第124話 皆色々抱えて生きている

 サイラスの言葉にユーリが暫し固まる。


「聞こえていなかったのかね? カノン君は――」

「聞こえてるわ!」


 思いの外大きな声が出た事に、ユーリが恥ずかしそうに口元を覆って目を逸らした。自分でも驚くほど動揺しているようだ。


 サイラスの言葉に思わず固まってしまう程に。

 もう一度その言葉を聞きたくなくて、大きな声を出してしまう程に。


 吹き抜ける風が、少し熱を帯びたユーリの頬を冷ましていく。


「あの日、我々が潜入した研究所で保護したのが、当時六歳だったクレア君と、そして――」

「カノンだったって訳か……」


 落ち着きを取り戻したユーリの呟きに、「左様」とサイラスが頷いた。


「カノンは……あのは、私が生み出してしまったんだ……」


 震えながら呟くのは、カノンの祖父だ。その言葉に「どういう事だ?」とユーリが眉を寄せてサイラスを見た。


「クラウスは元々医療保険局の職員で、上の指示に従ってホムンクルスの研究をしていたのだよ」


 サイラスの言葉にユーリが複雑な表情を浮かべた。正直命を生み出すという行為を許せた訳では無い。しかもただ単に戦うためという理由で生み出された


 要らなくなれば……なら簡単にのだろう。自分で生み出しておきながら。そんな都合のいい存在がカノンやクレア、ホムンクルスという存在だ。


 で生まれたばかりの存在が淘汰される。まるで自分の幼かった頃を見ているようで反吐が出る。


 だがこの老人が禁忌を犯した事で、結果としてカノンという存在に出会えたという事でもある。


 複雑な感情がユーリの表情にどうしても出てしまったようで、それを見たサイラスが「君の思いは分からないでもない……」溜息をついて続ける。


「ただクラウスの名誉を守るために言うと、彼は……いや殆どの職員が研究がホムンクルスを生み出す物だと知らなかったのだよ」


 クラウスを庇うように前に出たサイラスが説明を続ける。


 二十年前、医療保険局の職員だったクラウスは、上から新薬の実験という名目で様々なモンスターの遺伝子を抽出する作業を行っていた事。

 ひょんな事から、その遺伝子を人の遺伝子へ組み換えている現場を見てしまった事。

 それが示す事の重大性に気がついたクラウスが、当時技術開発局に居た友人であるゲンゾウに相談した事。

 ゲンゾウの友人であったサイラスへ話が回ってきた事。


 その先は先程サイラスが語った通りだ。サイラスと当時の仲間が研究施設を破壊して、当時六歳の子供であったクレアと、生まれたばかりのカノンを保護したのだという。


「他のホムンクルスはどうしたんだよ?」


 眉を寄せるユーリの前で、サイラスが無言のまま首を振った。……つまりそういう事なのだろう。研究施設に突入した時点で生きていた個体は、クレアとカノンだけだったのだ。


 ユーリは吹き抜ける風に攫われた前髪を直して三人を見た。なるほど……カノンの祖父クラウスは、研究者と言われれば納得できる雰囲気だ。サイラスに関しては言わずもがな。……だがクレアはと言うと――


「スマイル仮面がホムンクルス……ねぇ?」


 ユーリが訝しむ様な視線をクレアに向ける。先程は驚いたが、サイラス達の話を聞く限りでは、クレアも戦えるはずだが、彼女からそういった気配は一切感じない。


「私は、そうですね……端的に言うとでしょうか? モンスターの遺伝子が上手く活性化しなかった……とでも言いますか」


 適当な表現が見当たらないのか、視線を泳がせるクレアに「もういい、なんとなく分かった」とユーリが手を振って続く言葉を遮った。


「それで? 保護したカノンをバーンズ祖父さんが孫娘として育てた……って訳か」


「最初の頃は私とゲンさん、そしてクレア君も手伝って、だがね」


 苦笑いのサイラスから、当時の苦労具合が見て取れる。そう言えばゲンゾウがそんな話をしていたな、と。三人と、年端も行かぬ少女が赤ん坊の世話だ。恐らく彼らからしたらモンスターを倒したり、鉄を叩いていた方が楽だったろう。


