それを目の当たりにしている。衛士隊の訓練場で、ユーリが目隠ししたまま隊士を手玉に取っていた場面を。


「なんですの……それ……」


 あまりの驚きに、エミリアの口元を隠していた扇が下がる。ポカンとした表情は、初めて見るな。とリンファは場違いな事を思ってしまった頭を軽く振った。


「あいつは……あれは一種のだな」


 酷い言い草であるが、「あ、何か分かるかも」「ウム。そうであるな。戦いの変態である」『……変態で馬鹿』と三人の賛同が得られる辺り、ユーリと言う男への周囲の評価が伺い知れる……



 …………



「へっぷし――」

「おや? ユーリさん、風邪ですか?」

「いや、誰かが俺の噂してるな。素敵で格好い――」

「馬鹿で変態だ、ってな」

「……喧嘩売ってんのか? ポンコツ騎士」



 …………


 クロエの勘の鋭さは置いといて、ユーリなら何とか出来るだろうと言う事はエミリア以外満場一致で納得の提案である。とは言え……


「ナルカミは今、ヴァンタール少佐に張り付かれてるんだろ?」


 リンファの疑問に、イヤホンの向こうでイーリンが、『……だから直前まで進んだ段階でユーリを突っ込む予定』と返した。


『……一応調査としては成功。仮にうち以外のチームなら、誰かが死んでた可能性もあるから』


 落ち着きを取り戻したイーリンの言葉に、全員が顔を見合わせた。それもそうか、と。


(調査なんだ……これで良いよな……)


 全員が撤退へのムードを作り出す中、リンファ一人が退却中に色々模索していた案を頭の隅へと追いやっていた。


 見えない。感覚に優れたハンターが必要。


 確かにそうだ。そうなのだが……リンファには一瞬だが見えていたし、サテライトが魔力を感知するのとほぼ同時に、を感じていた。恐らくあれは魔力とはまた違うものかもしれないが、今となってあの感覚は、確かにモンスターが居た方角に強く感じていた。


 とは言えそれも今は必要ないこと、とリンファは少し俯いてその考えを――


「リンファ。言いたいことがあるなら言いなさいな」


 扇で口元を隠したままのエミリアが、冷めた瞳で俯いたリンファを見ている。


「え? あ、いや――」


 急に声をかけられ吃ってしまうリンファに、エミリアは冷めた瞳のまま口を開いた。


「アタクシ……あなたのそういう部分、。一歩退いて『アタシなんて』みたいな雰囲気を出す所」


 エミリアの言葉に、リンファは苦笑いしか浮かべられない。実際エミリアやルカ、それにゲオルグに比べたら大した活躍をしていない、と常日頃から思っていた。加えてあの奪還祭前の戦闘だ。人生で初めて意気込んで戦ったものの、結果は惨敗。


