第121話 ピンチになるとお互い協力するのっていいよね
宙へと放り出された四人へ、巨大スケルトンが右手を薙いだ。
迫る巨大な掌に、エレナ、クロエ、カノンの三人が防護壁で己の身体を覆う中、ユーリはと言うと――
「調子に乗んな!」
――素早くグローブをつけた左拳を、スケルトンの右掌に叩き込んでいた。
大人を覆える程巨大な掌。それを殴りつけた衝撃が、暗くなった空を照らし、空気を震わせる。
空中で拮抗するスケルトンの掌とユーリ。その間に三人は体勢を整えて着地――とほぼ同時に力負けしたユーリが、猛スピードで地面へ叩きつけられた。
木々を薙ぎ倒し、地面を捲ってユーリが転がる。舞い上がる土埃と草葉に、クロエが思わず「お、おい――」と声を掛けながらユーリへと視線を向けた。
「大丈夫だ」
その肩を掴んだエレナが、もう一度「大丈夫だ」と言いながら巨大スケルトンを睨みつけた。
「大丈夫って、あいつメチャクチャ……」
「ユーリなら問題ない」
今も目を白黒させるクロエだが、エレナの言葉通り、少し離れた場所で人影が高く飛び上がった。見るとゾンビを振り回すユーリの姿だ。振り回していたゾンビを地面に叩きつけたユーリが、その後を追うように草木の中へと潜っていった。
どうやら吹き飛ばされた場所に大量に湧いていたようで、今もまたゾンビが草木と共に、数体勢いよく宙を舞っている。
「大丈夫と言っただろう?」
真っ直ぐスケルトンを見据えたまま笑うエレナに、「し、心配なんてしてない……」とクロエは頬を膨らませてスケルトンに向き直った。
「……来るぞ!」
エレナの言葉に他の二人が即座に反応――スケルトンが掌をかざせば、三人の周囲に風の刃が出現。周りのゾンビを斬り裂きながら、無数の風刃が三人目掛けて襲いかかる。
迫りくる風刃を前にエレナが剣を霞に、クロエが大上段にそれぞれ構えた。
エレナの剣が数回閃けば、三人を囲んでいた無数の風が一瞬で霧散。
そしてエレナが全ての風を叩き切ると分かっていたのだろう、クロエは上段に構えていた剣を、思い切り振り下ろした。
クロエの剣から放たれた炎が、火柱となって地面を走る。周囲のゾンビを全て焼き尽くし、尚も止まらない火柱がスケルトンを包みこむ。
スケルトンを覆う炎が、巨大な火柱となって周囲を明るく照らした。
燃え上がるスケルトンが、苦しむようにブンブンと腕を振り回す。その腕に巻き込まれて、周囲の木々やゾンビがなぎ倒され燃え上がっていく。
「……この程度……で終われば楽なんだがな」
燃え上がるスケルトンを見るクロエが呟き、構え直した瞬間、スケルトンの内部から暴風が吹きすさび、一瞬で火柱を掻き消した。
吹き付ける風が、エレナ達の髪の毛をバサバサと靡かせる。
風に耐えるエレナ達の前で、体中から黒煙を上げるスケルトンが、三つの顎門を大きく開いた――その瞬間エレナ達を音の塊が包み込む。
ビリビリと空気を震わす音の正体は、まさかの咆哮だ。予期せぬ攻撃に、三人が思わず耳を抑えて動きを止めた。
そこに振り下ろされるスケルトンの左腕。
叩きつけられた巨大な腕に、エレナとクロエの二人が、慌てて剣を構えて防御の姿勢を――
――ズシン
と、大きな音が地面を揺らして土埃を舞い上げた。
土埃が晴れた場所には、叩きつけられた腕を支えるエレナとクロエの姿が。
「まさか……ハウリング…するとはな」
プルプルと腕を震わせるエレナと
「声帯も…ないのに……器用なバケモノだ」
同じく剣を構えて腕を震わせるクロエ。
そんな二人を見て、巨大スケルトンが「ニィ」と笑ったように見えた――瞬間、無防備な二人の前で、スケルトンが右腕を高々と持ち上げた。
完全に動きを止められた二人に迫る巨大な右腕。
「お任せ下さい!」
二人の脇から飛び出してきた小さな人影が「最大出力ですッ!」と迫る右腕に戦斧を思い切り叩きつけた。
空中で起こる大爆発。
吹き飛ばされるカノン。
「カノン!」
叫ぶエレナに「いいから突っ込め!」遠くからユーリの声が届いた。
爆発の衝撃でグラつくスケルトンの巨体。