「その直後、このイスタンブールを奪還して、今に至る……という訳だな」


 話を締めくくったサイラスだが、恐らく激動の一年だったのは間違いないだろう。今より二十年前という事は、サイラスもまだ四十前だ。体力があったからこそ成せた事かもしれない。


「街を奪還したことで、私は今の地位に押し上げられてしまってね」


 肩を竦めたサイラスが滲ませた不本意感だが、何だかんだ二十年もこの最前線を守っているのだ。忙しさは尋常じゃなかっただろう。


「成程……それで今は祖父さんと二人暮らしって訳か」


 ユーリの視線の先でクラウスは「せめてもの罪滅ぼしの偽善だがね」と青白い顔で首を振るだけだ。


 確かにクラウスの言う通りなのだろう。知らなかった。やらされていた。だけでは済まされない。一人の少女をモンスターと戦う為だけに生み出した。


 とは言えそれを責めた所で、既にカノンという存在はこの世界に誕生してしまっている。そして彼は今も一緒にあり続けている。


「……一つだけ聞きたい。カノンが戦ってるのは、アイツの意思か?」


 ユーリの真っ直ぐな視線に、「そうだ」とクラウスが頷いた。


「本当はあのには普通に生きて欲しかった。その為には戦いとは無縁になるようサイラスやゲンさんとも距離を取った……けど――」


 そう言ってクラウスは言葉に詰まった。その様子にユーリは「時代が許さなかったか」と呟き、クラウスがそれに小さく頷いた。


「成人の……ナノマシンの適正検査で投与されたナノマシンによってあの娘のモンスター遺伝子が活性化されてしまった……のだと思ってる」


 苦々しげに呟くクラウスが「ままならないものだよ」と自嘲気味に笑った。


「なるほどな……それで今は活性化した一部の遺伝子の影響がナノマシンだと誤認されてるって訳だな」


 腕を組むユーリに「左様」とサイラスが頷いた。


「アイツが自分の意思で戦うって言ってんなら、俺の口からとやかく言うつもりはねぇよ」


 肩を竦めたユーリに、「祖父としては止めたかったが」とクラウスが苦笑いを浮かべた。


 戦うために生み出された。という一点は気に食わないのは変わらないが、今の時代、成人すれば全ての人がナノマシンの適正検査を受けて、能力者として覚醒する可能性がある。そうすれば、必然的に戦いの場に引っ張り出される事もあるだろう。


 もっと言えば、クロエの様ないわゆる貴族出身であれば、物心ついた頃から戦うための訓練もしている。


 そう考えれば、この時代では誰しもが戦うために生きる可能性というのは十分に孕んでいるのだ。


 それでも、という事は、ユーリにとって


 この上なく許せない事なのに、カノンを少しのも事実だ。


 戦う為に生み出された。にも関わらず、周りからは戦うことを避けるように大事に育てられてきたのだ。産み落とされた理由は同じでも、育てられた環境はこうも違うのか、と少し羨ましさを覚えているのだ。


 ……もし、もし自分の仲間たちが、カノンのように大切に育てられていたら……誰も死なずにいたのではないか、普通の生活を送れていたのではないか、とそう思えずにはいられない。