 何とも情けない女だ。と心の何処かで思っていたのは事実なのだ。


 それをまさかこんな年下に見抜かれているとは……あまりにも的を射たエミリアの発言に、「は、ははは」と乾いた笑いしか上げるくらいしか出来ないでいる。


「退却の時の指示は素晴らしかったですわ。あなたに必要なのは、自信ではなくて?」


 そう言ってエミリアが扇を「パン」と閉じた。


「……ったく。普段ツンケンしてるくせに言いたい放題いいやがって」


 苦笑いのリンファだが、その顔に不快感は見えない。


「……あのモンスター……アタシ達で倒せるかも……っつったら乗るか?」


 リンファの言葉に「作戦次第ですわ」とエミリアがニヤリと笑った。


 二人の間に流れる微妙な空気の変化に、ゲオルグとルカが顔を見合わせどちらともなく笑みを浮かべた。


 それを横目に見ながらリンファがとりあえず自分の身に起きた変化を話し始める――




「それは恐らくですわね」


 扇を広げるエミリアに「多分な」とリンファが頷き、残された男二人は話についてこれていない。


「それと多分、触覚の異常発達も…」


 付け加えるリンファの言葉に、「ナーガ……まさに蛇の如き能力ですわ」とエミリアは驚嘆の溜息を漏らしていた。


 リンファの感じた妙な感覚と、エミリアが襲われる直前に見えたカラフルなマダラ模様。それはどちらも蛇が有する能力だろう。と二人は結論付けていた。


「とは言え、こんなの能力なんて使


 肩を竦めるリンファに残りの三人も頷く。実際能力の検証も何も済んでいない。その状態でそれ頼りで死地へ飛び込むのはただの馬鹿だ。


 もちろん戦闘中に使えると判断できれば、適宜組み込む事は問題ないだろうが、最初からこの能力ありきで作戦を立てるなど愚の骨頂だ。


 リンファが肩を竦めて話し終えた頃、『……調査結果が出た』と、モンスターの活動範囲予測調査に出ていたイーリンが帰ってきた。


『微弱な魔力反応の分布から、九割九分あの廃墟内にしかいないっぽい』


 イーリンの言葉に、全員が顔を見合わせる。この先は分からないが、一先ず今は目の前の廃墟に集団で巣食っているのは間違いない。恐らくそこが彼らの縄張りであり巣なのだろう。


 つまり、あの廃墟に巣食うモンスターを駆逐すれば、暫くはここ一帯は安全ということになる。


 遊具の多くが撤去されたり、風化して無くなっているとは言え、ごく狭い範囲でしかも見通しの悪い場所。加えて姿の見えない敵だ。


「それでは、どうするのであるか?」


 首を傾げるゲオルグに、リンファはニヤリと笑ってみせた。


「簡単だ。見えないなら、


 ニヤリと笑ったリンファが「全員頼みがあるんだが……」と作戦を話し始めた。





 リンファの作戦を聞いた全員が押し黙る……その表情は困惑などではない、期待に満ちた、それならイケるかも、という表情だ。


 全員が顔を見合わせてからは早かった。


 ゲオルグが、直ぐ傍を流れる運河へ水の調達を。

 ルカとエミリアは直ぐ側に自生している草花の調達を。

 イーリンサテライトは上空から全員のを――微弱な魔力反応があった時点で、即座に警告を出せるように待機している。


 そしてリンファは……イーリンから送られてきた地形データを基に、地面になにか良く分からない計算式を書き続けていた。


「リー・リンファ隊員。持ってきたであるぞ」


 始めに帰ってきたのはゲオルグだ。両手一杯に抱える球体は、全部リンファが自作して持参した煙幕弾だ。煙幕弾の構造は至極単純で、この球体の中に超高圧縮した煙が入っているだけだ。


 そして今回、その煙幕弾の中身を、ゲオルグに頼んで水に入れ替えてもらったのだ。


 中身は超高圧縮された水……圧力の上昇で上がった温度により水蒸気に変わっているだろうが。


 兎に角その水蒸気爆弾を持ってきたゲオルグに、「すまねえ。そこに置いといてくれ」とリンファは計算を続けながら返事をした。


 リンファの計算が終わる頃、エミリアとルカもゲートいっぱいの野草や花を持って帰ってきた。


「うわー。凄い計算……」


 数字の羅列を見たルカが、拒否反応のように苦笑いを浮かべ、「大したものですわ」とエミリアですらその目を丸くしている。


「二人共、その持って帰ってきた物を隊長に渡してくれ……隊長、


 リンファの言葉に、ゲオルグが頷いて黙々と草花を握りつぶして出てきた汁を水蒸気爆弾の蒸気取り込み口へ落としていく。それに倣うようにルカもゲオルグの隣で草花を潰し始めた。


 ぎゅううう。という音が暫くあたりに響く。


「イーリン、計算間違いがないかチェックしてもらえるか?」


 腰を伸ばしながら口を開いたリンファに『……おっけー』とサテライトが地面付近まで降りてきた。


『……完璧。コンソール無しでこの計算は凄い』


 イーリンからの合格が出た頃、草花絞りもどうやら終わったようだ。男二人の手をビチョビチョに汚した結果は、色付き水蒸気爆弾凡そ十個という結果に。






「よし、それじゃあやるぞ……全員位置についたな」


 リンファの声に廃墟を囲むように四方に散らばった全員が頷き左耳のイヤホンについたボタンを押す――イヤホンから一本の棒が視線と水平に伸び、全員の左目前方にホログラムを映し出した。