逸れた右腕は地面を穿ち、バランスを崩した事で左腕も弱まった。
確かに絶好の機会。それにユーリが「大丈夫だ」と言うなら――
駆け出すエレナにクロエも続く。
その真後ろでカノンを両腕で受け止めるユーリ。
「今回のキャッチは優しいです!」
「だろ? 優しいから後で飴玉もやろう」
「いりませんけどッ?!」
二人のやり取りを置き去りに、エレナとクロエが風の様に駆ける。
一瞬で間合いを詰めた二人。
体勢の整わないスケルトンが、無理やり右手を薙いだ。
迫る右手に二人が目配せ――
「エレナ!」
「任せろ!」
叫ぶと同時にエレナが思い切り踏み込む。
地に減り込むその踏み込みが、移動のエネルギーをエレナの身体へ返還。
エレナの斬り上げが、巨大な腕を上方へと弾いて流した。
腕の真下を潜ったクロエの剣に炎が宿る。
周囲に響く甲高い剣戟音。
すれ違いざまに巨大スケルトンの脛を斬りつけたクロエ。、その一撃は相手の脛を砕いたはずだが、飛び散った破片が逆再生のように戻っていく。
それどころか……
「くそ、流石に試作品に無茶をさせ過ぎたか」
苦虫を噛み潰したようなエレナの手には、中程からポキリと折れた剣が握られていた。
同じ様に相手の腕を砕いた筈のエレナだったが、結果は自分の剣だけが折れて、スケルトンは再生するという徒労に終わっている。
予備の剣を取り出そうと、
反転の為に一瞬止まったクロエ。
その隙を巨大スケルトンが見逃さない。
右手を下から「クイッ」と上げる仕草で、地面が勢いよく隆起した。
カノンを抱えてユーリが跳び
バックステップでクロエが躱す。
一人体勢の悪かったエレナだが、不格好なバックステップで何とか回避した。
それと同時にエレナは
思わぬ奇襲。自分ならいざしらず、剣の根本へ叩き込まれた棘の一撃が、梃子の力もかりてエレナの手から剣を吹き飛ばした。
「しまっ――」
一瞬止まった彼女をスケルトンが見逃さない。土柱ごと吹き飛ばさんと、巨大な右掌を薙いだ。
巨大な掌を前に、エレナが
ユーリの時以上の音と衝撃が周囲を揺らし、打つかり合う力の奔流が光となって辺りを照らす。
地に両足を、踏ん張って受け止めるエレナだが、再生を続ける掌にジリジリとエレナが押し負け――手に持った剣が「ピシッ」と嫌な音を立てた。
「く……」
エレナが顔を顰めた瞬間、「選手交代だ」と掌に飛び蹴りを食らわせるユーリ。
拮抗していた場所に加わったユーリの一撃で、スケルトンの掌が吹き飛んだ。が、その吹き飛んだ勢いを利用するように、反対から左掌が迫る。
「カノン!」
「緊急脱出です!」
ユーリの言葉にカノンがエレナにタックルを食らわせる形で、その場から一気に離れ、迫る巨大な掌へユーリが左拳を打ち付けた。
再び走る音と衝撃波。今度は完全に拮抗したその力に、一瞬スケルトンの動きも、魔法も全てが止まる。
「調子に乗るな! デカブツ!」
背後から炎を纏ったクロエが、スケルトンの右膝裏へ一撃。
傾き尻もちをついたスケルトンの掌を、ユーリが押し返した。
すれ違う形で三人のもとへ戻ってきたクロエが、「決定打が欲しいな」と苦虫を噛み潰したように呟いた。
駄々を捏ねるように転がったまま暴れる巨大スケルトン。見た目には間抜けな格好だが、あの大きさと力で見境なく暴れられては、迂闊には近づけない。
「エレナ、剣の具合はどうだ?」
振り返らずに聞くユーリに、エレナは「駄目だな」と首を振った。折れてはいないが、中程にヒビが入ってしまったそれは、剣としては使い物にならないだろう。
そして「駄目だな」という言葉どおり、エレナの
「とりあえず、こいつを使え」
そう言ってユーリが放り投げたのは、ジェネラルから受け取った野太刀だ。
「……これは」
「使い勝手が違うけど、今は四の五の言うなよ」
そう言いながらユーリが駄々を捏ね続けるスケルトンを睨みつけた。
「取り敢えず再生が鬱陶しいな」
「恨みと憎しみの大きさが凄まじいからな。純粋にアンデッドとして格がかなり上がっているのだろう」