 とは言えそんな事を思ってみても意味のない事だ。


 久しぶりに感じた哀愁と情けなさを、ユーリは大きく頭を振って掻き消した。


「とりあえず、あんた達がホムンクルスの研究をしてるやつに、心当たりがある事は分かった」


 腕を組んだユーリが「そしてそこにカラスの連中が居るだろう事も」真剣な顔で続ける言葉に、サイラスが頷く。



「ホムンクルスを研究しているのは、医療保険局……」


「なら、そこをぶっ叩けば終いだろ?」


 眉を寄せるユーリには、敵の場所も所属も分かっているのに、そこを叩かない理由が分からない。


「局長ジョゼフ・チャーチだが、十中八九替え玉だからだよ」


 大きなため息をついたサイラスに「替え玉ぁ?」とユーリは素っ頓狂な声を返した。


「二十年前から姿形が全く変わっていない……恐らくクローンを表に立たせて、自分は地下に潜っているのだろう」


 サイラスの言葉にクラウスも「事件前後から殆ど変わっていないからね」と頷いた。


「何でもアリだな……」


 呆れたような盛大な溜息を、一際強い風が攫っていく。


 流れる沈黙に、話は終わったとばかりにユーリは三人に背を向けた。


「一先ず俺に出来る事はねぇな。後はヒョウの情報でも待つわ」


 そう言いながら後ろ手をヒラヒラと振るユーリに、サイラスが盛大な溜息を返した。


 その溜息に「何だよ」と振り返ったユーリの瞳には、呆れ顔のサイラスが映っていた。


「我々の秘密を話したのだ……も聞かせてくれても良いと思うのだがね」


 その言葉にユーリは心底嫌そうな顔をして「爺に興味持たれても嬉しくねぇよ」と吐き捨てて再び背を向けた。


「別に君の過去に興味はないが……ホムンクルスにあそこまで反応し、激昂する君を見るとどうしても……ね」


 含みを持たせるようなその言葉に「何が言いてぇ?」とユーリが身体ごとサイラスを振り返った。


「私も馬鹿ではない。君の反応を見るに……君もなのだろう? ユーリ君」


 真剣な表情のサイラスにを前に、ユーリは腕を組んで黙り込んだままだ。再び吹く風が二人の間を通り抜ける。


「俺がホムンクルスだ……って言いてぇ訳か」


 呟いたユーリにサイラスが黙ったまま頷き、それの返事にユーリが諦めたような大きな溜息をもらした。


「……残念だが俺もヒョウも違うな。一応だが、は居たからな」


 肩を竦めるユーリに、「それは育ての親ではなくてかね?」とサイラスが眼鏡を押し上げた。


「さあな。ただ、あのバカ親の話を信じるなら、奴は『金のために俺を産んだ』らしいぜ?」


 そう言いながらユーリは懐かしむような、それでいて切ない様な表情を浮かべた。


「後は、俺らを預かってた曰く、『俺たちの父親は特別に厳選した存在だ』って言ってたし、オヤジも居たんだろ……まあ、子種を提供しただけだろうけど」


 あっけらかんと言うユーリに、サイラスは顎に手を当てて考え込んでいる。


 別に今の時代でも、旧時代のような『精子バンク』的なシステムが無いわけではない。特に落ち目の貴族などは、大枚を叩いて優秀な人材から子種を買い受けるという事がある。


 つまりユーリやヒョウは、そういったシステムを使って、……という事になるのだろう。


 話を聞く限り、


 だがサイラスの顔は険しいままだ。他にも疑問点がある……そう見える表情に、ユーリは「気になるか? 俺が怒る理由が」とニヤリと笑ってみせた。


「……表情に出ていたかね?」

「めちゃくちゃ、な」


 笑うユーリにサイラスが「私もまだまだだな」と苦笑いを浮かべた。


 サイラスが気になっていたのは、あそこまでユーリが激昂する理由だ。確かに作り出された存在、とも言えるが、カノンたちホムンクルスに比べるとかなりマシではないだろうか。