 半透明なホログラムだが、そこにはまだ何も映っていない。全員の左視界が薄緑の画面に覆われただけだ。


 そんな画面越しに、小さな遊園地跡を見るリンファが口を開いた。


「イーリン、頼む」


 その言葉で、全員の左視界に幾つかの点が映し出された。遊園地跡の中に映し出される幾つもの点。水蒸気爆弾と同じ数の点に向けて、全員が手に持った水蒸気爆弾を投擲――おおよその位置へそれぞれが乾いた音を立てて落下した。


 が、落下しただけで爆発はしない。いや、爆発しないようにリンファが改造している。


 魔導銃マジックライフルを構えたリンファが


「んじゃ、行くぜ……反撃の狼煙だ――」


 笑って引き金を引けば、射出された魔弾が一気に枝分かれして、水蒸気爆弾目掛けて右へ左へ蛇行しながら高速で進む――


 ほぼ同時に撃ち抜かれた水蒸気爆弾が、一気に水蒸気を吹き出した。計算通り、内向きへ――


 廃墟内が一気に色付き水蒸気に包まれる。

 吹き出す蒸気が転がる瓦礫を吹き飛ばし、辺りを綺麗に整える中、至るところから何かが苦しむような叫び声が上がっている。


 無理もない。一瞬で一〇〇度近い蒸気が全身を包むのだ。モンスターと言えど、苦痛を感じずには居られないだろう。


『……見えた……数十八』


 どうやらサテライトが、蒸気の中で藻掻くモンスターの影を捉えたのだろう。


「オーケー。未だ突っ込むなよ……隊長、


 リンファの言葉に、ゲオルグがいる方角から高々と二つの球体が廃墟の真ん中付近へ放り投げられた。


 再びリンファが引き金を引けば、二つに枝分かれした魔弾がそれぞれを撃ち抜いた。

 上空に広がる目に見えるほどの


 冷気に打つかった色付き水蒸気が、色付きの雨に――


『……作戦成功。敵影十八、視認』


 イーリンの言葉を皮切りに、全員がそれぞれの方角から飛び出し、色付き水を被った二足歩行のカメレオンを屠っていく。


 殴り飛ばし。

 叩き切り。

 突き刺し。

 穿ち。


 今回リンファが見て感じたものと、イーリンのサテライトで感じた魔力反応の結果から、リンファは一つの仮定を立てていた。


 相手は基本的に止まっており、動く時に初めてセンサーに察知される。

 つまりそれまでは、魔力どころか体温すら発していない、という恐ろしい生態を持っている。

 だが、それだけだ。動くマダラ模様を見たリンファの感想としては「遅い」の一言に尽きる。

 勿論不意打ちで反応が遅れエミリアが一撃を貰ったが、相手が見えていたらリンファでも見抜ける速度だ。エミリア達が遅れを取ることなどあり得ない。


 水蒸気にした理由は単純で、屋根の下に居るような相手にも効果的だからだ。


 屋根の下で耐え続けたとしても、結局時間とともに湿気に変わる水蒸気で、薄っすらとだが身体に色がつく。

 色さえついてしまえば問題ない。


 結局終わってみれば、準備にかかった時間が何なのか、という程の一瞬でモンスターの殲滅が完了した。


「イーリン、周囲に敵影は?」


 エミリアの声に暫くしてから『……クリア。敵影、魔力反応なし』と嬉しそうな声が返ってくる。


「任務、達成ですわね」


 嬉しそうな口元を隠すエミリアが、安堵の溜息をつくリンファへ視線を向けた。


「リンファ、それでこそ焦土の鳳凰フェニックスですわ」


 扇を閉じて笑顔を見せたエミリアに、『だから言った。リンファは賢い。ユーリとカノンは駄目。馬鹿だから』とイーリンもイヤホンの向こうで大きく頷いているのが分かる。


「あ、当たり前だろ?」


 照れたリンファが頭を掻いた。……なんだ。認識していないだけで、あの不器用な優しさは自分にも向けられていたのだ、と。


「これからも焦土の鳳凰フェニックスの羽根一枚分くらいの仕事は頑張るさ」

「あら、翼くらいは担ってもらわないと、ですわ」


 微笑む二人をゲオルグとルカが微笑ましげに見ている。


 沈み始める太陽が、リンファの誇らしげな笑顔を橙に染めていく……まるで炎に照らされているかのように――




 …………


「へっぷし」

「また噂されてますよ!」

「馬鹿で駄目な男だってな」


 …………



 次回から本編に戻ります。

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