呟くエレナの視線の先で、巨大スケルトンが駄々を捏ねるのを止めて、ゆっくり起き上がる。
「狙い目は関節だな。さっきも膝裏を叩いたら、暫く起き上がれなかった」
クロエの言う通り、先程まで駄々を捏ねていたスケルトンを考えるに、そこが一番良さそうなのは間違いない。
とは言え、作戦会議など相手が許してくれる訳もなく……
「来るぞ!」
野太刀を構えるエレナの言葉通り、巨大スケルトンが動き出した。
大きく開かれる顎門――「ハウリングだ!」――エレナの警告に従い、全員が少しでも音の固まりをやり過ごそうと、耳を塞いだ瞬間、巨大スケルトンが右足で地面を踏みつけた。
地響きが齎したのは……波の様にうねる地面だ。
ハウリングを警戒し、完全に固まっていた四人。その足元を崩されて、全員が顔を顰める中、巨大スケルトンが右腕を振り上げた。
「踏ん張れんぞ!」
「全員防御体勢を――」
エレナが叫んだ瞬間、ユーリは「カノン!」と叫んでカノンを掴んでスケルトンの頭目掛けて放り投げた。
「ぎぃぃぃええええ!」
理由もわからず絶叫するカノン――を追い越す人影。
踏ん張れないなら、宙でも同じ。と高速で飛び出したユーリがカノンを通り過ぎ、振り下ろされる腕に飛び蹴りを叩きつけた。
宙で広がる衝撃波。
吹き飛ばされるユーリ。
僅かに鈍ったスケルトンの腕。
「ぶちかませ!」
吹き飛びながら叫ぶユーリの言葉に、カノンが戦斧を握りしめて勢いが弱くなったスケルトンの腕に思い切り叩きつけた。
再び広がる衝撃波にカノンの爆発が混じる。
ユーリ同様吹き飛ばされるカノン。
だが完全にバランスを崩したスケルトンは、最初に見た時同様だ。
「いけ!」
地面を転がって起き上がったユーリが叫ぶ頃には、既に二人の姿はそこになかった。
代わりに降ってきたカノンをユーリが両腕で受け止める。
「死ぬ! 死ぬかと思いました!」
「ナイスガッツだ。後で飴玉をやろう」
「だからいりませんけどッ!」
二人のやり取りを背に、エレナとクロエが駆ける。
うねる地面も何のその。
一瞬で間合いを詰めた二人。
「エレナ!」
「ああ!」
――同時に地面を陥没させる程の踏み切りで、直進から斜めへ方向を修正。
飛び上がった二人の剣が宙で閃く。
両肩関節を切断し、二人がスケルトンの裏側へ。
同時に着地した二人が、これまた同じように地面の上を滑る。
二人の靴底で捲れていく地面――それらが巨大な塊となった頃、今度はそれを弾けさせて二人が反転。
崩れ落ちるスケルトンの両腕が土埃を上げる頃には、二人の姿はスケルトンの真後ろに。
「いけるな?」
「誰に向かって言ってる!」
クロエが跳躍――と同時にエレナが地面を陥没させる踏み込み。
弾丸のように飛び出したエレナ。
捻った腰を開放。
腰から背、背から肩、肩から腕――
伝播した力が、野太刀の刃へ集約。
目一杯の勢いをつけた野太刀が、スケルトンの右膝裏を叩き斬った。
バランスを崩す巨大スケルトン。
腕を付こうにも、その腕はまだ再生していない――
グラリと傾いたスケルトンが倒れ――る瞬間、クロエが真上から炎を纏った剣を振り下ろした。
斜めに傾く巨大スケルトン。その三つある頭蓋を左から順に縦断するような軌跡が閃く。
――ズシン
と大きな音は、クロエがスケルトンを貫通し地面まで辿り着いた音だろう。
その音に引っ張られるように、スケルトンが激しく地面に叩きつけられた。木々を薙ぎ倒し、草葉を舞い上げ倒れるスケルトンが勢いよく燃え上がる。
轟々と音を立てて燃えるスケルトン。立ち上る黒煙が空を覆うが、それ以上に燃え上がる炎の赤が周囲を明るく照らし出す。
そんな赤を背に、二つの人影がユーリとカノンの下へ歩いてくる。剣を片手に歩く二人の表情は、後ろで燃え上がるスケルトンのせいで良く分からない。それでも――
「凄いコンビネーションですね」
「だな」
それを眺めるユーリとカノンには、二人が満足そうに笑っているように見えていた。
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