 親がいて。

 施設で育てられ。

 そして教育機関にも通っていた。


 施設の環境が悪かったとしても、それはこの時代の孤児であれば珍しいことではない。それどころか教育を受けただけマシと言えるかもしれない。


 つまり、ユーリが激昂する理由は他にもある……


「俺達はな……戦う為、生み出されたんだと……んで、?」


 笑顔だが、何処か昏い雰囲気のあるそれに、「まさか……」とサイラスが珍しく声を詰まらせた。


「そのまさかだ……殺されたよ」


 いつの間にか止んでいた風が、一際強く吹き付けた。まるでユーリが吐き出した言葉を無かった事にしたいかのような突風が、サイラスとユーリの間を強く吹き抜けた。


 暫く前髪を舞い上げていたユーリが、風が収まるのを待って再び口を開いた。……それは、先程の風が攫っていった言葉を引き戻すような――


「奴らの言葉を借りるなら


 乱れた前髪を軽く払ったユーリが、「面白くもねぇ話だろ」とそれだけを残して再びサイラス達に背を向けた。


「同情はいらねぇぞ? 今は好き勝手生きてるからよ……」


 後ろ手を振って去っていくユーリの背中を優しく吹いてきた風が後押しする……サイラス達は、今度こそ何も言えずに、夜の闇に消えた背中をいつまでも見送っていた。




 ☆☆☆



 グレーチングから差し込む朝日に照らされるハンター協会は、昨日の重苦しい話など嘘だったかのように、今日も穏やかに佇んでいる。


 そんな静かな扉が開いて――


「さて、今日も今日とて頑張っていきましょう!」


 ハンター協会を元気よく飛び出したカノンの後を、欠伸を噛み殺すユーリと、「しっかりしろ!」とそのユーリの背中を叩くクロエが続く。


「今日は新たな拠点周りの防衛でしたね」


 楽しげに振り返るカノンに、「そーだなー」と欠伸混じりでユーリが気のない返事をする。


「ユーリさん! 気合を入れないと……」

「心配すんな。こう見えて絶好調だ」


 眦を拭ったユーリがカノンのアホ毛を弾いて笑う。

 アホ毛を抑えたカノンが「それならいいですが……」と口を尖らせながらアホ毛をまっすぐに直した。


 そんなカノンを見ていたユーリが思わず――


「カノン」


 ――口をついて言葉が出てしまった。


 いつになく真剣なユーリに「なんでしょう?」とカノンが首を傾げて立ち止まる。まっすぐに見つめ課してくるカノンの琥珀色の瞳に、ユーリは「……あの……アレだ」と視線を逸しながら頬を掻いた。


「おい! ユーリ・ナルカミ! 男ならもっとハキハキ話せ」


 そんなユーリに詰め寄るクロエを押しのけながら、「……危なくなったら、呼べよ」と視線を逸らしたまま、カノンへぶっきら棒な言葉を返した。


 そんなユーリの言葉にカノンとクロエが二人して固まる――


「……ユ、ユーリさんが優しいです!」

「おい! どういう事だ!」


 変な物を見るようなカノンと、眉を吊り上げて怒るクロエ。


「あ、明日は雪でしょう!」

「おい! なぜバーンズだけなんだ。私にも優しくしろ!」


 ワナワナ震えるカノンと、意味の分からない所で怒るクロエ。


 何とも「」二人を見たユーリが、その頬を緩めて「フフッ」と笑い


「……とか言うと思ったかよ。二人共、弱すぎるから俺の足引っ張んなよ」


 ニヤリと笑うユーリに


「おお! いつものユーリさんです!」

「おい! おかしいだろ! 何故バーンズだけに優しいんだ!」


 笑顔のカノンと眉を吊り上げて怒るクロエ。


 グレーチングから差し込む光に照らされながら、やかましい三人が荒野へ向けて大通りを歩く――今日もいい天気になりそうだ。







 ※ ここまでお読み頂きありがとうございます。これにて三章(前編)終了です。


 ハート、コメントに加え、星までありがとうございました。非常にありがたくモチベに繋がっております。


 まだ星を投げてないよ。って方はこの機会に是非投げて頂けると、大変喜びます。レビューも書いてやろう。と言う方は、書いてくだされば小躍りして喜びます。


 ハート、コメントは勿論のこと、小説のフォローだけでもお待ちしてます。


 最後に……これはずっと申し上げております一番のお願いです。まだまだ話は続きますので、ぜひ続きもお読み下さい。


 読んで頂ける。それが一番のモチベーションになりますので。



 それでは、三章(後編)をお待ち下さい。(断章をはさみます)


 前編? 後編? と思われた方……はい。前編です。なんとも三章が長くなりそう……加えて他のチームの掘り下げも少ししたい。ということで三章を前後編に分けて間に断章をはさもうかと思いまして……。ご了承いただけると幸いです。

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